2009年クリスマス企画。
城之内×海馬で、城之内の一人称です。
一応、『アンニュイな僕ら』『現金な僕ら』『青春真っ盛りな僕ら』の続きになります~。
それを見付けたのは十一月の初めの頃だった。
童実野駅の駅前デパートでお歳暮フェアが始まり、オレはそれの臨時バイトとして一ヶ月半程そこで働く事になったんだ。
制服に着替えてから従業員用スペースから出て、お歳暮フェアを行なっている催事場に向かう途中に、その店はあった。
男性用アクセサリーの小さな店。ネックレスやら指輪やら時計バンドやら…。材質もゴールドやシルバー、皮やクリスタル製品など様々だった。
別に自分で買おうとは思わなかったけど、男性用らしいごついデザインやシンプルで格好いいデザインに惹かれたのは事実だ。その店の前を通る度に何となく店の中を覗き見て、そこに飾られている色々な品物を物色していた。
そしてある日、オレはその店のショーウィンドゥに飾られていたネクタイピンに目を止める事になった。
至極シンプルなデザインの、シルバーのネクタイピン。青い小さなガラスが埋め込まれていて、それを見た途端、アイツの顔が脳裏に浮かんだ。
別段、そんなに高い品物では無い…と思う。オレから見れば結構なお値段なんだけど、アイツからしてみればただの安物に過ぎないだろう。
だけど、それがとてもアイツに良く似合うと思ったんだ。
だからそれに決めた。今年のクリスマスプレゼントとして、そのネクタイピンをアイツに贈ろうと…そう決めた。
結局、お歳暮フェアのバイト代のほぼ半分をつぎ込んで、オレはそのネクタイピンを買う事に成功した。そして今、オレは買ったばかりのプレゼントをダウンジャケットのポケットに突っ込んで、海馬邸へと向かっている。
十二月二十四日のクリスマスイブは海馬と共に過ごす事が決まっていたから、それはそれで凄く楽しみにしてたんだけどさ。でもなんか、変な感じがしていた。
六月の梅雨の時期から始まったオレと海馬の不思議な付き合いは、半年経った今でも同じように続いている。
オレは海馬の事が好きで、海馬もオレの事が好きな筈だ。雨が降る夜はどちらかの家に泊まりに行って(親父の事もあるから、大体はオレが海馬の邸に泊まりに行く事が多かったけど)、一緒に布団にくるまって眠り朝を迎えた。そんなにしょっちゅうでは無いけど、お互いの気が合えば身体を重ねる事もした。
身体を重ねると言っても、一般的に言われているようなセックスをするって訳じゃ無い。いつぞやの海馬邸でやったような、互いで互いを高め合うような、そんな接触の仕方だ。
よく考えれば、オレ達はちゃんと『お付き合い』してる訳では無かった。お互いに好きとは言い合っていたけれど、だから『恋人』になろうという話には行ってなかったんだ。
いや、恋人のつもりではいたけどよ。オレも海馬も、自分達が恋人同士だという認識はあったと思う。でもやっぱり『恋人のつもり』は『恋人』じゃないんだなって、最近は思うようになっていた。
だったらさっさときちんとした恋人関係になれば良かったんだろうけど、どうしてもそこまで行き着く事が出来ないでいる。
それが何でだかは、最初は全然分からなかった。でも最近は何となく分かるようになっている。
多分…怖かったんだ。きちんとした関係に収まるのが怖かった。
完全に恋人同士になってしまえば、もしその関係が破綻した時は完全に離別しなければならなくなる。そんな事は、考えただけでも辛くて仕方が無かった。でも、もし今までのような曖昧な関係を続けていたならば…。別れる時が来てもきっと辛くない。…そう信じていた。
