*Rising sun(完結) - Sunrise - Act.12(Ver.海馬)

 あの激しい嵐の夜を、そして前の晩の嵐が嘘のような眩しい朝を城之内と二人で迎えたあの日から早一ヶ月。オレは城之内の陵辱から解放されて、以前の生活スタイルに戻っていた。
 あの日の直後から仕事の方が少し忙しくなり、更に言えば一般の学生は夏休みに入ってしまっていて学校にも行かなくなり、あの日以来城之内には会ってはいなかった。メールや電話などの連絡も一切無かったが、その理由を知っているから何も言えずにいる。


 初めて城之内とセックスをした直後、薄い布団の上でオレはいつの間にか寝てしまっていた。それまでの苦労や心労が漸く報われて、更に城之内に優しく抱いて貰えた幸せに満たされて、夢も見ずにぐっすり眠ってしまったのだ。
 次に目が覚めたのは昼近くになってからだった。枕元にすっかり綺麗に洗濯されて乾いた制服が置いてあったので、それを身に着けて部屋を出る。居間をぐるりと見渡すと、台所に城之内が立っているのが見えた。「城之内」と呼びかけると、奴は振り向いて微笑んでくれた。

「起きたか。よく眠れたか?」
「まぁな。お陰様で。この制服はお前が洗ってくれたのか?」
「あぁ、うん。買い物行ったついでに近くのコインランドリーでね。ウチには乾燥機は無いからさ」
「そうか」
「それからコレ、胸ポケットに入ってた。使わなかったんだな」
「あ…、あぁ…。自分のを使ったから…」

 城之内がそう言いながら、昨日貸してくれたタオルハンカチを取り出してオレに見せる。それに対して答えを返すと、城之内は「そっか」と言ってニッコリと笑った。

「そんな事よりも腹減っただろ? そこ座っとけよ。今コーヒー煎れてやる」

 城之内に指差されテーブルに付くと、目の前に近くのコンビニで買って来たというサンドイッチとインスタントコーヒーの入ったマグカップを差し出された。色々な事があってすっかり忘れていたが、オレは昨夜から今日に掛けて何も食べていなかった。芳ばしいコーヒーの香りで身体が空腹を思い出し、ぐぅと腹の音が鳴る。それに思わず胃の辺りを撫でつけると、城之内がクスリと笑って自分の分のコーヒーをマグカップに煎れてオレの向かいの席に座った。

「はいコレ、ミルクと砂糖な。ブラックは胃を痛めるからオススメしないぜ」
「ミルクだけ貰う。お前は? 食べなくていいのか?」
「オレはもう食べたからいいの。心配しないで早くソレ食べちゃいな」

 城之内に勧められてオレはサンドイッチを包んでいたセロファンを剥がすと、中に入っていた野菜サンドに齧り付いた。
 オレが食事をしている最中、城之内は何も言わなかった。ただ黙ってコーヒーを飲みながら、時折眩しそうにオレの事を見詰めるだけだった。そして最後の一口をコーヒーで胃の中に流し込むと、それを待っていたかのように城之内が漸く口を開いた。

「海馬…お前さ、オレの事が好きだって言ったよな?」

 唐突な話の切り出し方に意表は突かれたものの、オレはそれに対してはっきりと「あぁ」と言って頷く。城之内はオレの答えに安心したように笑って、口を開いた。

「オレもだよ。オレもお前が好きだ」
「そうか」
「うん。だからこそ…ちょっと一人で色々考えなくちゃダメだなーって思った」
「どういう事だ?」

 オレが問い返すと城之内は片肘をテーブルに付き顔を掌の上に載せて、少し困ったように笑って言った。

「オレさ…。好きな奴に凄ぇ酷い事した。やっちゃいけない事をしちまった」
「まだ気にしているのか。仕方の無かった事だと言っただろう?」
「お前がどう思おうと別にいいけどさ、オレが構わないんだよ。このままじゃオレ自身の納得が出来ない」
「城之内…」
「だから一人でよく考えてみたいと思った。親父の事とかお袋の事とか静香の事とか。あと自分の事と…それからお前の事」

