Text - 短編 - 貴方とあの人を繋ぐ橋

モクバ、お誕生日おめでとう!
という事で、モク誕用のお話です。
城海を前提にしたモクバの一人称。
ちょっぴり切ない系…?

 




 七月七日。今日はオレの誕生日だ。
 とは言っても今日はあくまで平日だから、海馬コーポレーション主催の派手な誕生日パーティーは日曜日に済ませてしまった。
 だから今日の夜は、オレと兄サマと城之内の三人だけで小さな食事会を行なっていた。


 一年くらい前からかな。
 城之内が突然邸に遊びに来るようになった。
 兄サマとは仲が悪かった筈だけどいつの間にか仲良くなってたみたいで、最初は休日とか週末の夜だけだったのに、ついには平日の夜とかにも出入りするようになっていた。
 ソレについて兄サマは何も言わなかった。
 だから多分兄サマの公認で遊びに来てるんだなって分かって、オレも城之内が遊びに来るのを待ち遠しく思うようになっていったんだ。
 というのも、オレも城之内の事が結構好きだったから。
 兄サマとは全然タイプが違うけど、それでも付合いやすかったし、兄サマ以上に遊び相手には丁度良かったしな。
 そういう訳でオレ達はよく三人で遊んで過ごした。
 デュエルもしたし、色々なボードゲームやTVゲームなんかも一杯した。
 その内オレも城之内の事をもう一人の兄のように思えてきたんだ。
 城之内もオレに懐かれている事をよく分かってたんだろうな。
 明るい笑顔でよく抱き締めてきて、頭をグシャグシャに撫でられた。
 ちょっと痛かったけど嫌じゃないのも事実だから、文句を言いつつも城之内の好きなようにさせていたんだ。
 そしていつの間にか、城之内の居る風景こそがオレ達の日常になっていった。
 それから城之内は料理も上手だった。
 ある日、専属のシェフが急用で故郷に帰らなくてはならなくなった日があって、オレ達は途方に暮れていた。
 朝食は作ってくれたけど昼食の用意が全然されていなくて、オレと兄サマは「今日は外食にするか」なんて相談をしていたんだけど。
 そうしたら城之内が突然「じゃぁ、オレが作る」とか言い出して、勝手に厨房に入っていってしまったんだ。
 数十分後、出てきたホカホカの炒飯に兄サマは「こんな庶民の食べ物を…」とブツクサ言ってたけど、最後までペロリと食べちゃったあたり、どうやら口に合ったらしい。
 確かにその炒飯はすんごく美味しかったのをオレも覚えている。
 卵と葱と叉焼だけのシンプルな炒飯は、オレが忘れてしまった昔懐かしい味を思い出させてくれた。
 で、それに味を占めて次に城之内が来た時も「何か作ってよ」と強請ったら、今度はナポリタンを作ってくれた。
 玉葱とピーマンとウィンナーを炒めてケチャップで味付けをし、茹でたパスタに和えただけのそれも物凄く美味しかった。
 こうして城之内は度々オレ達の為に食事を作ってくれるようになっていったんだ。


 実は今飲んでいる温かいミネストローネも、そんな城之内が作ってくれたものだった。
 最初はお金を出してオレの為にプレゼントを買おうとしたらしいんだけどさ、借金持ちに高価なプレゼントを強請るほどオレも酷くは無いし。
 だからオレの為にとびきり美味しい料理を作ってよって言ったんだ。
 他の料理はシェフが用意してくれるから、出来ればスープがいいって。
 そしたら出てきたのがこのミネストローネだった。
 賽の目に切られた野菜やベーコンがほどよく煮込まれていて、柔らかなマカロニがスープを吸って絶妙に美味しかった。
 あんまり美味しいからおかわりして二杯目も飲んでいたら、「実はそれ、セロリも入ってるんだぜ」と意地悪そうな顔で城之内に言われ、思わず吹き出しそうになった。
 マジかよ…。
 でもセロリ独特の苦みとか臭さとかも全然感じないしなぁ…。
 結局二杯目のスープも綺麗に完食してしまった。
 だって美味かったんだもん。


