城之内×海馬。
城之内の一人称です。
*マーク付いていますけど、本当にぬるいので余り期待しないで下さい…w
幸せの定義って一体何なんだろうな…とふいに思った。
こういうのは人によって全然違うんだろうけど、他人から見れば今のオレは充分に幸せなんだろう。酒飲みで借金持ちの父親を抱えているという特別な事情はあっても、何だかんだ言って高校は無事に卒業出来そうだし、就職の内定も決まっている。童実野町内にある小さな会社だけど基礎がしっかりしているから大丈夫だと、あの海馬にもオススメを貰った処だ。コレでオレは晴れて四月から会社員となる。
一時期は手の付けられなかった親父のアルコール中毒の症状も、専門の病院に通うようになってから大分マシになってきた。まだまだ油断は出来ない状態だけど、以前のような酷い錯乱状態に陥る事も無くなっている。
今まで頑張ってバイトしてきた甲斐もあって、借金も順調に返せるようになっていた。このまま正社員として真面目に働いていけば、問題無く完済出来るだろう。
全てが順調だった。オレの事も親父の事も、怖い程に全てが順調。ただ一つ…海馬との別れを控えている以外には。
海馬とオレは付き合っていた。
いや…付き合っていたと思っているのはオレだけかもしれない。海馬にしてみれば体の良いセックスフレンドに過ぎなかったのかもしれないけどな。
でもオレは海馬の事が大好きだった。自分と同じ男に対してこんな気持ちを抱くなんて…と何度も考えたけど、結局この気持ちは変わる事は無く、オレはずっと海馬の事が好きなままだったんだ。
こんな事になってしまった最初の切っ掛けは、もう一人の遊戯ことアテムが冥界に帰ってしまった事にオレが寂しさを覚えていたからだった。遊戯自身とはそれまでと何ら変わらない友達付き合いをしていたんだけど、確かにこの間まで側にいた筈のもう一人の親友の存在を感じられない事が寂しくて堪らなくて、たまたま学校に来ていた海馬に話しかけた事が始まりだった。
アメリカで事業を展開すると言っていたからてっきり向こうに行きっぱなしなのかと思ってたら、一月後、海馬は普通に学校に顔を見せた。重要な下準備だけ自分の手で行なって、後は現地のスタッフに任せるんだと遊戯に話して聞かせているのを、オレも少し離れた所で何となく聞いていた。
難しい話はオレには分からない。だけど、今までトゲトゲしていた気配が綺麗に無くなっている事に気付いた。目で確認する事は出来ないけど、何て言うか…全体的に丸くなったような感じを受ける。そして学生生活を共にしていく内に、オレはある事に気が付いた。
何となく…本当に何となくだったんだ。アテムの事なんか全く何も気にしていない素振りをして普段通りの態度を見せる海馬に、何となく…居心地の悪さを感じているような気配が見えたのは。
「なぁ…。アテムが…もう一人の遊戯がいなくなっちまって…寂しい?」
ある日の放課後の事、たまたま教室に二人きりで残った時に、オレは思い切って海馬にそう尋ねてみた。奴は驚きで青い目を大きく開き、パチパチと何度も瞬きを繰り返す。そして何の事だか分からないとでも言うように首を傾げたので、オレはもう一度尋ねてみせた。
「ライバルが永久にいなくなっちまうのって…やっぱり寂しい?」
「貴様の言うライバルが遊戯の事ならば、奴は今日も学校に来ていただろう」
「違うって。あの遊戯じゃなくて…もう一人の遊戯の方だよ。お前とずっと闘っていた方だ」
「………」
「今更『非ィ科学的』とか言うなよな。お前ももう知っているんだろ…? アテムの事を」
席に着いたままの海馬の側に歩み寄って、机に両手をついて正面から顔を覗き込んでやる。一瞬怒られるかなとか思ったけど、海馬は怒る事も茶化す事もせず、青い瞳で真剣にオレの顔を見詰めていた。
