Text - 短編 - ブランチ

城之内×海馬。海馬の一人称。
別に続き物という訳ではありませんが、『鎮魂歌(前編)(後編)』と同じ世界観で書いてあります。
まったりとした何気ない日常のワンシーンをどうぞ~。

 




 ふと、隣でゴソゴソ動く気配に目が覚めた。
 何だかとても良い夢を見ていたような気がするので、ゆっくりと覚醒していくその感覚を勿体無いように感じてしまう。目を開けるつもりも無いまま不機嫌に眉根を寄せたら、今まで隣にあった熱が半身を起き上がらせてクスクスと笑い出した。

「何だ。朝から酷い顔だな」

 そう言ってそいつは、人差し指の腹でオレの眉間に寄った皺をサワサワと撫でて笑っていた。それが余りにしつこくてうざくなり、重い瞼を無理矢理開くと、妙に嬉しそうな顔をした城之内が目に入ってくる。

「おはよ、海馬。もう十時になるぞ」

 裸の半身でオレに半ば覆い被さりながら、城之内は優しい声でそう言った。大きくて熱い掌がサラリとオレの髪を梳く。それをうざったそうに手で払えば、今度はにこやかな笑顔のまま頬に口付けて来た。もう一度掌で前髪を掻き上げながら額にも一つキスを落とされ、次いで瞑った左右の瞼の上にも一つずつ…。

「お寝坊さんだな。ほら、起きて朝飯食おうぜ?」

 剥き出しの肩を揺さぶられて、それでもオレは眠たくて堪らなかったので掛布を被ってベッドに潜り込んだ。
 オレはまだ眠いんだ。いいから放っておいてくれ。
 余りの眠たさに声は出ないが態度でそう示すと、頭上から城之内が大きく嘆息した音が聞こえてくる。そして、奴は呆れたようにベッドから降りていった。

「とりあえず朝飯作ってやるから。あと三十分経ったらちゃんと起きるんだぞ?」

 返事をする代わりに、更に深く掛け布団の中に潜り込んで意思表示をする。そんなオレに城之内は笑いながら、落ちていた服をゴソゴソと身に着け、やがて寝室から出て行った。
 部屋の向こうでパタパタと歩き回る足音を聞きながら、オレは未だしつこく襲ってくる眠気に逆らわずにウトウトとする。だが、一度覚醒してしまった意識はもう眠りへとは向かわず、確実に目覚めていくだけだった。仕方なしにベッドの上で半身を起き上がらせて、暫しボーッとする。
 乱れてしまった髪の毛を手櫛で直しながら、未だボヤッとした目でベッドの下を覗き込んだ。そこには昨夜城之内に剥ぎ取られた白いパジャマや下着がグシャグシャになって落ちていたが、もうそれを取り上げて身に着ける気もしない。

「………」

 仕方無しにシーツを身体に巻き付けて、それをズルズルと引き摺りながら寝室のドアを開けた。とりあえず熱いシャワーを浴びないと完全には目が覚めないので、リビングを通り抜けて浴室へ向かおうとする。

「こら! お前はまたそんな格好で…!」

 黒いエプロンを身に着けて、何やらお鍋の中を掻き混ぜていた城之内が、オレの姿を見咎めて大きな声を出した。
 もうオレがどんな格好でいようが放っておいて欲しい。どうせこのシーツだって洗濯しなきゃいけないんだ。脱衣所に持って行ってやる事の何がいけないというのだ。
 だが城之内は、オレがどんなにムッとした顔をしてもひるまない。それどころかズカズカと近寄って来て、纏っていたシーツをひん剥かれてしまった。

「これは預かっておくよ。今日は雨だからこんな嵩張る物を脱衣所まで持って行かれても困るんだ」

 城之内の言葉に何となく窓の外に視線を移すと、いつもだったら明るい日差しが入って来るそこは酷く暗く陰鬱な感じを醸し出していた。耳を澄ますとサーサーという静かな雨の音も聞こえてくる。
 あぁ…道理で今朝は特に目覚めが悪い筈だ。暗い日差し、静かな雨の音、上がらない気温。いつまでもウトウトと眠っていたいような気怠さがそこにはあった。

「怠い…」

 窓を見詰めながら何気なくそうぼやくと、城之内がオレの顔を凝視してプッと吹き出した。
 本当に失礼な奴だな、コイツは…。寝起きの人の顔を見て笑い出すなんて。

「何がおかしい…」
「悪い悪い。別に何もおかしくないよ。ただちょっと可愛いなーと思っただけ」
「可愛い…?」
「うん、可愛い。普段はキッチリ朝早く目覚める癖に、どうして休日だけこんなに目覚めが悪いのかなーと思ったら、何だかお前の事が凄く可愛く思えたんだ」
「平日と休日のモードを切り替えているだけだ…。そういう貴様は…意外と朝が強いよな…」
「あぁ、そりゃそうだ。ずっと新聞配達の仕事してたもん」
「………」
「何でそんな不満そうな顔してんだよ。いいから早くシャワー浴びておいで。頭重いんだろ?」
「誰のせいだと思っている…」
「はいはい。お前が仕事で疲れてるっていうのに、久しぶりの休日だという事で明け方まで頑張っちゃったオレのせいですね。それはちゃんと謝るから、シャワーを浴びて朝飯にしようぜ? オレ腹減っちゃった」