だからオレは海馬に関係性の進展を求める事は出来なかったし、そう考えていたのは多分オレだけじゃなかったんだろうな。海馬もオレにその手の話をする事は無かった。
互いが互いに甘えて、曖昧な関係をずっと続けてきた。違和感を感じつつも、そんな甘えた関係を止める事は出来なかった。
だけどあのネクタイピンを見付けたあの日から、オレはそれじゃダメなんだという事に気付いた。いや、ダメだと言うよりは「嫌だ」って思ったんだ。
もっと海馬の側にいたい。もっと近くで海馬と触れ合いたい。もっと深く…海馬を感じたい。
もっと…もっと…もっと…。
考えれば考える程、オレは貪欲になっていく。自らの胸の内に溜まる気持ちを無視する事は出来なくなっていた。
そして…オレは決めたんだ。
今日、このプレゼントを手渡して海馬に告白する…と。
これで受け入れて貰えなかったら、海馬の事はスッパリキッパリ諦める事にしていた。
その事を強く思いつつ、ポケットに入っているプレゼントの箱をギュッと握る。そしてオレは、いつの間にか目の前に現れていた海馬邸を睨み付けるように見上げていた。
招かれた部屋の中はとても温かく、海馬はいつものようにソファーにゆったりと座って経済誌に目を通していた。そしてオレの姿を目に留めると、ニッコリと微笑んでくれる。
「遅かったな。バイトが忙しかったのか?」
そう尋ねられて、コクコクと頷いた。
「あぁ、うん。でもいつもこんなもんだぜ」
「そうか。腹は? 減っているんだろう?」
「うん。もうペコペコだ」
「じゃあ、今用意させるから大人しく待っていろ」
オレの言葉にクスリと笑みを零した海馬は雑誌を置いて立ち上がると、すぐそこに置いてあった電話の受話器を外して内線をかけていた。多分もう少しすれば、オレの為にクリスマスのご馳走が運ばれてくる事だろう。
それを待っている間に、オレはさっさとクリスマスプレゼントを渡してしまう事にした。
ダウンジャケットを脱いで海馬が用意してくれたハンガーに掛けつつ、ポケットから取り出した小さな箱を目の前に差し出した。
「海馬…これ。クリスマスプレゼント」
そう言って笑ってやれば、海馬は一瞬驚いたように目を瞠って、次の瞬間に破顔した。
滅多に見られない海馬の繕わない笑顔に、逆にこっちが照れてしまう。
「これをオレに?」
「うん」
「開けてみてもいいか?」
「いいけど」
顔が熱くなっていくのを自覚しながらぶっきらぼうに答えれば、海馬はまたクスクスと笑いながら受け取ったプレゼントの包み紙を丁寧に剥がし始めた。そして箱の中から出て来たネクタイピンを見て、嬉しそうに微笑んでくれる。
「ほう…これは…。貴様にしては趣味が良いな」
「安物だけどな。そんなんで悪いけど」
「いや、十分だ。綺麗だな。これなら普段から着ける事が出来る。ありがとう、城之内」
「あ…うん。いや…」
そう言って海馬は、取り出したネクタイピンをもう一度箱の中に収めながらオレにお礼を言ってくれた。まさかそこまで気に入ってくれるとは思わなかったので、予想外の反応にこっちまで嬉しくなってくる。
一大決心した告白はまだしてないけど、それは別に後でもいいよなーって気持ちになってきた。とりあえずはもうすぐ運ばれてくるご馳走を食ってからでも遅くは無い。
そう思ってソファーまで歩いて行って深く腰掛けた時だった。「城之内」と呼ばれたのに気付いて海馬の方に向き直ったら、とても綺麗な包装紙に包まれた何かを差しだしている海馬の姿が目に入ってきた。
「何…?」
「何…では無い。クリスマスプレゼントだ」
「え…? オレ…に…?」
「そうだ。他に誰がいる」
押し付けられるように渡されたそれを受け取って、オレは呆然と海馬の顔を見上げた。
「どうした? そんな変な顔をして…」
