城海共に41歳。子供達は17歳。
城海もその子供達も、共にお付き合いをしながら平和な毎日を送っている頃の物語です。
その日、城之内も海馬も至極いい気分で、城之内が娘と一緒に住んでいるマンションに帰って来た。
年度末の激務から漸く解放されて、昨夜から久しぶりのデートをして来たのだ。
予約を入れたレストランで美味しい食事を楽しみ、品の良いシティホテルで甘い一晩を過ごし、次の日もノンビリとお茶やショッピングを楽しんで、夕刻頃に上機嫌で帰って来たのだった。
マンションの地下に車を駐め、エレベーターに乗り込み何となく肩をくっ付け合う。流石にいつ誰が乗ってくるか分からないエレベーターでイチャイチャする事は出来ないが、だからと言っていつものように他人を装う気分でも無かった。城之内がトンッと軽く肩でこづけば、海馬も同じようにしてそっと体重を掛けてくる。その事から二人揃って同じような事を考えている事が知れて、城之内は幸せそうな笑みを浮かべた。
四十一歳になった今は、若い頃のような無茶は出来ないし、派手な事も一切しない。だが、歳を取ったからこそ分かる静かな付き合い方というものが、城之内は至極気に入っていたし、どうやら海馬も同じように思っているらしかった。そんな風に何も言わなくても伝わってくる気持ちが本当に嬉しくて、二人はますますお互いの事が好きになるのだ。
「昨日の夕飯、美味かったなー」
「そうだな。店の雰囲気も良かった」
「値段もそこそこなのに、味付け上品だったし。また行こうな」
「あぁ。今度は子供達も一緒に連れて行くのもいいかもしれない」
「お、それいいかも」
「だろう?」
「それから…。久しぶりに…幸せだなーって思ったよ」
城之内の言う意味が分かって、海馬はほんのりと頬を染めてしまう。昔のように激しく求め合う事はしなくても、心から幸せだと思える夜があるのだ。お互いに仕事で忙しくてたまにしか抱き合えなくても、そのたった一夜が長く胸を占めて生きる糧となる。その関係が…心から愛しいと思った。
「また…時間があったら…」
「あぁ………」
エレベーターを降りる直前に軽く指を絡めて、二人は揃ってほんのり赤くなりながらマンションの廊下に出た。幸せな気分のまま部屋まで行こうとした時、ふと…異変に気付く。いつもと同じマンションの廊下に、いつもと違う音が響き渡っている事に気付いたのだ。
「赤ん坊…?」
ホギャアホギャアと激しく響き渡る泣き声は、確かに赤ん坊のものだった。
「猫…じゃないよなぁ…?」
「サカリがついた猫でも、流石にここまでは鳴かないだろう」
「どこの赤ん坊だ? この階には小さな子供がいる家族なんて住んでないぞ?」
「誰かの家に赤ん坊連れの客でも来ているのでは無いか?」
そんな事を話ながら、廊下の一番奥にある城之内家まで歩いていくのだが…。何故かその赤ん坊の泣き声は、足を進めるにつれてどんどん強くなっていくのだ。
「………」
「………」
何となく…何となくだが、嫌な予感が止まらない。会話も止まり、二人して無言で歩みを進め…。そして自宅の扉の前に立った時、その泣き声はドアの向こうから強烈な響きを持って二人の耳に届いたのだった。
「ほう…。泣き声の発生源はここか」
腕を組み妙に感心したように呟く海馬に、城之内は固まった首を無理矢理捻って隣に立っている恋人を見た。
「赤ん坊か。そうか…ついに瀬衣名ちゃんもお姉ちゃんになったのだな。おめでとう。ちゃんと認知はしてやったのか? それとも再婚か?」
「ちょ…っ! ちがっ…!! 海馬!」
「結婚式には呼んでくれ。『友人』として祝ってやる。それじゃあな」
「ま…待てよ海馬!! 誤解だ!!」