 城之内の手がすっと伸びてきて、テーブルの上に置いたままだったオレの手を強く握ってくる。熱くて大きいその掌は、とても気持ちが良かった。
 真っ直ぐ見詰めてくる城之内の視線に気付き、その琥珀色の瞳を見返すと、城之内はオレに対してコクリと頷いて目を細めた。

「当分は答えが出そうに無いから、なるべくじっくりと考えたい。だから暫く一人にしてくれ」
「城之内…、お前…」
「勝手な事言ってるのはよーく分かってる。でもコレは一人で考えて一人で答えを出さなきゃいけない事なんだ。分かってくれ」
「それは構わないが…。お前はそれでいいのか?」
「うん。オレは大丈夫」
「そうか…? 少し心配なんだが」
「お前がそんなに心配する事は無いよ。それにオレはもう…知っているから。どんなに絶望的な夜でもちゃんと朝が来るって事を、お前に教えて貰ったからな」
「………」
「答えが出たら連絡するから。その時は…その…オレと会ってくれるか?」

 自信無さげにそんな事を言う城之内に「勿論だ」と敢えて笑って答えて、オレは強く城之内の手を握り返した。
 その後迎えを呼んで自宅に帰って…結局それから城之内に会う事は無くなった。その後は結局仕事が忙しくなりこちらから連絡する事も出来ず、たまに携帯電話を確認しても城之内からの電話やメールの着信は来ていなかった。世間は夏休みに入ってしまって学校に行く事も無く、結局こうして約一ヶ月間、城之内と顔を合わせる事が出来ずにいる。
 正直言うと少し心配だった。
 今まで一人で問題を抱えた結果、あそこまで壊れてしまったのだ。せっかく立ち直らせたのに、再び一人にした事でまた壊れてしまってはいないだろうか…と。
 仕事の方は大分落ち着いて来たので、最近は携帯を眺めながらそんな事ばかり考えてしまっている。液晶に映し出される日付にオレは深く溜息を吐いた。
 本当にあれから一ヶ月が経ってしまっている。そろそろこちらから連絡を取った方が良いのでは無かろうか…と、そう思ってアドレス帳から城之内の名前を選び出した時だった。ふいに手の中の携帯が震えてメール着信音が鳴り響く。映し出された名前に慌てて受信メールを開くと、そこには短く『答えが出たから会ってくれないか?』と書かれていた。
 急いで『いつだ?』と返すと、すぐに『お前の都合のいい時で』と返って来る。それに『今日の午後からは空いている』と返すと、暫く経ってから返信が来た。

『じゃぁ、夕方の5時に学校の体育館の入り口で』

 その一文を見てオレは思わず目を丸くした。
 あの体育館はオレと城之内の全ての始まりの場所。その場所で、城之内はオレに伝えたい事があるのだという。
 最後の返信まで少し間が空いたのは、城之内が悩みに悩んで敢えてその場所を指定してきたという事だ。よっぽどの覚悟が無ければそんな事は出来ない。
 城之内の決意が…見えるようだった。そしてそれと同時に、城之内はもう大丈夫なんだとはっきりと理解した。

「分かった…。お前がそこまで覚悟を決めるなら、オレもそのつもりで話をきいてやる」

 心の内側がすっと晴れていくようだった。
 城之内はもう一人でも大丈夫なのだ。城之内にとっては、オレはもう全く必要の無い存在なのかも知れない。彼の側にいられる権利を…失ってしまったのかもしれなかった。
 それでもオレは全く後悔していなかった。
 城之内があの太陽のような笑顔を取り戻してくれれば…それで良かったのだ。