 城之内が邸に遊びに来るようになって暫くして、オレはある事に気付き始めていた。
 兄サマが時々…、本当に時々だけどオレの存在を疎ましく思ってる時があるみたいなんだ。
 三人で楽しく遊んでいても、時々チラリとオレの方を向いては小さく嘆息する。
 兄サマは気付かれてないって思っているみたいだったけど、その余りに分かりやす過ぎる行動でオレにはバレバレだった。
 その頃には城之内は遊びに来るだけじゃなくてたまに邸に泊ったりもしてたんだけど、特にそういう日の夜に兄サマのその行動は出ていたようだった。
 それまでは兄サマもオレと城之内が遊んでいる姿を微笑ましく見ているだけだったし、城之内の方もオレがその場にいる事に特に何も言わなかったから、オレは随分と気付くが遅れたんだ。
 オレは兄サマと城之内は、あくまで友人同士だと思っていた。
 だけどそれは違っていた。
 二人は友人なんかじゃなくて…恋人同士だったんだ。
 城之内が泊まりに来てる時、アイツが客室を使わずに兄サマと一緒に兄サマの私室に入って行くあたりで気付けば良かったんだと後悔する。
 せめて城之内がオレの事を邪魔に思ったり、オレが兄サマと仲良くしている事にヤキモチを妬いてくれたりすれば良かったんだよ。
 あんまり二人が仲良さそうだから、逆にオレの方がヤキモチ妬いちゃったりしてさ。
 城之内が泊まりに来てるって知ってて、わざと「兄サマ、今日はオレ兄サマと一緒に眠りたい」なんて我が儘を言う事が何回もあった。
 その時に二人とも何か言ってくれればいいのに、兄サマは「別に構わないぞ」とか言うし、城之内は城之内で「じゃ、オレは今日は客室で寝るわ」とか挙げ句の果てには「んじゃ、今日は帰るぜー」なんて言って本当に帰ってしまった事もあった。
 後から気付いた事だけど、城之内は自分の欲求より兄サマの幸せを一番に考えていたんだ。
 兄サマ自身と弟であるオレと恋人である城之内の三人が揃って初めて、兄サマの幸せが発生するんだって考えていたらしい。
 だからオレが無理矢理介入しても城之内は何も言わなかった。
 それどころか笑顔でそれを受け入れていた。
 兄サマも最初はそれで良かったらしい。
 だけど兄サマの気持ちは段々と成長していって、やがて次のステップに足を踏み入れた。
 つまり、自分とオレと城之内の三人一緒の幸せより、城之内と二人きりで恋人同士でしか築けない幸せを求め出したんだ。
 城之内は兄サマの幸せを最優先にするばかりに、その事に気付けないでいたらしいけどな。
 だけど兄サマのそんな気持ちはどんどん膨らんで、そしてついにオレの存在が気になり始めたんだ。
 兄サマがオレを疎ましく思うのは、城之内と早く二人きりになりたかったからだ。
 オレはそれを敏感に感じ取っていて、そしてそれと同時に、もう兄サマに頼るだけの子供は卒業しなくちゃいけないな…と心から感じていた。


 オレにとって兄サマは全てだった。
 母親はオレが赤ん坊の時に死んでしまったし、父親もオレが五歳の時に死んで顔も覚えていない。
 兄サマが、兄サマだけがオレの唯一の肉親であり、兄であり父だった。
 兄弟の絆は絶対で、そこには誰も立ち入る事は出来ないと信じていた。
 だけど…本当にそれでいいんだろうかと、オレは最近ふと考える。
 オレが兄サマに依存している間、兄サマ自身は何も出来ない。
 兄弟としての幸せを求める事は出来ても、自分だけの幸せを追う事が出来ない。
 果たしてそれで兄サマが本当に幸せかどうか考えた時、オレはすぐに出てきた答えに溜息をついた。
 幸せである筈…ないじゃんか。
 現に今、せっかく城之内という恋人がいるというのに、城之内と自由に愛し合う事も出来ていないじゃないか…。


 今日はオレの誕生日。また一つ歳を取って大人になった。
 兄サマからはずっと前から欲しかったプレゼントを貰って、城之内からは美味しいスープを作って貰った。
 幸せな幸せな誕生日。
 今日は誕生日だから、兄サマや城之内には目一杯甘えるつもりだ。
 だけどそんな子供っぽい事をするのも今日まで。
 明日からは一歩引いて、兄サマと城之内の幸せを黙って見守ろうと心に決めていた。
 ちょっと寂しいって思うけど、それでも兄サマにあんな顔をさせるよりずっとマシだと思った。
 オレは貴方とあの人を繋ぐ天の川の橋になろう。
 せっかくの七夕なんだから、彦星と織姫は幸せにならなくちゃいけない。
 この場合織姫はやっぱり兄サマなのかなぁ…なんて野暮な事を考えつつ、「誕生日おめでとう」と言ってくれた二人に「ありがとう」と応えて、オレは心から微笑んだ。
 あ、でも出来る事なら、来年の誕生日にはまた甘えさせて欲しいかな?
 年に一回の七夕だけは、織姫の弟にも幸せを分けてくれよ。
 な、城之内?