城之内×海馬。
凄くお馬鹿なお話です(´∀`;
あと、お酒は二十歳になってからですよ~!
ソファに腰掛けている海馬の隣に座って、その細腰を抱き寄せる。
こめかみや頬にキスをして、緊張が解けた頃を見計らってオレは薄くて柔らかい唇に吸い付いた。
まるでそれが合図のように海馬の唇が少し開くから、オレはそこから舌を差し入れて口内を蹂躙する。
オレの舌が海馬の舌に触れた瞬間、ビクリと反応して緊張する身体を宥めるように優しく抱き締めて、オレは右手を海馬の膝頭に乗せた。
サワサワと撫で擦りながら膝頭から太股へと移動し、最後に内股に手を滑り込ませた時、パシッと突然海馬の手がオレの手を掴み移動を阻止される。
合わせたままだった唇を外して海馬の顔を覗き込んでやれば、そこはまた困惑の表情を浮かべて申し訳なさそうに視線を落としていた。
「海馬。まだ…怖い?」
オレの問いに海馬がゆっくりと頷く。
海馬と恋人という関係になって半年が経っていた。
キスや抱擁には慣れたみたいだけどセックスに対しては強い恐怖感を持っているらしく、オレ達は未だに身体を繋げる事が出来ずにいる。
海馬がオレとのセックスに恐怖感を持ってしまうのは仕方が無いと思う。
だってただでさえ男同士なのに、ましてや自分が受け身となると怖くなるのが当たり前というもんだ。
あんまり怖がるからてっきり受け身が嫌なのかと思って聞いてみたら、どうやらそう言う事じゃないらしい。
自分が受け身なのは構わない。だけどそれに対する恐怖を克服出来るか否かは、また別の話なんだそうだ。
頷いた後、海馬が余りにも申し訳無さそうにオレを見るから、オレは少し苦笑して海馬の頭に手を置いた。
「気にすんなよ」と言って優しく栗色の髪を撫でてやる。
オレは別に急いでいる訳じゃ無い。
海馬と恋人同士になれた事自体が既に奇跡なのに、これ以上を望むのは何か贅沢なような気がしたんだ。
「ゆっくりでいいから。お前が怖くなくなるまで、オレずっと待ってるから」
ギュッと腕の中の細い身体を抱き締めると、海馬はコクリと頷いて同じように強い力で抱き返してきた。
いつもと変わらぬ抱擁に、だからオレは気付けなかったんだ。
海馬がその事で強く悩んでしまっていた事に。
数日後。
新学期の始まった教室で、遊戯が妙に嬉しそうな顔をして走り寄ってきた。
「ねぇ、城之内君! 今日の夜に海馬君家で花見をするんだって! 杏子も本田君も漠良君も皆で行くって言ってたから、城之内君も一緒に行こうよ?」
花見!? 海馬が!? 海馬邸で!?