 夏休み中だから別に服装はどうでもいいのだろうが、やはり校内に入ると言うことでオレは制服に着替えて学校まで来た。体育館の入り口まで辿りつき、屋根の下の日陰に入って壁に背を預ける。時計を確認するとまだ四時四十分で、約束の時間まで二十分もあった。
 校内は…とても静かだった。夏休み中で他の人間が誰もいないから当たり前と言えば当たり前なのだが、それにしても周囲の喧噪すら遠く感じられてならない。
 聞こえるのは間近で鳴く蝉の声と、側の道路を走り去って行く自動車の排気音、それに近くの公園で遊んでいる子供達の楽しげな声。
 軽く溜息を吐くと夕方の涼しい風が通り抜けていく。その風に思わず空を仰ぐと、目に入ったのは大分高くなってきた晩夏の空。夏らしい入道雲の更にその上には、涼しげな鱗雲が風に乗って流されていた。
 今はもう八月の終わり。夏が終わろうとしている。今年は特に冷夏で夏らしい暑い日も少なく、秋の気配はそこまで迫っていた。
 今考えてみると、あの夏の嵐の晩がまるで夢のように感じられた。あの日は確かに存在したというのに、それを実証するものが何一つ残っていないのだ。
 城之内の熱を受け止めたこの身体でさえ…もうその痕跡は跡形も無い。
 本当はずっと寂しかった。不安で不安で仕方が無かった。
 壊れた城之内を救おうと躍起になっていた頃には全く感じなかったそれらの感情は、この一ヶ月の間オレを確実に打ちのめしていた。

「早く…会いたい…」

 そうポツリと声に出して呟くと、まるでそれに応えたかのように視界の中に小さな足が見えた。慌てて視線を戻すと、そこにいたのはあの小さな城之内だった。一ヶ月ぶりに見るその顔は、今までに無いくらいに明るく輝いている。

(かいば! ひさしぶり!)
(お前…。今までどうしていたんだ?)
(オレ? オレはずっと『オレ』といっしょにいたよ。『オレ』といっしょに、いろんなことをいっぱいかんがえてた)
(そうか…)
(かいば、オレおまえにおれいをいわなくちゃ)
(お礼?)
(うん。ほんとうにどうもありがとうな! おまえのおかげで『オレ』は『オレ』をとりもどしたんだ!)
(そうか、良かったな)
(うん、ありがとう! だからもうオレのやくめはここまでだ。もうおまえにあうこともないぜ)
(何だと…?)
(おまえが『オレ』のことみたいにオレのこともしんぱいしてるのはしってるけどさ、オレはもう『オレ』にもどらなくちゃいけないんだ。もうかくれてるひつようないしな)
(そう…なのか…)
(だからきょうはおれいをいいにきたんだ。さよならはいわないよ? だっておわかれじゃないし。すがたはみえなくても、これからもずっといっしょにいられるんだからな)
(城之内…)
(くわしいはなしは『オレ』からきけばいいよ! じゃ、オレはこれで。もうかえらないと…な)

 そう言って小さな城之内は満面の笑みを浮かべると、大きく手を振ってそして…目の前で消えていった。
 再び一人になったその空間で、でもオレはもう寂しさを感じていなかった。穏やかな気持ちで空を見上げて城之内を待つ。
 大分涼しくなってきた風に吹かれて城之内を待つこんな時間も、幸せだと感じたのだ。
 ふと、ポケットに入れておいた携帯が震えたのを感じた。慌てて取り出してみると、城之内からメールが入っている。開封してみると長い文章が目に入って来た。そこにはこんな事が書かれていた。