ヒラヒラと手を振りながら踵を返す海馬の手首を慌てて掴んで、城之内が必死な声を出した。
「あ…あかっあかっ赤ん坊なんて、オレ知らねーよ!! 誤解だってば!! オレはもうお前以外愛せないし!!」
四十を超えた男が泣きそうに震える声を出すのに、海馬は我慢が出来なくて振り返ってしまった。そして必死な形相の城之内の顔を見て、ついプッと吹き出してしまう。
「じ…冗談だ。何をそんなに必死になっているのだ…」
「え………?」
「貴様が浮気などしない事は、このオレが一番良く知っている。若い頃ならいざ知らず、今の貴様はもうそんな器用な芸当などは出来まい」
「わ…分かってるんなら、そんな事言うなよ…。マジで焦っただろ…。ほんっと意地悪だよな」
「まぁな」
「褒めてんじゃねーよ、馬鹿。年くって意地悪に磨きが掛かってきたんじゃねーか?」
呆れたように溜息を吐きつつそんな悪態をついて、そして一瞬視線を合わせてから二人揃って赤ん坊の泣き声が響き渡るドアを見詰めた。どんなに考えてみても、首を捻ってみても、泣き声は目の前のドアの向こうから響いてくる。
暫く何の反応も出来ずに黙って立ち尽くし、やがて城之内は諦めたように胸ポケットからキーホルダーを取り出した。そして家の鍵を選び出し、鍵穴に突っ込んで回してみる。カチリと開く所をみると、どうやらそこは城之内の自宅で間違い無いらしいのだが、やっぱりどんなに考えても全く身に覚えが無いのが困る。
「ただいまー…」
恐る恐るドアを開き中を覗いてみれば、それまで聞こえていた赤ん坊の泣き声が、倍以上の威力を持って城之内と海馬の二人を襲った。音の振動まで感じられそうな大音響に、思わず両耳を掌で塞ぐ。
「うっわー…っ! この音…久しぶりに聞いたけど…強烈だな」
「そうだな…。だが何故貴様の家でこれが?」
「知らねーよ。まさか瀬衣名が赤ん坊に戻ったって事はないだろうな」
「四十超えてまで、非ィ科学的な事を言うな」
周囲に響き渡る大絶叫の中、そんな下らない事を言い合いながら二人は玄関に入って靴を脱いだ。何となく腰が引けつつリビングに続くドアを開ければ、その泣き声は更に酷くなる。そして、その音の元凶を中心にして泣きそうな顔をした二人の高校生が、ドアが開く音にハッとして顔を上げ、城之内と海馬の事をじっと見詰めてきた。
「パ…パパァーっ!! どうしよう…! 泣き止まないの!!」
「助けて…。父さん…」
二人の子供達が泣きそうな顔で縋ってくるのを、二人の大人は訝しげな表情で見下ろしていた。そしてそのままソファーの上でギャン泣きしている赤ん坊に視線を移し、城之内は『それ』を指さしながら、抱き付いてきた娘に小さく尋ねてみる。
「で? アレは何だ?」
困惑しながらも努めて冷静にされた父親の質問に、娘である瀬衣名は涙ぐみながら「預かった…」とだけ答えた。
「預かった? 誰から?」
「三階の…吉田さん夫婦」
「いつ?」
「頼まれたのは昨日の夜。パパが海馬のおじさまと出掛けた後…。実際に預かったのは二時間くらい前。一時間二千円で五時間…」
涙ぐみ…というよりは既に泣き出しながら、途切れ途切れに伝えられる言葉に城之内は深い溜息を吐き、娘の頭をパシンとはたいて黙って赤ん坊に近付いて行った。そして顔を真っ赤にして泣き続ける赤ん坊を優しく抱き起こし、下腹部に触れてみる。
「あぁ、やっぱ濡れてる。瀬衣名、呆けてないでバスタオル持ってこい」
「え…?」
「早く!」
いつにない父親の厳しい一言に慌てて、瀬衣名は隣の部屋に駆け込んで箪笥の中からバスタオルを一枚持って来た。それを受け取った城之内はバスタオルをソファーに敷き、その上に赤ん坊を仰向けに寝かせる。そして着ていたベビーウェアを脱がせながら、視線も向けずに背後で立ち尽くす娘に尋ねた。
