とんでもない話を聞いてしまったような気がする…。
城之内は隣の部屋から聞こえてくる会話に、ただ身を硬くして聞き入るしか出来なかった。
海馬がどうしてそんなにも頑なに自分を否定するのかを、そして海馬の本当に気持ちを知ってしまった。
聞かされた真実は衝撃的なものだった。ショックを受けなかったと言えば嘘になる。
だが、だからといってそんな事で城之内の気持ちが変わる事はない。
ただ、胸が痛かった。
自分がショックを受けたからではない。海馬の気持ちが嫌というほど伝わってきて胸が苦しくて仕方無かった。
そしてそんな海馬を、話を聞く前よりもっとずっと好きになっている自分に気付いてホッとした。
結局城之内にとって、海馬が気にしている事などたいした事では無いのだ。
元々短絡思考的なところはあったがそういうのとは関係無しに、城之内はただ純真に海馬の事を想っていただけなのだ。
(へっ…! 障害上等! 何でも受け入れてやるぜ!)
扉の向こうで交わされている会話に、城之内は密かに決意を固めていた。
おろおろしている秘書を下がらせた海馬は、困惑した表情で自分を見ていた。
「なんて顔して見てんだよ」
苦笑して一歩海馬に近づくと、海馬は一歩後ろに下がってしまう。
「貴様…もしかして…話を…」
「うん。聞いちゃった。だってここ声だだ漏れなんだもん」
「ではもう貴様にはわかったな」
「ん? 何を?」
「俺が貴様と付き合えない理由だ」
「えっと、海馬が何を言いたいのか分からないんだけど。何で俺の事好きなのにダメって言うの?」
「貴様は話を聞いていたんじゃないのか!!」
一歩一歩進む度に同じだけ下がる海馬を追いかけて、城之内はついに壁際まで海馬を追い詰めてしまった。
背中に壁があたって海馬が一瞬慌てたように後ろを振り返り、逃げ場が無い事を確認する。
城之内は海馬の顔の両脇に腕を伸ばして壁に手を付き、完全に逃げ場を封じてしまう。
「俺の事好きなら逃げないでよ」
「貴様の事など…好きではない!」
「ウソウソ。俺聞いちゃったもん。アレどう考えても俺の事じゃん。ウチの学校にあんな特徴持った奴なんて俺しかいないよ? 他にいる? 言ってみろよ」
「や…やめろ城之内…。話を聞いていたならわかる筈だ…。俺は…ダメだ…」
「なんで? 汚れてるから?」
城之内の言葉に、海馬がビクリと身体を揺らす。
完全に俯いてしまってその表情は全く見えないが、きっと今凄く辛そうな顔をしているんだろう。
現に隠れた前髪の向こうから、透明な雫がポタリと一粒落ちてきた。
「悪いけど俺、お前が汚れてるなんてこれっぽっちも思ってないから。大体過去に誰かとセックスして汚れるっつーなら、俺だって中学時代色んな女の子とヤリまくったし、汚れまくってると思うんだけど? で、どうよ。俺の話し聞いて、俺の事汚れてるって思った?」
城之内の問いかけに、海馬は慌てて首を振る。
「お前は…違う。それは違うんだ。俺みたいに無理矢理身体を売らされていたわけじゃない」
「用途は違うけどセックスには違わないだろう? お前には自分の身体が汚れているように感じてるらしいけど、俺にはそんな汚れはひとっつも見えないぜ」
両手で頬を包み込み、海馬の顔を上げさせる。
澄んだ宝石のような青い瞳は、今は涙で濡れそぼり、瞼の周りは泣いている為かほんのり紅く染まっていた。
それをとても綺麗だと、城之内は心から感じた。
綺麗な綺麗な海馬。俺の大事な海馬。俺の大好きな海馬。
「お前を汚せる奴なんて、この世に一人もいやしねーよ。綺麗な海馬…。大好きだぜ」
涙を零し続ける仄かに紅い瞼の淵に、涙の跡を残す頬に、そして震える薄い唇に。
城之内は想いの丈を籠めてキスをした。
最初は触れるだけのキス。次にそっと舌を入れて、海馬の温かい柔らかな舌に自らのを触れさせた。
まだ涙は止まらない。角度を変える度に口に塩辛い涙の雫が入ってくる。
「っふ…! うっ…ん!」
触れさせるだけだった舌はやがて絡まり合うと耐え切れないのか、城之内は海馬にギュッとしがみ掴まれた。
やがて唾液の糸を引きながら城之内が離れると、海馬は目の前でずるずると座り込んでしまう。
座り込んでしまった事によってその表情はまた見えなくなってしまったが、栗色の髪から覗いている耳が真赤になっているのを見て、城之内は満足そうに微笑んだ。
その髪をさらりと撫でて、城之内は一旦海馬から離れる。
「とりあえず今日は帰るわ。お前も混乱してるだろうし、これ以上傍にいたら俺もヤバそうだしな~」
軽快な足取りで社長室の出口まで行くと、ドアノブに手をかけ振り返る。
「でも、これだけは忘れるなよ海馬。俺はお前が好きなんだ。過去に何があろうともその気持ちは変わらない。お前の本当の気持ちを知ったからには、俺はもう絶対諦めないからな。お前もそのつもりでいてくれよ」
返事は無かったが、いつの間にか顔を上げた海馬が潤んだ青い目で城之内を見つめていた。
その目に宿るのは迷いの色。だが今の城之内にはそれで充分だった。
少なくても、あんなに頑なに否定していたのに比べれば。
「じゃぁ、また学校でな」
ヒラヒラと手を振り社長室を出る。
エレベーターに乗って一階に降り、海馬コーポレーションのビルを出る。
道路に出て振り返り上を見上げた。
社長室の部屋の明かりはまだ点いていた。
「海馬、覚悟を決めたぜ。俺、絶対にお前を幸せにしてやるからな」
城之内はポツリと呟き、その胸に熱い決心を宿した。