*勇気の証明(完結) - 2 - ①side城之内

 海馬に話し掛けたはいいものの結局言葉が続かず、城之内はその場では何も会話する事ができなくなってしまった。
「あー」とか「うー」とか言っている間に始業のベルが鳴り、仕方なく自分の席に戻る。
 海馬が三ヶ月ぶりに復学することは学校側に既に連絡が付いているらしく、教師も特に何も言わず授業を始めてしまう。
 城之内は謎の数式が羅列している教科書を開きながら、ずっと三ヶ月ぶりに後ろの席に座っている海馬の事を考えていた。
 当たり前だが授業の内容なんて、全く頭に入っては来ない。
(くそ…。海馬と話してぇ…)
 何故だかとてもイラだって頭をガシガシと掻き毟る。
 城之内の脳裏には、エジプトでのあの日の夜のことがまざまざと甦ってきた。
 海馬に好きだと告白して、ものの見事に振られたとこまでは仕方ないと言わざるを得なかったが、その振られ方が納得できるものではなかった。
(汚れてるって何だよ…。意味がわかんねーよ…海馬ぁ…)
『嫌い』とか『気持ち悪い』とかならまだわかる。
 海馬に告白しようと決心した時点で、そう言われる事は覚悟の上だった。
 だが海馬が言ってきた言葉はそのどちらでもなかった。

 頭を抱えて悩んでいる内に数学の授業は終わっていた。
 教師が教室を出るのと同時に、遊戯が海馬に駆け寄る。
 二人で何か話しているようだったけど、城之内はまだ自分の気持ちに整理がつかず彼に近付くことが出来ないでいた。
 海馬と話をしたいのは山々だが、頭の中がゴチャゴチャで何を話していいのか分からないのだ。
 やがて海馬と何かを話し終わった遊戯が、机に突っ伏している城之内の元にやってきて嬉しそうに報告する。
「ねぇ城之内君。学校終わったらさ、帰りに一緒に海馬くんの会社に寄らない?」
「はぁ!? KCに?!」
 慌てて後ろを振り返ると、何故だか得意そうな顔をした海馬と眼が合ってしまった。
 自然な成り行きでそのままの姿勢で海馬に問いかけた。
「なんでお前の会社? 屋敷の方じゃなくて?」
「どうしても貴様らに見せてやりたいものがあってな。安心しろ、悪いものではない」
「はぁ…」
 胸の前で腕を組んで得意満面にそういう海馬に、城之内は承諾するしかなかった。


 放課後、学校の校門まで海馬を迎えに来た黒塗りのリムジンに一緒に乗って海馬コーポレーションのビルまでやって来てビル内に足を踏み入れる。
 と、そこに待っていたのはモクバだった。
「兄サマ、お帰りなさい! あ、遊戯も城之内も久し振りだぜぃ!」
「あ! モクバ君! 久し振りー!」
「お前も久し振りだなー! 元気だったか? モクバ」
 嬉しそうに駆け寄ってきたモクバの頭を、城之内はグシャグシャと思いっきり撫で回す。
「やめろよ城之内!」とモクバは何とかその手から逃れると、髪を直しながら海馬に向き直った
「兄サマ。こいつら連れて来たって事は、アレを見せるつもり?」
「あぁ」
「やった! 俺も自慢したかったんだよー! おい早くこっち来いよ!」
 海馬の返事を聞いたモクバは遊戯と城之内の手を引いて、奥の通路まで歩いていく。
 正面玄関の奥にあったエレベーターホールを素通りしたので、慌てて振り返る。
 だけど後ろからついてくる海馬も特に何も言わずに来ている上に、城之内と眼が合うと「いいからさっさと行け」と手で合図をされる。
 海馬にそう言われると黙って付いて行くしかない。
 二人はモクバに手を引かれるまま、奥の方へと歩いていき、やがて『関係者以外立ち入り禁止』の札が貼ってあるドアを潜った。
 すると、表からは分からなかった関係者専用エレベーターホールが現れる。
「ここのエレベーターで地下に降りるんだぜぃ」
「地下~?」
「いいからいいから」
 妙に嬉しそうなモクバに城之内と遊戯は一瞬眼を合わせる。
 二人して首を傾けて肩を竦めるが、遊戯が「モクバ君がそう言うんだったら、僕らは付いて行くしかないよね?」とにっこり笑って言うのに同意して黙ってエレベーターに乗り込むのを見て、城之内も諦めたようにその後に続いた。

 乗り込んだエレベーターは随分下まで一気に下がって行くようだった。
 ポーンと軽快な音をたてて地下に到着したエレベーターから外に出る。
 見渡すとそこは大きなコンピューターがいくつもある部屋で、俺と遊戯が頭から『?』マークを一杯出しているとそれに気付いたように海馬が腕を組んで偉そうに説明しだした。
「ここは海馬コーポレーションのサーバールームだ」
「サーバーって、海馬コーポーレーションの独自のコンピューターシステムって事?」
「まぁそのようなものだ」
 遊戯の質問に海馬が答える。
 だが本当に見せたいのはこの部屋じゃないらしいと城之内は感じた。
 チラチラと海馬の眼が泳いでいるのが見て取れる。
 海馬の視線の先に目を向けると、そこには見慣れたソリッドビジョンシステムが置いてあるのが見えた。
「で? 俺らに見せたいものってアレか?」
 指を指して城之内が問いかけると、海馬は嬉しそうに頷いた。
「その通りだ。モクバ、頼むぞ」
「OK兄サマ! おい、よく聞けお前ら。このソリッドビジョンシステムは、KCのバーチャル空間に生きている存在(データ)を特別にこの場で3D化して投影出来るものなんだぜぃ。ちなみにこれの他には社長室と副社長室、あと屋敷の方には俺の部屋と兄様の執務室にあるけど、まぁ一般人はここで我慢してくれよな」
「げっ!! KCのバーチャル世界って…」
 城之内はその言葉を聴いて青褪めた。
 はっきり言って自分達はバーチャル世界に対して余り良い思い出が無い。
 最初はKCのBIG5が企てたDMクエストに始まり、次はバトルシティの途中で遭遇した乃亜とのいざこざだ。
 隣を見ると遊戯も冷や汗を流している。
「そう心配すんなって。俺達はただ我が海馬コーポレーションのサーバーの守護者(ガーディアン)を見せたいだけさ」
 モクバが「へへへ」と笑って、自分の鼻の下を指でこすった。
 そしてそのまま投影機の場所まで行くと、スイッチを入れる。
「アメリカにいる時に、偶然破損してはいるもののまだ生きてるデータを発見してサルベージしたんだ。それを修復して今はKCサーバーの守護者(ガーディアン)になって貰ったんだよ。お前らにも会いたがっていたから、ついでに見せてやろうと思ってな」

 モクバが一歩下がって投影機を見つめる。
 四隅の投影機が淡く光って中心部分に画像を結び出す。
 やがてその中に、忘れたくても忘れられない人物が姿を現した。
「げ…っ!」
「やぁ、遊戯に城之内。二人とも元気そうだね」
 思わず身構えてしまった自分達ににこやかな笑顔で挨拶をした人物は、紛れも無いあの『海馬乃亜』だった。