*Rising sun(完結) - Sunrise - *Act.1(Ver.城之内)

 ここのところずっと、海馬をレイプする夢を見ていた。
 シチュエーションは実に様々だった。
 学校の屋上に海馬を呼び出してその場で犯したりとか。
 夜道を一人で歩いているアイツの後ろから気付かれないように近付いて行って、草むらに押し倒して犯っちまったりとか。
 誰もいないオレの家に誘って、甘い言葉にまんまと騙されてやって来たところを犯すとか。
 それはもう、自分で自分の頭の中身を疑いたくなる程豊富なシチュエーションで、オレは海馬をレイプしまくっていた。
 ただどんなに力尽くで犯しても、夢の中の海馬は絶対にオレに屈したりはしないのだ。
 無理矢理身体を暴かれて痛くて苦しいだろうに、青い瞳をキッと吊上げオレを睨み続け、どんなに酷く貫いても激しく揺さぶっても、悲鳴一つ漏らさない。
 下唇をギュッと強く噛んで、真っ青な瞳にオレに対する怒りと蔑みを滲ませて、涙の一つも見せずにただただ鋭い視線でオレを睨み付けていた。
 レイプする場所が違っても、そこに至るまでのシチュエーションが違っても、犯されている海馬が見せるその態度だけは毎回変わらない。
 だからオレは、今自分が押さえつけている海馬が見せる表情が信じられなかった。
 オレが無理に腰を進める度にその口からはひっきりなしに悲鳴が漏れ、青い瞳は涙で濡れそぼっている。
 必死で藻掻く両腕を一纏めにして頭上に押さえつけてやると、海馬は「ひっ…!」という引き攣った悲鳴と共に怯えた瞳でオレを見上げた。
 その青い目に浮かぶのは恐怖と悲しみ。
 まるで得体の知れない化け物か何かを見るような表情で、怯えてブルブルと震えている。

 なぁ…、何でそんな目でオレを見るんだよ。
 いつものように怒りと蔑みを含んだあの鋭い目で、オレを睨み付ければいいだろう。
 なのに何で悲鳴を上げるんだよ。
 何で震えてんだよ。
 何で…泣くんだよ…。

 そこまで至って漸く、オレは今自分がいるこの場所が『現実』なんだという事に気付いた。


 切っ掛けは、二ヶ月前に親父が体調を悪くしてブッ倒れた事から始まった。
 酒の飲み過ぎで元々肝臓が弱っていたから仕方無いんだけど、当たり前のようにそのまま入院と相成った。
 そんな不健康な親父の事だから勿論保険なんて頼れる筈も無くて、入院費用はそのまま家計を圧迫する。
 それでもオレは頑張った。
 こんなどうしようも無い親父だけど、コイツは間違い無くオレのたった一人しかいない父親なんだ。
 バイトの時間を増やして入院費や治療費を捻出して、学校帰りには病院に寄って着替えや日用品を届けたりと、オレなりに甲斐甲斐しく世話していたつもりだった。
 親父も最初は大人しく入院していてくれたんだけど、やがて酒が切れて暴力的になり、病室で叫んだり暴れたりするのにそう時間はかからなかった。
 病室で親父が暴れる度にオレの携帯には連絡が入って、その度に病院にすっ飛んでいって担当医や看護師さん達に頭を下げる日々が続いていく。
 それだけだったらまだいい方だ。
 しまいには病室だろうが何だろうがお構いなしにオレをぶん殴って来たりして、それを止めようとした看護師さん達に余計に迷惑をかけて、その事に対してまた頭を下げるというループに捕われていた。
 そんな状態でかなり精神的に参っていたオレに、まるで追い打ちを掛けるように悪いニュースが飛び込んでくる。
 ある日妹から届いたメールに、母親が入院したと書かれていたんだ。
 元来身体の弱かった母親が入院したというのは別に驚く事じゃなかったんだけど、それにしたってタイミングが悪過ぎる。
 勿論オレは親父の事があるからそちらには行けなくて、母親の事は妹に任せる事にしたんだけど、その妹がまたオレに負担をかけていた。
 母親が入院してショックを受けたんだろう。
 不安に苛まれた妹はオレに毎日のように相談事のメールを送ってきた。
 その気持ちは良く分かるから、オレは兄らしくそれに対して宥めたり元気付けたりと返信を続けた。
 最近ではメールだけで満足出来なくなったらしく夜中に突然電話が掛かってきたりして、不安そうに相談してくる妹を「大丈夫だから」とか「お前がしっかりしないと」とか、とにかく励まし続けた。
 やっと安心した妹が電話を切る頃には、時間はとっくに真夜中になっていた。
 疲れた身体を引き摺って布団に倒れ込み、新聞配達の時間まで僅かな睡眠を取る。
 別にこの生活に不満がある訳じゃないけど、それが一ヶ月も続くと流石のオレの神経も少しずつ磨り減っていったらしい。
 朝起きてから夜眠るまでずっと苛々した気持ちが消えず、何をやっても上手く行かない日々が続いた。
 だからと言って妹に当るのもお門違いだと思ったし、ましてやオレは兄なんだから自分の事は後回しにしなければならないと、全ての事柄を我慢しつつ過ごしていた。
 だけどオレの精神はそろそろ限界だったんだろうな。
 海馬をレイプする夢を見始めたのはその頃からだった。
 目覚めると途轍も無いやるせなさが襲って来たが、その代わりあんなにささくれ立っていた心が妙に落ち着いているのにも気付いていた。
 どうやらオレは現実で爆発させる事が出来ない感情を夢の中の海馬にぶつける事によって、何とか精神の均衡を保っていたらしい。
 それはとてもあやふやな均衡だった。
 そうまるで、ちょっと突けば直ぐに倒れてしまうヤジロベエのような。


 そんな苛ついた日々を過ごしていた、ある日の放課後の事だった。
 さっさと帰って病院に行こうと下駄箱に入っていたスニーカーを取り出すと、そこに一枚のメモ用紙が挟んであったのに気がついた。
 二つ折りにされたそれを開いて中を見てみたら、予想だにしない名前が目に入ってくる。

『話がある。体育館の用具室で待っている。海馬瀬人』

 簡潔で分かりやすいそのメッセージは、今のオレには苛つきを増長させるだけでしか無い。
 一秒でも早く家に帰って着替えを用意して、親父の待つ病院に向かいたかった。
 大体オレは疲れているんだ。
 学校と病院とバイト先を行ったり来たりして、帰ったら帰ったで妹の電話に付き合って、その後短い睡眠を取らなければならない。
 それを悠長にメモまで寄越して、何の話があるんだか。
 それでも何となくそのメッセージを無視する事が出来ずに、オレは体育館へと向かった。