*マークを付けるかどうか迷いましたが、一応そういう意図で行われているシーンがあるので付けておきました。
ちょっとマニアックな描写なのでご注意を。
海馬の心が再び砕かれてしまってから二ヶ月が経った。
アイツが戻ってくる気配は未だ無く、オレはそんな海馬をただ見守るだけの日々が続いている。
学校帰りやバイトが終わった後などはそのまま海馬邸に行って、何も見ず何も聞こえず何も喋らず何も感じず、ただそこにいるだけの海馬の側に付いててやる事しか出来ない。
今日もこうして学校が終わると同時に海馬の所に来ている。
オレの顔を見たメイドさんが「瀬人様は部屋で日光浴をしてらっしゃいます。モクバ様は仕事の都合で会社に行ってらっしゃいますけど、もう少ししたら帰っていらっしゃいますから」と笑顔で教えてくれた。
モクバを初めここのメイドさん達は、どうやらこの状況に慣れきってしまっているらしい。
そりゃ以前に半年も廃人状態だった海馬の世話をしていれば、たかが一ヶ月ぽっちじゃ何ともないんだろうけど。
でもオレは慣れていない。
毎日会いに行っているのに何の反応も返さない海馬を見る度、胸の奥が鷲掴みにされた様な辛さを感じた。
重厚な扉を開いて海馬の部屋に入る。
メイドさんが教えてくれた通り、海馬は車椅子に座った状態で窓辺に放置されていた。強い西日が差していて、ほんのり海馬の頬が赤くなっているのが見える。
オレはベッドの足の部分に学生鞄を立てかけると、海馬に近付いた。
「はは。お前、日光浴ったってこんな西日じゃ暑いだろうに。ただでさえ暑いの苦手なのになぁ」
前髪を片手で掻き上げると、案の定髪の生え際にうっすらと汗をかいている。
オレは車椅子を日陰に移動させると、水差しを取りに行く。冷たいミネラルウォーターを病人用の水差しに注ぎ入れ、それを持って海馬の所に戻って来た。
日陰に移動された海馬は、気のせいか少しホッとしたような顔をしている。
最初の頃は何も感じていないように思っていた海馬も、ここ最近は何となく表情ってヤツが分かるようになってきた。
どうやら意識は無くても、何か感じるものがあるらしい。
「暑くて喉渇いただろ? 今水飲ませてやるからな」
つっと顎を持ち上げて薄く開いた唇に水差しの注ぎ口を差し入れた。水差しを傾けてほんの一口分だけを流し込んでやると、コクリと喉が動いて海馬が水を飲んだのを確認する。
やはり喉が渇いていたんだろう。水を飲んだ海馬は、何となく安心したような表情をしていた。
こういう作業にも慣れてしまった。
最初の頃はどの程度傾ければいいのかさっぱり分からなくて、よく海馬の口から水を溢れさせてはパジャマを濡らしてしまっていた。
その度にモクバに謝ったけど、モクバは「城之内には慣れて貰わなきゃならないから」と言ってオレを怒る事はしなかった。
本当は海馬の世話に慣れたモクバがやれば全て上手くいく筈なのに、モクバは敢えてそういう世話をオレにやらせていた。
多分それがモクバなりの優しさだったんだと思う。
「海馬、もう一口飲むか?」
オレはそう言ってもう一度口に注ぎ口を差し込んで水差しを傾ける。だけどちょっと考え事をしていたせいか、先程より少し多めに注ぎ込んでしまった。
「あ、ゴメ…ッ」
慌てて謝ろうとしたオレは、目の前の光景に固まってしまう。
海馬の口に収まり切れなかった水が一筋、唇の脇から零れ出て顎を伝ってポタリと下に落ちていく。虚ろな表情のまま口の端から唾液を含んだ水をトロリと流している海馬の姿を見て、オレの中の何かがプツンと切れる音がした。
誘われるようにその水に濡れた唇に吸い付いた。
まともな食事をしていないせいだろう。海馬にしては少しかさついた唇を舌で舐め取って、そのまま口内に押し入る。
引っ込んだままの舌に無理矢理自分のそれを絡ませて、唇から新たな唾液を零れさせた。
顔を離すと、目の前の顔は上気して真っ赤になっていた。
多分呼吸が邪魔されて苦しかっただけだと思うけど、それがまたオレを誘惑する。
車椅子に座ったままの身体を抱き上げて、隣のベッドに運んで仰向けに転がした。
その身体の上に乗り上げて、震える手でパジャマのボタンを一個ずつ外していくと、目に眩しい真っ白な肌が目に入る。
オレはそれにゴクリと喉を鳴らし、喉元から順に唇を落としていった。
強く吸い付く度に赤紫の痣が残るのに気を良くし、オレは下へ下へとずれていく。
意識は無くても身体は間違いなく感じているんだろう。淡いピンク色の乳首に吸い付いた時に身体がビクリと跳ね、オレはそれにまた興奮してしまった。
夢中になって縦長の臍の脇にも吸い付きながら、オレは海馬のパジャマのズボンに手をかけた。下着ごとそろそろと引き下げる。淡い陰りがオレの目に入ってきたその時、まるで何かの警告音のように突然パタンと軽い音がして、オレはハッと意識を戻した。
恐る恐る振り返ると、ベッドの足に立てかけたままだったオレの学生鞄が倒れただけだった。だけどオレはそれですっかり正気に戻って、慌てて海馬の身体から己の身体を離した。
呼吸が荒く心臓がバクバクと煩く鳴り響いている。目の前に横たわっている海馬を見て、オレは頭を抱えたくなった。
そこにいた海馬はまるでレイプされた後のような情景だった。
肌蹴けられたパジャマ、散りばめられたキスマーク、そして投げ出されたままの手足と虚ろな表情。
