*真実の証明♀(完結) - それでも読んでみる! - 転機

 途中のスーパーで夕飯の材料を調達しながら、オレは海馬を連れて自宅に帰ってきた。
 海馬邸とは余りに格の違う団地の三階。
 こぢんまりとした薄暗い部屋に通しながら、オレは海馬の動向を見守っていた。
 どうせ犬小屋もしくは兎小屋だなんだと馬鹿にされるんだと身構えていたけど、海馬がそんな事を言い出す様子は全く無かった。
 とりあえず先に夕飯だと思い、早速買ってきたものをテーブルの上にゴロゴロと並べる。
「今日の夕飯カレーなんだけど…お前食えるよな…?」
 普段からステーキだシチューだムニエルだと如何にもな洋食を食ってる奴にいきなりカレーなんて気が引けたけど、当の海馬は全く気にしていないらしかった。それどころか鞄の中からブルーアイズのイラストが描かれたビニール袋を取り出す。
 その袋には見覚えがあった。確か海馬ランド内のショップで土産を買うと、こんな袋に入れてくれるんだっけと関係の無い事を考えていると、海馬はその袋の中から何とエプロンを取りだした。制服のジャケットを脱いで椅子の背に掛けると、エプロンを身に付けてオレに向き直る。
「手伝う。大体の事は出来るから、オレがやる事を教えてくれ」
 青と白を基調として端っこに小さなブルーアイズのアップリケが付いてるそのエプロンは、もうこれでもかって程海馬に似合っていた。
 ちょっと可愛いなぁ…とか思いながらオレは予備の包丁やまな板、それと皮剥き器をを出して海馬に手渡す。
「んじゃ、にんじんとジャガイモ、皮剥いて適当な大きさに切ってくれる?」
 コクンと頷いて海馬は俺の隣で作業し始めた。
 流石に毎日自分の弁当を作ってるだけの事はあって、随分と鮮やかな手つきで材料を裁いているのを見て、オレも自分の作業に移る。
 オレの隣で真剣な表情で料理している海馬を見て、オレは少しドキドキしていた。
 真剣に料理しているのだろう。桜色の唇を少し突き出してるのが可愛いと感じる。
 一口大に切ったにんじんやジャガイモを丁寧に面取りまでして一つ一つ丁寧にボウルに入れていたが、オレがじっと見ているのに気付いたのか、海馬がふと顔を上げた。
「何だ? 何かいけなかったか?」
 首をちょこんと傾げてそう訪ねてくるのに、オレは慌てて首を横に振った。
「いやいやいや、いいですそれでいいです。オレ普段面取りなんてしないから、ちょっと新鮮に感じただけ」
「そうか、ならいい」
 そう言って海馬はまた作業に戻る。
 その横顔を見てオレはまた可愛いなぁ…なんて不埒な事を思っていた。


 二人で作ったカレーを食べて、そのままテーブルの上でオレはプリントを広げていた。
 目の前には海馬がいて、懇切丁寧に教えてくれている。
 慣れない椅子で落ち着かないのか、時々テーブルの下で足を組み替えていた。
 オレの位置からそれが見える訳じゃないけど、何となく海馬が足を組み替える為に身動きする度、心臓がドキッと鳴るのを止められない。
 そんな短いスカートで足なんか組み替えたらお前…中身見えるじゃんよ! とか思っていたら、丸めた教科書でポカリと頭を叩かれた。
「こら! 聞いているのか? 城之内」
「き、聞いてます! ごめんなさい!」
 慌ててシャーペンを握り直して目の前のプリントに取りかかった。
 カリカリとペンを走らせながら、オレはずっと気になってた事を聞いてみる事にする。
「あのよ海馬。お前身体の方…もういいのか?」
 オレの質問に大きく首を傾げて海馬が「何の事だ?」と聞き返してきた。

「何って…。その…生理? お前初めてだったんじゃねーの?」
「あぁ、その事か」
「その事かってお前なぁ…。オレ心配してたんだぜ? お前があんなに混乱する事なんて今まで無かったからよ」
「別に…。初めてでは無かったし心配しなくていいぞ」
「あ…そうなの…」
「初潮は成長期が来た時に体験している。でもその後すぐにホルモン薬の投薬を始めたから、二~三回来ただけですぐ来なくなったがな」
「なるほど…ね」
「今までずっと来てなかったものが突然来たから混乱したんだ。自分にこんなものが来るなんて事も忘れていたしな。あの時も…悪かったな、城之内」
「いや、別にいいよ。気にしてないし」

 気にしてないってのは嘘かもしれないって思う。だって居たたまれなかった。
 海馬の身体はちゃんと正常に女性として成長しようとしていたのに、義父の思惑でそれが不自然に歪められてしまったなんて、それがとても可哀想だと思った。


 海馬の教え方が良かったのか、一枚目の古文のプリントが思ったよりあっさり片付く。
 ふーっと大きく息を吐き出して時計を見ると、既に十時を回っていた。
 しまったと思った。
 この間あんな事件があったばかりなのに、こんな夜遅くまで外出させてしまっていたなんて…と焦ってしまう。
「ゴメン海馬。あんま時間気にしてなかった。送るから帰ろうぜ」
 慌てて立ち上がって椅子の背にかけていた上着を着せようとすると、海馬の白い手がそれを止めた。
「海馬…?」
 その行動が理解出来なくて顔を覗き込むと海馬は真っ直ぐにオレを見詰めていて、その桜色の可愛い唇からとんでも無い爆弾宣言を飛び出させた。

「帰らない。今日は…泊まっていくから…」

 その言葉にオレは頭の中が真っ白になっていた。