Text - 短編 - メビウスの帯

城之内×海馬。
珍しく表君の一人称です。

 




「なぁ、遊戯…。オレ…どうしたらいいかなぁ…?」

 始業ベルが鳴る数分前、城之内君から発せられた一言に僕は笑って頷いて、机の中から筆箱とノートを取り出した。


 城之内君と海馬君が付合っている事は、もう随分前から知っていた。
 ただし清く正しいお付合いでは無く…不純異性交遊ならぬ不純同性交遊というか何て言うか。つまりただのセックスフレンドとしての付き合いだという事にも気付いていた。
 城之内君と海馬君は…違うようで全く同じだった。
 僕から見てもこの二人は良く似ていると思う。完全に正反対に見えて、実は根本が全く一緒なんだ。
 だからそんな二人が自分達の欠けている部分を相手に求めても仕方無いとは思っていた。
 怒りとか哀しみとか悔しさとか、自分の力だけではどうにもならなかった運命に必然的に積み上がって覆い隠されてしまった大事な部分。そんな友情や家族愛だけではどうにもならなかった部分を、二人はお互いに求めて身体を重ねる事で消化している。
 だから僕は何も言わなかった。例えそれに対して決して良い感情は持っていなくても…。
 実は城之内君や海馬君からそういう話を聞く度に、僕が微妙な顔付きをしている事を二人はよく知っていた。僕が二人の関係を快く思っていないという事を知ってからは、城之内君も海馬君も僕に自分達の話をする事は少なくなったんだけど、今日の城之内君は敢えてそんな僕に対して答えを求めて来ている。

 多分…もう限界だったんだろう。

 いつかこんな日が来るんじゃ無いかと思ってた僕は、特に驚くような事はしなかった。
 だって…今までの二人の関係は余りにも不自然だった。第三者の僕の目から見ても、その不自然さは際だっていたから…。
 それに気付かなかったのは本人達だけで、長い時間をかけて漸くそれに気付いてくれたようだった。それだけでも随分成長したんだなぁーと感心しつつ、僕は城之内君の問いに答える為に筆記用具を机の上に並べた。

「どうしたらって、何が?」

 完全に主語が抜けている問いではあったけど、僕には城之内君が一体何を言いたいのかよく分かっていた。分かっていたけど、敢えて細かく聞いてみる。

「それは…その…海馬との事を…だな…」
「うん。それは分かってるけど、城之内君は何をどうしたいの?」
「だからそれが分からなくて困ってんだろ」
「自分自身が分からないものを、第三者の僕が分かると思う? 大体そういう関係を望んだのは、城之内君と海馬君だったんでしょ」
「いや…それは…っ」
「答えは城之内君が自分で導き出すべきだと思うよ。でもまぁ…そのヒントくらいはあげるから、ちょっと待ってて」

 僕はそう言って城之内君を黙らせると、ノートを開いて使わないページを切り取った。そして筆箱の中から定規とカッターを取り出して、約一センチくらいの幅でノートの端を細長く切り落とす。次にピンクと水色の蛍光ペンを取り出して、ピラピラの帯になった紙片の片面にまずはピンク色のマーカーで真っ直ぐにラインを引いた。綺麗に引けたラインに満足して、また紙片を裏返すと今度は水色のマーカーでラインを引く。最後に細長い紙片の端と端をセロハンテープでくっ付けてリングにしてみせた。

「はい、出来上がり」

 出来た紙の輪を掌の上に載せて見せると、城之内君は腕を組んで盛大に首を捻っていた。

「これが…何だって?」
「この輪っかはね、今の城之内君と海馬君を表したものだよ。この外側の赤いラインが城之内君の道、そしてこっちの内側の青いラインが海馬君の道。今二人は同じ土台に立って同じような道を歩いているけど、その道が交わることは決して無い。今のままじゃ城之内君と海馬君はこのまま別々に生きるしか無いんだよ」

 薄い紙の土台の上を、外側と内側でグルグルと歩き続ける二人。紙自体は薄くて破れやすくて、会おうと思えばすぐにでも会えそうな距離にあるというのに、その実二人は決して会う事は出来ない…。
 そう、このままでは。

「これが今の城之内君と海馬君。でも、城之内君はこの状態ではダメだと…そう気付いてくれたんだよね?」

 僕が念の為にそう強く尋ねてみると、城之内君は押し黙ったままコクリと頷いて僕の言葉を肯定してくれた。
 良かった…。だったら答えまであともう少しじゃないか。

「城之内君。実はこの紙の表と裏にいる人物が、同じ道を歩ける方法が一つだけあるんだよ」
「え………?」
「ちょっと見ててね。今やってみせるから」

 驚いた表情の城之内君に微笑みかけて、僕は一度留めたセロハンテープを丁寧に剥がし始めた。セロハンテープが剥がれて再び細長い一枚の紙片になった紙切れを今度は半捻りし、もう一度端と端をセロハンテープでくっ付ける。
 出来た輪っかをもう一度掌の上に載せて、僕は城之内君の前に差しだした。

「ほら、もう出来た。城之内君。この輪っかが何て言うか…知ってる?」
「いや…?」
「これね、メビウスの帯っていうんだ。ほらよく見てみて。さっきと違って赤い道と青い道が繋がってるでしょ?」
「あ…ホントだ…」
「指で辿ってみると良く分かるよ。たった180°回転させただけで交わらなかった道が繋がるなんて凄いよね」
「うん、凄ぇ」
「城之内君が目指しているのは…こういう事でしょ?」