 海馬へ。

 まずは答えを出すのが遅れたことを謝るよ。ゴメンな。
 この一ヶ月間くらい、オレは今までの事を一人でじっくりと考えてみたんだ。
 最初は全然何も分からなかったけど、その内に少しずつ色んな事が分かるようになってきた。
 恥ずかしい話だけど、今までのオレは少し頑張り過ぎてたようだ。
 一人でアレもコレもと全て抱え込んで処理しようったって、よく考えれば無茶な話だったんだよな。
 それで歯止めが効かなくなって、最後にはお前に手を出して酷い事をしてしまった。
 今はその事をマジで反省しているんだ。本当に…悪かった。ごめんなさい。
 それでオレはやっと気が付いたんだよ。頑張るだけじゃダメなんだって。たまには弱音も吐かなくちゃいけない、苦しい時には誰かに助けを求める事も大事なんだって事をな。
 それで一番最初に静香に電話する事にしたんだ。
 全部話したよ。親父の入院の事とか、それでオレ自身見舞いやバイトで忙しい事とか、静香からの電話やメールが結構重荷になってた事まで…全部な。
 静香はちゃんと分かってくれた。
 それで二人で、お互いの親を支えていく事にしたんだ。
 その時々の状況はたまに短いメールを送って、どうしても相談したい事がある時だけ電話する事で話が纏まった。
 この間お袋の新しい検査の事で電話があったけど、十五分くらいで終わったんだぜ。それも雑談付きでだ。
お互いの事を思いやれるっていいよな。そんな事、今まで考えもしなかった。ただ自分が我慢すればいいとだけ思ってたんだ。
 それを気付かせてくれたのは…海馬、お前なんだ。
 あの嵐の夜、オレは自分が心から安心して包まれる熱がある事を初めて知った。お前がオレの事を好きだと言ってくれる度に、それがとても気持ちが良くて、オレは本当に幸せを感じていたんだ。
 そして次の日の朝。お前がどんなに絶望的な夜であっても朝が来る事を教えてくれた、あの時。
 オレは本当に心からその事に感動したんだ。そしてその感動を与えてくれたお前の事が好きだった事を、そこで漸く思い出した。
 オレも…お前の事がずっと前から好きだったんだ。
 ただちょっと、忘れちまってたけど…。
 でも今はそれを完全に思い出した。
 オレ、お前の事が好きだ。大好きだ。
 だから…もう少し助けて欲しい。
 図々しいとは思うけど、お前さえ良ければ、これからも側にいて欲しい。
 これがオレの答えだ。

 面と向かったらちゃんと伝えられないような気がしたから、敢えてメールにしてみた。
 こんな簡単な答えを出すのに、こんなに時間が掛かってゴメンな。
 あ、それからあの時この体育館で撮った画像だけど。
 随分前にちゃんと自分で消しておいたから。だからもう安心していいぜ。
 その代わりと言っちゃなんだけど、今凄く大事に保存しておきたい画像があるんだ。
 都合が悪かったら言ってくれ。すぐに消すから。

 城之内克也より


 そこまで読んで、オレはそのメールに添付画像が貼られているのに気付く。何気なく…本当に何気なくそれを開いて、オレは息を飲んだ。
 そこにいたのは…オレだった。
 体育館の壁に凭れ掛かって、晩夏の空を眺めつつ穏やかな顔で城之内を待っている…、先程までのオレの横顔。
 その角度から慌ててそちらの方を向くと、体育館の脇に生えている大きなケヤキの幹によりかかるようにして制服姿の城之内がオレを見ていた。オレと目が合うと片手に持っていた携帯を持ち上げて、わざとらしく接写するようなポーズを撮る。
 その姿に、思わずプッと吹き出してしまった。クスクス笑い続けるオレに、城之内が複雑な表情をしながら近付いて来る。

「何だよ。そんなに笑う事ないじゃんか」
「いや、だってお前…。どんな顔してこんな臭い事を…、ククッ」
「えー? そんな事言ったって、コレを保存しておきたいって思ったのは本当の事なんだから仕方ねーじゃねーか」
「そうなのか?」
「うん。マジでいい顔だなーって思ってさ。そう思ったら思わず撮っちゃってた。ほら、良く見てみ? いい顔だろ?」

 そう必死で言いながら携帯の画像をガン見している城之内に、オレはふっと笑うとその身体に腕を絡めて凭れ掛かった。それに城之内がビクリと反応して、オレの方に視線を向ける。

「ほう…。貴様、本物が目の前にいるというのに、そんな画像で満足なのか?」

 わざとらしくニヤリと笑って耳元でそう囁いてやると、城之内は慌てて首を振って否定した。

「ち、違げぇーよ! そんな事無いってば!」
「どうだかな。随分その画像がお気に入りのようだが?」
「気に入ってるのは本当なんだから別にいいじゃん。で、結局コレって保存していいの?」
「まぁ仕方無いだろうな。保存でも何でも好きにしろ。その代わりオレにも要求があるぞ」
「な…何だよ…」
「先程の貴様のメール、せっかくだからアレを永久保存させて貰う。いいな?」
「えっ!? ちょ…ちょっと待って! アレは…アレはダメだってば!!」
「何故だ?」
「だってアレは…っ! は、恥ずかしいし…っ!!」
「関係無いな。オレが気に入ったのだから保存させて貰うだけだ。誰にも文句を言う権利は無いぞ」

