Text - 短編 - ブラックホール

城之内×海馬前提のちょっとお馬鹿なお話。
珍しく遊戯視点です。
世間の常識に敢えて逆らってみましたw

 




 城之内の机の横に引っかけられている紙袋からカラン…という軽い音がしたのを聞いて、遊戯は思わず振り返った。あの紙袋の中には海馬から城之内へと貸し出された、立派な重箱が入っているのを遊戯は知っている。
 城之内と海馬が付合うようになって数ヶ月。遊戯は彼等が恋人同士としてそれなりに仲良くやっている事を知っていたし、普段は言い争いばっかりしている二人がたまに仲睦まじい様相を見せたりするのを微笑ましく見守っていた。仕事に追われてなかなか学校に来る事が出来ない海馬が思い出したかのように登校して来るときは、二人で仲良く昼休みを屋上で過ごす事も知っている。
 それがいつからだろうか。最初は二人揃って別々のお昼を用意していたのだが、その内城之内が二人分の弁当を作って来るようになったのは。
 遊戯は城之内の料理の腕を知っていたし、海馬がそれに目を付けても不思議では無いという事も分かっている。学校に来る時は予め海馬から城之内へ連絡が成されて、それで城之内がお昼を用意してくる事も理解出来た。それに何だかんだ言っても城之内は、自分自身に対しては結構ズボラでも、好きな人間に対しては結構マメなところがあるのだ。遊戯もそれを理解しているからこそ、城之内が毎回海馬の為に弁当を作って来るのは、別段不思議な事とは捉えてはいなかったのだが…。
 それにしたってこの量は多過ぎだろう…と、遊戯は紙袋の中を覗き込んだ。
 紙袋の中に入っているのは、三段の重箱だ。流石海馬が用意しただけあって、漆塗りの立派な奴だ。
 今は五時限が終わったばかりで、つまり昼休みが疾うに終わっている今、紙袋の中の重箱は当然空だった。
ただそこにどうしても疑問を覚えてしまう。
 城之内が毎回この重箱にお昼を詰めて来るのを知ってから、興味を持った遊戯は一度紙袋ごと重箱を持たせて貰った事があった。「重いから気をつけろよ」という城之内の声に頷いて紙袋の取っ手を持たせて貰った遊戯は、次の瞬間、ズシリとした余りにも重いその感覚に驚いて危うく紙袋を手放しそうになってしまった事がある。
「えーっ!? 何コレ。すっごく重い」
 思わずそんな事を口走ると、城之内はハハハと酷く楽しそうに笑って「そりゃそうだ。結構みっしり詰め込んであるからな」と軽く言い放った。
 三段の重箱にみっしり詰まった昼御飯。それがたった二人の胃に治まるとは考えにくい。
 城之内が結構大食いなのは元から知っていた。身体を使ったバイトをしているから、それだけエネルギーを欲しているのも仕方無いと思う。それに対して海馬は超小食。海馬との付き合いはそれなりに長くなるが、遊戯は未だに彼が何か物を食べているところを見た事が無い。
 だからとても不思議なのだ。こんな大きな重箱にみっしり詰まったお昼を、僅か一時間の昼休み中にどうやって全て空にしているのか。
 大体こんな重箱、運動会の時に家族皆で食べる為に母親が精を出して作ってくれる時か、もしくは正月のおせち料理の時しか見た事が無かった。
 その疑問を解決する為に、遊戯は机に突っ伏して居眠りをしている城之内に思い切って聞いてみる事にした。本当は海馬にも聞いてみたかったのだが、彼は昼休み終了と共に会社に戻ってしまっている。

「ねぇ…。城之内君」

 肩を掴んで揺さぶると、城之内はすぐに眠そうな目をしながらも顔を上げてくれた。

「んぁ…? 何だ遊戯」
「あのさ。最近海馬君が学校に来る時って、城之内君お弁当作ってきてあげてるよね? この重箱一杯に」
「あぁ、そうだけど?」
「それってやっぱり二人で食べてるの? それとも他の人にもあげてたりしてるの?」
「このオレがせっかく海馬の為に作ってきた弁当を、他の奴にあげてたりする訳ないだろう? いくら遊戯でもそれはダメだぜ。あ、もしかしてオレの弁当食いたいの?」
「あ…ううん。そうじゃなくて…。凄く不思議だなって思ってて…」
「不思議? 何が?」
「だって、この量でしょう? 二人でどうやって食べてるのかなーって思って…」
「どうやってって…」
「城之内君が結構食べるのは知ってるよ? でももう一人はあの海馬君でしょ? 海馬君、ただでさえ小食なのに…」
「海馬が小食…ねぇ…」

