海馬と付き合いだして数週間後。
仲間内の間ではオレ達の間柄はすっかり恋人として公認されてしまっていた。
まぁオレは悪い気はしないし海馬も平気な顔をしていたので、それについては全く問題無かった。
今日も学校の授業を全て終え一緒に帰ろうと二人揃って準備をしていると、横でそれを見ていた杏子が一言「そろそろいいかな~」と独り言のように呟いた。
そしてオレ達に近付いてくると「話があるから、一緒に屋上に来て」とにっこり笑ったのだ。
オレと海馬は思わず顔を見合わせてしまう。
いや、だって、何か怖いじゃんか。
海馬と杏子の友情は既に親友の域に入っていて、もしかしたら親友としてオレ達の間を反対されるんじゃないかって、そんな事ばっかりが頭を駆け巡った。
戦々恐々としながら何故か上機嫌の杏子の後ろを付いて行って、屋上の扉を潜る。
屋上は真っ赤な夕焼けで恐ろしい程美しく染まり、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
その夕日をバックに杏子は振り返ると、突如制服の内ポケットから何かを取り出しオレ達に見せつけた。
「これ、なーんだ?」
杏子が取り出したのはシンプルな白い封筒。
覚えのあるその封筒を見た瞬間に、海馬は持っていた鞄から慌てて例の封筒を取り出した。
見比べてみると全く同じものである事が分かる。
信じられないような顔をして海馬が言葉を発した。
「それ…アテムからの…?」
「そう。アテムからの手紙よ。戦いの儀の前の晩に直接貰ったの」
「前の晩…。オレと同じだ…」
杏子は封筒から手紙を取り出して大事そうに手で撫でた。
「そろそろいいかなって思ったの。もうネタバレしても大丈夫だって」
「ネタバレ?」
「うん。この手紙には全部書いてあったわ。海馬君が実は女の子だって事も、城之内が好きだって事も…全部ね」
「ま…まさか、知っていたのか!?」
「ゴメンね。実は私はもう知っていたの」
海馬に向かって済まなさそうに謝った杏子は、少し寂しそうな笑顔で夕日を眺めた。
もう大分薄暗くなってきた屋上で、読みにくくなってきた文字に必死に目を通そうとしている。
「アテムは貴方の事を本当に心配してたわ。私のと同じような手紙を送ったから、多分もうすぐ女に戻るだろう。でも今まで男として過ごして来たから、いきなり女に戻っても戸惑うばかりで上手くいかないだろうって。だから私に海馬君のフォローを頼むって、これにはそう書いてあるの」
そこまで聞いてオレは思い出していた。
海馬が女に戻って最初に登校してきたあの日。杏子は実に積極的に海馬に接していた。
海馬に女としてのお洒落を気遣ったり爪を磨いてあげてたり、生理が来た日だったそうだ。いつその日が来てもいいように既に準備されていた。
「最初はね、アテムに頼まれたって事もあって貴女の事を気にしてたんだけどね。だけどそんなの、その内どうでも良くなっちゃったのよね」
そう言って優しく微笑むと、杏子は目の前の海馬をそっと抱き締める。
オレから見てもそれは優しい優しい抱擁だった。
「海馬君。貴女は私の大事な親友よ。だからおめでとうを言わせて頂戴」
「真崎…」
「良かったわね、海馬君。城之内なら大丈夫よ。きっと貴女を幸せにしてくれるから…。本当におめでとう!」
「真崎…、ありが…とう…」
戸惑いつつも海馬は杏子と視線を合わせて嬉しげに微笑む。
そこには男のオレが入り込めない何かが存在しているようだった。
「さて…と。そろそろアテムに知らせてあげないとね」
「は? どうやって?」
杏子が空を見上げて突然そんな事を言い出したのに、オレは驚いてしまう。
知らせるも何もアテムはもう冥界にいて、知らせる術が無いのだ。
「私もね、どうやって知らせようかなって悩んでいたの。でもアテムは凄く心配していたから、やっぱりちゃんと知らせてあげないとダメかなって思って。でね、こうする事にしたの」
そう言って杏子は持っていた封筒や手紙をその場でビリビリと破り始めた。
それをオレは呆然とした気持ちで見てしまう。
杏子のアテムに対する気持ちは、いくら鈍いオレでも知っていた。だからこそ、アテムが最後に寄越した大事な手紙をそんな風にするなんて思わなかったんだ。
隣で見ていた海馬も同じ事を思っていたんだろう。焦ってその手を止めようとする。
「真崎…! 大事な手紙なのに…っ」
「いいのよ海馬君。私にはもう必要の無い手紙だし、こうする事でアテムにメッセージが届くなら…ね」
にっこり笑って答える杏子に、海馬も何かを思いついたようだった。
そして自分も同じように貰った手紙を破り始める。
二人で貰った手紙をなるべく細かく破って、それを両手の上にそっと載せた。そこへ急に強い風が吹いてきて、二人の掌に乗った手紙の破片を空に吹き上げてしまう。
「ほらね?」
杏子が得意そうな顔をする。
「こうすればメッセージはちゃんと届くのよ」
日が沈んだ茜色と群青色の混ざった空を紙の破片が舞う。
それをオレ達三人はいつまでも眺めていた。