Text - 短編 - 酒の力Ⅱ(前編)

城之内×海馬。
城之内の一人称。
『酒の力』の続編になります。
『言葉の力』も前作にあたりますが、そっちを読んでなくても大丈夫なようになっています(´∀`)
大人になっても全く成長していない海馬を書いてみましたw

 




 海馬が酒に弱いっていうのは、随分昔からよく知っていた。
 まだ付き合い初めて半年くらいしか経っていなかった頃。怖くてなかなかオレとセックスを出来なかった自分に苛立った海馬は花見の席で無理に酒を飲み、そしてその結果、グデングデンに酔っぱらってしまった事があったのだ。
 あの頃はまだ未成年だったし酒を飲み慣れていないというのもあったから、そんなものかと思っていたんだけどな…。
 どうやら海馬は元々下戸だったらしく、二十歳を過ぎた今でも治ってはいない。食事の席に出される食前酒やワイン程度でもかなり酔っぱらってしまうのだ。
 またコイツは質の悪い事に、酔っぱらっても顔に出ない。顔が赤くなったりすれば周りも気付くんだろうけど、少し目が潤むだけで一見すると素面に見えるから困る。
 それでも酒を飲む機会が増えて大分慣れてきたんだろう。昔は酒を飲むと言葉の呂律が回らなくなっていたんだけど、最近は少しマシになってきた。海馬自身も自分が酒に弱い事はよく分かっているから、余り無理して飲まない事にしているらしい。
 ………の筈なんだけどなぁ。今、目の前にいる海馬は久しぶりにグデングデン状態になっていた。
 今日は童実野港で行なわれる花火大会だった。
 この辺り一帯でも特に大きな花火大会という事で、オレも毎年楽しみにしている行事の一つだ。いつもは朝早くから場所取りに行って、童実野港のど真ん中で友達と騒ぎながら見るんだけどさ。今年はたまたま海馬の仕事が手隙だった事もあって、二人で見る事にしたんだ。高台に位置する海馬邸の屋上は、童実野港を見下ろすのには最適な場所なんだ。会場からは少し離れてしまうけど、あの人混みの中で見るよりはずっと快適だったし、何より恋人である海馬と一緒に花火を眺められるのは最高の気分だった。
 夕食やつまみは海馬邸のシェフが用意してくれるって言うから、オレは自分用の缶ビールを三本買って海馬邸に赴く。
 メイドさんの案内に従って屋上に上がると、そこには既にテーブルと椅子のセットが置いてあって、美味そうな料理がいくつも並んでいた。

「遅かったな、凡骨」

 日が落ちて辺りが暗くなっていく中、海馬はとっくにテーブルに付き何かを飲んでいた。って、どう見てもそれ…酒だよなぁ…。

「何飲んでんの?」
「ん? これか? シャンパンだ。アルコール度数はそんなに高くないから大丈夫だぞ」
「アルコール低くても何の関係もなく酔っぱらう奴が何言ってるんだよ」
「どうせ今日は他の人間には会わないんだ。別に構わないだろう」
「そういやモクバは? 一緒じゃねーの?」
「モクバは学校の友達と一緒に花火を見に行っている。特別に席を用意させたから、あっちも特に苦労はしていない筈だ」
「なるほどね」

 オレはそう言って海馬の向かいの椅子に座り、持って来たコンビニ袋から缶ビールを取り出した。そこへすかさず海馬がグラスを差し出してくる。クーラーボックスの中に入っていたそれはキンキンに冷えていた。
 本当にコイツは気が利くよなぁ…と感心しながらそれを「サンキュー」と言って受け取ると、プルトップを開けてビールをグラスの中に注ぎ入れた。泡が溢れるギリギリまで注ぎ入れて缶を置き、次いでグラスを掴んでグイッと一気に半分くらいまで飲み干す。日が暮れたといっても真夏の空気は生温い。じわりと汗を掻いていたその身体に、冷たいビールは最高に旨かった。

「くぅ~!! 染みるね~!! やっぱビールは旨いな!!」
「おっさん臭いぞ、城之内…」
「うるせーなぁ…。いいんだよ別に。旨いんだから」

 テーブルの上にいくつも並べられた料理の中から枝豆を摘んで、鞘を半分口に銜えて中の豆を押し出す。絶妙な具合の塩加減が、ビールとマッチしていて最高に美味しかった。
 美味い美味いと料理を楽しんでいるオレを横目に見ながら、海馬もシャンパンを片手にフルーツトマトのサラダを食べていた。暫く二人で飲み食いしていると、港の方から一発目の花火が上がる。それに続けとばかりに色とりどりの花火がいくつも夜空を飾って、オレ達は暫しその光景に見惚れた。
 眩しい程の閃光が夜空に散って消えていく。その消える間際の光がどこかもの哀しく、それでいて人を惹き付けて放さない。それが何かに似ていると一瞬思ったが、何に似ているのかという事までは思い出せなかった。ただ目の前で繰り広げられる光のショーは、とても魅力的だった。

