素質シリーズの第六弾です。
海馬の一人称。
お風呂でのちょっと変態チックなプレイがありますので、苦手な方はご注意をw
目の前に置いてある携帯が震えて同時にメロディーが流れ始めた。オレは憂鬱な気持ちで携帯を取り上げると、通話ボタンを押して耳に当てる。
誰からの電話かなんて…かかってきた瞬間に分かっていた。
『もしもし、海馬? オレだけど』
電話口の向こうから、少し苛ついた城之内の声が響いてくる。
「あぁ。何の用だ」
『今日のバイト、もう終わったんだ。今からそっち行ってもいい?』
「ダメだ」
『どうして? 明日休みだろ? 休日出勤か何かか?』
「いや…、そういう訳ではないが…」
『じゃあ、何でだよ』
「オレにも色々とやる事があるのだ」
『色々って何? もう三週間もずっと『色々』な事をしてたみたいだけど、恋人と会えないくらいそんなに『色々』な事が大事?』
城之内の苛つきが深まっていく。彼が密かに怒っているのが感じられる。
あぁ…当然だ。オレは彼を怒らせるだけの事をしてしまっているのだから。
「とにかく…っ、今は会えないんだ! 暫くは電話もして来ないでくれ!!」
『お、おい! 海馬…っ!!』
耳から離した携帯電話からはまだ城之内の叫ぶ声が聞こえていたが、オレは通話ボタンを切ってしまう。そしてそのまま携帯の電源も落としてしまった。この携帯電話はプライベート用で、仕事用の携帯は他にあるから別に困る事はない。
すっかり何の反応もしなくなった携帯電話をベッドに放り投げて、オレもそのまま俯せに寝転がった。
何故…こんな事になってしまったのだろう…。あの日あの時までは、あんなに城之内に会うのが…そして彼に抱かれるのが楽しみだったのに。
あの時のあの衝撃が、オレを変えてしまった。
あろう事か…この海馬瀬人ともあろう者が…、まさかセックスが怖くなるなんて…っ!!
考え付きもしなかった事だった。
地方大会から帰ってきた城之内がオレに猫プレイを強要したあの夜、オレはドライオーガズムというものを初めて経験する事になった。
今でもはっきりと覚えている。余りに快感が強過ぎて、それを快感とは受け止められなかったのだ。
頭の中が真っ白になり、胸の中心が燃えるように熱くなった。四肢が痺れて痙攣が止まらず、上手く呼吸が出来なくて苦しくて仕方が無かった。
それなのにその快感は治まる事は無く、城之内がオレの身体に触れる度に、その場所が焼けた鉄棒を押し付けられたように熱く痺れてまた新たな快感を呼び起こす。自分の身体が自分の思い通りにならない。快感が暴走して、それに流されていくだけだった。
正直に言えば本当に辛かったのだ。もう二度と、あんな辛い思いはしたくないと思うほど。
だけど城之内は次の日も同じようにオレを抱き、そしてまたあの辛い快感を味あわされた。嫌だと何度も訴えても決して止めてはくれず、むしろ笑顔を浮かべてオレの身体を弄くり回し、そしてドライオーガズムへと導かれる。
泣いて叫んで縋って、またあの感覚に翻弄されて、耐え切れずに失神して気がついたのは大分時間が経ってからの事だった。
もうあんなセックスはこりごりだと思う反面、身体は正直にあの感覚を追い求める。これからもあんなセックスをしなければならないのだったら、せめて自分で慣れておきたいとバイブを使って自慰をしてみるが、自分自身では決してあの高みに昇る事は出来なかったのだ。
ベッドサイドの引き出しを開けて、一番最初に城之内がくれたバイブを取り出す。ローションをたっぷり付けて後孔に宛がい、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。そしてそれに合わせてバイブを自分の体内に埋め込んでいった。
「ふっ…! ぅ…っ」
この作業ももう慣れてしまったが、どうしても最初に埋め込む時の圧迫感だけはどうにもならない。軽く呻きつつも、腸壁が広がる痛みが治まるまで暫くベッドに横になったまま大人しくしていた。ある程度慣れてきたと思ったら、今度はバイブのスイッチを入れる。鈍い機械音が自分の足の間から聞こえて来て、体内に直接感じる振動に身悶えた。
「あっ…! はぁ…っ!」
