*奇跡の証明(完結) - ページをめくる - 第五話

「お前の要望もあったから派手な式とかはしないけどな、この国独自の儀式だけはやらなくちゃいけないんだ。悪いけど付き合ってくれ」
 克也にそう言われ、瀬人は黙ってその後を付いていく。
 先程の一件ですっかり緊張が解けた二人は、マナと共に皇宮の中庭を抜けてその先にある神殿へと歩いていた。
「この皇宮の下には『誓いの泉』と呼ばれる神聖な泉が広がっている」
 歩きながら克也が瀬人に説明をする。

「我が黒龍国の皇族は、何かある度にその誓いの泉にて儀式を行うことが定められている。例えば『成人の儀』とか今みたいな『結婚の儀』とかな。オレの場合はついこの間『成人の儀』を終わらせたばかりだし、一年前には『皇帝即位の儀』もやった」
「これからやるのは…その…『結婚の儀』…なのか?」
「ご名答! そんなに時間はかからないから大丈夫だよ」

 神殿内に入ると、一番突き当たりの奥にこの国の守護龍である『真紅眼の黒龍』の像が祭られて居るのが見え、その脇には神官が一人控えていた。
「皇帝陛下、お待ちしておりました」
「うん、ご苦労だな。早速扉を開けてくれ」
 克也の言葉を受けて神官が真紅眼の黒龍の像に何かを細工しそれをそっと押すと、像はまるで何かに導かれるように鈍い音を立てて横にずれた。そしてその下には、地下に続く長い階段が現れる。
「瀬人、こっちだ」
 克也は瀬人の手を取ると、ランタンも松明も持たずに現れた地下に何の躊躇もなく入っていく。
「へ…陛下! ちょっとお待ち下さい!」
 薄暗い地下に続く階段は足下がよく見えなくて不安になる。
 慣れない女物の服のこともあって足を縺れさせながら、それでも手を引く克也に付いて行くしかない。

「陛下じゃなくて二人きりの時は克也な? あと敬語も禁止」
「へい…じゃなくて克也…っ! こんな地下に潜るなら灯りが必要なんじゃないのか?」
「心配無い。その内明るくなるから」
「え…?」

 言われて顔を上げてみると、何時の間にか周りがぼんやり輝いて見えた。
 一体何事かと視線を張り巡らせて見れば、壁にいくつも突き刺さっている水晶が自然発光しているのが見える。
 それは奥に行けば行くほど明るくなり、地下に辿り着く頃にはまるで真昼のような明るさになっていた。
「凄い…っ! これは一体…」
 思わず感嘆して周りを見渡せば、後ろにいたマナがその疑問に答えるように口を開いた。

「この皇宮地下にしか存在しない不思議な水晶なんです。伝説では黒龍国の大地そのものになった真紅眼の黒龍の肉体の一部とも伝えられていますけれど、詳しい事は分かっておりません。ただここにある水晶を他の場所に移してしまうと、途端に発光を失って普通の何の変哲もない水晶になってしまうんですよね。不思議でしょう?」

 マナに説明を受けて瀬人はもう一度周りを見渡してみる。
 そこは広い空洞になっていた。壁にいくつも突き刺さった水晶が輝いて、地下なのに自分達の影が出来るほどだった。
 余りに美しい風景に見惚れていた為、一人の人物が近付いて来たことに瀬人は気付かなかった。
「バクラ」
 先に気付いた克也がその人物に声を掛ける。

「お待ちしておりました、皇帝陛下。そして皇后サマも」

 自分達に深々と頭を下げるその人物は、肌も髪も真っ白だった。
 さらにその瞳はまるでこの国の守護龍のように真っ赤な紅の色をしていた。

「彼の名はバクラ。オレの代に新しくこの誓いの泉の守り人となった人間だ」
「守り人…?」
「そう。彼等は守り人の一族と呼ばれ、代々この誓いの泉を護る任に付いている。皇帝が変わる度にその皇帝と一番近い年齢の者が、その代の守り人となる決まりなんだ。髪や眼の色が違うのは、一族がずっと地下に住んでいるからそれに特化したらしい。それにこの瞳の色は我が国の守護龍である真紅眼の黒龍と同じだからな。神聖視されているんだ」

 克也の説明を受けて、瀬人は改めてバクラを見詰めた。
 鋭い視線でこちらを見ていたバクラが頭を下げ臣下の礼を取る。

「初めまして皇后サマ。オレはバクラといいます。まぁ…これから度々お会いする事になると思いますが、どうぞよろしく」
「あ…あぁ…よろしく」

 彼の手を取ることで挨拶をしようとした瀬人は手を差し出すが、その途端バクラはスッと身を後ろに引いてしまった。
「瀬人様」
 バクラの行動の理由がよく分からなかった瀬人に、マナがそっとフォローをする。
「守り人の一族は皇族のお身体に指一本触れることは許されておりません。ですから彼には触れないようにお願い申し上げます」
 マナの言葉に瀬人は「わかった」と頷いた。
 白龍国とは全く違う慣習に戸惑うばかりで、瀬人は自分は本当にここでやっていけるのかと不安に思ってしまう。
 そんな瀬人に克也は笑いかけ、その手を引いて歩き出し目の前を指差した。

「瀬人、見えるか? あれが誓いの泉だ」

 それは大きく美しい泉だった。
 下の砂地からは常に新たな清水が噴出し、周りの水晶から灯りを受けてキラキラと眩しく輝いている。
 泉の中央には小島があり、そこには巨大な黒水晶が真っ直ぐに聳え立っていた。
 それは圧巻されるほどの巨大さで、見上げれば水晶の先は地下の天井にまで届いてしまっている。

「克也…。あの黒い水晶は…?」
「あぁ、アレが一番重要なんだ。何でも真紅眼の黒龍が大地に同化した時その息吹があの黒水晶になったらしいんだけどな。まぁ、あれに名前を書く事が儀式なんだ」

 名前を書くだけと聞いて少し安心した瀬人に、克也は急に真面目な顔で向き直る。
「これから儀式を始めるけど、少し特殊だからちょっと説明を聞いてくれ」
「あ…あぁ…」
 克也の真面目な声色に、瀬人も静かに次の言葉を待った。

「まずこの誓いの泉なんだけど。この泉の水は神聖なもので、皇族以外が触れる事は禁じられている。あとこの水には如何なる武器もどんな服も身につけて触れることは許されていないから、全裸で入らないといけないんだ」
「は…? な…んだと…?」
「と言う事で、今すぐ服脱いでね」
「ま…まさか…、全部か!?」
「うん。全部。勿論下着もな」

 そう言って早速服を脱ぎ始めた克也に、瀬人は唖然とするしか無かった。