驚いて斜め後ろに座っていた海馬を凝視すると、何故か得意そうな顔でオレを見ていた。
「別にオレの企画では無いけどな。モクバが庭の桜が余りに見事で自分達だけで楽しむのは勿体無いと言ったのだ。それならばお前達を招待して、大々的に花見をしてやろうと思ってな」
明日は土曜日だから飲み放題だぞと、高校生として言ってはならない台詞を平気で吐いて高笑いをしていた。
何か海馬が妙にやる気になっているのは分かるんだけど、突然そんな事を言われてもスケジュールを変える事なんて出来やしない。
「悪いけど海馬。オレ今日バイトがあって行けねーや」
オレの言葉に海馬が「何っ!?」と心底驚いた顔をして振り返った。
「いや、行きたいのは山々なんだけどさ。今日のシフトはどうしても外せねーんだ」
「き…貴様…っ! オレの企画した花見に来れないとは一体どういう事なんだ!?」
「どういう事って、だからバイト? 突然言われたってスケジュール調整出来ねーし」
「毎日バイトしているのだから今日くらい休んでも構わないだろう! 休め! そして花見に来い!!」
「経営者がそんな事言うなよな~。無理だってば。オレにも生活ってもんがあるんだから諦めろ」
何とか宥めようとするんだけど、海馬は諦め切れないらしくまだギャーギャー喚いていた。
そこで海馬の様子がおかしいって事に気付けば良かったんだ。
オレも海馬も立場が違うとはいえ、お互いに毎日忙しく働いている身だ。だから仕事をするという事がどんなに大事な事かをよく分かっている。
オレがバイト関係で時間が取れなかったり急に約束を守れなかったりしても、海馬は一度だって怒った事なんて無い。
その海馬がバイトを休めとまで言ってきているのだ。
一体どんな花見をするつもりだよ…とは思ったけど、話を聞いているとどうにも普通に夜桜眺めて酒を飲むだけらしい。
「わかった!」
あんまり煩く騒ぐもんだから、オレは一旦海馬の肩に手を置いて落ち着かせる。
「花見は七時から始まるんだろ? その二時間遅れの九時からの参加でいいならオレも行くから。な? それでいいだろ?」
何とか納得させようと海馬の顔を覗き込むと、少し不満そうな表情をしながらも「それなら…いい」とやっと頷いてくれた。
オレはその一言で漸く安心したけど、後から滅茶苦茶後悔した。
こんな事になるんだったらバイトを休んだ方が絶対マシだった…と。
約束の九時きっかり。
オレはコンビニでのバイトを終わらせて海馬邸に足を運んだ。
勝手知ったる何とやらでメイドさんの案内も断わって庭に足を運んだ瞬間、想像以上のカオスっぷりに頭を抱える事になった。
確かに海馬の企画で大々的に花見が行われたのだろう。
庭に生えている一番大きな桜の木の下には赤い和風の敷布が敷かれ、その上にいくつもの死体…いや酔っぱらいが寝転がっていた。
なんだコレ…と思って足を進めると、足先に空になった酒瓶が触れる。
普通の花見だったら安いビールや酎ハイの缶が転がっている筈なのに、そこは流石に海馬邸の花見。転がっている酒瓶は高級そうな洋酒やワインの瓶ばかりだった。
無駄にでかいお重の中に入っていたであろう料理もあらかた無くなっていて、オレの食えそうなモンは何も残っていなかった。
「たった二時間で何があったっつーんだよ…。全く…。もうオレが参加する意味無くね?」
腰に手を当てて独り言のように呟くと、その声で遊戯がむくりと起き上がる。
「あ、城之内君だ!」
「あら、城之内」
「おぅ! 城之内!」
「あー、城之内君だぁー!」
嬉しそうに近寄ってくる遊戯を適当にあしらいながら周りを見渡すと、杏子や本田や漠良も何時の間にか起き上がってオレを見て喜んでいた。
実は遊戯を初めとするこのメンバー、意外と酒に強いと言うことをオレは知っている。
本田とは中学生時代に連んでいた事もあって元から知っていたけど、遊戯や杏子や漠良が酒に強い事を知った時はオレも本当に驚いたもんだ。
まだ高校生だから本当は酒なんか飲んじゃいけないって事は百も承知だけど、そこは高校生ならではの好奇心って奴で、オレ達はちょくちょく酒盛りみたいな事をやっていたんだ。
だからコイツ達が本気で酔い潰れていないのは分かっていたけど、たった一人、物凄く心配な人物がいる事に気付く。
それは他のメンバーが起き上がっているのに相変わらず俯せに倒れたままの長身の男…海馬だ。
「おい、海馬。生きてっか~?」
肩を掴んで揺さぶってやると、突然ガバリと起き上がる。
意外と動きは機敏だったけど、目が半分死んでいた…。
「じょーろうち…?」
「はいそうです。貴方の城之内君ですよ」
何かもう呂律が回ってなくて、俺の名前が妙な事になっている。
「おそいぞ、やっときたろか! さぁ、おれのしゃけをろめ!!」
しゃけ…? 鮭? あぁ酒ね。ろめ…? 飲めって事か。
って、何で同じ日本語なのに脳内でわざわざ訳さないといけないんだよ!