それでも震える手でバイブを支え、自分の『イイ』場所へと押し付けた。城之内の男らしい節くれ立った長い指先が、そして彼の熱いペニスが触れる場所へグイグイと押し付ける。それに伴いじんわりと広がる快感の波。決してそれに逆らわず、もう片方の手で自分のペニスの根本を押さえ付けながら、あの感覚が襲ってくるのを待っていた。
「うっ…! んっ…。あぅ…っ」
身体はすっかり熱くなり、紛れも無く快感を感じてはいるけれど、それは決してあの感覚ではない。良く似ているけれど全く違う。これではいつもの自慰と何も変わりはしない。
「あっ…あぁっ! あっ…あっ…はぁ…っ!」
目の奥がチカチカして限界が見えてきた。オレが求めているのはこんな感覚じゃないとは分かっていたが、達してしまいたいという身体の欲求に逆らえずに、ペニスを握っていた手を緩めて上下に擦ってしまう。
「ふぁ…! あっ…あぁっ! じょ…のう…ちぃ…っ!!」
目をギュッと閉じ身体を震わせながら、オレは自分の手の中に精液を解き放った。
バイブのスイッチを切りながら、片方の掌にドロリと纏わり付いている精液を見て溜息を吐く。
気持ち良かった。だけれど、気持ち良く無かった。
達する一瞬は確かに気持ちいいと感じている。なのにその直後には、もう虚しさを感じているのだ。城之内に抱かれた後のような充足感はそこには無い。真の快感を得る為には、やはり城之内の存在は必要不可欠だった。
でも…まだ怖かった。
城之内と会って、城之内に抱かれて、またあの地獄のような快感に翻弄されるは怖くて仕方が無かった。
城之内が好きで好きで堪らないのに、今はどうしてもあの恐怖感が勝ってしまう。それが一番苛立たしかった。
体内から抜き取ったバイブをおざなりに拭いて、サイドテーブルの上に放り投げる。ゴトンと重い音がして、それが偽物なんだという事を嫌でも感じさせられた。内股をトロリと伝うローションに軽く舌打ちをして、オレは風呂に入る為にゆっくりと立ち上がる。そしてローブを羽織りつつ私室に続くドアを開けた時だった。
「よぉ」
軽い呼び声が響いて、驚いて足を止めてしまった。
目の前に置いてある白い革張りのソファーの背から、荒れた金髪とオレに向かって挨拶するように挙げられた右手が見える。そしてその頭がゆっくりと振り返って…オレを見た。
「城之…内? どうして…?」
「どうして? このお屋敷の人達はみんなオレと顔見知りだからな。海馬に会いに来たって言ったら簡単に通してくれたぜ」
ニヤニヤ笑っている城之内の顔を見ながら、オレは失敗したと胸の内で舌打ちをしていた。使用人達にもちゃんと言っておくべきだった…とは思ったが、同時に何て言えば良かったのか分からなくなって、ますます苛立ちが募って行く。
だがそんなオレ以上に苛立っているらしい城之内は、ニヤニヤとした笑いを収めずにいる。だがオレは気付いていた。
目が…笑っていない。
城之内はその顔のままオレを見て口を開いた。
「それにしても…随分お盛んだったじゃないの。なぁ…海馬君?」
「え………?」
「オレ少し前からココにいたんだけどさ、お前全然気付かないんだもんなぁ。そんなに夢中だったの?」
「そ、それは…っ!」
「お前の言ってた『色々』ってこういう事? オレに抱かれるよりバイブの方が良くなっちゃった?」
「違う…っ!!」
「じゃぁ、どうして会ってくれないの? オレは恋人じゃないのかよ」
「お…お前は…恋人…だが…」
「だが?」
「………っ」
言える訳が無かった。今まで散々挑発しておいて、嫌がるのを無視して敢えて酷いセックスをさせて。それで今更セックスが怖くなりました…だなんて、言える筈が無かった。
城之内がオレの言葉を聞き取ろうと真剣にこちらを見ているのは分かったが、オレは結局理由を言い出せないまま視線を外してしまう。あの真っ直ぐな視線を受け止めるのは…今は出来なかった。
そして城之内は、こんなオレの態度に余計に腹を立ててしまったのだろう。見なくても分かる。城之内を包む空気が、ザワリと音を立てて変わっていくのを感じた。
「何? もうオレに飽きちゃったって事?」
低く放たれたその声に思わず顔を上げると、そこにはすっかり真顔になった城之内がいた。
ゾワリ…ッと背筋に寒気が走る。城之内をこんなに恐ろしいと思うなんて…初めての事だった。
「随分勝手じゃんか。ここまでオレを調教しておいてさ」
