Text - 短編 - June bride(前編)♀

城之内×海馬。
『真実の証明』のにょた海馬のお話です。
女体化が苦手な方はご注意下さい~!!
あと今回、結構生々しい表現がありますので、そちらの方でもご注意を…(´∀`;

 




 早朝。まだ目覚ましにセットした時間にはなっていなかったが、海馬はゆっくりと目を覚ました。
 ここ何日か、ずっと気になっている事があって良く眠れない日が続いている。
 睡眠不足の為に重く感じる身体を何とか起こし、海馬はそのままトイレに向かった。
 そして流れる水音と共に、冴えない顔で部屋に戻ってくる。
 そのまま壁に掛かっているカレンダーを見詰めて、深く溜息を吐いた。
(今日も…来ていない…)
 焦る気持ちを落ち着かせようと何度も息を吐き出しながら、その目はカレンダーに刻まれている数字を追っていた。
 カレンダーの日付は、彼女の月経が一週間遅れている事を明確に示している。
 その事がどういう事なのか、女である自分には良く分かっていた。
(やっぱり…あの時…)
 三週間前の事を思い出して、海馬は泣きそうに顔を歪めその場に蹲った。


 今から三週間前。
 恋人である城之内とこの部屋でセックスをした時に事件は起こった。
 何時ものように城之内を受け止め共に達し、昂ぶっていた熱が冷めるのを抱き締め合いながら二人で待っていた。
 やがて体力を回復した城之内が身を起こし、海馬の中から自身を抜き出した時だった。

「あっ! やべぇ…っ!」

 突然の城之内の悲鳴に、海馬も何事かと起き上がる。
 そして足元に座り込んでいる城之内の手元を見詰め、一気に青ざめた。
 城之内の持っているコンドームの先端が、ほんの少しだけ破れていたのだ。

「ゴム…破れてる…」
「そんなものは見れば分かる」
「冷静だな、お前」
「何が冷静なもんか。これでも焦っている。問題なのはその破れたゴムを付けたまま中で出したかどうかなのだが」
「どの時点で破れたかは分かんないけど…。確実に中で出しちゃってます…」

 見事に破れた不良品のコンドームを挟んで、海馬と城之内は暫し無言で見合っていた。
 一見冷静に見えたが、今や海馬の頭の中は大パニック状態になっていた。
 チラリと枕元の電子時計を見遣り、そこに映し出されている日付を確認する。
 婦人体温計で排卵日チェック等をしている訳では無いので正確な日は分からないのだが、間違い無く排卵日前後…つまり危険日である事は明白だった。
 ショックで思わず固まってしまった海馬の肩を、城之内が掴んで揺さぶってくる。

「海馬…っ! とりあえずシャワー! シャワーで中洗ってこい!! 急げば何とかなるかも…っ」

 城之内の言葉に海馬は慌ててベッドを降り、そのままバスルームへと向かった。
 シャワーのコックを捻り、熱いお湯を勢いよく出した。
 そして水圧を強めに設定し、何とか中を洗浄する。

 まさか今日に限って排卵日ドンピシャという事は無いだろう。
 少しゴムが破れただけで、すぐに妊娠という事にはならない筈だ。
 万が一の事があっても、こうやって直ぐに洗っているんだから大丈夫だ。
 大丈夫…、そう…大丈夫だ…。
 きっと大丈夫。
 妊娠なんて事には…ならない…っ。

 長い時間をかけて中を洗浄しながら、海馬は少しでも良い方に考えようと努力する。
 だが言い知れぬ不安感は、どうしても拭い去る事は出来なかった。


 その時はかなり不安に思っていたものの、数日経つと城之内も海馬もすっかりその事は忘れてしまった。
 コンドームの破れ具合がほんの少しだったのと、直ぐにシャワー洗浄したという事実が、二人から不安感を取り去っていた。
 だがその忘れられた筈の不安感が倍増して海馬に戻って来るのは、それから直ぐの事だった。
 生理予定日が過ぎても…彼女に月経が訪れなかったのだ。
 最初は少し遅れているだけだと思っていた。
 だが二日過ぎても、三日過ぎても、海馬の身体に月経は訪れない。
 四日過ぎた辺りで本格的に焦りだした。
 眠る為に自室のベッドに近付く度に、あの日の夜の事を思い出す。
 城之内の焦ったような声、そして少しだけ破れたコンドーム。
 城之内と恋人同士になり何度も愛し合ったそのベッドは、海馬にとっていつの間にか幸せの象徴になっていた。
 だけど今はその幸せなベッドも、焦りと不安と後悔の念しか引き起こさない。
 海馬はそれが凄く悲しかった。


 そしてついに生理予定日から一週間経った今、海馬は今後の自分の身の振り方について真剣に悩む事になった。
 もし本当に妊娠していたら、自分は一体どうするのがベストなのだろうか。
 まず社会的地位での問題だ。
 海馬コーポレーションという大企業の社長という立場で考えるなら、そのまま妊娠を継続して出産するのはNGだ。
 自分は世界的にもKCの女子高生社長として有名になってしまっている。
 クリーンなイメージを保ってきたそれを、『女子高生社長。僅か十七歳で妊娠出産』などというゴシップで貶める訳にはいかない。
 大体これは自分一人の問題では無いのだ。
 社長という肩書きを背負っている以上、会社全体のイメージにも関わってくる大問題だ。
 だが個人の立場で考えた場合、決断は全く違ってくる。
 お腹の中にいるのは、間違いなく城之内の子供だ。
 愛している人の子供をそんな簡単に中絶してしまって良いのかと考えれば、それはそれでNOだった。
 ましてやまだ十代の身体で最初に身籠もった子供を無理に堕ろしたりしてしまえば、その後二度と子供が作れない身体になる可能性も低くは無いのだ。
 城之内と付き合う事になったあの夜。
 コンドームなどいらない、生がいいと我が儘を言った自分に、城之内は優しく微笑んだ。
 そして彼は海馬に『将来結婚して子供が欲しいと思った時は、ちゃんと生でやろうな?』と言ってプロポーズしてくれたのだ。
 それは将来自分と結婚した時に、海馬との間に子供が欲しいという城之内のはっきりとした意思表示でもある。
 その城之内の想いを海馬も痛いほどよく分かっていた。
 ましてや自分だって結婚したら城之内の子供を産みたいと思っているのだ。
 今無理に中絶するという事は、そんな二人の夢を摘み取ってしまいかねない事だった。
 それ以上にせっかく宿ってくれた念願の我が子を殺す行為に他ならない。
 とは言っても、城之内に子供が出来たという事実を告げるのも無理だと思った。
 まだ十七歳の彼にそんな重荷は背負わせたくなかった。
 だからと言って、一人でこんな重い事実を抱えるのも辛過ぎる。

「選べ…無い…。無理だ…。オレには…選べない…っ」

 蹲った膝の上にボタボタと涙が零れ落ちる。
 誰もいない早朝の薄暗い部屋の中、海馬の啜り泣く声だけが静かに響いていた。