Text - 短編 - *嘘の代償

城之内×海馬。
エイプリルフールネタです。

 




 四月一日。
 それは今朝新しく捲ったカレンダーの一番最初に書かれた日付だ。
 四月一日とくればエイプリルフール。世間では害にならないちょっとした嘘だったら吐くのが許される日なんて言われてるけど、残念ながらオレの恋人は嘘の通じない超真面目人間。
 本当はちょっとした嘘でも吐いてからかってやろうとか思ってたけど、絶対それを真に受けて本気で怒るか本気で落ち込むかしかしないのが目に見えているから、オレは多少残念に思いながらも自重する事にする。
 進級を間近に控えた春休み中の今は学校も無く、こういう長期の休みの時はオレも集中してアルバイトを入れられるし、海馬もこの三月は決算期だか何だかで忙しくて、昼間は全く会える事が出来なかった。
 と言う訳でオレは春休み中は海馬の家に泊って、夜だけはしっかり会えるようにしていた。
 夜遅く帰って来たオレを、いつものメイドさんが優しく出迎えてくれる。そのまま海馬の私室に向かいながら、オレは自分の腕時計をちらりと見た。
 せっかくのエイプリルフールもあと30分ちょいで終わってしまうけど、自重すると決めたからにはオレにはもう関係の無いイベントだ。
 いつもの様に海馬の私室の扉を元気良く開いて、「よぉ! 海馬!」と満面の笑顔で挨拶をする。
 …が、何故かオレの挨拶に答えは返って来なかった。
 余りに静かなのでオレは最初海馬が居ないもんだとばっかり思った。
 だけど海馬はちゃんとそこにいて、ソファに座って仏頂面でオレを見ている。
 いつもだったら悪態の様な呆れた様なそんな声で「煩い」とか「お帰り」とかしっかり答えが返ってくるのに、今目の前に居る海馬は全く口を開こうとはしていなかった。
「海馬…?」
 流石にちょっとオカシイと思って訪ねるように名前を呼ぶけど、それに対しても僅かに眉を顰めただけで相変わらずだんまりを決め込んでいる。
 何か怒っている風にも見えてオレは自分の行動を思い返してみた。
 昨夜は疲れが溜まっていたせいもあり、そのまま何もしないで二人してぐっすり眠ってしまった。そのお陰か今朝はお互いにすこぶる体調が良く、海馬も上機嫌で出社していった。
 俺自身が何かした覚えは無いからもしかしたら会社で何かあったのかとも思ったけど、海馬は会社での不機嫌や苛立ちをオレに当たり散らす様なことは今まで一度もやった事は無い。
 こういう風に意味もなく黙られるのは気持ち悪くて、オレは海馬に近寄って隣に腰掛ける。

「なぁ、海馬どうしたんだ? 何か怒ってる?」
「………」
「もしかしてオレが春休み中一杯にバイト入れたこと、気に入らないのか?」
「………」
「それともずっと泊まり込んでいるのが嫌なのか?」
「………」
「おい、何とか言えよ。黙ってちゃわかんねーだろ」
「………」

 何を話しかけてもウンともスンとも言わず、首を縦にも横にも振らずただ困ったように目を伏せるだけの海馬に、流石のオレもキレかけてきた。
 いつもだったらその小さな口からは想像出来ないような罵詈雑言を平気で喚き散らす癖に、何で今日に限って何にも言わないんだよ。
 意味もなくこういう態度に出られるのが大嫌いな俺は、つい本気で怒ってしまった。
 無理矢理にでも何かを喋らせたくて、ソファの上に海馬の身体を押し倒す。
「………っ!!」
 驚いたような顔をして、次の瞬間には抵抗するようにグイグイとオレの身体を押し返してくるけど、既に頭に血が昇ったオレには何の効果も無い。
 暴れる両手を頭上で一纏めにして、片手だけで器用に海馬のベルトを外して抜き去った。そのままボタンを外してファスナーを降ろし、一旦手を外してやって今度は両手で奴の腰を掴んでグルリと身体をひっくり返してやる。
「っ…! ………っ!!」
 何か言いたそうに暴れているけどそれを無視して、グイッと下着ごとズボンを降ろして抜き去り、ソファの脇に投げ捨てた。
 上半身をソファに押し付けて下半身だけ高く上げさせる格好をさせて、おれは目の前の双丘を割って現れた蕾に唇を寄せる。
「っ…! っ…ぅ…っ!!」
 唾液を含ませて丁寧に舐めていると、やがて行為に慣れきっているそこは柔らかく綻んでくる。
 濡れてひくつく後孔に指を差し込んで刺激すると、その度に海馬は身体をビクビク震わせて感じていた。
 ただいつもだったら直ぐにでも聞こえて来る筈の甘い喘ぎが、一向に聞こえて来ない。
 不思議に思って覗き込むと、海馬は自分の袖口を噛んで必死に喘ぎ声を我慢していた。
「おい、ふざけんなよ。どこまで強情なんだお前は」
 余りに強情なその態度にオレの苛々は収まらない。
 少々乱暴な動作で指を引き抜くと、オレはすっかり起ち上がった自分自身をジーンズから取り出してその場所に押し当てる。
 いつもだったら挿入する前に「入れるから力抜いとけ」とか声を掛けてから入れるオレだけど、何かすげーむかついていたから、そのまま何も言わずに突っ込んでやった。
「っあ…! んぁ…っ。っう…ぅ…っ!」
 流石に耐えきれなかったのか喘ぎ声が零れて、オレはそれに少し満足する。

