体育館に着くと、用具室の扉に寄りかかるようにして海馬が待っていた。
海馬以外は誰もいない。
そう言えば今日は偶然にも、体育館での部活等が一切無い日だと気付いた。
シンとした空間に響くオレの足音に海馬が気付いたらしく、扉から身体を離して黙ってオレを見詰めてくる。
自分から話があるって呼び出したんだろう? 何で黙ってるんだよ。
そんな些細な事にも苛つきながら、オレは海馬の前まで歩み寄った。
「このメモ、寄越したのお前だよな?」
「あぁ、そうだ」
「で、話って何? 何でもいいけど早くしてくれないかな。オレあんま時間無いんだ」
「それだ」
「は? 何?」
「オレの話というのはそれだ。城之内…、オレを頼る気は無いか?」
海馬の言葉の意味が分からなくて、一瞬目を丸くして固まってしまった。
頼る? 頼るって何を? つか何で?
オレが二の句を告げないでいると、海馬がオレの目を見詰めたまま再び口を開いた。
「近頃貴様の様子がおかしかったのでな…、少し調べさせて貰ったのだ」
「おかしいって…何が…。つーか、調べたって何をだよ!!」
「気が付いてなかったのか? 貴様、この頃全く笑ってなかったのだぞ。お友達共に向ける笑いもどこか引き攣っていたし、何より泣いていたではないか」
「なっ…、泣いたって…っ! 泣いてねーよ! 何言ってんだお前!!」
「厳密には泣いてはいなかったかもな。涙を流してはいなかったし。だが確かに泣いていたぞ。オレにはそう見えた」
「………っ」
「だからオレはそれが気になって、部下にお前の状況を調べさせたのだ。そうしたら随分大変な事になっているようだな」
「海馬…。お前…っ」
「一人で頑張っていても埒があかないだろう。だからオレを頼れと言ったのだ」
目の前の海馬は、至極当然な事を言っているように自信満々な顔でオレを見ていた。
ていうかさ、何勝手に人の家の事情を調べてるんだよ。
そういうのって凄く失礼じゃないか?
頼るとか頼らないとか、そんな事知らねぇよ!!
いいから放っておいてくれよ。オレを早く帰らせてくれよ。
何の罪悪感も無さそうな海馬の顔に、苛々が最高潮に達する。
怒りで震える声を何とか抑えて、言葉を紡ぎ出した。
「何で…急に…そんな事言い出すんだよ?」
「理由が必要か?」
「当たり前だろ!」
「そうか。理由がいるならきちんと話すべきだな。オレがお前を好きだからだ」
「………は?」
「好きだから…力になりたい。そう思うのは変か?」
一瞬海馬の言った言葉が理解出来なかった。
好きだからって…、コイツ何言ってんの?
これまで散々オレを馬鹿にしてきたヤツが急にそんな事言ってきても信じられる訳ないし、ましてやこの状況下ではただの笑い話にしかならない。
だけどオレを見詰める海馬の顔は至極真剣だった。
「オレはお前が好きだ。だからお前にもうそんな顔はして欲しく無い。大変な状況に追い込まれている事も知っている。だから何か手助けがしたいのだ。何でもいい。オレに出来る事はないか? やれる事を言ってくれ」
一言一言を区切るようにはっきりとオレにそう告げ、手を差し出してくる。
オレはこの告白を、もっと余裕がある時に聞きたかった。
だってそうだろ?