未遂とはいえ意識の無い海馬にこんな事をするなんてと、オレは自分のしてしまった事に激しく後悔する。
「ゴメン…ッ! ゴメン、海馬! オレ…何て事を…っ!」
慌てて乱れたパジャマを元に戻した。そしてギュッと力強く抱き締める。
ずっと寝たきりの為痩せてしまった海馬の身体。薄い肩と浮き出た肩胛骨をそっと包み込んで、オレはついに泣いてしまった。
本当は海馬が目覚めるまで泣く事だけは絶対にしないと決めていたのに、どうしても我慢出来なかった。
オレの腕の中にいる海馬は、本当にただの大きな人形になってしまっている。
同じ人形ならまだ以前の方がマシだった。
話しかければ反応が返ってくるし、目の前にいれば視線をくれる。たとえオレの気持ちを理解してくれていなくても、微笑んだり怒ったり拗ねたりと色々な表情を見せてくれた。
だけどこの海馬は違う。生きてはいるが、生きていないも同然だった。
「海馬…っ、海馬…っ! オレもうダメだ…っ。早く戻って来いよ…っ!」
海馬の心が戻る前に、オレの心が崩壊しそうだった。
遊戯やモクバは絶対に海馬は戻ってくると言っているけど、そんな保証はどこにも無い。
以前半年かかって戻って来たのも、今思えば奇跡としか言いようがない。
ここ最近、オレはずっと「もしかしたら一生このままなのかも…」という恐ろしい思いに捕らわれていた。
それでもその思いを打ち消すように海馬に会いに来ていたけど、それももう限界に達している。
「っぅ…! うぅ…っ! 海馬…っ! かい…ば…ぁ…っ!!」
押さえようとしても嗚咽が出てくるのを止められない。薄い身体を抱き締めてオレはただ泣き続けた。
ずっと我慢していた絶望感に打ちのめされそうになった…その時。
海馬の肩口に顔を埋めていた俺の頭に、ふいにポンと手が置かれる感触がした。
オレ達以外誰もいないこの部屋で、一体誰がオレの頭に手を乗せたんだ…と混乱した頭で考えていると、ふいに耳元で掠れた声が響く。
「泣くな…城之内…」
オレは自分の耳を疑った。
二ヶ月ぶりに聞くその声は間違いなくこの腕の中の人物の声だったけれど、だけどまさかそんな筈は無いと慌てて身体を離して顔を見つめた。
そしてオレはそこで信じられないものを見る。
「か…海馬…」
それはまさに奇跡としか言いようがない光景だった。
濁った青い目に徐々に光が戻って来て、そしてその視線が強くオレを見詰めた。虚ろだった顔に表情が戻って来て、オレと視線が合うとふっと柔らかく笑ったのだ。
信じられない思いでそれを見ていると、ふいに目の前の人物が声を出す。
「城之内、泣くんじゃない。オレは…必ず戻ってくると言っただろう?」
そう言って痩せた顔で微笑んだ海馬に、オレはもう何も言えなかった。
呆然と目の前の海馬を見続けるオレの頬を、少し冷たい手が包み込む。
「あぁ…そうか…。こういう気持ちか…」
笑みを深くして海馬が安心したように言った。
「良かった…。漸く分かった…。そうか、オレもお前が…好き…だったんだな…」
そして海馬の方から触れるだけのキスをされる。
暫くそのまま唇を合わせたまま、オレは自分の頭の中を整理していた。そしてやっと脳内がスッキリしたところで、オレは目の前の海馬の肩を掴んでマジマジと見詰めた。
「海馬…、お前…」
「何だ…? 城之内」
「お前…戻ってきたのか…?」
「あぁ、戻ってきたぞ。捜し物も見付けて、今度こそきっちり組み込んできた」
「お前…お前…っ」
「だから今はちゃんと理解出来る。お前の気持ちも、自分の気持ちも…」
「海馬…っ!!」
「ただいま、城之内。遅くなってしまってすまなかった。心配をかけてしまったな…。それから…」
「っ…! か…い…っ!」
「愛してるぞ…城之内。オレはお前が…好きだ」
にっこり笑ってそう言った海馬にオレは漸く安心する事が出来た。そのまま海馬の身体を抱き締めて大声でワンワン泣いてしまう。
その声に驚いたメイドさんと丁度帰って来たモクバが慌てて部屋に入ってきて、それからちょっとした騒ぎになってしまったんだけど、そんな事オレにはどうでもよかった。
海馬が無事に戻って来て青い瞳を開けて、その優しい声でオレの事を好きだと言ってくれた。
それがどんなにオレの心に光を射したか、話しても説明出来るものじゃない。
「どうした? 何を考えている?」
あの時の思い出に耽っていたオレに、眠っていた筈の海馬が目を開けそう問いかけてきた。
腕の中の温かい身体をそっと抱き締めて、オレは首を横に振る。
「ん? いや、何でもないよ」
笑ってそう言ったら海馬は一瞬訝しげな顔をしたけど、それでも「そうか」と安心した顔で再び瞼を閉じた。
暫くして規則正しい寝息が聞こえて来て、オレも自分が眠る為に目を瞑る。
オレの気持ちを理解したい為だけに、取り零した最後のピースを自ら探しに行ってくれた海馬を、オレは本当に愛おしいと思う。
そしてちゃんと目的を果たして無事にオレの元に戻ってきてくれた海馬に、心から感謝した。
もしあのまま戻らなければ、こんな風に同じベッドで眠るなんて事も出来なかっただろうし、こんな幸せな気持ちを味わう事も出来なかったに違いない。
「ホントに…ありがと…。愛してるぜ、海馬」
すっかり眠ってしまった耳元に小さく囁いて、オレは幸せを噛み締めながら眠りへと落ちていった。