今日も何事も無く学校が終わり、オレは遊戯と一緒に駅前を歩いていた。
これから二人でバーガーワールドへ行って、何時も通りオレの愚痴を聞いて貰う為だ。
三ヶ月前、アメリカから帰って来た海馬を見て、オレは海馬に恋している自分に気付いた。
まぁ気付いたからと言ってどうにかなるものでもなく、それどころか男同士だとか犬猿の仲だとか、気付いたら問題が山積みだった。
最初は自分の中で処理しようと藻掻いていたがどうする事も出来ず、結局親友の遊戯に相談するという形に収まったのだ。
ここ最近ずっと付き合ってくれている遊戯には悪いと思ってはいるが、この気持ちは自分自身ではもはやどうする事も出来ず、結局今日も愚痴を吐いてしまうのだ。
路地裏を抜けようとした時、突如それまで黙っていた遊戯が口を開いた。
「ねぇねぇそう言えば、城之内君はコレ知ってるかな?」
足を止めて遊戯がオレに何かを差し出す。それはコンビニや駅前なんかによく無料で置いてあるタウン情報誌だった。
「あぁ…。最近こういうの流行りなんだってなー。で、コレが何?」
「うん、実はね。この情報誌によく載る有名なケーキ屋さんがこの近くにあるんだよ」
不思議に思って訪ねると、遊戯は俺の手から情報誌を一旦取り上げてページをパラパラと捲り、オレの前でその記事を見せた。
そこには直ぐ目の前にあるちょっと小洒落たケーキ屋がピックアップされていた。
「僕もそこのケーキ屋さんのお菓子食べた事あるけど、生菓子も焼き菓子も本当に美味しいんだよ。手作りのチョコレートなんかも売ってるしね」
遊戯にそこまで言われて、オレは漸くこの親友が何を言わんとしているか理解した。
「もしかして…ヴァレンタイン?」
「あったりー!」
確かに暦の上ではあと二日でヴァレンタイン・デーがやって来る。
ようは、遊戯はオレに、海馬にヴァレンタインチョコを渡せと言っているのだ。
「無理だって…。オレからなんて絶対受け取ってくれねーよ…」
「何事もやってみなくちゃ分からないと思うけど?」
「考えてもみろよ。あの海馬だぜ? 無理なモンは無理だってば」
「んじゃ匿名にすればいいんじゃない? 良ければ僕が直接海馬君に届けてあげるけど。もちろん名前は出さないでね」
「え? マジか?」
遊戯の申し出に心が揺れる。
名前を出さないんだったらチョコあげてもいいんじゃないだろうか…。オレからだって知られないのはちょっと寂しいけど、少なくてもこんだけ真剣に海馬の事を想ってくれてるヤツがいるんだって事だけ知って貰えたらそれでいい。
「うん…。よし!」
覚悟を決めて無言で店に足を向けるオレに、遊戯は黙ってついてきた。
「おぉ…すげぇ!!」
ショーウィンドウの中に飾られている色とりどりのケーキに見とれていると、その隣に手作りのチョコレートコーナーがあるのが見えた。
様々な色や形のチョコレートに感心しながらよく見ると、一個一個が結構なお値段なのに気付く。
「げっ…! トリュフ一個が百円以上するのかよ…。結構するなぁ…」
オレの呟きに遊戯が呆れたように答える。
「それでも有名店のチョコレート菓子に比べればお手軽な方だよ。あんまり安すぎても海馬君に失礼じゃない」
「確かにな-。コンビニやスーパーで売ってるチョコレートなんてお話にならないだろうなぁ…」
ウィンドウに顔をくっつけるようにして眺めていると、遊戯が小さな箱を差し出してきた。
「ほら、コレなんか丁度良くない? トリュフチョコの六個入りのヤツ。値段もまぁまぁだから城之内君にも買えるし、海馬君に対しても失礼じゃないよ」
「おぉ、確かに」
遊戯が選んだチョコはミルクやビターやホワイトなど、スタンダードな味のトリュフが六個入ったお手軽なヤツだった。
「ちなみにココのお店で包んで貰ったらお店がバレちゃうから、後でウチに来てオリジナルの包装紙で包み直そうよ。丁度いい事に、僕綺麗な紙やリボン持ってるよ」
遊戯のありがたい申し出にオレは一も二もなく頷いて、早速そのチョコレートを購入すると遊戯の家にお邪魔する事にした。
店を出たその足で遊戯の家に行き、出して貰ったお茶を飲んでる間に、遊戯が何やら手に持って戻って来た。
「ほら、コレなんだけど。結構綺麗でしょ?」
見せて貰った包装紙は黒字に赤いラインが斜めに入ったお洒落なモノで、それと一緒に赤いリボンと金色のハート型のシールまで付いていた。
「名前は匿名だけど、やっぱメッセージ性は重要だと思うんだよね。全くヒントが無いのもツマラナイでしょ?」
「それは確かに…そうだけど…」
「大丈夫。バレちゃったらそれはその時どうにかすればいいんだから。それに海馬君だってまんざらじゃないと思うよ?」
何やら悪戯めいた表情をして片眼を瞑る遊戯に、オレは黙って従うしか無かった。
その後、遊戯に言われた通りに買ってきたチョコレートを例の包装紙で綺麗に包む。リボンを地のラインとは逆に斜めがけにかけて金色のシールでしっかり止めた。