 遊戯の言葉に城之内は意味ありげに笑い、チラリと遊戯を見上げる。それに対して首を傾げると、城之内は椅子の上で気持ち良さそうに大きく伸びをして笑ってみせた。

「よし分かった。今度の日曜日、海馬邸にお昼食べに来いよ」
「海馬君のとこに?」
「あぁ。今度の日曜日はオレが奴の昼飯を作ってやる事になっているんだ。お前一人増えたとこでどうって事無いから、たまには一緒に食おうぜ」
「で…でも、突然そんな事決めちゃったりして、海馬君怒らないかな?」
「んぁ? 大丈夫だろ? アイツもお前の事は認めてるし、別に何も言わないと思うぜ」
「そ、そう。ならいいんだけど」

 せっかく恋人同士だけで過ごす日曜日に自分がお邪魔しちゃっていいのかなぁ…と遊戯は迷ったが、結局城之内の押しに負けて承諾する事になってしまった。
 そう…。この時まで遊戯は完全に忘れてしまっていたのだ。今は落ち着いてすっかり大人しくなった海馬が、元は奇天烈な人外並の生物だという事を…。


 次の日曜日、遊戯は約束した時間に海馬邸に辿り着いた。遊戯が来る事は既に邸の人間にも連絡が行き渡っていたようで、メイドに案内されて食堂まで連れて来られると、そこには既に海馬が上座に座っていて、入って来た遊戯を見て手招きをする。

「よく来たな遊戯。貴様の席はこっちだぞ」

 その言葉におずおずと近寄って指名された席に座ると、海馬は何故か得意そうに胸を張って厨房を指差した。

「凡骨は今調理中だ。もう少しで出来るだろうから大人しく待っているがいい」
「あー…。本当に城之内君が料理してるんだね。それはそうと、急にゴメンね。迷惑じゃなかった?」
「別にオレは構わないぞ。凡骨がいいと言ったのならそれでいい」

 海馬の穏やかな表情を見て、遊戯はホッと胸を撫で下ろした。
 せっかくの恋人同士の時間を邪魔して海馬に不機嫌になられたら困るからだ。
 料理が来るまでの間、デュエルの事や学校の事などを二人で話していると、厨房から城之内がワゴンを押してくるのが目に入ってくる。どうやら準備が整ったらしい。

「はい、おまたせ-。今日はイタリアンだからな。一杯食えよ?」

 そう言って城之内が差し出した皿には、美味しそうなカルボナーラが盛られていた。
 温かな湯気の中に甘いクリームと濃厚なチーズ、そして黒胡椒のスパイシーな香りが漂ってきて、空腹だった胃がグゥと鳴るのを感じる。

「わぁ、美味しそう! コレ本当に城之内君が作ったの?」
「おうよ!」

 自信満々にそう言いつつ、城之内はまず一つ目の皿を遊戯の前に差し出した。それを見て遊戯は慌ててそれを止める。

「あ、僕は後でいいから…。先に海馬君に」
「何言ってんだ? 普通はお客様が先だろ? それに海馬のは別にあるからいいんだ」
「え…。で…でも…」

 恐る恐る脇に座る海馬に目線を向けると、海馬は意に関せずと言った表情で黙って座っている。それを見て遊戯は諦めて、城之内が食事の準備してくれるのに任せていた。
 目の前のテーブルには出来たてのカルボナーラとスープカップに入った野菜たっぷりのコンソメスープ、それに小皿にまるで絵のように飾られたカプレーゼとバケットのガーリックトーストまでが綺麗に並べられて、まるで高級レストランのランチのようだった。
 遊戯がそれに感動していると、粗方遊戯への給仕を追えた城之内はワゴンを押して今度は海馬の側まで行く。そして彼の前に差し出されたカルボナーラを見て…遊戯は思わず目を剥いた。
 皿の大きさが…格段に違ったのだ。遊戯の目の前にあるパスタ皿の倍はあるだろう。そしてそこに山盛りになったカルボナーラからは大量の湯気が出ていて、その奥に座っている海馬の顔が認識出来ない程だ。