ずっと憧れてやまなかったヤツからこんな告白をされたら、嬉しくて嬉しくて天にも昇る気持ちになるだろう。
それはどんなにか幸せな事だろうか。
だけど…残念な事に今のオレにはそんな気持ちの余裕は一片も無かった。
爆発寸前に逆立った気持ちを抱えたオレの前に突如降りてきた生け贄。
海馬の事はそんな風にしか思えなかったんだ。
突如脳裏にあの夢の映像が甦ってくる。
放課後の誰もいない体育館の片隅で海馬と二人きりで存在しているなんて、何だかあの夢と状況が酷似しているような気がしていた。
自分でも知らない内に手が伸びていた。
差し出された手首をギュッと握る。
細い手首だった。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな。
カッと頭に血が昇る。
心臓がドクドク鳴り響いて煩い位だった。
掴んだ海馬の手首の細さ。
襟元から覗く細い首元の真っ白い肌の色。
近場に居る為に漂ってくる上品なシャンプーの匂い。
「………? 城之内…?」
オレの様子がオカシイのに海馬が漸く気付く。
だけど、時既に遅し。
オレの頭はあの夢に支配されてしまっていて、自分で自分の行動を止める事はもう出来なかった。
掴んだままの手首をグイッと引っ張って、そのまま海馬の身体を用具室の中に引き吊り込んだ。
「なっ…! 何だ凡骨…っ!!」
「いいから…っ!」
「っ………!!」
何が「いいから」なんだか自分でも分からない。
畳んであるマットの上に細い身体を突き飛ばして、オレは用具室の重い扉を閉めてしっかりと鍵を掛け、そして振り返った。
ここまでされても、海馬は自分がまだ何をされるのか分かっていないらしい。
だけどオレの様子がいつもと違うことには気付いているのだろう。
怯えた瞳でオレを見上げて震えていた。
夢の中と酷似したその状況は、オレから正常な判断力を奪っていく。
もうここが現実なのか、それともいつもの夢の中なのか、その境界すら曖昧になっていた。
「海馬…」
震える声で話しかける。
知らず口元に笑みが浮かんだ。
「海馬…。お前、オレの事が好きなんだろう? 何でも協力してくれるんだろう? だったら…オレのストレス解消に付合ってくれよ…。なぁ…いいだろ? なぁ!」
叫ぶように言い放って、余りの恐怖の為に震えて身動きが出来ない海馬に近付いて行く。
夢の中の海馬にぶつけるべき衝動を、よりによって現実の海馬にぶつける為に…。
気が付いたら…全て終わっていた。
狭い用具室の中は、海馬が暴れたせいで巻き上げられた埃と、オレと海馬の汗と精液と、そして白い足の間から流れる血の匂いで溢れかえっている。
畳まれたマットの上で、海馬は気を失っていた。
上半身は破かれたシャツを申し訳程度に羽織り、下半身には何も身に付けていない。
白い肌のあちこちに赤いひっかき傷や擦り傷が出来て、白いシャツにも血が滲んでいた。
腹の上には海馬が自分で出した精液がこびりつき、白い内股にはオレが吐き出した精液と、無理矢理引き裂かれた為に裂けて流れ出した真っ赤な血液が、酷くその場所を汚していた。
顔は涙でグシャグシャになっていて、苦しげに僅かに唇を開いたまま死んだように眠っている。
その悲壮感漂う姿を見て、オレは何故か笑いたくなってきた。
オレが犯した。
この海馬瀬人を、オレが犯した。
夢でも何でも無い、現実で海馬を犯した。
泣きながら抵抗する海馬を押さえつけて、猛るペニスを無理矢理押し込んだ。
痛い、苦しい、やめてくれと懇願するのを、「うるせぇ!!」と叫んで頬を引っぱたく事で黙らせた。
それだけ酷い事をされている筈なのに、海馬の目には恨みの色が全く浮かんではいなかった。
むしろ最後の方なんかオレの頬に震える手を伸ばしてきて、そっと撫でて「泣くな…」と小さく囁いていた。
泣いてんのはお前だろとか思ったけど、言い返すのも面倒臭くてそのまま無理に腰を進めていたら、海馬はいつの間にか気を失っていたという訳だ。
「ふっ…。はは…。あははは…っ」
涙で濡れ、血の気を失った顔を見詰めていたら、勝手に笑い声が出て来た。
悲しいのか楽しいのか泣きたいのかおかしいのか、自分の気持ちが分からない。
ただただ笑いたくなった。
笑いながらズボンのポケットから携帯を取り出して、マットの上で死体のように横たわる海馬の姿を接写する。
涙で濡れそぼる顔のアップと、血と精液で汚れた内股のアップ、それに海馬自身の精液のこびりついた腹部のアップ。
最後に海馬の姿の全体を撮っておいた。
先程海馬の服を無理矢理剥ぎ取った際に転がり出て来た携帯が足元に転がっているのを見て、それを拾い上げる。
そして双方の携帯を弄って赤外線通信をし、海馬の携帯にオレの名前をしっかりと登録しておいた。
「これで逃げられない…」
パチリと音を立てて携帯を閉じ、もう用済みとばかりに海馬の足元に転がしておいた。
「残念だったな…海馬。お前はもうオレから逃げられない。これからずっとオレと一緒に夜を過ごしていくんだ。朝は来ない…。オレとお前の関係に夜明けが来る事は絶対にない。悪いけど、ここまで来たらもう引き返せ無いんだよ。だから精々頑張ってオレに付合ってくれ。オレの為に…犠牲になってくれ」
ピクリとも動かない海馬にそう言い捨てて、オレは体育館を後にする。
家に帰り着くまで、何故かずっと笑いが止まらなかった。
ちっとも楽しくなんかなかったのに…。