*素質シリーズ - ページをめくる - *素質Ⅳ(後編)

 時既に遅しとはこの事だ。
 出てしまった言葉はもう二度と口の中には戻らない。
 オレは…馬鹿だ…。
 馬鹿だけれど…仕方無いではないか。
 オレは自他共に認めるドMなのだから。
 未知への快感に興味津々になってしまうのは…ドMとして逆らえぬオレの性(さが)なのだ…。
 がっくりと項垂れるオレの姿が見えるように、城之内が面白そうに言う。

『そっか。良かった。それじゃ、そのオモチャをちゃんと舐めて濡らすんだよ。お前の中に入るんだからな』

 城之内の言葉に、オレは恐る恐る手の中に握り込んだバイブを見詰めた。
 MAX時の城之内のモノと比べると、それは一回り程小さかった。
 これだったら…一人でも何とかなるかも…。
 そんな事を思いながら、ゴクリと生唾を飲み込む。
 そしてゆるりと舌を這わせた。
 独特のゴムの味が舌を刺す。
 何だかコンドーム越しに城之内のペニスを舐めているようだ…なんて考えてしまった。
 なるべく唾液を含ませるようにてろてろと舐めていると、電話口から『もうそろそろいい?』という城之内の声が聞こえた。

『ちゃんと濡れた?』
「濡れた…」
『じゃ、後ろに入れてみて。ゆっくりな』

 城之内の指示に従って、オレはそれを自分の後孔に当てた。
 入り口は先程自分で慣らした為に既に綻び、内部のローションとバイブに纏わり付いた自分の唾液でグチュリと濡れた音を立てる。
 力を入れてそっと押し込んでみる。

「うっ…! あぁっ…!」

 途端に感じる肉が引き攣れる痛みと内臓が押される圧迫感。
 いつも城之内のペニスを入れられる際は、全身の力を抜いてなるべく痛みや苦しみを逃しながら受け入れる事が出来ているが、今は自分でバイブを押し込んでいる為それがどうしても上手く出来ない。

「やっ…! 苦し…い…っ」
『大丈夫か、海馬?』
「はぁっ…! んっ…つぅ…っ」
『ちゃんと力抜いて…。ゆっくりでいいから…』
「くぅ…っ! で…できな…っ」
『大丈夫。海馬なら絶対出来るから。ゆっくり…ゆっくり押し込んでごらん』
「あ…うっ…。ひゃぁ…っ」
『全部入ったらオレに教えて』

 痛みを逃しつつ何とか全てを収めきって、オレは電話の向こうの城之内に「入った…」と力無く伝えた。

『入った? 大丈夫? 痛くない?』
「あぁ…。何とか…平気そうだ…」
『良かった。それじゃ箱の中にリモコンも入っていただろ? もう電池入ってるからそのままスイッチを入れてみてごらん。強さは…そうだな中くらいでいいよ』

 城之内の言葉に、オレは恐る恐るバイブが入っていた箱に手を伸ばした。
 中を探ると確かにリモコンが入っている。
 それを取り出してバイブの強さを中くらいに設定し、オレは思い切ってスイッチを入れた。
 途端に唸るような機械音を上げながら体内で振動するそれに、オレは翻弄されてしまう。

「ひっ…! んぁ…っ! やぁぁ…っ!!」

 すっかり敏感になった内壁に走る振動が、静まっていたオレの快感を再び呼び起こす。
 身体中が一気に熱くなって、首筋やこめかみから汗がしたたり落ちた。

『すげ…っ! 音こっちまで聞こえてるぜ』
「いや…っ! んっ…あぁっ!! いやだ…っ!」
『いやじゃないだろ? 気持ちいいだろ? ちゃんと素直にならないと、もっち気持ちのいい事…教えてやらないぜ』

 意地悪な城之内の台詞に、オレは無意識に首を横に振った。
 常に震え続けるバイブは、オレから正常な思考を奪っていく。
 内壁にじわじわとした快感が溜まっていって、その感覚を耐える為にギュッとシーツを強く掴む。

『なぁ、気持ちいいんだろ? ちゃんと素直に答えなって』
「い…い…っ! 気持ち…いい…っ!! だから…もっと…」
『あぁ、分かってるよ。それじゃリモコンのwaveのスイッチも入れてみな』

 快感に震える手で言われた通りにwaveのスイッチもオンにした。

「ひぁぁ…っ!!」

 途端に体内でバイブがグネグネと動き出して、耐え切れずに甲高い悲鳴を上げてしまう。
 動き回るバイブが前立腺を強く刺激してきて、その度に強い快感が全身を駆け巡り、オレの頭はついに理性を放棄した。