「え………?」

 信じられない物を目の当たりにして思わずそれを凝視していると、今度は巨大なスープ皿に入ったコンソメスープがテーブルに置かれる。ていうかそれ…もうスープカップじゃないよね? 丼だよね?
 そう遊戯が心の中でツッコミを入れていると、今度は大皿にたっぷり載せられたカプレーゼが目に入ってきた。
 え…? ちょっと待って? カプレーゼってそういう料理だったったっけ? スライスされたトマトとモッツァレラチーズは凄く綺麗に並べられているし、赤と白と緑の対比が綺麗だなーとは思うけどさ。普通は僕の前に置かれているような、小皿料理じゃなかったっけ? 何でそんな大皿にずらっと並べられてるの?
 余りの事に目を白黒させる遊戯を他所に、城之内は更に海馬の目の前にほぼバケット一本分はあろうかというガーリックトーストまで並べ始めた。
 もうここまで来ると唖然として声も出ない。
 ポカーンと口を開けっ放しにしている遊戯に苦笑しつつ、城之内は最後に自分の分のランチを用意し、そして氷の入ったグラスに三人分の水を注いで配り終えて席に着いた。

「準備おっけー! それじゃぁ、頂きます!!」
「うむ。頂きます」
「……いただ…きま…す」

 元気よく城之内が号令を発すると同時に、全員が食器を持って目の前のランチに取り掛かった。
 城之内が作ったランチはどれも最高に美味しかった。カルボナーラは濃厚なチーズやクリームがパスタによく絡みついていて、それでいて黒胡椒のスパイシーな香りが全体的にくどくさせずに飽きずに食べることが出来た。コンソメスープも野菜が柔らかくなるまで煮込まれていて味がよく染みて美味しかったし、カプレーゼも甘酸っぱいトマトとあっさりとしたモッツァレラチーズの組み合わせが最高で、バジルのアクセントも良い味を出している。それにその合間に食べるガーリックトーストも、上品なガーリックの香りと芳ばしいバケットが本当に美味しかった。
 ………筈なのだが、遊戯は目の前の光景から目を離すことが出来ずに、その殆どの味をよく覚えられなかった。
 流石に海馬だけあって、食べ方は非常に上品なのだ。フォークやスプーンを上手に使って、パスタやスープやカプレーゼを一口一口綺麗に食べている。ただ、その一口が問題なのだ。
 その小さい口のどこにその大きさが入るの? というぐらいの巨大な塊をヒョイと口の中に放り込み、いつの間にか租借されて消えている。
 一つ一つの動作が優雅な為つい騙されがちになるが、遊戯は海馬が物を食べるスピードが異様に速い事にも気がついた。あれだけ大量に並べられていた料理が、あっという間に消えていく。瞬きを一つする度に、そこにあった筈の料理がもう彼の胃の中に移動してしまっているのだ。それはもうマジックだった。いや、むしろ本物の魔法と言っても過言ではないだろう。
 遊戯が自分のランチをまだ半分しか食べていないというのに、すっかり自分の分を平らげてしまった海馬は、次の瞬間恐ろしい事を口走った。

「凡骨、おかわりは?」

 お、おかわりぃーっ!?
 あんだけ食べてまだ食べるの!? ていうかそこにあった料理は一体どこに消えたの!? 海馬君のお腹、全然引っ込んだままなんですけど…。ブラックホールなの!? 海馬君の胃はブラックホールなの!?
 海馬の発言で遊戯があわあわしていても、城之内は慣れているのか、別に驚くことも無く黙ってその場を立ち上がった。

「パスタはもう無いけど、スープとガーリックトーストだったらまだあるぜ」
「ふむ。ではそれだけで構わん」
「了解ー!」

 海馬の言葉を受けて、城之内が厨房へと消えていく。
 それだけでって…。あんだけ食べてまだ食べられるんだ…。
 遊戯は海馬の食いっぷりにあてられて、すっかり食欲を無くしてしまった。とは言ってもせっかく城之内が作ってくれたランチを残す事も憚られ、その後は美味しい筈のランチを無理矢理胃に詰め込む作業に専念する事になったのである。


