*勇気の証明(完結) - 4 - *④side海馬

 暫くして海馬の涙が漸く止まった頃、城之内はそっと身体を離して海馬の顔をもう一度見つめ直した。そしてそのままゆっくりと顔を近付けて海馬に口吻ける。
 最初は軽く触れ合わせるようなキスも、段々と深くなっていく。
 暖かい口内に舌を差し入れ、その柔らかい海馬の舌を絡め取って吸い上げた。
「っ…! んっ…ふ!」
 零れる唾液を舐めて啜り上げて、力の抜けてきた身体をそのままソファに押し倒す。
 そこで漸く海馬が城之内の身体を押しのけた。
「ま…待て! 城之内!!」
「ゴメン。急だとは思うんだけど、俺もう何か我慢出来無いっぽい」
「出来無いっぽいではないわ!! 俺にも心の準備ってものをさせろ!!」
 そこまで言うと、城之内は至極名残惜しそうに身体を起こした。海馬も軽く息をつくと、真っ赤な顔でゆっくりと起き上がる。

「城之内…。俺はまだ自分の身体の事が気になって仕方無いのだ…。出来ればお前に触れさせたくないと…思っている」
「お前がそう思ってるのはもう嫌って程分かったけど、そればっかりは断わるぜ」
「わかっている。だから今からKCの本社に行かないか?」
「…は? 何で今からKC? もしかして社内プレイ? お前そりゃどんな趣味だよ…」
「違うわ馬鹿者!! ヴァーチャル内だったら綺麗な身体でお前の相手をする事が出来る。今まで誰とも何もしてこなかった身体をプログラムしてそれを使えば…」
「はい、そこまで!」

 そこまで早口で捲し立てた海馬の口を慌てて手で押さえ、城之内は心底呆れたように深く溜息をつく。
「お前まだそんな事言ってんのかよ…。あのな、俺はヴァーチャル世界のお前じゃなくて生身のお前を抱きたいの。むしろ今は生身のお前以外には興味ないの。今、ここで、目の前のお前とセックスをしたいの。わかる?」
「それは…わかるが…」
「今度そんな事言ったら本気で怒るぜ。ていうかもうずーっと待ってたし、ホント我慢の限界なんです。セックスさせて下さい」
 そう言いながらシャツのボタンを外してくる城之内の手を、海馬は慌てて止める。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「悪いけどもう待てない」
「せめてシャワーを…っ! シャワーを浴びさせてくれ!」
 その言葉に城之内の動きがピタリと止まる。
「もう…逃げないから…、だからシャワーを…」
 懇願する海馬に城之内は「仕方無いなぁ」と苦笑する。そして漸くその身体を離してくれた。
「待ってるから。風呂行ってきな」
 ソファにどっかりと座り込んでニコニコ笑っている城之内をチラリと見ると、海馬は顔を真っ赤にして急ぎ足でバスルームに向かった。


 熱いシャワーを浴びながらスポンジにボディソープを含ませて十分に泡立たせ、身体の隅々までしっかり洗う。
 なるべく綺麗に少しでも綺麗に…とそれだけを思い、肌が赤みを帯びるまで力を入れて擦った。
 シャワーの湯で泡を全て洗い流して深く息をつく。湯を止めバスルームを出て、タオルで身体の水気を軽く拭いバスローブを羽織った。
 そしてゆっくりと振り返って洗面所の鏡に映る自分を眺める。
 見た目は綺麗に見えても、海馬の目にはまだ自分が汚れているような気がしてならなかった。
 気にするなと自分に言い聞かせても感情は素直に言う事を聞いてはくれず、どうしてもそれが気になった海馬は再びバスルームに戻ろうとした。が、踵を返したところで突然背後から誰かに抱き締められてしまい、身動きが取れなくなってしまう。慌てて振り返ると、そこにいたのは痺れを切らした城之内だった。

「遅いよ海馬。何やってんの」
「じ…城之内…っ。離せ、俺はまだシャワーを…」
「シャワー、もう浴びたんだろ?」
「浴びた…が、まだ汚れが残って…」
「ん? 大丈夫大丈夫。身体も温かいし石鹸のいい香りしてるぜ? 充分綺麗になってるよ」
「だが…っ」
「なぁ海馬。あんまりグダグダ言ってるとここで犯っちまうぜ? もういいから向こう行こうって、ほら。寝室どこ? あっち?」

 流石に洗面所で犯されるのは困るので、海馬は渋々洗面所を出て城之内を連れ自身の寝室に向かう。
 まだ灯りの付いていない寝室をそのまま進み、ベッドサイドのランプだけを付けて振り返った。
「城之内…。お前はもう全てを知ってるから言うが、俺はこの行為に慣れてしまっている。だからその事で幻滅されてしまっても困るのだ。それだけは分かって貰いたい」
「慣れてるって言うなら俺だって慣れてるさ。変な事ばっか心配すんなよ」
 苦渋の表情でそう言う海馬に城之内は笑顔で答えると、突っ立ったままの海馬に「ほら、こっちおいで」と手招きをする。素直に近付いて行くと城之内は腰を抱き寄せて共にベッドの縁に座り込み、そのまま海馬を優しくシーツに押し倒した。
 未だ水気を含んだままの栗色の髪がパサリとシーツに広がる音に気をよくし、城之内はそっとその頭を撫でる。
「あんまり自分の事を汚いとか言うなよな。そんな風に言われると俺も悲しいからさ。でもそんなに気になるんだったらこれから俺と一杯セックスして、その跡を消してけばいいんじゃない? ていうか、全部俺が塗り替えてやるよ」
 妙に自信たっぷりに言った後に「なんてな」と照れ臭そうに笑う城之内を見て、海馬の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「そうか。ならば全部お前に任そう。俺を…塗り替えてくれ、城之内」
 やっと自分の気持ちに正直になれた海馬が、緩やかに覆い被さってくる城之内の首に腕を回した。それに気持ちよさそうに吐息を漏らした城之内が、海馬を強く抱き締め返す。
「あぁ、任せてくれ」
 城之内のその一言を最後に、二人の間に会話は消えた。