「吉田さんから何か荷物は預かってないのか?」
「え?」
「まがりなりにも赤ん坊を預ける人が、何の準備もしてない筈ないだろう」
「あ…! 鞄…何か大きな鞄預かった!!」
「じゃ、その鞄の中開けて。多分換えの着替えとオムツと、あとお尻拭きか何かある筈だから。早くしろ」
「う、うん!!」
城之内親子が慌てて赤ん坊の世話に取り掛かっている横で、海馬はその鞄に静かに近付き中身を漁り始めた。そして奥の方に入っていた哺乳瓶と粉ミルクを取り出し、リビングの入り口で呆然と突っ立っている息子を振り仰ぐ。
「克人。この赤ん坊は、ここに来てから何か口にしたか?」
「え…? いえ…まだ何も…」
「そうか」
簡単な会話だけをし、海馬は納得したようにその場を立ち上がり台所に向かう。歩きながら城之内に「少し台所を借りるぞ」と声を掛ければ、「あぁ」とだけの返事が返ってきた。それを了承と受け取って海馬はスタスタと流しに近付くと、テーブルの端に置いてあった保温ポットに目を付けた。
「このお湯は? 新しいものか?」
「あ…えーと。今朝沸かしたばっかりのだから…新しいと思います…」
誰とは無しに聞くと、どうやら此方もお泊まりしていたらしい息子の口から答えが返ってきたので、海馬は安心してそのお湯を使わせて貰う事にした。粉ミルクの缶を開け、中に入っていたスプーンで適量のミルクを取り哺乳瓶に入れる。ポットから熱い湯を少し入れ、ミルクがダマにならないように溶かして、もう半分だけ熱い湯を入れその上から浄水器の水を足して適温にする。暫くクルクルと回しつつ掌や自分の頬で温度を確かめて、納得してからリビングに戻っていった。
丁度その頃には、城之内が赤ん坊のオムツを替え終わっているところだった。汚れた紙オムツや使ったお尻拭きを処分しながら、フーッと大きな溜息を吐く。
「女の子なのに可哀想に…。こんなに汚れたオムツを二時間も履かされっぱなしで」
「………」
「お前、自分の排泄物で汚れたパンツを二時間も履いて、平気だったりする訳?」
「し、しないです…」
赤ん坊は城之内の腕の中でまだエグエグと泣いていたが、それでも先程よりは幾分マシになっている。すっかりしょぼくれた娘を睨み付ける城之内に海馬は近付き、その肩を指先でトントンと叩いた。
振り返れば黙ってミルクを掲げる海馬が目に入って来たので、城之内は今まで自分が座っていたソファーの場所を海馬に譲り、代わりに抱いていた赤ん坊を手渡す。
「じゃ、あと頼むわ。オレ手を洗ってくる」
「あぁ」
赤ん坊の頭が左胸にくるように抱きながら、海馬は城之内の顔を見上げ、そして頷いた。未だにグズる赤ん坊の背を軽く叩きながら宥めて、口元に哺乳瓶の乳首を押し付ける。その途端に赤ん坊は無我夢中でそれに吸い付き、中のミルクを凄い勢いで飲み始めた。ンックンックと喉をならす様子に海馬は漸く安心したように小さく嘆息し、次の瞬間にソファーの前で黙って突っ立っている若いカップルを、物凄い形相で睨み付けた。
いつも物静かな父さん、及び、いつも優しい海馬のおじさまがそんな目をするなんて全く知らなかった二人は、まさに蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなってしまう。いつ説教が始まってもおかしくないと震える二人に対し、だが海馬は何も言わなかった。こういう馬鹿な子供達に説教をするのは、自分より城之内の方が上手だと知っていたからである。