「ふぅ…。コレでいいか」
「はい、あとはコレ」
慣れない作業に額に浮き出た汗を袖で拭うと、遊戯が何か差し出してくる。それは縁がほんのり青くなっているハート型のメッセージカードだった。
頭の上に?マークを浮かべたオレに、遊戯はニコニコと微笑みながらそれを机の上に置いた。
「一応メッセージは付けないと。名前は書かなくていいし、内容もシンプルでいいから」
なるほど、確かにそうだ。メッセージも何も無いチョコレートだと、義理もしくは冷やかしか何かだと思われてしまわれない。
とは言っても何て書いたらいいのか…。
うんうん唸っているオレに遊戯が助け船を出してくれる。
「だからシンプルでいいんだってば。『I LOVE YOU』とだけ書けばいいんじゃないかな?」
「おー! いいなそれ! サンキューな遊戯!」
いいアイデアを貰ったとオレは意気込んで、ペンケースの中から黒のサインペンを出すとそのカードに『I LOVE YOU』と書き込んだ。
それを丁寧に斜めがけしたリボンに挟むと遊戯に渡す。
「んじゃコレを明後日海馬君に渡せばいいんだね」
「おう! 頼むぜ遊戯」
「任せてよ城之内君」
何か遊戯の顔がいつにもましてにこやかで、オレはそれが少し引っかかったが、まぁいいやとその場は後にした。
それから二日後のヴァレンタイン・デー当日の事。
バイトを終えて家で飯を食っていたら突然呼び鈴がなったのに気付いた。
時計を見ると午後の九時。こんな時間にダチは来ないし、ましてや今入院してしまっている親父が帰ってくる筈もない。
誰かと思って覗き窓を見てみると、そこに居たのは遊戯だった。
ただしいつもオレが愚痴ってる遊戯じゃなくて、主にデュエルする時に出てくるもう一人の方の…アテムだった。
そう言えば最近アイツと会って無かったなと思いながらオレはドアを開ける。
「よぅ、城之内君。夜分遅くに失礼するぜ」
右手を挙げ飄々とそう言い放つアテムに、オレは首を傾げた。
「遊戯? お前こんな時間にどうしたんだよ。何か用か?」
「用があるから来たんだぜ。実はある奴から大事なモノを預かっててな、それを城之内君に渡しに来たんだぜ」
そう言って奴が鞄からだしてきたのは、綺麗に包装されたプレゼントらしきものだった。
「え…っ? コレってもしかして…チョコレート!?」
「ヴァレンタイン・デーに渡すモノと言ったらチョコレートと相場が決まってるだろ? んじゃ俺はちゃんと渡したからもう帰るぜ」
人に渡すだけ渡して何も言わないで帰ろうとするアテムを、俺は慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっと待てってアテム! コレ誰からなんだよ!」
「残念ながらそれは言えないんだぜ。そいつとの約束だしな。ただしヒントはあるから、自分で考えてみるといいんだぜ? 城之内君?」
鋭い視線を優しげに細めてアテムは意味ありげに笑う。
「あぁ、ちなみに海馬へのチョコレートは相棒がこれから持って行くって言ってたぞ。だから安心するといいんだぜ?」
そう言ってアテムは今度は本気で帰っていった。というより、これから海馬の所に行くんだろう。
俺は居間に戻って貰ったチョコレートの包みを眺める。よく見るとそれがどこかで見たような気がしたからだ。
白地に青いラインが斜めに入った綺麗な包装紙。青いリボンは地のラインとは逆に斜めがけされて銀色のハート型のシールでしっかり止められていた。
そしてそのリボンに挟まったメッセージカードは縁がほんのり赤色で、万年筆か何かだろうか、神経質そうな細い文字で『I LOVE YOU』とだけ書かれていた。
そこに書かれている文字には覚えがあった。
海馬がアメリカから帰って来てから少し仲良くなったオレは、奴のノートや手帳を見せて貰う機会が何度かあり、そこに書かれている文字を見る度に性格をよく表しているな…と感心していたからだった。
しかもメッセージカードに書かれた『I LOVE YOU』は筆記体で、オレはアイツが英字を書く時筆記体で書くのをよく知っていた。
そういえばアテムはさっき何て言ってた?
ヒントはあるって言って無かったか?
そこまで考えてオレは一昨日の遊戯の言葉を思い出す。
遊戯もメッセージ性が重要だとかヒントだとか言って無かったっけか?
オレが海馬に上げたチョコレートとよく似た包装の仕方、シール、リボンにメッセージカード。
包装紙を破らないように慎重に中を開けると、そこにあったのはあの駅前のケーキ屋の六個入りのトリュフチョコ。
「くそっ…! あいつ等好き勝手やりやがって…!」
口から出るのは悪態だが、オレはもう頬が緩みっぱなしだった。
オレはチョコをひっ掴むと急いで家から飛び出した。駐輪場に止めてあった自転車に飛び乗ると、全速力で漕ぎ出す。
どこへ向かうのかってそんなの…海馬ん家に決まってるじゃないか!
誰に言うでもなく、オレはペダルを漕ぐ足に力を入れた。