城之内×海馬。
ボカロの『A/p/r/i/l F/o/o/l』という曲に感銘を受けて、咄嗟に書き綴ってしまった話です。
ちょっとだけ切ない系。
「オレはアメリカに残る」
そう言い張る海馬の顔を、オレは信じられない気持ちで見続けた。
海馬がアメリカでずっと重要な仕事をしているのは知っていた。モクバとの幼い頃からの約束である『世界海馬ランド計画』を遂行する為だ。
だけどKCグランプリでアメリカの海馬ランドに足を踏み入れた時、その殆どが完成しているのを見てお前が帰って来るのももう少しだと思ったんだ。
実はオレ達は互いが互いに恋をしていた。
それを知ったのはバトルシティの飛行船の中で、アルカトラズに着く前日にお互いの気持ちを確かめ合ったオレ達は一度だけキスをしてセックスをした。
オレにとってはそれはスタートだった。
これで漸くあの海馬が手に入ったと思ったのに、海馬にとってはそれがゴールだったらしい。
最初で最後のセックスでオレへの気持ちにケリを付けた海馬は、その後オレの事などまるで眼中に無いように振る舞い、バトルシティが終わると同時にアメリカへと飛んで行った。
その後ドーマがどうとかKCグランプリがどうとかで何度か顔は合わせたけど、海馬は一向にオレを見ようとはしない。
こうしてエジプトで共にアテムを見送った後でさえも、アイツはオレの事を無視し続けている。
曖昧な海馬の態度に痺れを切らして、オレは海馬の止まっているホテルに押しかけて会いに行った。
どうしても話したいことがあると粘ると、海馬は仕方なさそうに自分の部屋に案内してくれる。
部屋に入った瞬間、オレは今まで我慢していた何もかもが突然切れてしまって、アイツをそのままベッドに押し倒して無理矢理抱いてしまった。
無理矢理…というとちょっと違うかもしれない。だって海馬は一切抵抗しなかった。
キスもセックスも無抵抗で受け入れて、最後はオレの身体にしがみついて泣いていた。
だからオレには海馬の本当の気持ちが分かったんだ。今でもオレの事を好きなんだと確信する。
全てが終わったベッドの中で裸の海馬を抱き締めて、オレは「一緒に日本に帰ってくれ」と真剣に頼んでみた。
今の海馬だったら絶対オレの願いを聞いてくれると思ったのに…、海馬が出した答えは冒頭のあの言葉だったのだ。
「な…んで…?」
動揺するオレを余所に、海馬は至極冷静に言葉を紡ぎ出す。
「世界海馬ランド計画は…オレとモクバの夢だ。こればかりは誰にも譲れない。この計画が完全に完成するまで、オレは日本には帰れない…」
「だって…もうあらかた出来ていたじゃんか…。後は現地の人間に任せればいいだろう…?」
「………。そう言う訳には…いかない…」
「何でだよ…。なぁ、海馬。オレの事好きだろ? オレの側にいたいだろ? オレと一緒に…生きたいだろ?」
「城之内…っ」
「海馬…っ! オレと一緒に帰れってば!!」
心の底からの叫びも海馬には届かない。
ただ目を瞑ってじっとしている海馬を見て、オレは自分の眼の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
耐えきれなくて海馬の身体を放り出して、オレはベッドから降りると脱ぎ散らかした服を拾って身に付け出す。
「あぁ…そうか、分かったよ! お前の気持ちは良く分かった! どうせ元からオレの事なんて暇潰し程度にしか思って無かったんだろ!」
気持ちが苛立って酷い言葉が止まらない。
こんな言葉を海馬に伝えたくなんか無かった。アイツに伝えるべき言葉は、もっと優しくて思いやりに満ちたものじゃないとダメだった筈なのに。
「オレだってそうさ! お前の事なんて何とも思って無い! キスだってセックスだって、ただの暇潰しだ! 嘘に決まってるだろ? お前の事を好きだなんて!! 好きだなんて…愛してるだなんて…、全部嘘に決まってる!! お前なんて…大っ嫌いだ!!」
大声で捨て台詞を吐いて、そのまま振り返らずに部屋を飛び出した。
部屋の奥で「城之内!」と叫ぶ声が聞こえたけど、聞こえないふりをする。
あぁそうさ、オレが馬鹿だった。海馬の事を好きだったなんて、きっとただの勘違いだったんだ。
あの良く通る綺麗な声も宝石みたいな青い瞳も、時々優しそうに微笑む表情も、全部全部忘れてやる!!
それなりに波瀾万丈な人生の中、これ程までに心が押し潰されそうに苦しくなった事は無かった。
遊戯達と泊っているホテルに向かって走りながら、オレは泣きそうになっていた。
だけどこれは悲しくて泣きそうなんじゃない。あんな愚かな男を少しでも好きになった自分自身が悔しくて、それで泣きそうになっているんだ!!
