城之内克美×海馬瀬人子。
両方女の子の百合城海です。
『Why...?』の続きになりますので、先にそちらを読まれた方が設定が分かり易いと思います。
「城之内…。オレを好きにしてくれ…」
呆然と立ち竦む克美の前で、瀬人子は自ら制服を脱ぎだした。そして下着だけの姿になると、ベッドに仰向けになって足を開く。淡いブルーのシルクの下着が、瀬人子に良く似合っていて綺麗だった。
ゴクリと生唾を飲み込むと、その音に気付いたように瀬人子が手招きをする。
「はやく…城之内…」
その色っぽい声についに我慢が出来なくなり、克美は瀬人子が待つベッドに乗り上げた。ギシリ…とベッドのスプリングが鳴る。
「本当に…触っていいの…?」
「あぁ、構わない…」
何かを期待しているかのような潤んだ瞳で、瀬人子は克美にそう言った。その言葉に克美は頷いて、そっと掌を瀬人子の内股に這わしてみる。滑らかな白い肌が掌に吸い付いてくるようで、知らず知らずの内に興奮してしまう。
擽るようにサラリと撫で上げて、そしてシルクの下着へと手を伸ばした。布の上から割れ目を探るように指を潜り込ませる。そこはしっとりと柔らかく、どこまでも深く克美の指を飲み込んで…。
「あっ…! 城之内…っ」
瀬人子が可愛らしい声をあげたと思った瞬間、克美は唐突に現実に引き戻された。
部屋の中はまだ薄暗い。外では小鳥が鳴いている。
自室の固い布団の上で、克美は目を覚ました。夢から覚めたばかりで未だ呆然とし、心臓もドクドクと激しく鳴っている。ゆっくりと身体を起こして枕元の目覚まし時計を確認してみると、起きるにはまだ全然早い時間だった。その事実に舌打ちをする。
今日は連休明けの休刊日だった為、新聞配達のバイトは休みだった。それ故、せっかくだからギリギリまでゆっくり寝ていようと決めていた克美は、ポッカリと目覚めてしまった事に酷く腹を立ててしまう。だからと言ってこのまま起きるのも何なので、再び寝直そうと体勢を変えた時だった。
「っ………」
先程まで見ていた夢の影響なのだろう。身体が妙に熱くなっている事に気付いてしまう。要は興奮…していたのだ。
慌てて身体を強く抱き締めて我慢しようとするが、どうにもこの熱は収まってくれそうにない。
仕方無く克美はパジャマのズボンと下着を少しずらし、自分の足の間に手を差し込んだ。そして自らの性器に指を強く押し当てる。
「あ…、かい…ば…」
頭の中には先程まで目の前で展開されていた瀬人子の姿があって、自分の指の動きでイヤイヤと可愛らしく喘いでいる。頭の中の瀬人子の快感と、現実の自分の快感が重なった時…。
「っ………!!」
克美は軽く身体を硬直させて達してしまう。後に残るのは異常なまでの背徳感と虚しさだけ。上がる息を飲み込んで、克美は深く深く嘆息した。
克美の頭の中では、今とんでも無い異常事態が発生していた。高校に入ってからずっと親友だと思って来た瀬人子に対して、『あらぬ』想いが湧き出していたのである。
きっかけは数週間程前に海馬邸でお泊まり会をした時の事。風呂場でじゃれて瀬人子の小さな胸を巫山戯半分に揉んだ時、克美は自分の中に今までとは違う何か別の感情が生まれたのに気付いたのだ。
最初はただの勘違いだと思った。同じ女の子である瀬人子にこんな想いを抱くのは間違いだと。
それなのに日々想いは膨らんでいく。既に恒例となってしまった週末のお泊まり会で、瀬人子と一緒に着替える度に、一緒にお風呂に入る度に、そして同じベッドで共に眠りにつく度に、瀬人子の存在は克美の心に深く根付いていったのだった。
その想いの正体に、克美はもう気付いていた。だが気付いたからといって、一体どうしろというのだろう。相手は男では無い。自分と同じ女の子なのだ。想いを告げたからといって、結ばれる事は決して無い。しかも自分達は大の親友である。親友として自分を好いてくれている瀬人子の想いを、克美は傷付けたくは無かった。
