*真実の証明♀(完結) - それでも読んでみる! - 覚悟

 学校を出て、暗くなり始めた道を一人で歩く。
 ここ暫くは帰り道はずっと海馬と一緒だったから、何だか少し寂しく感じた。
 ツマラナイ事で言い争っていても、昔みたいに本気で怒鳴り合う事は無くなっていた。むしろその後でお互いに顔を見合わせ苦笑してしまう事も多くて、そんな時間を本当に楽しいと思っていたのだ。
「つまんねーの…」
 自然に口から出てしまった呟きに気づき、オレはそれに驚いた。

 いつの間に海馬と一緒にいる事がこんなに自然な事になってしまったんだろう。
 いつの間に海馬との会話が楽しいだなんて思うようになったんだろう。
 いつの間に海馬の事が可愛いだなんて…感じるようになったんだろう。

 オレはその場で足を止めて自分の気持ちを考えた。まだはっきりと答えは出ていないが、もしかしたら…と思う。
 あの海馬に対して自分がそんな気持ちを持つなんて考えた事も無かったけど、オレは何となく自分の気持ちに気付き始めていた。
 やっぱり海馬のところに戻ろうかな…と思った時だった。
 前方からスモークシールを貼ったワゴンが学校の方向に走り去って行った。それを見てオレは何だか嫌な予感がした。何故ならその車をオレは前に一度見ていたから。
 何日か前に住宅街を海馬と二人で歩いていて、後ろからやってきたあのワゴンに撥ねられそうになったのを思い出す。
 もしかしたら違うワゴンかもしれない。ナンバープレートだってはっきりと確認した訳じゃないし。
 でも、車体の色や車種がこの間のと一緒だったのを思い出す。
 迷っている暇は無い。
 踵を返すとオレは学校に向かって全速力で走り出した。


 車が入れないような細い路地や公園や空き地を縫うように走って、ワゴンより速く先回りする。
 何とか学校まで辿り着いて校門の方を見ると、入り口に海馬が立っているのが見えた。多分ちゃんと連絡をして迎えが来るまでそこで待っていたらしい。
「海馬!」
「城之内…?」
 声をかけると海馬がこっちを見る。そして驚いた表情のままオレに向かって歩き出した時だった。
 校門を挟んで逆側の道路から、煩いエンジン音と共にあのワゴンが猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。
 ヘッドライトに照らされて海馬の姿がシルエットになる。
「海馬ーっ!!」
 振り返って固まってしまった海馬に飛びつくようにしてその細い身体を抱き込み、校門の中に二人して倒れ込んだ。
「ぐっ…!」
 オレも必死だったから受け身なんて取れなくて、でも海馬に怪我だけはさせたくなくて無理な体勢で飛び込んだから、足首を変な方向に捻ってしまった。
 幸い骨には異常無いようだったけど、余りの激痛に顔を歪めてしまう。
「じ…城之内…っ!?」
 オレの呻き声を聞いて慌てて海馬が身を起こす。
「城之内…どうした!? 大丈夫かっ!?」
「足捻った…。超痛ぇ…」
「どうしてこんな…。っ!?」
 海馬がオレの足を見て辛そうに顔を歪めた時だった。オレ達は再びあのワゴンのヘッドライトに照らされる。
 逆光で車内の人間の顔は分からない。車体は完全にこちらに向いていて、オレ達を嘲笑うかのようにわざとエンジンを吹かしていた。まるで「こっちはいつでもお前達を轢きに行けるんだぞ」と言わんばっかりに。
「くそっ…! バカにしやがって…!」
 オレが痛む足を庇いつつ何とか立とうとすると、海馬がそれを押し留める。そして泣きそうな顔をしてゆらりと立ち上がった。

「もう…いい…」
「海馬…?」
「城之内…お前はもう…いいから…。こんな怪我をしてまでオレに付き合わなくていい…」
「海馬? お前何言ってんだ…? 何するつもりだ!?」
「もういいんだ…。こんなになってまで…もう…っ! オレが…、オレがいなくなってしまえば…それで全てが丸く収まる…っ!」
「何馬鹿な事言ってやがる! やめろ海馬!!」

 オレの叫びも無視して海馬はワゴンに向かって歩き出した。
「さぁ! オレはここに居るぞ!! もう逃げも隠れもせん! 轢くならさっさと轢くがいい!!」
 ヘッドライトに照らされて仁王立ちになっている海馬の姿に圧倒される。
 たとえ女になったとしても、目の前に居る海馬は依然と全く変わらない気高く高潔な人間だった。立ち姿は凛としていて、その余りの美しさに目眩がする。
 ワゴンがより一層高くエンジン音を吹かしてギアが入る音がする。オレはその音で立ち上がり無意識に走り出していた。
 足が死ぬほど痛かったけどそんな事に構っている暇は無かった。
 ワゴンが走り出し海馬に到達する寸前に、もう一度その身体に腕をかけて横に飛ぶ。一瞬腕にサイドミラーが掠ったけど、直撃した訳では無かったから大した事は無い。
 海馬と二人で校庭に転がった。抱き込んだ海馬がまた暴れ出すけれど、オレはもう腕を緩める事はしなかった。

「城之内…っ! は…離せ!!」
「嫌だ…っ。離したらまたお前…一人で轢かれようとするじゃんか…っ!」
「当たり前だ! こんな事までお前が付き合う必要は無い!! 離せ! 離せぇー!!」

 暴れてボカボカ殴られて痛かったけど、オレはそれでも海馬を離す事はしなかった。
 ワゴンは校庭内で方向転換をして、また車体をこっちに向けて一旦とまった。ヘッドライトが憎らしい程に眩しく感じる。
 オレは腕に力を入れてギュッと抱き込んで、ワゴンに背を向けて海馬の身体を隠そうとする。
 足はもう感覚が無いくらい痛くて、立ち上がる事さえ困難だった。
 このままじゃ間違いなく二人纏めて撥ね飛ばされるだろうけど、それでもコイツ一人だけ轢かれるよりマシだと思った。
 せめて最初の一撃をオレが受け止めるべく身体に力を入れる。
「嫌だ…っ! 城之内…っ。城之内…っ!!」
 腕の中の海馬が必死にオレから離れようとするけどそれを許さず、いずれ来るであろう衝撃に備える。
 ワゴンがまたエンジンを吹かしてギアを入れる音が聞こえた。それに思わず身を固くした時だった。
 校門の方から新たなエンジン音が聞こえて、黒塗りのリムジンが猛スピードでこっちに突っ込んできたのが見えた。

「瀬人様ぁぁぁぁぁ―――――――――っ!!」
「磯野!!」

 肩越しに叫んだ海馬の声で、オレは助けが来た事を知った。
 多分帰宅する為に先程海馬が呼んでいた迎えが今来たのだろう。
 ワゴンもそれに気付いたのか、慌ててリムジンとぶつかる勢いですれ違って校門から出て行った。
「………。」
 それを見届けてオレは漸く安堵する。そして足の激痛と海馬が助かった安心感で、情けない事にそのまま気を失ってしまった。