数十分後。オムツを替えて汚れた服も着替えさせて貰って、ミルクによって空腹も満たされた赤ん坊は、今はソファーの上で気持ち良さそうに眠っていた。その眠りを邪魔しないように隣の城之内の書斎に移動した大人二人と子供二人は、今は向かい合わせになって何とも言えない空気を醸し出している。
城之内は自分のPC用の椅子に座って腕を組み、海馬も予備として用意されている椅子に座っている。お馬鹿な高校生二人組は、フローリングに正座させられていた。
「で?」
長い沈黙の後、低く怒りを込めた声で城之内がそう問いただす。
「事の顛末は?」
城之内の質問に瀬衣名と克人は一瞬顔を見合わせ、そして瀬衣名の方が小さな声で説明をし始めた。
「えーと…昨日の夜に克人と帰ってきた時に…玄関ホールで吉田さんの奥さんと会っちゃって…。それでその時に『明日夫婦で出掛けたいのに、どこにも娘を預けられなくてー』って話をしてたのね」
「………」
瀬衣名の言う吉田さんとは、同じマンションの三階に住む若夫婦の事だった。二人揃ってまだ二十歳そこそこで、お腹に赤ちゃんが入ってしまったから慌てて結婚したというのは、このマンション内ではちょっとした有名な話だ。
城之内は仕事が忙しい事もあって余り付き合いはなかったが、娘の瀬衣名はよく玄関ホールで鉢合わせするその奥さんの事が大好きだった。明るいし、年も近くて感覚がほぼ一緒なのもあり、まだ子供が生まれて無かった頃は家にお邪魔して、お茶しながら長話等をしていたのである。
そんな大好きな吉田さんの奥さんが困っているのを、瀬衣名はどうしても無視出来なかったのだ。
「それで思わず『ウチで預かりましょうか?』って言ったら『ホントー? 助かるわぁー!』って言われちゃって…」
「何でそれだけで預かっちゃったんだ」
はぁ…と呆れたように息を吐き出す城之内に、瀬衣名はビクビクしながら話を続ける。
「だ…だって、『預かってくれるなら一時間で二千円出すわよ!』って言うし、五時間だけだって言ってたし…。計算したら一万円貰えるじゃない? そしたら克人と一緒に美味しいご飯でも食べに行けるなーなんて思っちゃって…」
「「馬鹿!!」」
瀬衣名の答えに、二人分の男の声が重なって同じ言葉を吐き出した。一人は勿論城之内。もう一人は隣でそれまで黙って話を聞いていた海馬だ。
「この…馬鹿!! 人間の赤ん坊は人形でも何でも無いんだぞ!! ちゃんと命があるんだぞ!!」
「そ、それはちゃんと分かってる…!!」
「全然分かって無いだろ。どうせそこらの犬猫と一緒に思ってたんじゃねーのか? サイズは同じでも、犬猫は自分の事はちゃんと自分で出来るんだ。でも人間の赤ん坊は何も出来無いんだよ。大人の助けが無いと生きられないんだ。お前はそこら辺の想像力が欠けている!!」
「っ………!!」
有無を言わさず一括されて、瀬衣名は下唇を噛んで俯いてしまった。そんな彼女の事が気になって震える背中を撫でようとした克人は、今度は自分の父親が「克人」と厳しく名前を呼ぶ声でビクリと反応してしまう。
「瀬衣名ちゃんがあの赤ちゃんを預かるという話をしていた時、お前は側にいたんだな」
「い…いました…」
「何故止めなかった」
「と…止めるっていうか…。瀬衣名は子供好きだから大丈夫かと思って…」
「この愚か者!!」
厳しい一言に背を引き攣らせて、克人は冷や汗をダラダラ流しながらその場で俯いてしまった。
すっかり意気消沈した子供達を目の当たりにして、その父親達は長く深い溜息を吐く。勿論このまま反省の為に放置しとくのも一つの手だが、やっぱり今の内に分からせてやるのが一番だと、二人揃って考えていたのである。
困ったように後ろ頭をガシガシと掻きながら、城之内が呆れたような声を出した。
「あのなぁ…二人とも。お前等将来結婚するつもりなんだろ?」