「あ…いや…その…」
オレの手の中には、鮮やかなプリントが施された軽い紙袋。カサリと開けてみると、中から現れたのは自転車やバイク等に乗る時に使う、ライダー用の手袋だった。黒地に赤いラインが入っていて、まさしく海馬がオレの為に買ってくれたんだなって事が分かる。
その手袋を見て思い出した。
十二月に入って大分寒くなってきて、オレは一度海馬に「最近めっきり寒くなってきて、新聞配達のバイトが辛くってさー。身体はいいんだけど、手先が悴むのが嫌なんだよ」と愚痴を零した事があった。その時にスポーツ用品店で貰ってきた自転車用品のカタログを捲って、ライダー用手袋のページをじっと見ていた事も思い出す。
その時にオレの脇から同じようにカタログに視線を走らせた海馬が、ある手袋の写真を指差した。
『これなんかはお前の好みなんじゃないか?』
『うん、良く分かったな。オレもすっげー格好いいって思ってた。でもこれ…滅茶苦茶高いんだよ…』
『値引きされて六千五百円か…。本皮だしな。それくらいはするだろう』
『それは分かってるんだけどさー。オレみたいな貧乏人は、たかが手袋に六千円って思っちまうんだよ。欲しいけど手は出せないなー』
確かその時にしたのは、こういう会話だった。
海馬は…その時の会話の内容を、しっかり覚えていたんだ。そしてオレの為にプレゼントとして買ってくれた。
オレは貧乏人で、海馬は金持ちで。けれどオレは、むやみやたらに海馬に物を買って貰うのは好きじゃなかった。何か施されてるって感じがしたし、海馬もそれをよく理解していたから、向こうもオレに対して無用な施しは一切してこなかった。
でも、オレがその手袋を本気で欲しがって写真をじっと見詰めていたのを、海馬はよく見ていたらしい。
ただ買い与えるだけじゃオレが受け取らない事を熟知していた海馬は、それがプレゼントなら受け取って貰えるとふんだんだろう。実際こうしてプレゼント交換のような形になり、手袋は無事オレの手に渡った。
海馬がオレとの何気ない会話を覚えていてくれたんだって事に驚いて…そして凄く嬉しくなる。
だけど、オレが本当に驚いたのはそこではなかった。
オレは…忘れていたんだ。
クリスマスはプレゼントを与えるだけじゃなくて、自分もプレゼントを貰えるんだって事を。
幼い頃に母親が妹を連れて出ていってしまってから、オレのクリスマスにプレゼントという概念は無くなった。
同じプレゼントなら誕生日プレゼントだってそうなんだろうけど、そっちは友人達が色んなものをくれるから、どうやら忘れずにいられたらしい。でも、クリスマスは別だ。ちょっとしたプレゼント交換ならした事はあったけど、本格的なプレゼントは、完全に自分には縁の無いものだと思い込んでいた。
ただ、プレゼントをあげるという行為に関しては忘れた事は無かった。クリスマス時期のバイトとかで、ちょっとしたプレゼントをお客さんに贈るとかはした事があるからだ。
オレにとってのクリスマスは、他人にプレゼントはあげても、自分がプレゼントを貰うイベントじゃ無かった訳だ。
ずっとそう思い込んできて…、だから海馬から手渡されたこのプレゼントはまさに青天の霹靂だった。
海馬からプレゼントを貰って、オレはそこで初めて、自分もプレゼントを貰っても良い立場だって事を思い出した。
「あり…がとう…。海馬」
ずっと欲しかったライダー用手袋をギュッと握りしめてお礼の言葉を口にしたら、海馬は「あぁ」と一言だけ答えて満足そうに笑っていた。
その穏やかな顔を見て…オレは今だと感じていた。
告白をするなら…今だ。夕食が終わるまでなんて悠長な事は言っていられない。
「海馬」
