*勇気の証明(完結) - 1 - ①side城之内

「え…? 海…馬…?」
 突如教室の後ろのドアから入ってきた人影に、城之内の目は釘付けになった。

 城之内が驚くのも無理はなかった。
 遥か遠くアメリカの地に渡った筈の男が、突然目の前に現れれば誰だって驚くに決まっている。

 海馬はバトルシティ終了後『世界海馬ランド計画』なるものを推進する為に、あのイカれたブルーアイズ型のジェット機に乗り、彼の最愛の弟と共に海を渡って行った。
 まぁ紆余曲折あってその後何度も海馬とは会う事になったのだが、最後は結局アメリカに戻っていった筈だった。
 なのに…。
「海馬君! 久し振りだね! えーと、三ヶ月ぶり?」
 周りのどよめきも何のその。全く意に介さず自分の席に着いた海馬に遊戯が駆け寄る。
「海馬君、アメリカでの仕事はどうしたの? 海馬ランド計画ってまだ終わってないんでしょ?」
 遊戯の質問にいつものように鞄から分厚い洋書を取り出した海馬は「あぁ」と短く答える。
 城之内も話の続きが気になって二人の傍に歩み寄るが、海馬は近寄ってきた城之内の方をチラリと見ただけでまた遊戯に視線を戻してしまった。
「自分達がしなければならない仕事は全部終わらせてきた。あとは現地のスタッフに任せればいいだけだから、こっちに戻ってきたのだ。向こうには優秀なスタッフが揃っているからな。俺がいなければならない理由も無い」
 ふぅんと得意そうに話す海馬に、遊戯は安心したようにホッと息をついた。
「良かった~。僕てっきり海馬君が学校辞めちゃったのかと思ったよ…」
「辞めるなんて俺は一言も言ってはいないぞ。現に俺の机と椅子はまだここに残っているではないか」
「そうだよね。心配して損しちゃったよ」
 そう言って笑いかけた遊戯に答えるかのように、海馬はほんの少しだけ唇の両端を上げた。
 そんな海馬に城之内は「やっぱりコイツは変わったんだ」と実感した。


 初めて海馬と接触した時、城之内は本当にこの男は最悪な野郎だと思った。
 遊戯のじいさんを傷つけて無理やり青眼白竜のカードを奪ったり破ったり、遊戯に負けた腹いせに本気で命まで奪いかねないDEATH-Tなる遊園地に招待されたり…。
 城之内はその事について本気で頭にきてたし、絶対こんな奴とは相容れないと思っていた。
 それがいつからだろう。
 海馬が少しずつ変わってきて、そして自分の気持ちもそれに伴うように変わってきたのは。

 最初はペガサスの企みによって引き裂かれていた、海馬の弟モクバとの再会を目の前で見た時だった。
 飛びついてくる弟の身体を抱きとめた海馬の表情は、普段自分達が眼にすることの無い穏やかな顔をしていて、それがひどく印象深く残った。
 それでもまだ高飛車で傲慢で妙に自信過剰な性格は変わっていなかったので、城之内も海馬の言動が一々気に食わなくてその度に突っかかっていたのだが、海馬の中では少しずつ、本当に少しずつ変化が成されていたようだった。
 バトルシティの準決勝で『怒り』と『憎しみ』では決して勝つことは出来ないということを闇の遊戯に諭された海馬は、妙にスッキリした顔でアメリカに渡って行き、城之内もそれ以上海馬と接触する事は無いように思えたが、実際はその後も何度か行動を共にする事になる。
 何故か精霊界の三匹の竜に遊戯や海馬と共に選ばれ、成り行きで世界を救ってみたりとか、アメリカの海馬ランドで開催されたKCグランプリに参加してみたりとか、アテムを冥界に送り出す場に共に居たりとか。
 最初は「どんな腐れ縁だよ」と毒突いていた城之内も、海馬の表情を常に近くで観察する内にゆっくりと、だが確実に海馬が変わっていくのが感じられるようになった。

 表向きは変化が無いように見えるが、海馬との関わりが深ければ深いほどその変化は顕著に見られて、弟のモクバも嬉しそうに兄との絆を深めていき、表の遊戯が海馬に懐くようになったのもそのいい証拠だった。
 城之内も海馬のその変化を認め、そしてその都度心の中に何かがじわりと染み込んできて…。
気が付いたら海馬の存在は自分の中にしっかりと根を張ってしまっていた。

 以前に比べれば随分と穏やかに優しく、それでいて常に未来を見つめて真っ直ぐ道を歩んでいく前向きな姿勢は変わる事はなく。
 ぴんと張った真っ直ぐな背筋と、宝石のような澄んだ青い瞳と、強い意志を宿した口元と。

 元々海馬に憧れに近い感情を抱いていたせいもあるのだろう。
 闇の遊戯の強さにも男として強く憧れていたが、それとは全く違う気持ちだった。
(あぁ…俺、コイツの事が好きなんだなぁ…)
 城之内いつの間にか海馬に恋をしている自分に気付いてしまった。


 遊戯が本田に呼ばれてその場を離れたのを見て、城之内は足を踏み出し海馬に近付く。
 海馬がそれに気付いて、読んでいた洋書から顔を上げた。
「城之内…」
「よぉ、久し振り。最後に会ったのはエジプトだっけ?」
 なるべく自然な笑顔を浮かべて話しかけた城之内に、海馬は「そうだな…」と少し複雑そうに微笑んで答えた。