「ほら…ちゃんと喘げよ。オレのコレ、お前好きだろ?」
「んっ…! ふぁ…っ、あ…ぁぁっ!」
「な? 気持ちいいだろ? ちゃんと気持ちいいって言えたらもっとやってやるぜ?」
「ひっ…あぁっ! ん…んぁ…っ、あぅ…っ」
「オレの事…好きだろ、海馬? なぁ…好きだよな?」
「っ…! うぁっ…あぁぁっ!!」
「なぁ、何とか言えってば!!」

 何言っても答えない海馬に苛立って、つい自分勝手に攻め立ててしまう。
 そんな突っ込まれ方をすれば海馬が痛くて苦しむのを知っててもやめられなかった。
 案の定辛そうに顔を歪めてボロボロと泣いていたけど、それでもオレは何度も何度も奥深くまで突き刺してやった。
 とにかく心が苛々していて、大好きな海馬とのセックスがちっとも気持ちいいと感じられない。
「海馬ぁ…、どうしてなんだよ…っ!」
 思わず泣きそうになって弱音を吐いた時だった。
 オレの腕時計のアラームがピピピッと鳴って、日付が四月二日になった事を知らせた。その途端…。

「あっ…! 好き…っ! じょ…の…うちぃ…っ、好き…だ! 好き…っ!」

 それまで一言も言葉を発しなかった海馬が突然喋り始めた。
 余りに突然の事で何も言えないオレを余所に、海馬は自分で腰を振りつつ今までの態度が嘘のように言葉を紡ぐ。

「あぁぁっ…、き…気持ち…い…い…っ! んっあっ…ん! あ、好き…、城之内…っ!」

 単純な様だけどオレは海馬の言葉を聞いた瞬間猛烈に興奮して、途端に全身に快感が巡りだすのを感じていた。
 勝手に攻め立てるのは止めて、オレにも海馬にも快楽が伝わるように、海馬の感じる場所を重点的に突いて刺激する。

「ひぁっ! うっ…あぁんっ…!」
「海馬…海馬…っ!」
「あぁ…っ、ふぁ…あ…、あぅ…んっ!」
「海馬…、好きだぜ…っ」
「はぁ…んっ! オレも…、オレ…も…好き…っ! 城之内ぃ…っ!!」

 まるで叫ぶように告白されもう我慢が出来なかった。
 一際奥を抉るように突くと海馬がビクンと身を痙攣させて達してしまい、オレも海馬の腸壁に痛いほど絞られて最奥で果ててしまった。
 ドサリと二人揃ってソファに身を沈める。
 荒い息は止まってはいなかったけど、オレはどうしても海馬とキスがしたくて、奴の顔を無理矢理こちらに向けるとそのまま唇を重ねた。
 開いた唇の間から舌を差し込んで、暖かい口中を無茶苦茶に舐め回してやる。
 息も絶え絶えの癖に海馬もオレに答えて、暫く二人して夢中になって舌を絡め合っていた。