未だ迷う心を力尽くで決心させて、オレは強く海馬の名前を呼んだ。その声に海馬がこちらを向き、強く視線を合わせてくる。
その鋭い視線に負けないようにこっちも見返して、一度深く息を呑み込み、声を発した。
「オレ…。お前の事が好きだよ」
「あぁ、知っている」
「お前も…そうだよな?」
「………。あぁ、そうだ」
「オレはお前が好きで、お前はオレが好きで…。それなのにオレ達は今まで、随分と曖昧な関係を続けて来たと思わないか?」
オレの質問に海馬は驚いたように目を瞠って、だけど次の瞬間に「そうだな…」という一言と共にコクリと頷いた。
ドキドキと高鳴る心臓を押さえるように、手の中の手袋を強く握りしめた。オレの言葉を待っている海馬も、ネクタイピンの入っている小さな箱を手の中でキュッと大事そうに包んでいる。
「海馬。オレは今のままじゃダメだって思うんだ」
「あぁ、確かにそうだな」
「だから…オレ…」
いざ告白をしようとすると、やっぱり言い淀んでしまう。思い切りの良さはオレの長所だった筈なのに。
それでも何とか無い勇気を掻き集めて大事な事を伝えようとした途端、目の前にいる海馬の小さな口から、静かな…それでいて毅然とした声が言葉となって出て来た。
「付き合おう、城之内」
「へ………?」
完全に出鼻をくじかれた形になって、オレは思わず間抜けな声を出してしまった。声だけじゃなくて顔も間抜け面になってたらしいけど、海馬は全くそれに構う事無く、続けて言葉を発する。
「お前の言う通りだ、城之内。オレ達は曖昧な関係に甘え過ぎていた。だからそろそろきちんとしたケジメを付けないとな…」
「海馬…お前…」
「城之内。オレはお前と恋人になりたい。お前はどうだ?」
どうだ? なんて言われても、そんなの…そんなの…。
同意するしか無いじゃないか!!
「ずりぃよ…海馬」
「ん………?」
「それ、ホントはオレが先に言おうとしてたんだぜ。それをお前…先に言いやがって…っ!」
「フフッ…。こういうものは先に言ったもの勝ち…だろう?」
「可愛くねぇなぁ…ホントに。そんな奴にはこうしてやる!!」
オレから贈られたプレゼントの箱を持ったままの手を掴んで、オレは海馬を自分の方に引き寄せる。グイッと思いっきり引っ張った為、海馬が珍しく焦った顔をしていたけど、オレはそれに構わないで自分の腕の中に倒れ込んできた細い身体を強く抱き締めた。
すぐに海馬が非難めいた目をしながら見上げてきたけど、それも無視して引き結ばれた唇にキスを贈る。抵抗されるかなーとか心配したけど、海馬はそのまま大人しくキスを受けて、オレの腕の中で身を寄せてきた。
唇と唇を合わせるだけの甘いキス。幸せな時間は夕食を持って来てくれたメイドさんによるノック音であっという間に過ぎ去ってしまったけど、温かい気持ちは胸の内に残ったままだ。
その後、美味しいご馳走を食べて風呂に入ったオレ達は、一緒に眠る為に共にベッドに入り込んだ。
本当はそのままセックスをしたかったけど、次の日は二人とも仕事があったし早朝に起きなければいけなかったので、そっちの方は後日に後回しって事になった。滅茶苦茶残念だけど、まぁ…仕方無いよな?
それに焦る必要は無いって知ってるから、無駄にがっつきたくも無いんだ。
既に規則正しい寝息をたて始めた海馬をそっと抱き寄せて、オレは自分も眠る為に目を閉じる。
海馬がくれた本当のクリスマスプレゼントは、海馬と恋人になるという『幸せ』そのものだったんだ。
その幸せはもうこの手の中にある。
ここから先の幸せは、これからゆっくりと育んでいけばいい。
至極穏やかな気持ちでそんな事を考えながら、オレは眠りについた。
愛しい海馬の熱を直に感じながら…