「うあぁ…っ! やっ…これ…っ! す…凄い…っ!!」
『凄い? 気持ちいいんだ?』
「あぅ…っ! 気持ち…良過ぎ…る…っ」
『オレのとどっちが気持ちいい? もしかしてそれだけで充分なんじゃないの?』
「ちが…っ、そんなこと…ない…っ! じょ…の…うちのが…いい…っ! じょう…のうち…に挿れて…欲しい…っ!!」
『うん。オレもお前に挿れたいけどさ。今はちょっと無理だから、それで我慢して』

 電話口から聞こえて来る城之内の声も熱く掠れていた。
 自分の体内で暴れているバイブのせいで細かい音は聞こえないが、もしかしたら城之内もオレの喘ぎ声を聞きながら自分で慰めているのかもしれない。
 そう思ったら余計に身体に震えが走った。
 身体の中が熱くて熱くて仕方が無い。
 自分で自分のペニスを擦ればこの熱を解放出来ると分かっているのに、何故かオレはそれをしようとは思わなかった。
 理由は分かっている。
 城之内の許しが無いからだ。
 ただ必死にシーツを掴んで、巡る快感に耐えていくしかない。

「うっ…! あぅ…っ。くふっ…ん! あっあっ…んっ!!」
『海馬…っ! 海馬…っ!』
「あっ…! あぁっ…城之内ぃ…っ!」
『海馬…、バイブのスイッチ…強にして…』
「ふっ…あぅん…っ。っ…いっ…! ひゃぁうっ!!」
『偉いな、海馬。言うこと聞く子は大好きだよ…』
「あぁ…っ! も…もう…っ! もう…っ! 城之内…っ!」

 はっきり言ってもう我慢の限界だった。
 頭の中はもうイク事だけで一杯で、他には何も考えられない。
 その証拠にオレのペニスからは先走りの液が大量に零れ落ちて、ポタポタとシーツに染みを作ってしまっている。

『海馬…。もう…イキたい?』
「イ…イキ…たい…っ!!」
『うん。オレもイキたいから一緒にイこう…。自分の…触っていいよ?』

 城之内の許しを得て、オレは汗ばんだ手を自分のペニスに絡みつかせた。
 零れる先走りの液を塗り付けるように何度か上下に擦っただけで、強烈な射精感が込み上げてくる。
 既にそれに抗うだけの精神力は残されていない。
 オレは身体の欲求に従って、そのまま絶頂への階段を全速力で駆け上がった。

「あっ…! 城之内ぃ…っ! イク…っ!!」

 最後にそれだけを必死に伝えて、オレは全身を硬直させる。
 握り込んだペニスからは大量の精液が吐き出されて自分の手を汚していた。
 全ての欲を出しきって、オレは大きく息を吐く。
 汚れていない方の手で何とかリモコンのスイッチを切って、そのままシーツに倒れ込んだ。
 枕元にある携帯からは何の声も聞こえない。
 荒い息を何とか収めながら注意深く聞いていると、微かに濡れた音が響いていた。
 そして次の瞬間…。

「っ………!」

 城之内の小さな呻き声が聞こえて来る。
 どうやら一拍遅れて城之内も達したようだった。
 電話口からは暫く荒い息が聞こえていたが、やがてふーっと大きく吐き出す吐息の後に城之内がこちらに向かって喋ってきた。

『やっべ…。今の超気持ち良かった…』
「貴様は普通にオナっていただけだろう…?」
『オナるとか言うな。でもいつものとは全然違ったぜ? お前の声聞くと聞かないじゃ天と地ほどの差だな』
「そうか…。良かったな」
『お前は? ちゃんと気持ち良かったのか?』
「あれだけ喘がせておいて何を今更…。最高だった」

 オレの答えに、電話の向こうで城之内が嬉しそうに笑っていた。
 何だか今回は全て城之内のいいようにされてしまっている。
 それが少し悔しくて、ちょっとだけからかってやる事にした。

「どうでもいいが、貴様…。オレを苛めるのが上手くなったんじゃないか? やはりドSの素質があるようだな」

 フフンと笑って城之内の言葉を待つ。
 普段だったら「そんな事ない!」とか「お前の考え過ぎだ!」とか「勘弁して下さい…」とか反論があるのに、今日に限って直ぐに反応が返って来なかった。
 それどころか、クックッ…と押し殺した笑い声が届いてくる。
 何だ? ついにイカレたか? と訝しんでいると、城之内の楽しそうな声が聞こえてきた。

