Wヴァレンタイン大作戦(完結) - 作戦開始! - ③2月13日の作戦 side:海馬

 駅前にリムジンを止めて待っていると、突如窓ガラスがコンコンと叩かれる音がした。
 スモークがかかった窓ガラスを下げると、そこに闇の遊戯…アテムの姿があった。
「すまないな海馬。今日は掃除当番で遅くなった」
「いや、構わない。オレの方こそ急にすまなかったな」


 三ヶ月前、アメリカから帰って来て予期せぬ出来事に遭遇したオレは、時々こうしてアテムに相談事をしていた。
 その予期せぬ出来事というのは、恋愛事だった。
 今まで誰かを好きになった事のないオレが、突如ある人物に対して恋を自覚したのだ。
 別に誰かを好きになったのが問題なのではない。問題はその人物が、あの城之内だという事だったのだ。
 最初はこの事実に自分で驚いて何とか収めてしまおうと努力したのだが、結局上手くいかず逆に落ち込む羽目に陥った。
 そこでそんなオレの相談役に名乗りを上げてくれたのが、このアテムだった。


 アテムがリムジンに乗り込んできたのを確認して運転手に車を出させようとすると、「ちょっと待ってくれ」とアテムがそれを阻止する。
 何だ? と目で問いかけると、アテムは悪戯めいた笑みでオレの前に一冊の情報誌を突きつけた。
「なぁ海馬、コレ知ってるか?」
「コレ? たかがタウン情報誌だろう? そういえば最近はこういうのが結構流行になってるらしいが…。で、コレが何だ?」
 情報誌を受け取り適当にパラパラとページを捲っていると、あるページでアテムが手で止めに入った。
「ほらコレだぜ海馬。そこに見えているケーキ屋が結構有名みたいなんだぜ?」
 言われてよくよく見てみれば、今角の方に見えているケーキ屋が、情報誌に載っているケーキ屋と同じ店なのだという事が分かる。
 そこに載っている街の声とやらも良好で、ライターが勝手に付けて居るであろう☆印も三つ星だった。
「相棒もあそこのケーキが好きでよく買ってるんだぜ。俺はクッキーの方が好きだけどな」
「で、このケーキ屋が何だ?」
「何だじゃないぜ、海馬。明日が何の日だか、天下の海馬コーポレーションの社長が知らない訳無いだろう?」
 そう言われて思考を張り巡らす。明日は2月14日。世間では聖ヴァレンタイン・デーと呼ばれている日だった。
 本来の目的は全然違うはずなのに、お菓子屋の陰謀か、何時の間にかこの日本では好きな相手にチョコレートを送る日となってしまっていた。
「ヴァレンタイン・デーだな。それが?」
「ホントに分かってないのか? 鈍い奴だな。俺はお前に、城之内君にチョコを送れと言ってるんだ」
「な…ななな…何を言ってるんだ!!」
 余りに突然の発言に動揺して思わず大声を出してしまうが、アテムには「五月蠅いぜ海馬」と一蹴されてしまう。
「このまま心に秘めていても何の進展も無いと思うぜ? まぁ名前は出さなくていいから、匿名で送ってみればいいんじゃないか?」
「あ…、い、いやしかし…」
「そこのケーキ屋は手作りのチョコレートも売ってるんだぜ。それが結構美味しくて評判らしいから、今ついでに買っていけばいいんじゃないか?」
 困惑するオレを余所に、アテムは勝手に話を進めてしまう。
「お前だったらもっと高級なチョコレート売ってる店も知ってるんだろうけど、あんまり高級過ぎると城之内君も気付くだろうから、あそこで丁度いいと思うぜ? そうそう、実は丁度包み紙に最適な紙を相棒が持ってるんだぜ。それを使えば買った店もバレないし、いいんじゃないか?」
 何故か自信たっぷりに言い放つアテムに、オレの心も揺らいでしまう。
 それを了承と見たのか、アテムはオレを連れてさっさとリムジンを降りると、例のケーキ屋に入ってしまった。