 そう言って城之内は、オレの左手を持ち上げて薬指に嵌めている銀色の指輪にキスを落とした。更にすっかり素っ裸になってしまったオレの身体を抱き寄せて、軽く唇を合わせられる。舌は入れられなかったけど何度も啄むようなキスをされて、漸く解放された時には二人とも顔が真っ赤になっていた。
 城之内と『結婚』して一年が経つが、未だにこういう新婚さん的なノリには慣れない。男同士でセックスまでしていて何だが、こういう軽いスキンシップの方がより恥ずかしく感じるのだ。
 そう感じているのはどうやらオレだけでは無いらしくて、城之内も同じらしい。だが城之内は、敢えてそういう事をするのが好きだった。顔を真っ赤にしながらも、心から幸せそうに笑うのだ。そして困った事に、オレもそんな城之内の笑顔を見るのが大好きだった。

「も…もういい! シャワーを浴びてくる!」

 恥ずかしさのせいで頭は大分クリアになった。勢いに乗せて振り返りながらそう言ったら、背後から「行ってらっしゃい~」という暢気な声が聞こえてくる。その声に幸せを感じながら、オレは浴室のドアを開いた。



 熱いシャワーを浴びて漸くスッキリして、バスローブを羽織ってリビングに戻れば、そこにはもう既に食事が用意されていた。パンや卵の焼けた良い匂いや、珈琲の芳ばしい香りに、流石に食欲が刺激される。

「おかえり。そこに座ってて」

 城之内の勧めるままに、オレは自分の席に座って出された珈琲に手を伸ばした。そしてまだ熱い珈琲を一口啜って、ホッと一息吐く。
 休日のブランチを作るのは、城之内の役目だった。『結婚』して一緒に住み始めて、休日の朝は全く起きられないオレの様子を見た城之内が自分からやり出すようになったのだ。最初は頑張って起きて手伝おうとも思ったが、元から朝が強くて料理も上手な城之内にとって、寝惚けた状態で突っ立ったままのオレの存在は酷く邪魔だったらしい。「黙って椅子に座ってろ」と何度も言われる度に、オレもいつしか手伝う事を止めてしまった。

「あー! また朝からブラックで飲んでる! ミルク入れろって言っただろ? それからスープも飲め」

 城之内はエプロンを外しながら椅子に座り、オレの目の前にミルクを差し出した。その言葉に渋々珈琲にミルクを注ぎ入れ、スープカップに入っているとろみを付けた野菜スープに口を付ける。野菜の甘みがじんわりと口中に広がり、幸せな気分になった。

「美味い」
「そうだろう。オレが作ったスープだからな」

 得意そうな顔で答えて、城之内は自分のトーストにザリザリとバターとイチゴジャムを塗っていた。オレもオレンジママレードの瓶に手を伸ばして、キツネ色に焼けたトーストにたっぷりと甘苦いジャムを載せる。トーストの端っこをサクリと一口噛んで租借していると、その間にも城之内は目の前の料理を凄い勢いで平らげ始めた。
 バターとイチゴジャムがたっぷり塗られたトースト、お手製の野菜スープ、目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン、蜂蜜を載せたヨーグルトに熱々の珈琲。
 それら全てを一気に食べて、「ご馳走様」と手を合わせた。

「相変わらず早いな…」

 余りのスピードに呆れて呟くと、城之内はキョトンとした顔を見せて「そう?」と口にした。

「オレが早いんじゃなくて、お前が遅いだけなんじゃないの?」
「いや…。お前も充分早い」
「まぁ、どうでもいいけどさ。冷めない内に早く食べちゃってよ。せっかく作ってあげたんだから」
「わ…分かっている」
「もう十一時かー。今日何しよう?」
「晴れたら買い物に出掛けたいと言っていたな」
「うん。新しい靴が欲しかったんだけどさー。でも雨降っちゃったしなぁ…。たまには家でゆっくりする?」
「それも良いんじゃないか? 観たい映画もあると言っていただろう」
「そうだな。じゃあ後で一緒に観よう。そんで今日はゴロゴロしてよう」
「貴様と一緒にゴロゴロすると、碌な事にならない」
「あはは。いいじゃん別に。『結婚』してるんだし」

 幸せそうにケラケラ笑う城之内に、オレは呆れたように深く溜息を吐いてみせた。だがオレが本気で嫌がっている訳では無い事を分かっているのだろう。城之内はにこやかな笑顔のままわざと左の方の手を伸ばして、テーブルの上に置かれていたオレの左手を握ってくる。カチリ…と結婚指輪同士がぶつかって、小さな音が響いた。
 男同士だから籍は入れられない。形だけの『結婚』。だがオレ達の間では、この『結婚』は紛れも無い本物だった。

「愛してるよ」

 ニコニコと最上の笑顔を浮かべつつ告げられた愛の言葉に、オレはまた顔を赤くし「ふん…」と鼻であしらいながら温くなった珈琲を啜った。



 これがオレ達の『結婚』生活。そして休日の過ごし方。最上のブランチを済ませた後は、ただゆっくりと流れる時間を楽しみながら寛ぐのだ。
 既にDVDのセッティングをし始めている城之内を横目に見ながら、オレはダイニングテーブルの椅子から立ち上がってリビングへと歩いていく。
 これから二人だけで映画を観る為に。そして城之内と優しい休日を過ごす為に…。