そう思って今まで必死に自らの感情を押し隠して来たが、既に生まれている感情を消す事等出来ず、その想いを我慢する事もそろそろ限界に近付いている。
夢を…見るのだ。眠る度に瀬人子と結ばれる、現実では決して有り得ない虚しい夢を。もうずっと毎晩のように見続けている。
「海馬…、苦しい…。助けてくれ…」
ポロポロと流れる涙をパジャマの袖で拭いながら、克美は枕に突っ伏して漏れ出る嗚咽を無理矢理飲み込んだ。
結局克美はその後まともに眠る事もなく、寝不足のまま学校に行く事となった。寝不足でグラグラ揺れる頭を抱えて机の上で項垂れていると、流石に心配したのか、瀬人子が近寄って来て克美の肩を叩く。
「具合が悪そうだな。大丈夫か?」
心配そうな瀬人子の声に克美も漸く顔を上げた。眠気で重い瞼をゴシゴシ擦りながら瀬人子に答える。
「いや、大丈夫」
「しかし顔色が悪いぞ。隈も出てるし、よく眠れて無いんじゃないか?」
「あー…正解。最近チョット悩み事があって…」
「ほう、貴様でも悩み事などするのだな」
普通に受け答えしてくれる克美に安心したのか、瀬人子がわざと馬鹿にしてそう言った。その言葉に「お前の事だよ」とは言えず、克美は曖昧な顔をして笑うしかない。
「ところで今日は、帰りに一緒に買い物に行けるのか?」
どうやら瀬人子は、具合の悪そうな克美を心配し、以前からの約束を守れるかどうか不安になったらしかった。期待を一心に載せて自分を見詰めてくる瀬人子の青い瞳に、一瞬克美は約束を反故にしようかとも考えてしまう。だが以前からしていた『親友』との約束を破るのは本意では無く、大体その為に今日はダルイ身体を叱咤して学校まで来たのだ。
それに…瀬人子を悲しませる事だけは…したくなかった。
「うん」と頷いて答えると、瀬人子は至極嬉しそうに「そうか。では放課後に」と言って自分の席に戻っていく。その無邪気な姿を見送って、克美はまた頭を抱えるのだった。
克美と瀬人子がしたい買い物とは、明日の被服の授業で使う生地だった。
今学期から新しい課題に入った家庭科では、自分達のオリジナルパジャマを作る事になっていたのだ。そのパジャマで使う生地を以前から二人で買いに行こうと約束していたのだが、瀬人子の仕事や克美のバイトなどでなかなか二人の時間が合わず、結局ギリギリ前日の放課後に時間を合わせ買い物に行く約束をしていたのである。
午後の授業が終了した後、二人は揃って学校を出て童実野駅の辺りまで来ていた。
実はこの近くに、比較的有名な手芸専門店があるのだ。扱っている生地や小物も上質な上、値段もリーズナブルなのでこの辺りの女の子達の御用達の店となっているところだった。
克美や瀬人子も、二人揃って大股で歩きながらその店を目指す。
「城之内、どんな生地にするつもりだ?」
「オレ? オレはそうだなぁ…、自分が似合う色ならなんでもいいや。お前はどうせ青とか白とかだろ」
「どうせとか言うな。青と白が好きなんだ」
「知ってるよ」
「そういうお前は黒か赤だろう? よく似合うしな」
「うん…まぁ…、どうせそうなっちゃうかなー」
「一緒に選ぼうな」
「勿論」
一人でいる時は狂おしい想いに辛く感じてしまっていても、こうして二人で喋っていると不思議と心は軽くなっていく。決して想いが届いている訳ではなかったが、自分を心から信頼してくれているだろう瀬人子の笑顔や言動の端々に、小さな幸せを感じる事が出来るのだ。
襟の形はどうだ、ボタンの種類はどうだと二人で楽しく喋りながら道を急ぐ。だから克美は背後から自分の名前が呼ばれている事に気付けなかった。
先に気付いたのは瀬人子の方で、一瞬足を止めて後ろを振り返り、そして何も気付かずに前を行く克美の腕を慌てて掴まえて引き留める。
「海馬? 何だ突然…」
「呼んでる」
「へ?」
「誰かがお前を呼んでいる」
瀬人子の台詞に、そこで漸く克美は振り返った。そこにいたのは他校の制服を着た一人の男性だった。「よっ! 克美!」と馴れ馴れしく克美の名を呼びながら、右手を挙げてにこやかに突っ立っている。
