その手紙にはこう書かれていた。
海馬へ
お前がこの手紙を読んでいる頃には、俺はもう冥界に帰ってしまっているのだろう。
本当は直接言いたかったのだが、お前の事だからきっと逆上してしまって話にならないだろうから、こうして手紙に残す事にする。
単刀直入に言わせて貰えば、お前は元の姿に戻るべきだと思う。
俺はもうずっと前から、お前が本当は女である事に気付いていた。そして、城之内君に恋している事も知ってしまった。
どうして女である筈のお前が男のふりをしているのか、詳しい事情は分からないが、きっと海馬の家が関係しているのだろうと思う。
だけど、それももういいんじゃないか?
お前があんなに憎んでいた養父はもういないじゃないか。
いつまでも養父の残留思念に取り憑かれて不幸のままでいるお前を、俺は見捨てる事は出来なかった。
お前に言わせれば、自分は不幸なんかじゃ無いと言うのだろうな…。
だがそれは、お前が不幸に慣れきってしまっているからに過ぎない。
もういい加減お前自身が幸せを求めても、誰も咎めはしない。
悪い事は言わない。今すぐ女に戻れ。
自分の心に嘘をつくな。城之内君なら大丈夫だ。きっとお前の心を分かってくれる。
城之内君の親友だった俺がそう言うんだ。信じてくれ。
そうすれば幸せはきっと向こうからやってくる。
俺はこの現世には、もう何も心残りは無い。
相棒も城之内君も杏子も本当に心の強い人間だから、すぐに俺がいない事にも慣れ、自分自身の足で歩いて行く事だろう。
だがお前は違う。
強がってはいるが、お前は本当は誰かの支えを何よりも必要としている人間だ。
俺はそんなお前が唯一の心配事なんだ…。
どうか幸せになってくれ、海馬。
俺はお前が幸せになる事を、何よりも望んでいるんだ。
お前の幸せの為には、全ての嘘は取っ払ってしまわなければならない。
自分の真実の姿を全て晒してしまえ。
そうすればお前は、お前の望む幸せを確実に手に入れる事が出来るだろう。
お前が本当の幸せを手に入れたその時、それこそが真実の証明となる。
俺はそれを何よりも楽しみにしている。
冥界よりお前の幸せを願って…。
アテム
強く優しい手紙だった。
オレはその文面を何度も読み返しながら、アテムがどんなに海馬の事を想っていたのか、今更ながらに気付かされた。
そして女に戻ってからの海馬の言動をもう一度思い返してみる。
最初に女としてオレの前に現れた時、海馬はとても切ない顔でオレを見ていた。
磨かれた綺麗な爪を眺めていた時、その顔を真っ赤に染めて困っていた。
ボディーガードを申し出た時、嫌がるどころかオレの申し出を素直に受けてくれた。
そしてあの事件の時。
必死に叫んでいたあの声が、今も耳から離れない。
『城之内…お前はもう…いいから…。こんな怪我をしてまでオレに付き合わなくていいから…』
『こんな事までお前が付き合う必要は無い!! 離せ! 離せぇー!!』
オレはやっと海馬の事を理解出来たような気がした。
手紙を封筒の中に戻して海馬に手渡すと、そのまま腕の中にある細い身体をギュッと力強く抱き締める。
オレに強く抱き締められているせいで少し苦しそうにしながらも、海馬は全く抵抗しなかった。
「海馬…。オレの事、好きでいてくれたんだな」
抱き締めたままそう言うと、海馬が素直にコクリと頷く。
「ずっと…好き…だった…。だけどもういい…」
「何がもういいんだよ。まだ何も始まってないのに」
「だって、お前は…っ!」
「お前がちゃんと告白してくれたからオレも気付けたんだ。答えをちゃんと返さないとな」
オレは決心を固めて海馬の身体から一旦離れた。そして海馬の正面にきちんと正座する。
コホンと一度咳払いをして、なるべく真面目な顔と声で真実を告げる。
「オレもお前が好きです。だから恋人として一緒にやっていきませんか?」
オレの告白に海馬はキョトンとした顔をして固まってしまっていた。
その表情に苦笑してしまう。
人間ってヤツは本当に予想外の出来事が起こると固まってしまうものなんだなぁ…と、改めて実感した。
すっかり固まって驚きの余り涙まで止めてしまった海馬を見て、オレは笑みを零す。
濡れた頬に手を当てて、その涙を拭い取った。
「おーい、聞いてるか? オレ達恋人にならないかって提案してんだけど?」
その声に漸く意識を取り戻した海馬は、信じられないような顔でオレを見詰めてきた。
「う…嘘だ…」
「何が嘘なんだよ。別に嘘じゃないぜ?」
「お前はオレになんか何の興味も無かった筈だ…」
「昔はな。でも今は違うから」
「っ………」
「大体お前はオレと幸せになるのが目的で女に戻ったんじゃねーの? それなのに他の男と結婚するとか言うなよな」
「そ、それ…は…」
「オレはお前の事が好きなんだ、海馬。本当だぜ? だからさ、海馬」
オレは一旦言葉を句切って一息つく。
これからオレが言う一言は、オレにとっても海馬にとっても殊更大事な一言だったから。
流石に少し緊張しながらも、オレは大きく深呼吸して耳元で囁いた。
「恋人として…ちゃんとセックスしませんか? 突っ込むだけとか野暮な事言わないでさ」
オレの言葉に海馬が二度三度、パチパチと瞬きをする。そして次の瞬間にはプッと吹き出していた。
「貴様…何で今更敬語なんだ」
「何でって、雰囲気だよ雰囲気。で、どうなのよ? セックス…してくれるの?」
そう言うと海馬は柔らかく微笑んで、一度だけ頷いたのだ。