暫くお互いに黙って見つめ合って、やがて海馬は視線を外して小さく嘆息しながら口を開いた。
「知って…いる。アイツが魂だけの存在だった事も、三千年前のエジプトのファラオだった事も、冥界に帰ってもうこの世にいない事も…全て知っている。未だ半信半疑だがな」
「うん。それで?」
「それで…とは?」
「さっきの質問。寂しいと思う?」
教室の窓から夕日が差し込んで、俯き加減の海馬の顔に影を作る。今は上から見下ろしている状態のオレの目には、海馬の栗色の前髪や同じ色の睫なんかが映っていた。頬に影を落とす睫の影に「男の癖に睫長ぇなぁ…」なんて下らない事を考える。
「なぁ…海馬?」
海馬は何も応えない。ただ名前を呼ばれた事に反応して、チラリとオレの顔を見上げてくれた。
澄んだ青い瞳がオレの事を見詰めている。教室の中には誰もいなくて、野球部やサッカー部が校庭で最後のランニングをしている音や掛け声が窓から入って来て、沈みゆく夕日で辺りは真っ赤で…。まるで現実では無いような情景に、オレはつい考える事を放棄して先に身体を動かしてしまった。
引き結ばれた小さな唇に、オレの唇を軽く押し付ける。最初は一瞬だけ。二回目はもう少し長く触れ合わせてから顔を離した。それでも海馬が何も言わないのに焦れて「オレは…寂しいよ」と言ったら、「そうだな…」と漸く望む答えが帰って来る。その口元が僅かに綻んでいるのを見て、オレは海馬の両頬に掌を当てて三度目のキスをする為に顔を近付けた。
海馬は…何の抵抗もしなかった。ただ黙ってオレのキスを受け、潤んできた青い瞳をそっと瞼で隠してしまう。薄い唇の隙間から舌先を差入れ歯列をなぞりながら口を開けるように促すと、意外にも素直に口を開いてオレの舌を受け入れてくれた。顎や舌の付け根が疲れて痛みを感じるくらいに熱く絡み合い、高まってきた興奮に逆らわずにオレは海馬の身体を教室の床に押し倒す。今度こそ絶対怒られると思ったのに…海馬はそれでも抵抗しなかった。それどころか長い腕を持ち上げて、オレの背を優しく引き寄せてくれる。
凄く不思議だと思った。あのプライドの高い海馬が黙ってオレの好き勝手にさせてくれている事が。
でも、抵抗する事も嫌がる素振りも見せない海馬に、オレは何となく「あぁ…。コイツも寂しかったんだな…」と思ってしまう。必死に声を押し殺している海馬に優しいキスを落としながら、オレは生まれて初めて『他人』を『愛しい』と思う感情に戸惑っていた。
結局そのまま教室で海馬の身体を頂いてしまったオレは、その後も何のお咎めもなく、それどころかその後も同じようなお付き合いをさせて貰っていた…という訳だ。
最初はお互いの寂しさを埋めるだけの行為が、いつしか感情が伴うようになっていく。セックスは決して一方的な行為では無く、いつだってお互いに求め合う物だった。だからオレは間違い無く自分達は付き合っているんだと思ってたんだけど…海馬も同じように考えてるとは限らないんだよな。
だってよく考えてみたら、オレ達の間に言葉は無かった。言葉と言っても普通に喋っているあの言葉では無い。「好き」とか「愛してる」だとかの、相手に自分の好意を伝える為の言葉の事だ。
それに気付いたのは海馬とこういう関係になってしまってから一年以上が過ぎていて、それどころか高校の卒業が間近に迫った頃だった。
この頃の海馬は、もう卒業後にアメリカに行く事を決心してしまっていた。事あるごとにオレに対しても話して聞かせてくれて、まるで子供の様なキラキラした瞳で『世界海馬ランド計画』を得意そうに自慢してみせる。オレはそんな海馬の顔を見る度に胸がズキリと痛むのを感じていたんだけど、それでも何も言えなくて曖昧に微笑んで頷く事しか出来なかった。
