蒸し暑い夏の日の夕方。
放課後の誰もいない空き教室で、オレは今日も城之内に好き勝手に身体を使われていた。
自分で選んだ道だから最後まで耐えてみせるが、それでもやはり胸が痛む。
城之内がオレの事をただの性欲処理の道具としてしか見ていない事は、別に最初から分かっていた事なので平気だ。オレの心が痛むのは、城之内の心が全く救われていないからだった。
オレを犯す事で、怒りの衝動は抑えられている。だが…城之内の心は暗く重く沈んでいくばかり。
これではダメなのか? オレは間違っているのか? 合意の上でのこの行為は、お前に何の救いももたらさないというのか?
「何考えてんだよ。集中しろよ」
他の事を考えていたオレにむかついたのか、城之内が苛ついたように言った。
今オレは下半身だけを裸にされ、壁に手をついた状態で後ろに指を入れられている。行為に集中していなかった罰だとでも言うように体内の指をグリッと回転させられ、途端に感じた痛みに身体をビクつかせてしまった。
「いっ…! つぅ…っ!」
「ちゃんとオレに集中しろよ。じゃないとあの画像、どこに流れるか分からないぜ?」
「うっ…。んっ…!」
「あぁそれと。今日も九時にはバイトが終わるからな。いつもの時間にはオレん家の前にいろよ」
「わ…わかっ…た…。くっ…! あぅ…っ!!」
返事をすると唐突に指が引き抜かれ、代わりに城之内自身が無理矢理入ってくる。ガクガク震えて崩れ落ちそうになる足を何とか踏ん張って、背後の城之内の動きに耐えていた。
城之内はオレの腰を掴んで、いつものように闇雲に腰を振りオレの体内を抉っていく。荒い呼吸音が背後から聞こえ、それに合わせてずっと「壊れろ…っ。壊れろ…っ。壊れてしまえ…っ!」とまるで呪文のような呟きが漏れていた。
壊れろ…か。
城之内…。お前の壊したいものとは一体何だ?
それはお前が今犯しているオレの身体か? オレの心か? 何度も病院で暴れてお前に迷惑をかけ続ける貴様の親父か? それとも今の状況そのものか?
「うっ…! うぅ…っ! ひぐっ!」
快感なんて一度も感じた事は無い。痛みと苦しみに翻弄されつつ、空き教室の壁紙に爪をたてる事で必死に耐えた。
城之内とのこの行為は、いつも苦痛で彩られていた。気持ちいいだなんてただの一度も思った事は無いが、それでもオレも男だから、射精を促す触り方をされれば簡単に達してしまう。
快感の伴わない射精ほど辛く感じるものはない。だがオレのそんな姿を見て、城之内はいつも笑って揶揄した。
「イクって事は、やっぱりお前も気持ちいいって事なんだろう? 無理矢理犯られてイクなんて…この変態が!!」…と。
別にその悪態事態は不快に感じた事は無い。そう言う城之内が、何故か少し安心したように見えるから。
城之内は自分が壊れかけている事を、もう知っているのかもしれないな…と思った。
だからオレにも壊れて欲しいのだ。壊れろ壊れろと呪文のように何度も呟き、オレが少しでも壊れたように見えるとそれを喜ぶ。まるで同類を見付けたかのように。
それだからこそ、オレは城之内を見捨てられない。彼のその行為は、何よりもオレとの繋がりを求めているものだと知っているから。
城之内がオレに示すその執着心だけが、今のオレにとっての唯一の希望だったのだ。
前後に揺さぶられながら、霞んだ視界で教室を見渡す。
夕日の差し込んできたその教室には自分達以外誰の気配も感じられず、扉を隔てた廊下にも他の人間が通る事は無い。
校舎の一番端にある被服準備室。そこが今オレ達が使っている場所だった。
そういえば、城之内はこういう誰もいない場所を見つけ出すのが得意だったな…と、半分朦朧としてきた意識の中で考える。
元々城之内は、よく授業をサボる事で有名だった。どの時間帯のどの場所が安全なのか、完璧に熟知していたんだろうな。本来は授業をサボって眠る為のその能力は今や全く違う事に使われているが、お陰で誰にも知られる事無くこの関係は続いている。
「っ…! はぁ…っ!」
ガツガツとオレの体内を抉っている城之内がブルリと身震いするのを感じて、オレは慌てて振り返った。
城之内の限界が近い。だが今日は、中で出される訳にはいかなかった。
