*奇跡の証明(完結) - ページをめくる - *第十一話

 その日の夜、克也は自分の寝室でまた新しい報告書に目を通していた。
 謁見の間では瀬人に「心配するな」とは言ったが、克也には開戦間近な状況がありありと見えていた。
 戦争に行かねばならないと、克也は密かに覚悟を決める。
 心配事はただ一つ、白龍国から嫁いで来てまだ半年の瀬人の事だけ。
 ただその瀬人にもマナが常に付いているし、身体の事もアイシスが居るから大事ないと安心する。
 貰った報告書を文箱に戻した時だった、突如部屋の扉がノックされた事に気付く。
 この寝室は外の廊下と直接は繋がっていない。東にある自分の寝室と西にある瀬人の寝室との間には夫婦で使えるプライベートルームがあり、そこを通らないと直接ノックは出来ない筈であった。
 ならば今この扉をノック出来る人物はただ一人しかいない。
 克也はドアに近付き、ゆっくりその扉を開けた。
「どうした、瀬人? 眠れないのか?」
 案の定そこには瀬人がいて、真剣な表情で自分を見詰めている。
 そして克也と目があった瞬間、突然その身体に縋り付いてきた。
「瀬人…っ!?」
 慌てた克也が瀬人の肩に手を置き引き剥がそうとするが、瀬人はますます力を込めてその身体にしがみついた。

「克也…っ! オレはもうこんなのは嫌だ…っ!! こんな待っているだけの状況は嫌なんだ…っ!! いつまで待てばいい…? いつになったらお前に抱いて貰える…? アイシスの許可なんてもう待っていられない! 無理でもいい…オレを抱いてくれ!!」

 必死な形相でそう訴える瀬人に、克也は静かに首を横に振る。

「ダメだ。出来ない…」
「克也…、何故だ!?」
「お前を傷付ける事だけは出来ない」
「傷付いても構わない! オレがいいと言っているんだ…!」
「それでも出来ない。聞き分けてくれ、瀬人…」
「っ…!! こ…この…意気地無しが!!」

 突然寝室内にバシッ! と乾いた音が鳴り響く。
 頬を打たれ傾いでいる克也の顔と自らの熱い掌に、瀬人は無意識に思いっきり克也を殴ってしまった事を知った。
 殴られたことにより乱れた前髪の隙間から、スッと琥珀色の瞳が自分を見たのを感じる。
 いつもは優しい色を称えているその琥珀が、今はうっすらと赤みを帯びていた。
「あ……」
 その無意識の恐怖に思わず一歩後ろに下がるが、突然腕を掴まれて逃げ場を失った。
 そのまま無理矢理引っ張られ、寝台の上に投げ飛ばされる。
「っ…!」
 いきなりのことで身動きすら出来ずにいると、瀬人の細い身体の上に克也が乗りかかってくる。
 そして逃げられないように強い力で身体を押さえつけると、今まで瀬人が見たことが無いような恐ろしい表情でニヤッと笑った。

「そうか…。お前の考えはよく分かった…。ならばお望み通り抱いてやろう」
「い…いや…だ…っ」

 瀬人が恐怖からフルフルと首を横に振っても、克也はそれを無視して瀬人の夜着に手を掛けた。
 絹で出来た薄い夜着は力を入れれば簡単にビリビリと裂けてしまう。
 燭台に灯された寝台の上に、瀬人の白い身体が浮かび上がる。
 現れた白い身体に無遠慮に手を這わし、足の付け根にある小さなペニスに指を絡めた。
「っぁ…! いたっ…!」
 萎えたままのそれを乾いた指で無理矢理上下に擦ると、やがてそれは少しずつ硬くなり始める。
 男性機能は成熟している為、それはやがて先端から先走りの液を出し、克也はそれを全体に塗り付けるように刺激する。
「あっ…。っ…、あぁ…っ!」
 無理矢理与えられる快感に、それでも身体は反応してビクビクと震えだした。
 だが克也のもう一方の手が瀬人の膣口に触れると、身体に溜まっていた熱はすぐに冷めてしまう。
 未熟な女性器は自らの身体を守る為の潤滑液を出すことは無かった。
 乾いた粘膜に直接克也の指が触れて、それはただ痛みだけを瀬人に伝える。
「あっ…! いやぁ…っ! い…いた…っ、痛い…かつ…や…っ!」
 下半身から伝わってくる痛みと快感に、瀬人は目を強く閉じて涙を零す。
 そんな瀬人の訴えを聞いてくれたのか、克也の指が膣から抜かれる。そしてそのまま前方のペニスの愛撫に集中すると、やがてそれは限界を迎え、瀬人の白い腹と胸の上に薄く濁った精液を吐き出した。
 射精の余韻でヒクヒクと震えながら、瀬人は半ば呆然としながら涙を流し続けていた。
 目の前の克也の事を初めて本気で怖いと感じ、恐怖で身が震えるのを止められない。
 自分の上に乗っかっている克也が身動きするのを感じて思わず「ひっ!」と小さな悲鳴を上げると、まるで今までの行為が嘘のように優しく頬を包まれる。
「かつ…や…?」
 覗き込まれた琥珀の瞳に、もうあの『赤』はどこにも無かった。

「済まない…っ!。良し無い事をしてしまった…。どこか痛んではいないか? 気分は…悪くなってはいないか?」

 自分を気遣う克也の声色に、瀬人は何も言えずただコクリと頷く。
 無理に触られた箇所がまだズクズクと痛みを訴えていたが、それについて攻め立てる気は全く無かった。
 克也に支えられて貰いながら、ゆっくりと上半身を起こす。破れた夜着の代わりに克也が自分のローブを羽織らせてくれた。
「本当に済まなかった。こんな事をするつもりじゃなかったのに…」
 心から心配そうに謝罪する克也に瀬人は小さく首を振る。
「いや…オレも…悪かった…。お前を怒らせてしまったのは、紛れもなくオレのせいだ…」
 羽織られたローブを強く握りしめ、瀬人は涙を流す。

「でも…この状況に我慢が出来なくなったのは本当だ…。オレはお前の妻なのに、いつまで経っても名前ばかりの皇后で…。それが…すごく嫌だったのだ…。何故ならオレは…お前の事が…好きなのだ…。好きだから…本気でお前に抱かれたいと思った…。それだけなのに…」
「瀬人…っ!」

 身を震わせ静かに泣く瀬人を、克也は強く抱き締める。
 心から互いに相手のことが愛おしいと思った。
 こんなに心が通い合っているのに瀬人の身体は克也の身体を拒絶する。それがたまらなく悲しかった。
 泣き続ける瀬人の身体をもう一度強く抱き締め直した時だった。突如廊下に面した部屋にノック音が響き渡る。
 ドンドンドンッ! と強く叩かれる扉に軽く溜息を付き、克也は寝室を出てその扉に近付いた。

「陛下! 皇帝陛下! 起きていらっしゃいますか!?」
「こんな夜中に何事だ?」

 扉を叩いているのが女官ではなく兵士の声であるのに多少驚き、克也は嫌な予感がしつつも声をかける。
 その克也の声に、扉を叩いていた兵士は更に声を大きく張り上げて叫ぶように告げた。

「陛下…、戦争です! 冥龍国軍の本隊が動き出しました…っ! 戦争が始まります…っ!!」

 兵士の声に克也も、そして寝台の上にいた瀬人も固まってしまう。
 廊下の兵士に「そうか」と静かに伝え、克也は窓際に寄って夜空を見上げた。
 月の無い…静かな夜の事だった。