その姿に克美は思わず目を瞠った。
「小野寺…先輩…」
驚いたように呆然と立つ克美の側に、その男性が近付いてくる。
「久しぶりだな、克美。元気だったか?」
「うん…まぁ…元気…だけど」
未だ驚愕から抜けていないのか、どこかしどろもどろな受け答えをする克美に、目の前の小野寺と呼ばれた男は豪快に笑ってみせた。そして克美の頭に大きな手を載せ、その髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「な、何すんだよ!!」
慌てて克美が一歩下がると、小野寺はまた嬉しそうに笑って口を開いた。
「そうそう。お前はそうでなくちゃな。それにしても相変わらずの猫っ毛。可愛いなぁ」
「余計なお世話だ!」
「そう噛みつくなよ。久しぶりに会った元彼だろ?」
小野寺の言葉に、隣にいた瀬人子が慌てて克美の顔を覗き込んだ。だが小野寺はそんな事は構わないと言わんばかりに、突然克美の肩を抱き寄せるとその耳に何かを囁いた。ボソボソとした声は聞こえるものの、瀬人子の耳には小野寺が何を言っているのかは分からない。ただ何か嫌な予感がして、瀬人子は不安そうに克美の顔をじっと見詰めていた。
それは小野寺の言葉を聞いている克美の顔が、驚愕の表情から何かを思い詰めたようなものに変わっていったからでもある。
やがて一通り何かを伝えた小野寺が克美から身体を離した。ニヤニヤしながらその場所から動かないところをみると、どうやら克美の返事を待っているようだった。
「城之内…?」
相変わらず何かを深く思い悩んでいるような克美に、瀬人子は恐る恐る声をかける。
「城之内…、どうしたんだ?」
「海馬…。あの…さ」
「何だ?」
「悪いけど…、買い物は一人で行ってくれないか?」
「は? 何だと?」
「オレちょっと…その…、今日はこの人と…用事というか…。一緒に行きたい場所が出来ちゃって…」
「城之内…! それはダメだろう! 約束はオレとの方が先の筈だ」
「うん…。そうなんだけど…。でも…オレ…どうしても…」
「貴様…っ! オレとの約束を破るつもりか!?」
至極真剣な瞳で見詰められて、克美は思わず身体を硬くした。
青い瞳が怒っていた。そしてその怒りの中、押し隠した悲しみが見えた。
瀬人子を悲しませる事だけはしたくないと思っている。だけれども…あのお泊まり会の時から数週間、ずっと悩んで苛々していた気持ちが爆発しそうなのもまた事実であった。
このままだと、きっといつか瀬人子本人に手を出してしまう事になるだろう。そうなる前に…この欲情を発散させなければいけない…。
克美の脳裏に、今朝方の夢の瀬人子が甦ってきた。
あれはただの夢。自分の願望が見せた夢。現実では絶対に有り得ない。あれを現実にしてはいけない。瀬人子は…守らなければならない。
「オレ…セックスがしたいんだ」
「え………?」
突如放たれた克美の言葉に、瀬人子が信じられないような顔をして首を傾げた。
「暫くしてないから、そろそろセックスがしたくなっちゃったんだよ。何か丁度良いし、これから元彼と一緒にラブホに行って来ようと思ってる。だからお前がいると邪魔なんだよ」
「ラブ…ホ…?」
「ホテルだよ! ラブホテル!!」
「なっ………っ!!」
「そういう訳だから、今日はお前と一緒に買い物行けない。生地は一人で買いに行ってくれ」
直接的な表現に言葉を無くして唖然としている瀬人子に背を向けて、克美は小野寺の元に歩いていった。そして共にホテル街へと進んでいく。スタスタとなるべく足早に歩いていき、脇道に足を踏み入れた時だった。突然背後からまるで悲鳴のような呼び声がかかる。
「城之内…っ!!」
必死な叫び声。だけど克美は振り返ることはしなかった。「お友達が呼んでるよ。いいの?」という小野寺の声にも「いいから」と低く呟き、ひたすらホテル街に向かって足を進める。
それ程克美は…追い詰められていたのだった。