年が明け、二月が過ぎ三月に入って、卒業は日一日と近付いてくる。海馬との別れがすぐそこにまで迫っているというのに、オレはまだ…決心出来ずにいた。
「海馬………」
「んっ…! はっ…ぁ…っ」
海馬の事が好きだった。本当に…心の底から好きだった。なのに今更『好きだ』と自分の気持ちを打ち明ける事が怖くなっていた。
最初はお互いの寂しさを埋めるだけの…身体だけの関係。オレの気持ちはそこから随分変わってしまったけど、海馬も同じだとは限らない。海馬にとっては、未だ寂しさを埋めるだけの行為に過ぎないかもしれない。
「海馬…。海馬………」
「あっ…あぁっ…! 城之内…っ」
海馬は…身体だけの関係に安心しているのかもしれない。そこに感情が付随したら、途端に嫌がられて離れて行ってしまうかもしれない。それどころか…気持ち悪がられて、今まで以上に嫌われてしまうかもしれない。
そう考えると怖くて怖くて堪らなかった。だって此方から仕掛けた関係なのに…自分の都合だけでそれ以上先に進めるなんて…とてもじゃないけど出来ないと思ったんだ。
「海馬…お前…。幸せ…か…?」
「な…に…?」
潤んだ青い瞳を訝しげに見開いて、海馬はオレを見詰める。
幸せそうな海馬。卒業したらお前は自由になって、遠くアメリカの地で小さい頃からの夢を叶えるんだ。たった一人の愛しい弟と共に…壮大で素晴らしい夢を。
対してオレは…今凄く不幸だ。親父の調子が良い。借金も確実に少なくなっている。高校も無事に卒業出来るし内定も決まっている。この先も何の問題も無く一人で生きて行ける。そう…ずっと一人で。
「オレは…幸せじゃない…」
「城之内…?」
一人は嫌だ…。一人は寂しい…。好きな人にずっと側にいて欲しいと思うのは…いけない事なんだろうか。ただの我が儘に過ぎないんだろうか。
寂しさを埋める為に始めた関係だったのに、今のオレはあの時以上の寂しさを感じている。こんな気持ちになるなんて…思いもしなかったんだ。
「海馬…辛いよ…」
教室はあの時と同じように春先の暖かな夕日で真っ赤に染まり、校庭からは運動部がランニングしている掛け声が響いている。隠れるように教卓の影で抱き合いながら、オレは我慢出来なくなって涙を零してしまった。一度流れ始めた涙はもう留める事も出来ずに、ポタポタと海馬の白い頬に落ちていく。オレの制服の裾を掴んでいた手を持ち上げて、その細い指先で涙を拭ってくれる海馬にまた感情がジワリと動いて、オレの涙は留まる様子を見せなかった。
「ゴメン…こんな…。自分から初めておいて凄く卑怯だと思うけど…。でもオレは…もう無理なんだ…」
「城之内…? 何を…」
「好きだよ…海馬」
「………っ」
「好きなんだ…。もうホント…好きなんだ。お前と離れたくないくらい大好きだ」
「城…之…内」
「でもオレは知ってる。お前が自分の夢の為に生きてるんだって事を…ちゃんと知ってる。だからお前がアメリカに行っちまう事を止める事は出来ない。でも…それでも…オレは辛い…っ。お前と離れなければならないのが…辛い…っ!!」
俯いて、海馬の白い胸に己の顔を埋めて。オレは声を殺して泣き続けた。海馬には、みっともない泣き顔は見せたくなかったから。ただいつ突っぱねられても良いように覚悟はしてたけど、海馬は…そんな情けないオレを拒否しようとはしなかった。それどころか涙を拭ってくれたあの指先で、オレの荒れた金髪を優しく梳いてくれる。
「海馬…?」
「良かった…。あぁ…良かった…」
耳に入ってきた声が酷く震えていて、オレは思わず顔を上げて海馬の顔を凝視して…酷く驚いた。