酔い過ぎて呂律が回らなくなり、ナ行とダ行が全部ラ行になってしまっている。
「おい、遊戯。海馬いつからこんなんなの?」
底に少しだけ残ったブランデーの瓶を差し出しながら「いいからろめ!」と言っている海馬を指差してて尋ねる。
「一時間くらい前からかな~? 海馬君って結構お酒弱いんだね~」
重箱の隅に残ったツクネを食べながら、遊戯がエヘヘと笑って答える。
そのまま残りのワインをコップに注いでグイッと飲み干してから、遊戯は「さてと」と言って立ち上がる。
「保護者も来たし、僕らそろそろ帰るよ~」
「げ! オレを置いていくなよ! 大体オレが来たんだから花見はこれからだろ?」
「う~ん。僕も最初城之内君が来てからも楽しもうって思ってたんだけど…主催者があの調子じゃあねぇ…。だから城之内君が来るの待ってから帰ろうって皆で言ってたんだ」
ニコニコと笑いながらそう言うと、遊戯は他のメンバーを引き連れてさっさと帰る準備を始めてしまう。
いやいやいや…ちょっと待って!
何とか遊戯達を思い止まらせようとしたその時、突然背後から海馬がガバリと覆い被さってくる。そしてそのままオレの髪に鼻先を埋め、何やらくんくんと嗅いでいたかと思うと幸せそうな声で「じょーろうちのにおいがする…」とウットリと囁いた。
いやぁ―――――っ!!
止めて止めて海馬君!! オレバイトから帰って来たばかりでまだ風呂に入ってないし、汗も一杯かいているのよ!! そんな匂いを嗅がないでぇ―――っ!!
右往左往して慌てているオレを横目に、遊戯達はすっかり帰り支度を終えてヒラヒラと手を振っていた。
「それじゃ、城之内君。あとはよろしくね!」
「ま…待ってくれ! 遊戯!! 本田!! 杏子!! 漠良!!」
「またね~!」
オレの叫びを完全無視して、奴らは無情にも帰っていった…。
後に残ったのはオレと酔っぱらいの海馬の二人だけ。
とりあえずハートマークを一杯飛ばしながらまとわりついて来るこの酔っぱらいをどうにかするべく、オレは海馬の腰を支え更に腕を肩にかけて立ち上がった。
案の定足元は覚束無くて、よろよろしながら邸内に向かう。
散らかったままの花見セットが気になって仕方無かったけど、ここは公園や河川敷とは違って海馬邸の敷地内だし、きっと使用人さん達が片付けてくれるだろうと勝手に信じてみた。
酔っぱらった海馬を心配するメイドさんを適当にあしらいつつ、オレは何とか海馬の私室まで帰って来る。
ベッドにその長身を投げ出すと大きく溜息をついた。
ったく…。何でこんなになるまで無理に飲んだんだ…と呆れていると、そのまま大人しく寝ときゃいいのに海馬はむくりと起き上がった。
「らりをするか、ぼんこつ!!」
「らり…? あぁ何をするかって言いたいのね。ていうかまーた随分と派手に酔っぱらったもんだなぁ…。もういいからこのまま寝ちまえよ」
上着を脱がせてベッドに寝かせ掛布をかけてやると、それをバサリと跳ね除けてオレに抱きついてきた。
「いやら!! きしゃま、ぜんぜんろんれらいれはらいか!!」
あー、もう解読不可能だよ…。前後の言葉から推察するに「飲んでないではないか」と言いたいんだろうけど、これは酷い…。
いいから寝ろと突き放そうとすると、海馬は酔っぱらいとは思えない力でオレにしがみついてくる。そして酒のせいで潤んだ青い瞳で、オレの事をじっと見つめてきた。