「城之内…っ! 中は…やめ…て…くれ…っ!」
「いやだね。何でお前の言う事訊かなきゃなんねーんだよ」
「頼む…っ! この場所じゃ中の処理が出来ない…っ! 頼むから…外で…っ!」
「うるせーよ!! 黙って犯られてろよ!!」
「頼む…城之内! お願いだから…外に出してくれ…っ!」
嫌々と必死で訴えかけると、背後で盛大な溜息を漏らした後、城之内がオレの体内から出て行った。
ホッとするのも束の間、髪を鷲掴みにされ床に引き倒される。何事かと思って見上げれば、目の前に先程まで自分の体内に治まっていた城之内のペニスが突きつけられていた。
「仕方ねーな。こっちで我慢してやるから、ほら口開けろよ」
城之内の言っている意味がよく分からなくて呆然と彼を見上げる。オレのその態度に苛ついたのか、顔を引き攣らせて城之内が吐き捨てた。
「中がダメなら口でやれって言ってんだよ。こんぐらい知ってんだろ」
「冗…談…なのだろう…? 城之内…」
「何で冗談なんだよ。オレは本気だぜ。ほら、さっさとやらねーと無理矢理突っ込むぞ」
「あ………っ」
「それとも何か? 今の今までテメェのケツの穴の中に入ってたモノなんて汚くてしゃぶれないってヤツか? 我が儘言ってんじゃねーぞ! ほら、早くやれってば!!」
濡れたペニスの先端を無理矢理頬に突きつけられ、オレは諦めて恐る恐る口を開けた。それを見て取った城之内がオレの口の中にペニスを押し込んでくる。
口一杯に熱い肉が入り込んで呼吸が出来なくて苦しい。仕方無く鼻で空気を吸い込むと、独特の生臭い匂いが鼻孔を刺して一瞬吐きそうになった。目を強く瞑る事でその衝動をやり過ごす。喉を強く圧迫されるのが辛くて、涙がボロボロと零れ落ちていった。
「ぐっ…! むぐぅ…っ!」
「吐くんじゃねーぞ。ちゃんと舌絡めて吸い上げな」
「ふぐっ…! んんっ!」
「あぁ、ついでだ。お前自分で扱いてイッてみな。頭はオレが支えててやるからさ」
「んっ…! むぅ…ぐっ…ん!!」
「やれって言ってんだよ! 出来んだろ?」
城之内の両手に頭を鷲掴みにされ、無理矢理前後に動かされた。喉奥にペニスの先端が突き刺さる度に嘔吐いてしまって涙が零れる。それでもオレは抵抗は一切せず、口の中の熱い塊を吸い上げつつ自分のペニスに手を伸ばし指を絡めた。
床に尻を直に付ける形でペタリと座り込み、上の口で城之内のペニスを銜え、自分のペニスを自分で慰めて擦る。その異様な事態にオレも少なからず興奮していた。
顔が熱くなったのを感じ、そんなオレの様子を見ていた城之内もその事に気付いたようだった。
「何? もしかして気持ちいいの?」
ニヤニヤしながらそんな事を聞いてくる。
厳密に言えば気持ちいい訳ではなかった。相変わらず口一杯に城之内のペニスを頬張っている為に呼吸はままならず苦しかったし、独特の匂いが吐き気を催す。自分自身への刺激だって自慰をしているのと同じだったから、そんなに気持ちいいという訳では無い。
それでもオレは興奮していたのだ。
快感と興奮は良く似ているけれど、やはり別物なのだな…と頭の片隅で冷静に考える。
口の端から大量の唾液を零しながら夢中になって城之内のペニスを啜っていると、オレの興奮を快感と勘違いした城之内が至極嬉しそうな顔をしながら笑って言った。
「ははっ…! 海馬が…あの海馬瀬人が…、自分でオナりながらオレのを口に銜えて…よがっているだなんて…っ。最高だ…っ! 本当に…最高の気分だ…っ!!」
そうか…最高か…。それは良かったな…。
だが嬉しそうなその表情の影に、いつもの悲しそうなお前が見えるのはオレの気のせいなのだろうか?
自分で扱いているペニスの限界が近付いてきて、嫌でも息が荒くなっていく。その結果、取り込む酸素が足りなくなって頭の中がクラクラし出した。
キーンと耳鳴りがし、そろそろ限界だ…と思った時だった。ふと誰かに呼ばれたような気がしてそっと目を開く。
霞む視界の先に捉えたのは、小さな子供の姿だった。城之内の身体の向こうの物陰に隠れるようにして泣いている。真っ赤な瞳を何度も手の甲で擦っているが、涙は止まらずふっくらした頬に幾筋もの涙の跡を残していた。
(城之内…?)