 数分後、オレ達は漸くキスに満足して唇を離す。
 ツーッと唾液の糸が引いてそれにまた興奮してしまったけれど、そこは「いい加減にしろ!」と怒られそうなので我慢した。
 真っ赤な顔をしている海馬を抱き寄せて、オレは深く息を吐き出す。
 セックス後半の態度でどうやら怒っている訳じゃ無かったことは分かったけど、何であんなに頑なに喋ることを拒んでいたのか理解出来なかった。
「なぁ…。何で何も喋らなかったんだよ」
 漸く落ち着いたのかオレの胸に顔を寄せている海馬にそう訪ねると、何か複雑そうな表情をしてオレを見上げてきた。
「何か理由があったんだろ?」と訪ねると、それにコクンと頷いて口を開く。

「ゆ…遊戯が…」
「遊戯? アイツがどうかしたの?」
「遊戯が…その…。エイプリルフールは恋人には嘘しか吐いてはいけない日だと…」
「へ?」

 唐突に不可思議なことを言われて、オレも思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 海馬の話を要約するとこういう事である。
 今日(正しくはもう昨日だけど)の夕刻に突然遊戯が会社にやってきて、にこやかな笑顔でこう言ったんだそうだ。

「ねぇ、海馬君知ってた? エイプリルフールって恋人に対しては嘘しか言っちゃいけない日なんだよ」

 いくら世間の常識に疎い海馬でも、エイプリルフール位は知っていた。
 あまり重大な事にならない程度の小さな嘘ならば吐いても許される日だという事は認識していたらしいのだが、流石にそれは知らなかったと心底驚いたらしい。
 そこまで聞いて、オレは心の中でツッコミを入れざるを得なかった。
 なんでそこまで知っていて、遊戯のそれが嘘だと見破れなかったんだ…と。
 まぁ、そこまで考えて、オレもコイツが超真面目人間だということを思い出して、それも致し方無かったのかと諦めたけどな。
 遊戯から重大な情報を聞いて、海馬は悩みに悩んだ。
 実は海馬、嘘を吐くという行為が大嫌いだった。

「ただでさえ嘘が嫌いなのに…。それなのに、お前に対して嘘しか吐けないなんて耐えられなかった。城之内…オレはお前にだけは嘘は吐きたくなんか無いんだ…っ! 嘘を吐く位だったら日が変わるまで何も話さなければいいと、そう思ったんだ…」

 泣きそうになりながらも必死な顔でそう言う海馬を、オレは心底愛しいと感じる。
 そっと抱き寄せて「ありがとうな」と優しく言った。
 本当にコイツは超真面目で超お馬鹿で超可愛い奴だよ。
 こんな奴を恋人に出来たオレは、本当に幸せ者だと思った。
 そんな風に幸せに浸っていながらも、オレはほんの少しだけムカついていた。
 遊戯の小さな嘘によって、オレは多大な迷惑を被ったからだ。
 取りあえず海馬にネタばらしをして、ついでに遊戯への復習を企てる事にした。


 それから数日後。
 新学期が始まって三日目。相変わらず同じクラスに押し込められたオレ達は、遊戯に対して尊大に振る舞っていた。

「遊戯、今日も六時から新デュエルディスクのテストがあるからな。忘れずにKCに来るように」
「あ、遊戯。今日の昼飯はカツサンドと焼きそばパンとカレーパンな。牛乳も忘れずに買って来いよ」
「もう、許してよ二人とも~!! たかがエイプリルフールの小さな嘘じゃない!」
「「却下だ」」

 遊戯の嘘によって多大な精神的苦痛を味わったとして、オレと海馬は遊戯に一週間の罰ゲームを受けさせる事を決めた。
 海馬からは、開発中の新デュエルディスクのテストをただ働きでする事。
 オレからは、昼飯のパンと飲み物を購買にパシリに行く事。
 小さな嘘による大きな代償に「ごめんなさいってば!」と泣きながら謝る遊戯に、「一週間の罰ゲームで済むことをありがたく思え」と二人して冷たく言い放った。
 まぁオレはちょっと可哀想に思ったけど、真面目人間の海馬を騙すとどういう事になるか身を持って知るのはいい機会だと思う。
 それまで何かと海馬を馬鹿にしていた様な連中も泣きながら奔走する遊戯を見て青くなり、それ以来二度と海馬に嘘を吐こうとする奴は出てこなかった。
 そしてそんな状況を横目に眺めながら、オレは心底ホッとしていたんだ。
 あの時海馬に嘘を吐くのを自重して良かった…とな。


 真面目人間に嘘は吐くべからず。