心の奥がキリキリと悲鳴を上げているのを無視して、オレは嘘でもいいからそう思い込んでいたかったんだ。
数ヶ月後、季節は移り変わってすっかり春になっていた。
エジプトから日本に帰ってきたオレ達は、今まで通り普通の学生生活を送っていた。
だけどオレの心にはポッカリと穴が開いてしまっていて、誰にもそれを埋める事は出来なかった。
悲しくなんてない。寂しくなんてない。
そう思えば思うほど心の穴は広がっていく。
「ふぅ…」
夕方、暖かい春風に吹かれながら遊戯と一緒に家まで帰りながら、オレはまた一つ小さな溜息を零す。
馬鹿話をして笑っていても、オレの心はどこか冷めていた。
「城之内君…」
突然遊戯が足を止めて、オレの事を心配そうに見詰めてきた。
「ねぇ、城之内君。まだ海馬君の事…忘れられないんだね」
遊戯の言葉にオレも足を止めて振り返る。
「オレが? 海馬の事を? まさか、冗談言わねーでくれよ。あんな嫌な奴がいなくなって、オレは清々してるんだぜ?」
「それは嘘だよね、城之内君」
「嘘じゃねーって! ホントだ! オレは海馬の事なんて何とも思ってないから!!」
「そう。じゃあ、アレを見ても同じ事が言えるの?」
そう言って遊戯がオレの背後を指差す。
恐る恐る振り返ると、桜の街路樹の道の先に何時の間にか黒塗りのリムジンが一台止まっていた。そしてそのリムジンの脇に立っている長身の影に、オレは心臓が止まりそうになる。
散り始めた桜の花びらの向こうに見えるあの影は…まさか…でも…っ!
「え…? 何でだよ…?」
「実は数日前から海馬君から連絡が来てたんだよ。城之内君が心配だからやっぱり帰るってね。ついでに僕たちが帰る時間帯や道順を教えてくれって。多分最初から待ち伏せする気満々だったんじゃないかな?」
遊戯の説明を聞きながらも、オレの目線はすっかり数十メートル先にいる男に釘付けになっていた。
震える足で一歩踏み出す。続いて二歩目、三歩目も。
踏み出す毎にオレの足は速さを増して、ついには鞄を投げ出して全速力で駆け出していた。
走っていることで揺れる視界に入る長身の男の影はどんどん大きくなっていって、そしてついに目の前に迫った姿に飛びつくように思いっきり抱きついた。
「痛いぞ、凡骨」
「うるせぇ…っ!!」
視界が揺れていたのは走っていただけじゃ無かったらしい。
眼の奥が熱くなって、あの日流せなかった涙がボロボロと零れて止まらない。
相変わらず細い身体をギュウギュウと抱き締めながら泣いていたら、海馬がオレの肩口でフッと笑って背中を撫でてくれた。
「これは一体どういう風の吹き回しだ? お前はオレの事なんか好きなんかじゃなかったんだろう?」
「うるせぇよ…! お前少し黙ってろよ…っ!」
これ以上力を込める事が出来ないほど強く抱き締めながら、オレは海馬の耳元で叫んでやった。
「嘘に決まってんだろ!! お前の事が嫌いだなんて!! 好きだよチクショー!! 世界で一番愛してんだよ!!」
オレの告白に海馬もギュッと力を入れて抱き締め返してくる。
「だから…もうオレの側を離れるなよ…」
泣きながら告げると、海馬がコクリと頷いたのが分かった。
春の風に散る桜の花びらに吹かれながら、オレ達はいつまでも強く抱き締め合っていた。
次の日「あの桜吹雪がまるで君達を祝福してるみたいに見えたんだよ!」と嬉しそうに語る遊戯に、オレは照れてそっぽを向いた。
だけどまぁ、反論は出来ないよな。
海馬と再会してたった一日経っただけなのに、オレの心の穴はすっかり全部塞がってしまった。
「現金だよな」と呟くオレに、隣にいた海馬が「そうか?」と嬉しそうに返す。
何時の間に復学手続きをしたんだか、さも当たり前のように教室に居座って周りの空気に溶け込んでやがる。
「お前、もうオレに嘘吐かせんなよ」
「貴様も、もうオレに嘘は吐くなよ」
「分かってるよ。もうオレはお前に嘘は吐かない」
オレ達の会話を遊戯が微笑ましく見ている。
ったく…。そんなの、嘘に決まってんだろ? お前を喜ばせる嘘だったら、これからもいくらでも吐いてやるからな。
まぁ、吐ける嘘があったらの話だけど。
そう思ってオレはすっかり散ってしまった桜の木を窓から眺めながら、余りの幸せ具合に小さく笑ってしまっていた。