よく見たら、その子供は城之内そっくりだった。
小さな小さな城之内が、物陰で泣きながらオレを心配そうに見詰めている。
何故こんなものが見えるのか。
不思議に思ってもう一度しっかり見ようと思った時だった。
突然口の中に大量の精液が溢れて目を剥いた。思わず顔を引いて口からペニスを吐き出すと、残りの精液が顔にかかってくる。
生暖かくて生臭い白い液体を大量に浴びながら、オレも自分の精を解き放った。
「くっ…ぁ…っ! っ…! ケホッ…! ゲホッ…ゴホッ…!」
頭の中が真っ白になり、呼吸困難に陥ってオレは激しく咳き込みつつその場に倒れ込んだ。
心臓がバクバクと激しく鳴り響き、酸素を取り込もうとしている肺が痛い。
身体を横にしたまま荒い呼吸を続けていたら、視界の端に小さな足が見えた。視線だけでそのまま見上げると、先程の小さな城之内が泣きながらオレを見下ろしている。身体が半分透き通っているのが分かったが、何故が少しも怖くは無かった。
(お前は…誰だ…?)
心の中でそう問いかけると、小さな声で(じょうのうち…かつや…)と返事が返ってきた。
(何故…泣いているんだ?)
(だって…オレ…かいばにひどいことした…。いまだって…こんな…)
(オレを心配しているのか? 別にこんな事は大した事では無い。大丈夫だ)
(だいじょうぶじゃない。だってかいばはいつもないてる…くるしんでる…)
(お前…)
(ほんとうはこんなことしたくないのに…。かいばをなかせたくなんかないのに…。オレ…どうしてもとめられない)
(城之内…お前は…)
(おねがい…。オレをきらいにならないで…っ。オレをみすてないで…っ。オレを…たすけて…っ。おねがいだよ…っ!)
両手の甲で流れる涙を拭いながらわんわん泣く小さな子供を、オレは心から愛しいと思った。
彼を安心させたくてそっと手を伸ばす。半透明の彼に触れる事は叶わなかったが。
(大丈夫だからそんなに泣くな…。嫌いになんかならない。見捨てたりなんかしない。絶対にお前を助ける。約束するから…)
(ほんとう…?)
(あぁ、本当だ。だから…)
「泣くな…」
震える手を伸ばしながらそう呟く。
壁際に呆然と座り込んでいた城之内が振り返ってオレを見詰め、そしてクシャリと顔を歪めた。いつものように涙を流しはしなかったが、その泣きそうな表情はなかなか元には戻らない。
小さな子供の城之内の姿はもうどこにも見えなかった。
だがオレは知っていた。彼はちゃんとそこにいる事を。
もしかしたらアレは、疲弊したオレの心が見せたただの幻影だったのかもしれない。だがそんな事はどうでも良かった。何故かオレには分かっていたんだ。
城之内が心の底に押し込めてきた本音。それが多分あの小さな城之内の正体なのだろう。
今までは上手く隠してきたものが、もう隠し通せなくなってきている。それは城之内の精神が綻び始めた証拠でもあった。
もう少しだ…と確信する。
城之内自身も、このままではいけないんだと思い始めているのだろう。自分自身で変わろうとしている。その事に表の意識は気付いていなくとも。
「城之内…」
あの小さい城之内では無くて、現実の目の前で泣きそうになっている同い年の男へ手を伸ばした。
実体を持つ彼の身体に触れて、そして優しく抱き締めてやる為に。
だがオレの手が城之内に触れる直前に、突如部屋内に軽快なメロディーが流れ始めた。それが携帯の着信音だと気付いたのは、目の前の城之内がポケットから携帯を取り出して話し始めたからだった。
せっかく伸ばした手を引っ込めながら、それでもオレは焦ってはいなかった。
ここまで来ればもう大丈夫だ…。時間はたっぷりあるのだし、あとは少しずつ城之内の心を癒していけばいいだけ…。
そう思って城之内の電話が終わるのを待っていたのだが、突然耳に入ってきた会話に意識が持っていかれる。
「骨折って…っ。意識不明ってどういう事ですか…っ? 一体何があったんですか…っ!?」
城之内の悲痛な叫びが聞こえてきて、オレも身体を硬くしてしまった。
彼を抱き締める為の手は届かない。
せっかく縮んだ距離が再び開いていくのを感じて、オレは気が遠くなった。