 数十分後、結局おかわりした分のスープとガーリックトーストも綺麗に食べ終わった海馬の「凡骨、デザートを持ってこい」の一言でテーブルに並べられたケーキを、遊戯はウンザリした気持ちで見ていた。
 いくら城之内とは言え流石にデザートまでには手が回らなかったらしく、今目の前に置かれているオレンジのカップケーキは海馬邸のパティシエが作ったものだという。
 甘いオレンジのスライスが乗った小さくて可愛いカップケーキは、見ているとそれだけで幸せになりそうだった。遊戯がうんざりしているのは、自分用に用意されたその小さなカップケーキでは無い。海馬の目の前に置かれた、ワンホール分あるオレンジケーキだった…。
 まさかそれを一人で食べるんじゃないよね…? と心の中で疑問を投げかけるが、どこかでそれを肯定する声も聞こえている。
 案の定、海馬はデザート用のナイフを持ってケーキをざっくりと切り分けると、一番大きな塊にフォークを刺して…一口で食べてしまった。

 あ り え な い …っ !!

 すっかり顔面蒼白になってしまった遊戯は、自分の分のケーキに手を付けることを忘れて、目の前の光景に釘付けになる。
 ケーキと一緒に出されたコーヒーを飲みながら、海馬はもの凄いスピードでケーキを胃の中に収めていく。数分後、遊戯が見詰めたケーキ皿の上には、何も残ってはいなかった…。
 最後に残っていたコーヒーを全て飲み干し、ナプキンを口元に当てケプッと酷く可愛らしいゲップを一つすると、海馬はその場から立ち上がる。そして城之内に向かって言った。

「ふむ。今日も美味かったぞ凡骨」
「そりゃどーも」
「今度はデザートも作ってみてはどうだ? お前の腕なら美味しいデザートが作れると思うが」
「デザートかぁー。デザートって普通の料理とは違って、色々と計んなくちゃいけないから面倒なんだよなー…」
「慣れてしまえば大した事ないだろう。今度うちのパティシエに教えて貰うといい」

 海馬はそう言うと、今度は遊戯の方に目を向けて口を開いた。

「遊戯。オレは少々しなければならない事があるから、先に失礼させて貰う。ゆっくりしていくがいい」
「あ…うん」

 遊戯が頷くのを見届けると、海馬はさっさと食堂から出て行ってしまった。後に残されたのは遊戯の城之内の二人だけ。
 未だ自分の目の前で起こった事が信じられなくてポカンとしている遊戯に、城之内が笑いながら話しかけてくる。

「どうだ? 凄いだろう」
「う…うん…。まさか海馬君があんなに大食いだなんて…全然知らなかったよ…」
「アイツ、普段物食べないんだよ。集中すると食欲が完全に無くなるらしくってさ、丸一日何も食べなくても全く気にならないらしい。その代わりリラックスした時に無くなった食欲が全部一気に戻って来て、こんな風に大食いに変わっちまうんだ」
「そ…そうなんだ…」
「オレも最初はすげー驚いたけど、慣れればどうって事無くなるぜ。アイツの為に大量の料理を作るのも楽しいしな」
「さすが城之内君だね…。僕にはとても出来そうにないよ…。ていうか未だに信じられないし、見てるだけでお腹一杯になっちゃう…」

 はぁ~…と深く溜息を吐く遊戯に、城之内はただ面白そうに笑うだけだった。
 こういうのが愛の力っていうのかな…。あんまり理解したくないけど。
 すっかり膨れたお腹を擦りながら、遊戯はそんな事をゲンナリと考えていた。


 それから数日後。
 海馬が再び学校に来たその日の昼休みも、彼等は仲良く屋上へと連れだっていった。
 城之内の手にはあの立派な重箱が入っている紙袋が握られており、その中身はもちろんみっしりと詰まった海馬の為の昼食だ。
 海馬があの重箱の中身を全て平らげる様を想像して、遊戯はつい胸焼けを起こしてしまう。
 まだ何も食べていないのに既に満腹感を訴える胃を何とか宥めつつ、遊戯は母親が作ってくれた普通に一人前の弁当に箸を付けるのだった。