城之内の質問に、二人は再び顔を見合わせてコクリと頷く。
「その時になりゃ嫌でも分かるがな、赤ん坊なんてそんなに気軽に預かるモンじゃ無いんだよ。手間掛かるし、何しろ命がある。さっきも言ったけど、ペットを預かるのとは訳が違うんだ。分かるな?」
呼びかけられた声に、もう一度二人はコクリと頷いた。
「これが自分の子供だったのなら、親としての覚悟もあるからいいだろう。だけどお前等、今回は何の覚悟も無かっただろう。ただ人助けの為、ただお小遣いが欲しかった為、ちょっと良い事した的な考えでどうにかなるようなモンじゃないんだ、赤ん坊ってのは。瀬衣名、お前が子供好きなのは知ってるけどな。子供ってのはただ笑っているだけじゃ無いんだぜ。むしろ泣いている時の方が本番なんだからな。そんな事も知らずにちょっとした親切心だけで赤ん坊を預かるなんて…無責任にも程がある。反省しろ」
淡々と。お馬鹿な子供達の頭でも理解出来るように静かに続けられる説教に、瀬衣名と克人はただただ自分が情けなくなって顔が上げられなくなっていく。その情景を横目で見ながら、海馬は口に出さずとも満足していた。
自分が言いたい事は全て城之内が言ってくれたし、瀬衣名や克人の落ち込みっぷりにも彼等の反省がハッキリと見えていたからである。
こうして一時間に渡る説教の後、二人は漸く解放された。克人は死んだように床に蹲り、瀬衣名は痺れて痛む足を抱えて悶絶しながら、リビングで城之内が電話を掛けているのに気付いた。どうやら、一応何かあったらという理由でメモしていた吉田夫妻の携帯番号に電話しているらしい。ただひたすら低く淡々とした城之内の言葉に、瀬衣名は密かに同情する。
多分、吉田夫妻はこれからすぐに飛んで帰って来るハメになるだろう。そしてきっと自分達と同じように静かでキツイ説教を受けるのだ。
「パパ…。家族も他人も関係無い人だから…」
「そこが奴の良い所なのだぞ」
痛む足を撫で擦りながらそう愚痴ると、背後から低い声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこに微笑みながら立っている海馬の姿が目に入ってくる。
「瀬衣名ちゃんはもう少し自分の父親を誇りに思うべきだな」
「海馬のおじさま…」
「それから今回の事は、完全にお前達が悪い。ちゃんと反省しなさい」
「ごめんなさい…」
「オレはもういい。後でちゃんと城之内に謝っておけ」
「はい…」
反省したように俯いた瀬衣名の髪をクシャリと撫で、海馬は優しく微笑んでみせる。そして彼女の背後で同じように「ごめんなさい」と謝っている克人を睨み付け、「お前は帰ったらもう一度説教だ」と冷たく言い放った。
再び恐怖に冷や汗を流す息子を面白そうに見ながらクスクスと笑い、海馬は未だ電話している城之内を振り返る。
テキパキと赤ん坊のオムツを換えている城之内は、自分の全く知らない城之内だった。あれは自分と別れてから、今は仏壇の中で微笑んでいる女性と結婚してからの城之内の姿だ。
今目の前で項垂れて反省している少女のまだ幼かった頃、あんな風に一生懸命子育てしていたのかと思うと、胸がジワリと熱くなって知らない城之内の事さえ愛しくなる。
これは若い頃には決して分からなかった感覚だろう。ただひたすらがむしゃらに愛し合っていた頃は、こんな事考えるだけでも嫉妬で胸焼けがしそうだった。だが今は、それさえも城之内の一部として愛する事が出来る。
それをとても素晴らしい事だと…海馬は思った。
自分達は随分年を取ってしまったけれど、それでも愛は少しも色褪せない。それどころかどんどん深まっていく。
この先もこうして城之内と共にいたいと…、海馬は願うのであった。