「ち…違う! そうではない!!」
「じゃぁ、何で? ちゃんと理由を教えてくれよ。恋人をここまで放っておいた理由を、馬鹿なオレでもちゃんと納得出来るようにさ」
「そ、それは…その…」
「何? ちゃんと言って」
城之内の声に促されて顔を上げると、酷く真剣に自分の事を見詰めている琥珀色の瞳と目が合った。
城之内は…真剣だった。真剣にオレの本音を聞き出そうとしていた。
その視線に耐えきれなくなって、オレは遂に根負けしてしまう。諦めたように深く溜息を吐きつつ、恐る恐る口を開いた。
「怖い…のだ…」
「怖い? オレが?」
「いや、お前がじゃなくて…。その…セ…セックス…が…」
「は? え?」
「………」
「いや、え? ちょっと待って。セックスが怖い? お前が? つか、今更? 何でまたどうして!?」
「正しくはセックスでは無くて…。ア…アレが…っ」
「アレ?」
「アレは…ほら…アレだ…っ。あの時の…っ」
ドライオーガズムの事を上手く伝えられなくて口籠もりながら何とか説明しようとすると、それは上手く城之内に伝わったらしい。漸く合点がいったように、いつの間にか城之内の顔に明るさが戻っていた。
「あぁ! ドライでイッた事か!」
城之内の口から飛び出したその言葉に、オレはただ黙って首を縦に振った。
こんな下らない理由で恋人を避けていたなんて今度こそ本気で怒られそうだ…なんて思いながら緊張しつつ城之内を見詰めたら、目に入ってきた至極暢気な表情に逆に拍子抜けしてしまう。
怒るどころか、少し嬉しそうな表情をしている。どうやらこの事は彼が怒る理由にはならなかったらしい。
「何だー。そんな事だったのか」と今までの怒りが嘘のようにそんな風に明るく言われ、オレは少しムッとしながらも「そんな事とは何だ。こっちにとっては死活問題なんだぞ」と反論した。城之内はそれにニッカリと笑うと、安心したように深くソファーに座り直して嬉しそうに言葉を放つ。
「いやいや、オレにとっては『そんな事』なんだよ。てっきり嫌われたのかと思ってた」
「そんな筈ないだろう?」
「そんな筈あるかもしれないじゃん。だって三週間も放っておかれたんだぜ。これでまだ変わらず好かれてるって思う方がどうかしてる」
「そういうものなのか?」
「うん。そういうもんなの。まぁ…でも海馬の気持ちも分かるけどな。慣れない内はドライは死ぬほど辛いっていうし、それで怖くなっちゃうのも仕方無いと思う」
「だったら…」
「でも、このままでいたらずっと慣れないまんまだぜ。回数こなして慣れていかないと」
「だ…だが…っ!」
「海馬。オレと気持ちいい事…したいだろ?」
「っ………!!」
強請るように言われたその一言で、オレの身体の中心に忘れていた火が一瞬で燃え上がってしまう。それは紛れも無く情欲の炎。城之内と共に快感を貪りたいという、オレの欲望だった。
琥珀色の瞳でじっと見つめられ、オレは身体中が熱を持ったかのように熱くなって行くのを感じていた。目が潤んできて視界がぼやけ、それとは逆に口の中がカラカラに乾いて喉の乾きを覚える。ゴクリと生唾を飲み込むと、その音が聞こえたのか、城之内が嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな。とりあえず風呂場に行こうか。どうせ風呂入るところだったんだろ?」
「あ…あぁ…」
「でも、タダでは済まさないよ? オレまだ少し怒ってるんだからな。三週間も無視されて、オレがどんだけ寂しかったと思ってるんだよ」
「それは…済まなかった…」
「謝ってもダメ。ちゃんとお仕置きするからな? 分かったか、海馬?」
いつの間にかソファーから立ち上がって側まできた城之内に抱き寄せられ、耳元に唇を寄せられて低い声でそんな事を言われてしまう。途端に腰がズンと重くなり、立っていられなくなってカクリと膝を折ると、「おっとと…」と言いながら城之内がオレの身体を支えてくれた。
「倒れるのはまだ早いぜ、海馬。ちゃーんと気持ちのいい事一杯してやるから、覚悟しとけよ。いいな?」
乾いた唇を舌で潤しながらそんな事を言う城之内に、オレはもう頷く事しか出来なかった。
これから訪れるであろう地獄のような快感に、恐怖と…それから期待を胸に抱きながら。