「綺麗だなー!」
「あぁ、そうだな」

 二人して夜空にいくつも咲く大輪の花に目を奪われて、静かに言葉を交わし合う。視線はその美しい光景に釘付けだった。
 だからこそ…オレは気付けなかった。
 海馬が一本目のシャンパンを飲み干し、二本目のワインの瓶に手を伸ばした事を…。


 夜空にはいまだに何発もの花火が上がっている。花火大会が始まってからまだ四十分程しか経っていないから、まだまだこれからというところだろう。だけど海馬は…既に限界を迎えていた。
 一本目のビールを早々に飲み終わり、二本目も順調に空けて、三本目を手にする時にふと隣の海馬が妙に静かになっているのに気が付いて横を見たら…。
 海馬君、テーブルに俯せになってウンウン唸っていました…。

「う~ん…。ちょっと…飲み過ぎ…た…」
「ちょっとって…。あーっ! お前このワイン!! いつの間に開けたんだよ!!」
「さっき…。シャンパンを飲み終わった時に…」
「うぇっ!? シャンパンもいつの間に飲んじゃったんだ…」

 とりあえず完全に酔っぱらってしまった海馬をこのままにしておけなくて、部屋に連れて行こうと立ち上がって奴の側まで歩いていった。すっかり力を失ってダランダランになっている腕を掴むと、それを振り払おうとする。

「まだ…花火…見る…」
「うん、オレもまだ花火見たいけどさ。お前限界じゃん」
「限界じゃらい…。オレはまだいけるぞー!」
「うん、限界だね。呂律もオカシクなってきたしな」

 掴んだ腕を首にかけてもう片方の手で海馬の腰のベルトを掴み、椅子から立ち上がらせる。何だかこの体勢が凄く懐かしかった。最初に海馬が酷く酔っぱらったあの花見の晩、オレはこうやってコイツを部屋まで連れて行った。そして辿り着いた部屋で、海馬は思いもしなかった行動に出たんだ。あの時は本当に驚いたけど、コイツのそんな行動がとても嬉しかったのを覚えている。
 海馬が本当はオレとこういう関係になるのを望んでいないんじゃないかって、それまでは凄く不安だった。それが海馬のあの行動で、全ての不安は打ち消された。海馬のあの無茶な行動の裏にオレに対する気持ちが見え隠れしていて、それに気付いた時に心から幸せを感じたんだ。
 あの時と同じように酔っぱらった海馬を部屋まで連れていって、そしてベッドに転がした。海馬が苦しく無いようにボタンを外してシャツを脱がせ、ベルトを取ってスラックスも足から引き抜く。
「今パジャマ持ってくるから、大人しくしてろよ」
 オレは下着一枚になった海馬を放って置きつつ、勝手知ったる何とやらという感じでクローゼットからいつもの白いパジャマ一式を取り出した。それを持って戻って来ると海馬はいつの間にかベッドの上でボンヤリと座り込み、側に来たオレを黙って見詰めてきた。その目がかなり潤んでいるのを見て、オレは思わず苦笑してしまう。
「あーあ。ほら、やっぱり酔っぱらってるじゃんか。コレに着替えて早く寝ちまえ」
 そう言ってパジャマを着せようと腕を取った時だった。その腕がスルリとオレの手から逃げていって、そのまま首に巻き付かれる。両腕でギュッと強く抱きつかれて、そのまま共にベッドに倒れ込んでしまった。

「か、海馬!? ちょっと…何してんの!」
「らいて…」
「はい?」
「したい…。らいて…」

 そのまま酒臭い口が近付いて来て、無理矢理口付けられる。オレの口の中に少し冷たい舌が入り込んできて、口中を好き勝手にまさぐられた。
 珍しく積極的な海馬のディープキスに翻弄されながら、オレの脳裏には再びあの花見の夜の出来事が浮かんでいた。
 あの時、海馬はまだ未経験だった。だからどんなに誘惑されようとオレは流されず、そのまま海馬を眠らせて事無きを得たんだ。だけど今は事情が違う。あの花見の事件から三年以上の年月が経ち、オレ達はすっかり大人になった。恋人として過ごして来たこの三年間、セックスももう何度も経験している。だからオレは今、我慢をする必要が全く無いんだという事に気が付いた。

「あー…。ちょっと…海馬君? そんなに誘われたら、オレ我慢出来そうに無いんだけど?」

 それでもそのまま襲うのは気が引けて一応そう言ってみるけど、海馬は潤んだ瞳でオレを睨み付けて来るだけだった。

「我慢するらー。わざわざこのオレが誘ってやっているんらぞー」
「それは分かっているんだけどね。お前今酔っぱらってるしさー、後で怒られるの嫌だもん」
「怒んらい!」
「本当に? 怒らない?」
「怒んらいから…して…」

 そうかそうか。それなら安心してご要望に応えようかな。
 オレは枕元の照明装置を弄り部屋を薄暗くすると、腕の中の白い身体をそっとベッドに横たえた。