*勇気の証明(完結) - 1 - ②side海馬

 エジプトでもう一人の遊戯を冥界に送り出した後、「せっかく皆集まったのだから」と誰かが言い出して、その日の夜は一緒に食事をすることになった。
『皆が集まっているから』というのは只の言い訳で、その本質は相方を失って気落ちしている遊戯を慰める為のものだったのだが。
 現にその時点での遊戯の憔悴具合といったら、海馬ですら見ていられない程だったのだ。

 飛行機で一旦ルクソールからカイロに戻り、イシュタール姉弟の紹介で現地の有名ホテル内にあるレストランに入り、そこで皆と一緒に夕食をとった。
 こんなに大勢で食事を取る事が無かったからだろう。
 海馬はモクバが嬉しそうにはしゃいでいたのを覚えている。
 食事の最中、他の皆とどんな会話をしたのかは実は余りよく覚えていないが、その雰囲気が不快では無かったこと、むしろ心地良くさえ感じていた事は今でもよく思い出せた。
 遊戯は最初ボロボロと泣いていたが、周りのお友達メンバーの慰めに徐々に立ち直って、デザートを食べる頃にはすっかり元気になっていた。

「海馬、ちょっと話があるんだけど…。いいか?」
 城之内が海馬にそう話しかけてきたのは、食事も終わり皆がホテルのロビーで談笑していた時だった。
 その場で話を聞こうと思ったのだがどうやらそれでは不味いらしく、目線で「外に行こう」と促しているのを感じ取る。
 ちらりとモクバの方を見ると弟は遊戯や漠良達と楽しそうに会話していたので、海馬はそれに了承して席を立ち城之内の後に付いて行った。


 ホテルの玄関を出ると、街は砂漠の街独特の夜の冷え込みに寒い位だった。
「話とは何だ?」
 ぶるりと少し身震いして前に立っている城之内に問いかける。
 城之内は肩を竦めて何かを考えているようだったが、突然こちらにクルリと振り返ると真面目な顔をして言った。
「あのさ。あまり茶化さないで真剣に聞いて欲しいんだけど」
 その余りに真剣な表情に、海馬も黙って頷く。
 その首が縦に振られたのを見て城之内は一つ大きな深呼吸をすると、普段の奴からは考えられないほど大人びた声でこう言い放った。
「俺さ、お前の事が好きなんだ」

 瞬間、海馬は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
 余りにも突然過ぎる告白に頭の中が真っ白になってしまって、一瞬何の反応も返せない。
 城之内の表情と声からそれがどういう意味での『好き』かは、分かりすぎるほど分かってしまった。
 だが、海馬はそれを誤魔化すようにホテルのロビーを指差し城之内に答えた。
「俺とお友達ごっこがしたいのか? お前のお友達だったら、ほらあそこに沢山いるではないか。わざわざ俺と友達になりたいなどという考えは理解出来ないし、俺にはそんな暇も無い。御免被る」
「ち、ちげーよ! 俺はお前と友達になりたいわけじゃねーの!! 俺の言ってる好きはLoveの好きでLikeじゃねーんだよ!!」
 必死に城之内が反論する。
 そんなのは知っている。よく知っている。
 何故なら海馬の『好き』もその『好き』だったからだ。


 いつからだったのだろう。
 海馬の中で城之内の存在が大きな位置を占めるようになってきたのは。

 最初は闇の遊戯の金魚のフンでしかなかった筈だ。
 会えば話せば一々突っかかってきて、自分とは決して相容れない本当にウザイ奴だと思っていた。
 それがバトルシティで徐々に力を付け、準決勝で当たったマリクとの決闘には海馬もその実力と根性を認めざるを得なかった。
 その後復活した城之内に3位決定戦を勝手に持ち込まれしぶしぶ決闘したものの、いいところまで追い詰められてその急成長振りに驚きを隠せず、ドーマの邪神から世界を救った時には、あの三竜の一匹に城之内も選ばれていたのだと知って少なからず驚愕し、更に増した実力に感心する事になる。
 直後のKCグランプリでも、その成長振りをまざまざと見せ付けられた。
 そこにいた彼はもう闇遊戯の金魚のフンではなく、一人前の決闘者だったのだ。

 その頃にはもう城之内の姿が勝手に視界に入って来るのを止められなくなっていた。
 あの金の髪に、あの陽気な声に、あの明るい仕草に、自分を押し留めようようとしても城之内に惹かれていくのを止められる筈もなく。
 まるで太陽を目の前にしているかのような眩しさに、海馬は自分が恋に落ちていることに漸く気付いた。
 だが、だからと言ってどうしようもない。自分も男、相手も男。この思いが届く筈は絶対に無いと思っていた。
 まして自分には、決して彼には知られたくない程の凄惨な過去があるのだ。
 海馬は自らの心の中で生まれたばかりの恋心を無理矢理消し去ろうと、ここ最近はずっと苦しんできたのだ。
 それなのに今、その相手が自分に告白をしている。
 正直に言えば心の底から嬉しかった。
 だが海馬にはその想いを汲んでやる事は出来ないのだ…。

「なぁ海馬…。別に付き合って欲しいとかそういうんじゃないんだけどさ…。ただ俺の想いを知っていて欲しかったっつーか、何ていうか…。あ…。やっぱり男にこんな事言われるの…、気持ち悪いよなぁ…」
 目の前の城之内は少し困った顔をして、頭をガシガシと掻いていた。
 そんな城之内に海馬は静かに首を横に振った。
「別に…気持ち悪くは無い」
「え? マジで?」
「俺は人を好きになるのに性別や身分等の壁は全く関係ないと思っている」
「海馬…じゃぁ…!」
「だが…。だからと言って貴様の想いを受け止めるわけにはいかない」
「そ…そうだよな…。はぁ…」
 城之内が落胆してガックリと肩を落としたのを見て、海馬は自分の胸がズキリと痛くなるのを感じる。
「お前、俺のこと嫌ってるし。やっぱダメだよなぁ…」
「誤解するな。俺は別にお前の事を嫌っているわけじゃない」
「えっ!? そうなの!?」
「お前がどう思っているか知らないが、俺はもう貴様を一人前の決闘者として認めているし、その人間性も好きだと思っている」
 思わず出てしまった「好き」に慌てて口に手を当てるが、その言葉は目の前の城之内にしっかりと届いてしまっていたようだった。
 海馬の言葉を聞いて城之内の頬が仄かに染まるのを見て、やはり自分は目の前の男が好きなのだと再認識したが、それでもやはりダメなものはダメなのだ…。
「諦めろ凡骨。俺はダメだ」
 眼を剥いた城之内に畳み掛けるように言い放つ。
「俺は汚れている。お前には釣り合わない。他の…お前に釣り合う奴を探せ」
「なっ…!? ほ…他の釣り合う奴って…何だよ! お前じゃなきゃダメなんだよ! 俺はお前が好きだって言ってるのに!! 海馬っ!!」
 城之内が海馬の両腕を掴んで身体を揺さぶってくるが、それを無理矢理振り払うと、海馬は城之内と距離をとり背を向けた。
 後ろではまだ城之内が何かを叫んで訴えかけていたが、海馬はそれを無視してホテルのロビーに戻っていく。

 心臓が…痛かった。
 痛くて痛くて、どうにかなりそうだった…。