Text - 短編 - 言葉の力(前編)

城之内×海馬。
短編『酒の力』の続編になります。
初めて書く初モノ城海だったので、気合い入れすぎて妙に長くなりました…;
あと海馬の乙女化が、当社比1.5倍程増しております。
乙女海馬が苦手な人はご注意下さいませ(´∀`)

 




 大好きな城之内とセックスするのが怖くて仕方無くて、彼と結ばれたいと思っているのに実行に移す事が出来ない自分に焦れて。
 酒の力に頼れば何とかなるだろうという安易な考えの元、それを実行に移した花見で大層な醜態を晒してしまってから二ヶ月余り。
 オレ達は未だセックスまで辿り着いてはいなかった…。
 確かに、オレのセックスに対する恐怖心は未だ消えてはいない。
 それでも少しずつだが恐怖心は薄れてきて、今では城之内が行動に移すを待っているくらいなのだ。
 それなのに…だ。
 あの花見の夜の一件以来、城之内はオレに対してそういう行動を起こすのを止めてしまった。
 二人きりになれば優しく抱き締められる。
 じっと目を見詰めてきて、そして唇にキスをされる。
 だけどそれまでしてきたような、身体のあちこちを撫でたり首筋や胸元を吸われるような行為は一切やってこなかった。
 だからオレは今猛烈に焦っている。
 今はまだ恋人として優しく接してくれているが、もしかしたら既に呆れられてて、その内本気で捨てられるのでは無いかと。
 城之内に捨てられる恐怖に比べたら、セックスの恐ろしさなんて大した事は無い。
 目の前で食後のコーヒーを飲んでいる城之内をチラチラと見ながら、オレは今夜こそ…と決意を固めた。
 壁に掛かっている時計を確認すると、もうすぐ夜の十時。
 土曜の夜はこうして邸に夕食を食べに来てくれるのだが、城之内は十時を過ぎると自宅に帰ってしまう。
だから引き留めるのなら今しかないのだ。

「じ…城之内…っ」
 意を決して呼んだオレの声に、城之内がコーヒーカップをテーブルに置いて「ん?」と顔を上げる。
「明日は…バイトはないのか?」
 オレの何気ない質問に城之内はパッと嬉しそうに笑うと、コクリと頷いた。
「あぁ、明日は一日休みだぜ。天気が良かったらどこかに行こうか? 昼前に迎えに来るから、一緒に昼飯食べたら出掛けようぜ」
 城之内の答えに、オレは胸の中でガッツポーズをする。
 チャンスだ! 今を逃しては、こんなチャンスは二度と来ないかもしれない…っ!!

「迎えに来るって…。貴様、帰るつもりか?」
「ん? あぁ、もう時間が時間だしな。帰るよ」
「明日休みなら…泊っていけばいいではないか! どうせ明日一緒に出掛けるのだろう?」
「あ…うーん。だけどなぁ…」
「昼食を一緒に食べるのだったら、朝食も一緒に食べればよかろう。その方が無駄がない」
「でも…なぁ…」
「頼む! 泊っていってくれ!!」

 オレの剣幕に城之内が目を丸くして固まった。
 焦りの余り思わず「頼む」なんて言ってしまったが、オレの思惑がバレてしまっていないだろうか…?
 出てしまった言葉を撤回する訳にもいかずワタワタしていたら、目の前の城之内がクスッと笑った。
「分かった分かった。お前には負けたよ。泊ってってやるから、着替え貸してくれよな?」
 城之内の言葉にオレはホッと安心して頷いた。
 お前用の着替えなぞ、疾うに用意してあるわ。


 先に風呂に入った城之内と交代で風呂に入り、オレは身体の隅々までを綺麗に洗った。
 身体についた泡をシャワーで流して、入浴剤を溶かしたバスタブにゆっくりと身体を浸す。
 暖かいお湯に肩まで浸かりながら、オレは襲い来る不安感と戦っていた。
 今更ながら緊張してきた…。
 心臓がドクドクと音を立てて鳴り響いて、頭にカッと血が昇る。。
 大体にして今夜確実にセックス出来るとは限らない。
 もしかしたら城之内は本当に呆れてしまって、オレに興味を無くしてしまっているのかもしれないのだ。
 当たり前だ…。あんなにオレの事を抱きたがっていたのに、結局最後までオレが拒み通してしまったのだ。
 それで呆れられない筈が無い。
 だけど、オレはその時唐突に思い出した。
 城之内は…待つと言ってくれたのだ。
 オレが怖くなくなるまで待つと…そう言ってくれた。
「今が…その時だ」
 誰にも聞こえないように小さく呟くと、オレは湯船の中から勢いよく立ち上がってバスルームを後にした。


