「あっ…! つっう…。くっ…んっ!! うぁ…っ!!」
真っ暗な部屋の中で、肉と肉がぶつかり合う乾いた音と荒い息遣い、そして海馬の呻き声だけが響いている。
俯せになり腰だけを高く掲げた状態の海馬の体内を、オレはただ夢中で抉っていた。
ねっとりとした空気の中にパンッパンッという軽い音がリズミカルに響くのが、何だか妙におかしかった。
海馬はオレの布団の敷布を力一杯握りしめて、理不尽な性行為に黙って耐えている。
オレの暴力に対して海馬が何の抵抗も出来ないのには、一つの理由があった。
それはあの、体育館の用具室で撮った海馬の写真だ。
せっかく手に入れた脅しの材料を、オレが無視する筈なんてない。
今日もその画像を添付して海馬に送ってやった。
『九時にはバイトが終わるから、お前もそれまでには仕事終わらせてオレの家の前で待ってろ。無視したり逃げたりしようなんて考えるなよな。お前がそんな事しようとした日には、この画像を横流ししてやるからな。そのつもりでいろよ』
多少の文章の違いはあれど、オレはここ二週間程ずっとあの時の画像を利用して海馬を呼び出していた。
それに対して海馬から帰って来る返事はいつも『わかった』の一言だけ。
そしてオレが家に帰る頃には、海馬はいつもきっちりと玄関の前で待っていやがるんだ。これからオレに何されるのか分かっている筈なのに。
海馬は一度も逃げようとはせず、黙ってオレのストレス解消に付き合い続けている。
流石にここまで来るとオレは色々と違和感を感じ始めていた。
だってよく考えたら、コイツは海馬コーポレーションの社長なんだぜ。KCの技術力があればあんな携帯画像の一つや二つ、簡単に抹消出来る筈なんだ。それにオレの存在だって闇に葬る事くらい訳無いだろう。
なのに海馬はいつも黙ってオレに付き従う。
痛みに顔を歪め辛そうに涙を流しながら、オレが命令する事は何でもやった。
だからオレもそれを最大限に利用させて貰っている。
この行為が脅迫だと言う事は百も承知だ。こんな事を続けていたら、後々海馬に復讐される事も覚悟している。その復讐劇が今日か明日かと待ってはいるけど、未だにそれが実行された事は無かった。
今日も今日とて、海馬は黙ってオレに犯されている。
優しさも労りも何も無いやり方だから、オレを受け入れている海馬はさぞかし辛くて苦しいんだろうな。今も苦しげな呻き声を上げながら、歯を食いしばりつつ必死で耐えていた。
オレは海馬とこんな関係になって、今まで一度も奴の喘ぎ声というものを聞いた事が無い。海馬から聞こえるのは、ただ痛みや苦しみを耐える呻き声ばかりだ。
そりゃそうだ。気持ちいい事なんて何一つやってないんだから。
ただその呻き声を聞くと、重くのし掛かっていた重石が一つ一つ消えていく感じがした。
オレより苦しんでいる奴がここにいる。オレより酷い事をされている奴が目の前に居る。
そう思うと頭の中がスッとして身体が軽くなった。
海馬を犯す度に、オレはこれでまた自分の辛い状況と向き合えると感じていたんだ。
ただし心の中は違った。
それと反比例に黒く染まっていくのが分かる。
黒く黒く…ドス黒く、腐った血液のような汚い色に染まっていく。
オレの心はもう真っ黒だ。
海馬と関係を持つ度に黒く染まっていくオレ自身。
それなのに、そんなオレに犯されている海馬はいつまでも真っ白で綺麗なままだった。
グチャグチャに汚してやりたくて、オレと同じ場所まで堕としてやりたくて、黒い汚い手で白い綺麗な身体に何度も触れる。
だけど海馬の身体には何一つ汚れが付く事は無い。
ずっと…ずっと…綺麗なままなんだ。
「くっ…!! ひぁっ…!!」
一度海馬の体内からペニスを引き摺りだして、その身体を仰向けに転がした。
大きく足を開かせてその間に割って入り、もう一度ペニスを半開きの後孔に突き刺す。
その衝撃で海馬は悲鳴を上げて、ビクビクと大きく痙攣した。
瞼を開き、涙で濡れた青い瞳でオレを見上げている。
あぁ…綺麗だ…と思った。
潤んだ青い瞳も、強ばる白い顔も、紅潮した頬も、紅い唇も。
全部全部綺麗だった。
どうしてこんなに綺麗なんだ。こんなに必死で汚しているのに。何でコイツは汚れないんだ。どうしてオレのいる場所に堕ちて来ないんだ。
「じょ…の…うち…」
海馬が小さく囁きながら、オレの頬に両手を伸ばしてくる。
まただ。
海馬はオレと向かい合わせになると、いつもこうして頬に手を当てて優しく撫でてくる。そして息も絶え絶えの癖に、至極優しく「泣くな…」と囁くんだ。
泣いてなんかいない。何度も言うけど、泣いてんのはオレじゃなくてお前だから…っ!