 中に入ると正面のショーウィンドウには色とりどりの美しいケーキが並び、その横には手作りのチョコレートのコーナーがあるのが見えた。
 覗き込むと様々な形をした一粒代のチョコレートが綺麗に並び、値段も高すぎず安すぎずそこそこのお手軽さなのがわかる。
 どれにしようか迷っていると、突如目の前に小さな箱が差し出される。視線を向けるとアテムが自信たっぷりな顔でそれを持っていた。
「海馬、これなんかいいんじゃないか? 丁度いいサイズだと思うぜ」
 受け取って見ると、それはミルクやビター、ホワイトなどのトリュフが六粒入った小箱だった。
 なるほど確かにこれは丁度いいサイズかもしれんと納得し、早速これを購入する。
 その足でアテム…正しくは武藤遊戯の実家である亀のゲーム屋まで行き、家に上がらせて貰う。煎れて貰ったお茶を飲んでいる間に、アテムが何かを持ってきた。
「ほら、これだぜ海馬。綺麗だろう?」
 アテムが差し出した包装紙は、白地に青いラインが斜めに入った美しいものだった。さらについでにと持ってきたモノは、青いリボンと銀色のハート型のシール。
「名前は出さなくていいが、やっぱりヒントは必要だと思うぜ? 全く何も感じさせないのもつまらないだろ?」
 そう言って片眼を瞑るアテムを苦々しく思いながら、それを受け取って買ってきたチョコレートを包みだした。
 皺にならないように綺麗に包み、最後はアテムの言うとおりに青いリボンの地のラインとは逆に斜めがけにする。そして銀色のハート型のシールでしっかりと止めた。
「よし、完璧だぜ! あとはメッセージカードだな!」
 そう言って取り出されたのは、縁がほんのり赤くなっているハート型のメッセージカード。アテムはそれをオレに渡して「一言書けよ」と言ってきた。
 書けよと言われても書く言葉が思いつかなくて、オレは机の前で固まってしまう。
「書くのはいいが何て書けばいいのだ…?」
 訪ねた俺にアテムは親指を上にビッと立て、憎らしい程の笑顔で言った。
「難しい事は何も考える事無いんだぜ! そうだな、ただ一言『I LOVE YOU』って書けばいいんじゃないか?」
「あぁ、なるほど…」
 その意見に賛同したオレは早速懐から万年筆を取り出すと、さらりと筆記体で『I LOVE YOU』と書き込んだ。
カードを丁寧にリボンに挟むと、それをアテムに手渡す。
「確かに預かったぜ、海馬! 間違いなく城之内君に渡すからな」
「頼むぞ。いいか、くれぐれもオレの名前は出すな…」
「分かってるぜ、海馬」
 どことなく得意そうなアテムに一抹の不安を思えたが、ここはアテムを信頼しようとオレは屋敷に帰る事にした。

 

 次の日のヴァレンタイン・デー当日。
 夜十時近くに突然来客があった。メイドに詳しく聞くと「ご学友の武藤遊戯様のようです」と答えが返ってくる。
 もしかして昨日託したチョコレートの事で何かあったのではと急いで応接室に行くと、そこに居たのはアテムではなく何時ものノホホンとした武藤遊戯本人であった。
 ソファに座り込んで、メイドからお茶とケーキを貰っている。
「わぁ、ザッハトルテだー! 美味しそう」
「今日はヴァレンタイン・デーですから」
 にこやかに笑うメイドから、これまた負けじと笑顔を振りまきながら遊戯はケーキにフォークを刺した。一切れ口に入れ、幸せそうに租借している。
 オレは奴の向かいのソファに座りメイドが煎れてくれたお茶に口を付ける。
「こんな夜中に何のようだ、遊戯」
 痺れを切らして訪ねると、「あ、そうそう。大事な事忘れてた」と遊戯は慌てて持っていたフォークを皿に戻した。
「実はね、ある人から海馬君に渡して欲しいモノがあるって頼まれたんだ。はいコレ」
 テーブルの上に出されたそれは、どこからどうみてもヴァレンタインのチョコレートだった。
それを手にとってよく見てみると、何だか既視感を感じる。
「これはヴァレンタイン・チョコレートか。一体誰だ? オレには全く心当たりが無いのだが」
「そんな筈ないよ海馬君。チョコレートをよく見てごらん。ちゃんとヒントが隠されている筈だからね」
 そう言うと遊戯は再びケーキに夢中になってしまう。
 オレは溜息をつくとその箱をもう一度よく見てみた。
 黒地に赤のラインが斜めに入っている綺麗な包み紙。赤いリボンが地のラインとは逆方向に斜めがけにされていて、金色のハート型のシールでしっかりと止められていた。
 箱をひっくり返してみて、そこに挟まれたメッセージカードに気付く。取り出してみると縁がほんのり青いハート型のそれに、サインペンか何かで書いたのだろう。太い上に余り上手とは言えない字で『I LOVE YOU』と書かれていた。
 と、そこに書かれている字に見覚えがある事に気付く。
 三ヶ月前にアメリカから帰って来たオレは、何故かあんなに犬猿の仲でしか無かった城之内と仲良くなっていた。
 そのせいで今まで感じた事のない盛大な悩みに見舞われる事になるのだが、今はそれを頭の片隅に追いやる。そして思い出していた。アイツの勉強を手伝ってやる為に時々見せて貰ったノートに書かれていた字。今オレが持っているメッセージカードに書かれている字は、それにそっくりだった。
 何かが頭に引っかかっている。
 そういえばこの包み紙も、自分が城之内の為に包んだ紙とそっくりではないか?
 包み紙とリボンとシール、それにメッセージカード。
 中を開ければそこに現れたのは、あの店で買ったのと同じ六粒入りのトリュフチョコ…。
「遊戯…貴様…」
 全てに気付いたオレが目の前の男を睨むと、遊戯はフォークを銜え至極満足そうに笑った。
「海馬君が気付いたって事は城之内君もそろそろじゃないかな? そう言えばさっき呼び鈴がなってたね」
 遊戯がニコニコとそんなとんでもない事を言ってのけたその瞬間に、応接室のドアが思いっきり開かれる。
そして、そこに居たのは激しく息を切らした城之内の姿だった。
「か…海…馬…っ!!」
「………っ!?」
 唖然としているオレを無視して、遊戯が暢気に城之内に話しかけた。
「外は寒いって言うのに、城之内君ったら汗ビッショリじゃない。まぁ全速力で自転車漕いできたんだろうけど。それじゃ僕は用が済んだから帰るねー。あとは二人でゆっくりどうぞ~。あ、ケーキご馳走様でした。すっごく美味しかったです。んじゃぁね~」
 呆気に取られているオレと城之内をその場に残して、遊戯は上機嫌で扉を閉め出て行った。