海馬は…泣いていた。オレと同じように静かに涙を零していた。
「海…馬…?」
「オレだけかと…思っていた。こんな気持ちを持っているのは…オレだけかと」
「何を…言って…」
「オレだってお前の事が好きだったのだ…城之内。けれどお前は何も言わないし、オレも…告げる勇気は無かった。何故ならば、最初はお互いに寂しいだけだったのだからな…」
「海馬…」
「それに…お前はずっと身体だけの関係を望んでいるんだと…思っていた。もう一人の遊戯がいなくなった寂しさをオレで紛らわしているだけかと…」
「そ…それは違う!!」
海馬の言葉に思わず大声で反論してしまった。
いや…確かに海馬の言う事にも一理ある。最初に海馬を抱いた時は間違い無くそうだったのだから。でも今は違う。絶対に違う。オレは海馬を愛してるから…抱いているんだ。
「最初は…そうだった…けど、でも今は違う。海馬の事が好きだ…。同じ男なのに凄く好きなんだ」
「城之内…。それは…本当か?」
「こんな事嘘言ってどうするんだよ。でも…だからこそ…オレは辛い。卒業したらお前がアメリカに行っちまうなんて…耐えられない」
「じょ………」
「側にいて欲しい。無理だと分かっていても…どうしてもそう考えちまう。アメリカになんて行かないで欲しい。オレの側に…いて欲しい!」
細い身体を力一杯抱き締めて、海馬の耳元で必死に訴えかけた。
海馬のアメリカ行はもう決定事項。今更想いが通じ合っても遅いけど…それでもそう言わずにはいられなかった。細い肩口に顔を埋めて暫くそのままでいると、海馬の腕がゆったりと持ち上がってオレの背中に回り、同じように強く抱き締められた。そして耳元で「城之内…」と甘く名前を呼ばれる。
「三年だ…」
「え…?」
「三年だ…城之内。三年経ったら戻ってくるから…」
涙声でそう告げて、海馬はそっと身体を離した。泣き過ぎて真っ赤に充血した瞳で見詰められ、オレはコクリと喉を鳴らす。
「三年後に必ず日本に帰ってくる。城之内…。それまで…待てるか?」
「三年…? 三年も…っ!?」
「待てないのならオレ達の関係はここまでだ。待てるなら…きっとその先も未来はある。オレ達は…続けていける」
「三年待ったら…未来が繋がるのか?」
「そうだ」
「三年経ったら…オレの元に戻ってきてくれるのか?」
「そうだ」
「三年…っ! 三年だな…っ!! 三年待てばいいんだな…っ!!」
「あぁ、三年だ」
「絶対だぞ…っ!! 三年だからな…っ!!」
「約束する。絶対お前の元に帰ってくるから…。だから…待っていてくれ…城之内」
「うん。待つよ…っ! 待ってるから…っ!! オレのところに…帰って来てくれ…海馬!!」」
春先の夕日は沈み、教室の中はいつの間にか薄暗くなっていた。空気は大分冷えて来たけど、オレ達は少しも寒さを感じないでいる。夜空に春の星座が瞬くまでそのまま強く抱き締め合い、いつまでもいつまでも泣きながら愛を語り合っていた。
数日後、童実野高校で卒業式が行なわれた。仕事の調整をしてちゃんと卒業式に参加した海馬は、今は卒業生代表として答辞を読み上げている。
この式が終わったら…海馬はアメリカに行ってしまう。せめて一日待ってくれとお願いしたけど、「出発が長引けば、それだけ決意が鈍る」と言って頑として首を縦に振らなかった。
三年という時間は長い。海馬が帰ってくるのを待っている間は…オレは相変わらず幸せでは無い。けれども、三年後にはきっと幸せになっている筈だ。
「海馬…。待ってるからな」
三年後に必ずやってくる幸せを信じながら、オレは壇上にいる海馬を見詰めていた。三年間、片時も忘れないように…。強く強く、いつまでも。
オレの幸せの象徴を…。