 オレはそう言って焦っている城之内を尻目に、さっさと件のメールを保存してしまう。城之内はそれを呆れたように見ていたが、やがて諦めたのか自分も携帯を弄って先程の画像を保存したようだった。

「これで良し…っと。それじゃぁ海馬、改めて…」

 パチンと音を立てて携帯を閉じ、城之内がオレの目の前に真っ直ぐ立ち視線を上げた。

「実のところ、オレの状況は以前とあんまり変わって無いし、大変な事もまだまだ一杯あるんだ。だから…その…、お前に色々と助けて欲しいんだけど…いいかな?」
「勿論。それは全然構わないぞ。オレが出来る事なら何でもやってやろう」
「ありがと。えーと…それから…」
「………」
「オレ、お前の事が好きです。だからオレと恋人として付合って下さい」
「順番が逆だな、城之内。普通は告白が先だろう」
「うん…。そうだよな…。ゴメン…」
「まぁ、仕方無かろう。キスをしてくれたら許してやる」
「………? は? キス?」
「あぁ、キスだ」

 そう言って体育館の壁に凭れたままじっと城之内を見詰めていると、数秒後、オレの意図に気付いた城之内が顔を真っ赤にしてしまった。言外に隠れた『OK』に漸く気付いたらしい。
 すっかり照れてしまった城之内は、それでも嬉しそうに微笑むとオレの側に近寄って来て、両の掌をオレの頬に当てた。
 あの眩しい朝日を二人で眺めたあの朝、自分の罪を深く後悔した城之内は自分からオレにキスをする事が出来なかった。だが今の城之内は違う。心からオレを信じて、オレの全てを手に入れようとしていた。

「好きだぜ、海馬…」
「あぁ…」
「今まで本当にゴメンな。もう二度とあんな事はしないから」
「そうだな」
「それから、これからはずっとお前を愛するって誓うから。あの夜、お前がオレにしてくれた誓いを、オレも今ここでするよ」
「城之内…っ」
「大好きだ、海馬。だから…これからも側にいてくれ」
「あぁ…勿論だ。断わられたって…離れてなんてやるものか…っ!」

 城之内の告白が余りにも嬉しくて、耐えきれなかった涙が一筋頬に零れ落ちた。それを見た城之内が自分の親指で目元を拭ってくれて、そしてゆっくりと顔を近付けてくる。オレも城之内の首に両腕を絡ませてその身体を引き寄せた。


 聞こえていた蝉の声はいつの間にかヒグラシの声に変わっていて、近くの公園で遊んでいた筈の子供達の声も今はもう聞こえては来なかった。
 目に映る晩夏の空は既に茜色と藍色が混ざっていて、直に日が暮れるだろう。
 夏が終わる。城之内と共に駆け抜けた怒濤の夏が終わっていく。
 辛い事もあった。悲しい事もあった。泣きたい日も、逃げ出したい夜もあった。
 だけどそれら全てはこの空に吸い込まれ消えていってしまった。あるのは腕の中に感じる城之内の確かな熱だけ。
 止まらぬ涙を城之内の肩に押し付けて、ただひたすら強くその熱を抱き締めた。まるでそれしか知らないように…お互いに強く強く。
 そんなオレ達の間を、涼しい風が通り抜けていく。

 辛かった夏が終わる。そして新しい季節が来る。
 秋が来て冬が来て春が来て、そして本当に祝福された夏がやってくるだろう。
 その夏を、二人で迎えよう。
 幸せな気持ちで…迎えよう。

 その日が確実にやってくるだろう事を確信して、オレはもう一度城之内を強く抱き締めた。