『あぁ、そうかもな。オレも最近になって漸く分かってきたよ。お前苛めると、滅茶苦茶興奮するもんなぁ…』

 楽しそうにしていながら低く落としたその声に、オレは背中にゾクリとした快感が走るのを感じた。
 まずい…。これは本格的にまずい事になってきた…。
 城之内をドSとして目覚めさせる為、逆調教していたのは間違い無くこのオレだが、このまま進めば本格的に抜け出せなくなる可能性が出てきた。
 だが…とオレは自分の考えを即座に否定する。
 だが、それこそがオレが望んでいた結果ではなかったか?
 ドMであるオレをドSである城之内が辱める…。
 ただのSMプレイでは無い。
 恋人であるオレ達の間には、例えただのSMプレイに見えたとしても、そこには必ず愛があるのだ。
 愛のある気持ちの籠もったSMプレイは、どれだけの快感をオレに伝えて来るのだろうか。
 ゾクゾクと背筋を駆け上がる快感を押さえ込む為に、オレは自分の身体を強く抱き締める。
 それこそがまさにオレの理想型。
 ついに本気で愛を交わせる日がやって来たのだ…っ!

「城之内…。早く帰って来い…」

 期待に震える声でそう告げる。
 早く! 早く! 早く!
 一秒でも早く、本能に目覚めたお前に犯して貰いたい。
 そう思うと震えが止まらなかったが、電話口の城之内は至極冷静にオレに語りかけてきた。

『お前がオレに早く帰って来て欲しいのはよく分かったけどさ。とりあえずバイブの後始末はちゃんとやっておけよ?』
「は…? 後始末…だと…?」
『うん、そう。それ一応これからも使う予定だからさ。ちゃんと消毒しといてね』
「消毒…?」
『うん。消毒。ローションが入ってた場所にアルコール消毒液の瓶も入ってるから。中から取りだしたらアルコール液を吹き付けて、一回ちゃんと拭いてからしまっておけよ』

 城之内の言葉にオレは今までとは別の意味でワナワナと身体を震わせた。
 先程まで自分を翻弄していたあのグロテスクな玩具を、自分で消毒して綺麗にしないといけないのか…っ!?
 な…何という辱め…っ!!
 思わず大声で「巫山戯るな!!」と怒鳴ってしまうが、電話の向こうの城之内は全く我に関せずという風に飄々として答えた。

『海馬。もしかして恥ずかしいの?』
「あ…当たり前だ!!」
『じゃ、それでいいじゃん。一種の羞恥プレイだと思えば、お前だって出来るだろ?』

 城之内の台詞にオレの思考は一瞬固まってしまった…が、城之内の言う事にも一理ある。
 これもお前が本能に目覚めた故のプレイだと思えば、オレは何だって出来るのだ。
 オレは城之内に言われた通りに引き出しの中からアルコール液の瓶を取りだして、サイドボードの上にローションと並べるようにして置いた。
 そして自分の後孔に手を伸ばし、今まで銜え込んでいたバイブをゆっくりと引きずり出す。

「んっ…!」

 ズルリとバイブが抜け落ちる感覚に微かに呻いてしまい、その声で電話口の城之内が「お、抜いたんだ?」と反応する。
 携帯電話からは声だけしか聞こえてこないが、その顔がにやついているだろう事は安易に想像出来た。

「貴様…。帰って来たら覚えていろよ…」
『あぁ、全部覚えておいてやるよ。お前が望むなら何でもしてやるさ』
「今の言葉…本当だろうな?」
『勿論です。オレ、海馬君に嘘はつきませんから』

 城之内の言葉にオレはニヤリと微笑んだ。
 クツクツとした笑いが止まらない。
 とりあえず今はこの想いは伝えずにおこう。
 夜も更けて来たのでお互いに「お休み」と声を掛け合って、オレは通話ボタンを切った。
 今はもうウンともスンとも言わなくなった携帯電話を握りしめて、オレは嬉しさの余り声を漏らして笑ってしまう。


 さて、城之内。本当の調教はこれからだ。
 調教と言っても今までのような逆調教じゃないぞ?
 お前がオレを調教して満足させるんだ。
 だから早く帰って来い。
 オレがこんなにもお前の事を待っているんだから…。


 更なる未知への快感を期待しながら、オレは城之内の命令通りにバイブを綺麗に消毒するべく、アルコール瓶に手を伸ばしたのだった。