自分の私室に城之内を招き入れソファに座らせて、海馬は部屋付きのポットでコーヒーを煎れた。それをガラステーブルの上に二人分置くと、自分も城之内の向かい側のソファに座り込んだ。
二人共暫く黙ってコーヒーを飲んでいたが、意を決したように城之内が口を開いた。
「海馬、俺あれからずっとお前と話をしたいと思ってたんだ。本当は見舞いにでも行ってすぐにでも話をしたかったけど、俺の方も混乱気味でちゃんと纏めないと何か滅茶苦茶な事言いそうでさ。それで今日まで時間がかかっちまった。見舞い…行けなくてゴメンな?」
心底済まなそうに謝る城之内に、「別に。気にしていない」と海馬を首を横に振る。
城之内が何を言いたいのか正直分からなかった。ただ彼は『混乱している』と言っていたから、多分自分との決別の話をしにきたのだろうと海馬は思った。わざわざそれを言いに来たのは予想外だったが、やはりこれで良かったのだと何度も心の中で反芻する。
「それでさ…。色々考えたんだけどさ」
やはり来た…と、海馬が密かに覚悟を決めた時だった。目の前の男は信じられない事を平気で言ってのけた。
「俺やっぱお前の事諦められきれないんだよねー。だってすっげー好きだし。だからやっぱり俺と付き合ってくれない?」
「…なっ!?」
余りの事に目を丸くして固まってしまっている海馬を気にせず、城之内はペラペラと喋りだした。
「大体お前は気にし過ぎなんだって。前にも言ったけど、俺だって昔は遊びまくって綺麗な身体してる訳じゃないんだぜ? この前あっちの世界でお前のあんな姿とか過去とか見ちゃったけど、それが何だってんだよ。そりゃまぁ…少しはショックだったけどさ。だからと言ってお前に対する気持ちが変わるって訳じゃ無いんだぞ? 人の気持ちなんてそんなに簡単に変わってたまるかっての」
「だ…だが俺は」
未だ言い訳をしようとしている海馬に、城之内は「ストップ!」と言って言葉を無理矢理止めさせた。
「なぁ海馬。せっかくだから、こっから先はルールを決めて話を続けないか?」
「ルールだと…?」
「そ。こっから先はどっちも嘘ついたらダメな?」
「か…勝手にそんな事を決めるな!」
「もう決めちゃったから。で、俺はお前の事好きなんだけど。お前は? もう俺の事嫌いになっちまったの?」
自分の反論も全く気にせず強引に話を進める城之内に、海馬は一瞬言葉に詰まってしまう。思いっきり睨み付けても当の本人はケロッとして「で、どうなんだよ?」と平気で聞いてくる始末だ。
誤魔化す事も出来るだろうに『ルール』という言葉に弱い海馬は、その言葉に縛られてしまい思わず正直に答えてしまう。
「嫌い…では…ない」
「そっかよかった。じゃ、好き?」
「な…何っ!?」
「俺の事嫌いじゃないんだったらさ、好きなの?」
「き、貴様! その質問は卑怯だぞ!!」
余りの意地の悪い質問に、流石の海馬も大声を上げてしまった。嘘を言ってはいけないというルール上『嫌い?』という質問に大して『嫌いではない』という答えはセーフなのだが、『好き?』という質問に大して『好きではない』という答えは完全にアウトだ。気持ちがバレてないのであればいくらでも誤魔化しようもあろうが、全てを知ってしまっている城之内に大してそれは有効ではない。だからといって素直に『好き』と言う事は出来ない。そんな事を言ったらそれこそ城之内の思う壺だ。
「ねぇ、どうなの?」と聞いてくる城之内に何も言う事が出来ず、海馬はまた俯いてしまう。
そんな海馬の様子に城之内は苦笑すると、立ち上がり向かい側のソファに座っている海馬の側までやってきた。そして足下に膝をつき、膝の上で固く握りしめていた海馬の手をそっと少し震えている暖かい手で包みこんだ。
側まで来られた事に気付いていなかったのだろう。ビクッと身体を揺らすと、海馬は慌てて手を引っ込めようとする。それをギュッと力強く握りしめることで逃げを許さず、城之内は真摯に話しかけた。
「なぁ海馬。俺、本当にお前の事が大好きだよ。好きで好きで大好きで、どうしてもこの気持ちを一人で抱えきる事が出来なくてお前に告白したんだ。本当はすっげー怖かった…。男同士だったし仲悪かったっつーか最悪だったしな。だけど俺はそこで諦める事がどうしても出来なかった。だから無い勇気を必死で掻き集めて、お前に想いを告げたんだよ。いやホントにすっげー勇気出したんだぜ? 今思ってもよく告れたなって自分でも感心するもん」
城之内は更にもう片方の手を添えて、海馬の細くて少し冷たい手を握りしめる。まるで自分の真剣な想いを少しでも海馬に移そうとしているかのようだった。
「お前も俺も色んなモン抱えてるけど、そんなもの二人でいれば何とかなると思わないか? 逆に考えればさ、一人じゃどうしようもならない事も二人なら大丈夫だって思うんだよ。俺はお前と一緒にいれば何も怖くないぜ? お前は? 俺と一緒にいてもまだ怖いものがあるのか?」
城之内のその問いに海馬はゆるりと首を横に振る。
その考えは前々から海馬も思っていた事だった。いつでもどんな時でも強く明るい城之内が側にいてくれれば、どんな困難な事でも乗り越えられると信じられた。けれどそう思うのと同時にそれは到底無理な事なんだと、海馬は自分の中で完全に諦めきってしまっていた。だが、それと全く同じ思いを抱いた城之内が、自分とは違って諦める事無く真っ正面から向かって来ている。その事に気付いた海馬は、いつの間にか自分の眼の奥がじわりと熱くなって来ているのに気付いた。
「実は今この瞬間だって俺は緊張しまくってんだ。心臓バクバクいってるし手も震えてるしな。でもどうしてもお前を諦めたくないから、こうして勇気出してんだ。なぁ、お前も勇気出してくれよ。俺と一緒に幸せになる勇気を」
城之内が強い意志を宿した瞳で真っ直ぐに見つめてくる。それを見返すと不意に視線が歪んで、海馬は自分が落涙した事を知った。
既に海馬の中では、城之内を拒否する気持ちは完全に無くなってしまっていた。どこまでも真剣に本気で熱く向かってくる目の前の男に、海馬は何時の間にか降参してしまっている自分の気持ちに気付いてしまう。
白い頬を伝って流れ落ちる涙を城之内の指がそっと拭い、伸び上がってその頬に柔らかく唇を押しつけてきた。そしてそのまま海馬の頭を抱き込んで耳元で囁くように問う。
「俺は海馬が大好きだ。愛してる。だからもう一度聞く。海馬…、俺の事が…好きか?」
止まらぬ涙を城之内の肩口に顔ごと押しつけ、その背中にそっと手を回してギュッと強くシャツを握る。そしてゆっくりと、だが確実に頷いた。
「………っ。好き…だ…っ」
それだけ言うのがやっとだったがどうやら城之内はそれで満足したらしく、耳元で安心したように笑うと海馬を強く抱き締め返した。
「海馬…。俺の恋人になってくれ。それで俺と一緒に幸せになってくれ。お前はもう、何も苦しまなくていいんだ」
栗色の髪を優しく撫でながらそう言う城之内に、海馬はただコクコクと頷く事しか出来なかった。