「な…何…?」
余りに真剣な視線に思わず真面目に問いかけると、海馬はオレを見詰めたまま思い詰めたように呟く。
「いまらら…れきそうらきがする…。じょーろうち…」
「へ?」
一瞬酔っぱらい語を解読しそこなって動きを止めたオレに、海馬がずりずりと擦り寄って来た。
「いつもは…こわくてれきらいけろ…、いまらら…きっと…」
あぁ…そういう事かと思った。
不思議なことに、オレは海馬の行動を全て理解出来てしまっていた。
多分海馬はセックスが怖くてオレといつまで経っても出来ない事を、ずっと気に病んでいたんだ。
酒の力を借りれば何とかなると思いつき、だけど酒を飲む理由も欲しくて。
だから花見を開いて遊戯達を呼んだんだ。花見の席ならば高校生の悪巫山戯と称して酒を飲むことが出来る。
本来だったらその場にはオレも居て、一緒に酒飲んで騒いで楽しんでそのままの勢いでセックスをしようと考えていたに違いない。
だけどオレの予定が合わなかった為、海馬は自分だけが酔っぱらってしまってオレは素面のままだった。
「今日は…しないよ、海馬」
オレはしがみついてくる海馬に優しく微笑む。
「セックスってもんはさ、酔った勢いでするもんじゃない。ましてやオレ達は恋人同士だろう? ちゃんと素面の時にやろうぜ」
「らけろ…。オレはしらふろときはこわいんら…」
「しらふろ? あぁ、素面の時はか。大丈夫、いつかきっと怖くなくなる時が来るから」
残念そうな顔をしている海馬の頭を撫でて抱き締めた。
「とりあえず今日は寝てしまいな。話の続きは明日…しよう」
もう一度掛布をかけてあげてポンポンと幼子にやるみたいに優しく身体を叩いてやると、やがて眠気に負けたのか規則正しい寝息が聞こえて来た。
オレは寝室の灯りを落として、一旦部屋から出る。
つーか、よく考えたらバイトから帰ったばかりで何も食ってないんだよ…。
ぐぅぐぅ鳴る腹を擦りつつ食堂に夜食を貰いに行きながら、オレはそれでもにやついた笑みを止める事が出来なかった。
実際、少し不安に思っていた。
海馬が本当はこういう事を望んでないんじゃないかって。
だけど酔った海馬が漏らした本音は、オレの海馬への想いを深める結果となった。
「サンキュー海馬…。そんなお前だからオレは好きになったんだよ…」
お前の為ならいくらでも待てる。
オレは改めて自らの信念を強めていた。
そして次の日の朝。
ベッドの上には一人の二日酔いがいた。
頭を抱えてウンウン唸っている海馬に苦笑して、オレはミネラルウォーターの瓶を差し出してやる。
「何だ、二日酔いかよ。情けねーなぁ、海馬」
ニヤニヤしているオレを睨み付けながら、海馬は震える手で俺の手から瓶を受け取った。
「余り大きな声で話すな凡骨…。頭に響く…」
「頭痛が酷いのか。もしかして気持ちも悪い?」
「悪いなんてものじゃない…。吐きそうだ…」
真っ青な顔して水を飲んでいる今の海馬に、流石に昨夜の話題を出すのは躊躇われる。
だけど記憶が飛んでいる訳じゃないんだろう。時折チラリとこっちを見ては、居心地が悪そうに視線を外しているのがおかしかった。
オレは苦笑しながら、そんな海馬をずっと見ていた。
二日酔いが収まるまではオレも黙って側に付いていてやるさ。
だけどその後は大事な話をしよう。
オレ達の愛を深める為の大事な話をさ。
勿論、もう二度と酒の力は使わせないぜ? 海馬君。