 メビウスの帯を手に取って心底感心したように眺めている城之内君にそう問い掛けてみれば、城之内君はこっちを向いてしっかりと頷いてくれた。
 あぁ…やっぱり、そういう事だったんだね。
 きっともうこの二人は、身体だけの関係じゃ満足出来なくなってしまったんだ。自分の怒りや悲しみを慰める為だけの行為から、相手の怒りや悲しみを癒す為の関係へと心が成長していった。自分の事は全て後回しにしてでも…相手に少しでも楽になって欲しいと、幸せになって欲しいと願っている。

 知ってる? 城之内君。人はそれを…恋と呼ぶんだよ?

 初めての恋に、城之内君がそれに気付いているとは思えなかった。だけど僕は、今はそれでいいと思っている。
 大丈夫。すぐに気付けるよ。
 君がその気持ちを大事に持ち続けているならば…。

「ね、城之内君。よく思い出してみて。このメビウスの帯がただの紙のリングだった時…、僕はどうやってこの紙の輪をメビウスの帯にした?」

 赤と青のマーカーが繋がった部分をじっと見ていた城之内君が、僕の声に驚いたように顔を上げた。

「え…? どうって…?」
「試しにもう一度やってみようか。それ貸して?」

 僕は再び城之内君からメビウスの帯を受け取ると、端を留めてあるセロハンテープを外して、元のピラピラの紙片に戻してしまった。そして今度は捻らないで、そのまま普通のリングにしてしまう。

「これが普通の紙のリング。これからあのメビウスの帯にするには、どうしたらいいと思う?」
「それは…こうやって…」

 城之内君がボソボソ呟きながら僕の掌から紙のリングを受け取って、くっ付いていたセロハンテープを綺麗に剥がした。

「まず、こうやって端っこを切り離して…」
「うん、そう。輪になったものは、一旦そうやって切り離さないとメビウスの帯には出来ないよね。それから半分捻ってくっ付け直せばメビウスの帯には出来るけど、何にせよまずは端を離してあげないとどうにもならない」
「遊戯…? 一体何が言いたいんだ…?」
「分からない? そんな事は無いよね。城之内君にはもう分かってる筈」
「………」

 今城之内君が手に持っているのは、端と端を切り離されてピラピラの紙片になってしまった一枚の紙帯。表には城之内君の道を表した赤いマーカー、裏には海馬君の道を表した青いマーカー。
 城之内君は暫くその紙片を見詰めたあと、半捻りして端と端をくっ付けて、それをメビウスの帯に仕立て上げる。

「一度…離れなきゃダメって事か…」

 出来上がったメビウスの輪を大事そうに見詰めながら、城之内君は深い溜息と共にそう呟いた。

「うん。僕は二人は一度離れるべきだと思ってる」
「やっぱりそうか…。オレも海馬もお互いに甘え過ぎたって…事かな」
「何だ。城之内君はちゃんと分かっているんじゃない。それなら大丈夫だよ」
「そうかな…?」
「うん、大丈夫。今はまだ二人ともあやふやな気持ちしか持っていないんだろうけど、暫く離れていれば自分の気持ちがしっかり見えてくると思うから…。だから暫くは離れて自分の事と、それから相手の事をよく考えてみて」
「あぁ…そうだな。分かった、そうしてみるよ。ありがとな、遊戯」

 僕の言葉に城之内君は何か決意を固めたらしく、顔を上げて見せてくれた笑顔にもう迷いの色は無かった。
 その直後、始業のベルが鳴って城之内君は自分の席へと戻っていき、机の上にはメビウスの帯が残された。赤と青のラインが繋がるその紙の帯を持ち上げて、僕はホッと安堵の溜息を吐く。

 まさか…まさかとは思ったけど…、君が海馬君と全く同じ答えを出すなんてね…。
 やっぱり凄いよ、城之内君。


 たまたま学校に来ていた海馬君が、放課後一人でいた僕に城之内君と同じ問いかけをしてきたのは、今から一週間前の事だった。
 頭の良い海馬君の事だから僕が作った紙の輪がメビウスの帯である事にはすぐに気付いたようだったけど、自分達がこれからどうしなければならないのかという答えを出す時間は、城之内君と余り変わらなかったように思う。
 多分…これから城之内君と海馬君は一度離れる事になるだろう。けれども僕は心配なんて全然していなかった。だってそうでしょう?

 お互いをお互いの半身として支え、導き出す答えも全く同じ二人に、本当の意味での別れが訪れるなんて考えられもしない事だ。

 これから二人は少し寂しい思いをしなければならないだろう。それは自分勝手な気持ちで互いを利用し合って心の伴わないセックスをしていた、ちょっとした罰って奴だ。
 でもきっと、その直ぐ後には最高の幸せが待っている。
 それは僕の願いなんかじゃなくて、もはや確信に近い何かだった。

「お幸せに…」

 至極幸せな気分でそう呟いて、僕はセロハンテープを外してただの紙切れになった二つ目のメビウスの帯を、大事にクリアファイルに挟んで置いた。
 いつか再び城之内君と海馬君の道が繋がった時、お祝い代わりに二人にこれを返してあげようと…そう決意して。