 バスローブを羽織って風呂から上がってくると、城之内はベッドに腰掛けて雑誌を読んでいた。
 乾いた喉にミネラルウォーターを流し込みながら、ゆっくりと近付いていく。
「海馬、あがったのか?」
「あ…あぁ」
 まだ何も進展していないのに、恥ずかしくて堪らない。
 真っ直ぐにこちらを見詰めてくる城之内の視線が耐えきれず、思わずスッと横を向いてしまった。
 ミネラルウォーターのボトルをサイドボードに置いて、オレは城之内の横に腰掛ける。
 ふと、オレと城之内の間の拳一つ分空いた距離が気になった。
 思い切って腰を上げてその距離を詰めようとすると、逆に城之内がその分横にずれてしまった。
「………?」
 気のせいかと思ってもう一度詰めてみても、城之内は同じように横にずれてしまう。
 無意識なのか、それとも意識的なのか。
 城之内のそんな行動に少し悲しくなった。

「城之内…」
「な、何?」
「何で逃げるんだ」
「え? べ…別に逃げてなんかないぜ?」
「逃げてるじゃないか!! そんなにオレに触れるのが嫌なのか!?」

 オレから逃げてるのは明白なのに、それを言い訳する姿にも悲しくなって思わず大声を上げてしまう。
 だけど城之内はそんなオレの台詞に「はぁ?」と間抜けな声を出しただけだった。

「触れるのが嫌って…。そんなのある訳ないだろう?」
「あるじゃないか! オレの事なんてもう呆れてしまったのか!?」
「呆れるって…っ。何で唐突にそんな話になるんだよ!」
「唐突じゃない! ずっと思っていたのだ! 何で貴様はオレに触らなくなったんだ…。確かにあの時みっともない姿を晒したとは思っているが、そんなにオレに幻滅してしまったのか…?」
「あの時ってどの時よ…?」
「花見でオレが酔っぱらった時だ…っ! 大体そんなにセックスしたければ、あの時に遠慮無く襲えば良かったではないか! オレとてそれが本意だったから、別に怒りもしないし嫌いになったりもしない。なのに貴様はそんなオレに呆れて…ついに手を出さなくなって…。オレは…オレは…待っていたのに…っ」

 言っている内に何だかとても情けなくなってきた。
 この二ヶ月間、ずっとずっと胸の内に溜め込んで来た悩みや愚痴が、ボロボロと口から零れ落ちていく。
 情けなくて苦しくて悔しくて、城之内が愛しくて欲しくて欲しくて欲しくて…。
 じわりと瞳の奥が熱くなって、自分が泣きそうになっている事を知る。
 泣きたくは無かったけれど、だけどそれを押し留める事が出来ない。
 緩んだ涙腺から溢れでた水滴は、あっという間に涙となってオレの瞳から流れていった。
「か…海馬…っ!?」
 オレの涙を見て、城之内が慌ててオレを抱き寄せる。

「ど、どうしたんだよ…っ! 泣くなよ…海馬…。頼むから…」
「だ…って…。貴…様…が…逃げる…から…っ」
「だから逃げて無いってば…」
「嘘…だ…っ」
「嘘じゃないよ。だってほら…あんまりくっつくと…したくなっちゃうから…。だからオレはお前とはなるべく接触しないようにだな…」
「それを…逃げて…ると…言うのだ…っ! 馬鹿者…っ!!」

 しゃっくり上げながらギュウと力を入れて城之内の身体を抱き締め返す。
 セックスに対する恐怖心なんていつの間にかどこかに行ってしまって、今は城之内の事だけしか考えられない。
 今この腕の中にいる男の事が愛しくて愛しくて、コイツを本気で欲しいと思っていた。
 涙をバスローブの袖でグイッと拭い去り、オレは城之内の顔を見詰めた。
 困惑の表情を浮かべる城之内に、オレの言葉を一言一句聞き逃されないようにゆっくりと言葉を紡いでいく。

「オレは…もう…大丈夫だから…。だから…してくれ、城之内」

 オレの言葉に城之内がピクリと身体を揺らして反応したのが分かった。
 いつも優しい色を称えている琥珀の瞳には、動揺と情欲の色が混ざり合ってゆらゆらと動いている。

「そんな事言われたら…オレ本気にしちゃうよ?」
「すれば…いい」
「本気で抱いちゃうよ…? いいの?」
「いいと言っている」
「後悔しない? 怖かったんじゃないの?」
「くどいぞ、凡骨!!」

 叫んで目の前でバスローブを脱ぎ捨ててやった。
 こうでもしないとオレの言葉を本気にしないだろうと思ったから。
 案の定、裸になったオレを見て城之内がゴクリと喉を動かした。
 オレの裸を見て興奮されたんだと気付いて、カーッと顔が熱くなる。
 真っ赤になったまま黙って俯いていたら、城之内の腕が伸びてきて、そのままベッドの上に押さえ込まれてしまった。

「分かった…。じゃぁもう、遠慮しないからな…。お前を抱くよ?」

 熱の籠もった声でそう言われて、オレは目をギュッと強く閉じてコクリと一つ頷いた。