そう言って拒絶するのに、海馬はオレの涙を拭おうとするその行動を止めようとはしなかった。
それに何故かオレは凄く苛立った。
海馬に泣くなと言われる度に余裕がなくなって、本当に泣きたくなってくる。
泣きたくなんか無い。涙なんて流したくは無い。
泣いたらもう…立ち上がれないような気がしたから。
今日はどうしてもその言葉が聞きたくなくて、オレはとっさに海馬の細い首に両手を絡みつかせた。そしてそのまま力を入れる。
「ぐっ…! っう…!!」
途端に目を大きく開き、信じられないような顔で海馬がオレを見た。
ざまぁみろ…!! これであの言葉は聞こえない。
流石の海馬もオレの両手首に爪を立てて抵抗してくる。
だけどそんなのは無視して、オレは更に両手に力を込めた。
「がっ…!! あっ…がっ…!!」
「あぁ…締まってきた…っ。首を絞めるとアッチも締まるって本当だったんだな。ほら、もっと締め付けてみろよ。オレを気持ち良くさせてみろ…っ!!」
叫ぶように言い放ってグイグイ首を絞めていると、ふいに手首に絡みついていた海馬の手がそっと離れていった。
その行動が理解出来なくて海馬の顔を覗き込むと、溜まった涙を幾筋も零しながら濁ってきた瞳でオレを見詰めていた。
空気を取り込もうと大きく開けた口からは大量の唾液が流れ落ち、いつもは透き通るような白目が紅く充血していく様が見えているのに。
青い瞳だけは綺麗なままで…まるでオレを慈しむかのように見詰めている。
「そ…そんな…っ。そんな目で見るな…っ! そんな目でオレを見るなよ…っ!!」
目線を外す事が出来ずに思わず叫ぶ。
だけど海馬はオレから視線を外さない。それどころか口元に微かに笑みを浮かべていた。
それを呆然と見ていたらその美しい瞳から光が消えかけていくのが見えて、ただのガラス玉になる直前にオレは慌てて両手を外した。
気道を塞いでいた圧力はもう無くなった筈なのに、目の前の海馬はまるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息をしない。
ピクピクと震えて、まるで陸に上がった魚のように口をパクパクさせている。
青い瞳の縁に盛り上がった滴が再び眦から零れ落ちるのを見て取って、オレは海馬の顎を掴んでグイッと上に反らせた。
大きく息を吸い込んで開かれたままの唇に自分の口を合わせる。そしてフーッと海馬の肺に直接息を吹き込んだ。
「グッ…! ガハッ…!! ッ…ゲホッ…!! ゲホゴホッ!!」
衝撃に半身を捩りながら、海馬が激しく咳き込み呼吸を取り戻す。
海馬が咳き込む度にオレのペニスも不規則に締め付けられて快感を感じたけど、心はどこか冷めたままだった。
指の痕が真っ赤に付いた首筋に手を当てて、ヒューゼェーヒューゼェーとまるで喘息の時のような音を立てて必死で肺に酸素を取り込んでいる。
何やってんだよ…海馬。そんな苦しい思いしてまで我慢してんじゃねーよ…。意味分かんねー…。
海馬の行動が理解出来なかった。
オレにこれだけ酷い目に合わされても逃げようとすらせず、ただ黙って従う海馬の事が分からなかった。
「馬鹿だな…お前。ホント…何やってんだよ…」
本当は分かっていた。
馬鹿なのは海馬じゃない。このオレだ…。
でも、そう言わずにはいられなかったんだ…。