*奇跡の証明(完結) - 番外編『二つの恋の物語』 - その4

 無事に『皇帝即位の儀』が終了した後、克也とバクラは向かい合って座っていた。
 複雑な顔をして黙り込む克也を前にして、バクラは先程の克也の姿を思い出す。
 脳裏には儀式の際に見てしまった克也の裸体が散らついていて、どうしてもそれを振り払う事が出来なかった。
 若干十六歳でありながら既に一人前の男性としての身体を持っていた克也の姿は、バクラの心臓を高鳴らせるのに充分だった。
 泉の向こうに渡っていく克也を見守りながら、バクラは「守り人ってのも因果な仕事だよな…」と小さく呟く。
 だが、自分がどんなに克也の事を想っていても、バクラは克也に触れる事は出来ないのだ。
 別にそういうしきたりを何としてでも守りたいと考えるような生真面目な性格では無かったが、それがどんな深い意味を持っているか母親に知らされた今、敢えてそれを破ろうとは考えられなかった。


 儀式の成功により新しい皇帝が即位されたと知らせが届き、外では既に式典の準備が行なわれているようだった。
 黒龍国の国民にとっては新皇帝即位という目出度い儀式であったが、当の本人達にとっては複雑な心境にならざるを得ない。
 僅か十六歳で父親を亡くし、その悲しみも癒えぬままに皇帝として即位し、国を背負い導いてゆかねばならないのだ。
 その重圧はいかほどのものであろうか…と、バクラは目の前の克也の顔を見詰める。
 克也も眉根を寄せ、暫く難しい顔をして何かを考え込んでいたようだったが、やがて全てを吹っ切ったように顔を上げてバクラを見詰め返した。

「バクラ…。お前に話しておきたい事がある」
「何ですか? 改まって」
「オレが来年成人した時に迎える…正妃の事だ」

 克也の台詞にバクラは一瞬身を固めてしまう。
 見たことも会った事もない女性の話を聞くなんて冗談じゃないと思ったが、バクラはその考えを急いで打ち消した。
 嫌でも一年後にはその女性と会わなければならない。
 克也の御代を守る守り人として、克也とその女性の『結婚の儀』を見守らなければならないのだ。
 だったら今の内にその女性の詳細を聞いておくのは悪い事じゃないと思い直した。
「あぁ、陛下が言っていたとびっきりの別嬪さん?」
 バクラの言葉に克也が頷く。

「誰に何と言われようが、オレはアイツを守りきる意志がある。自信もある。だけどバクラ。お前にだけは今の内に全てを話しておきたいと思う。それでオレとアイツの事を認めて欲しい…。そしてアイツの事も含めて守って欲しい」

 克也の真摯な目にバクラはただ黙って頷くしかなかった。
 そして自分の中に今まで感じなかった意識が湧き上がって来るのを感じる。
 克也がそこまで本気で守りたいと思う相手を、自分も守りたいと思ったのだ。
 克也を愛しているからこそ、克也の愛している女性を本気で守りたいとバクラは思う。
 克也と、克也の愛する女性と、そしてその間に生まれて来るであろう子供を、バクラは一生守り続けようと誓った。
 強い意志を宿して克也を見上げると、そのバクラの意志を汲み取ったかのように克也が再び口を開いた。

「バクラ…。オレが正妃に迎えたいと考えているのは…実は『奇跡の子』なんだ」
「っ!? はぁ…っ!?」

 思わず目の前にいる人物が黒龍国皇帝だと言うことを忘れて、素っ頓狂な声を上げてしまう。
 たった今、バクラは自分自身に誓ったばかりだった。
 克也と正妃とその子供を守り続けると。
 だがその誓いがあっという間に覆される。

「奇跡の子って…。陛下、本気ですか!?」
「あぁ、勿論本気だ」
「そんな…。奇跡の子が結婚相手じゃ、子供は出来ないじゃないですか」
「うん…まぁ…出来ないな」
「あ…でも、側室は取るんですよね?」
「いや、取らない」
「な、何故ですか!!」
「アイツを本気で愛しているからだ…っ!! オレはアイツ以外いらない。他の女なんて愛したくない。アイツがいればそれでいいんだ」

 自分の事をじっと見詰めてそう語る克也から、バクラは目を離せなくなっていた。
 こんなに真剣な目をした克也を見た事なんて覚えがない。
 それ程その相手に本気なんだと、嫌でも思い知らされる。
「子供は…どうなさるんですか?」
 少し落ち着こうと深く息を吐き出して、バクラは克也に質問をする。
 黒龍国は代々世襲制の為、どうしても跡取りという存在が必要になってくるからだ。

「養子を取る。お前も知ってると思うけど、オレ自身が養子だからその点は問題無いと思う」
「まぁ…。陛下がそうおっしゃるのならオレが反対する理由なんてありませんけどね。この黒龍国は奇跡の子に対して理解がありますし、多分問題無いでしょう」
「お前にそう言って貰えると、オレも嬉しいよ」
「で? 相手は一体どういった御身分の方なのですか?」
「ん? あぁ。白龍国の現法皇だ」
「はっ…!? な…何て…っ!?」

 克也の爆弾発言に、バクラは再び言葉を無くしてしまった。
 地下で暮らす自分の耳にも、外の情報はしっかりと入ってくる。
 特に皇帝の御代を守る守り人には、そういう国家間の情勢や専門知識等を知っておくのは必要不可欠だった。
 だからバクラも白龍国の現法皇がどんな人物か位は知っていた。
 白龍国の民達からは類い希なる賢皇と呼ばれながらも、奇跡の子として生まれついてしまった為に『仮の法皇』と呼ばれ疎まれている事。
 そして彼には弟が一人いて、白龍国の大臣や神官達からは弟こそが『真の法皇』だとされている事。
 初めて彼の話を聞いたときは、バクラも思わず同情してしまった。
 名前は確か…瀬人とか言った筈だ。

「陛下…。貴方は…法皇に恋をしてらっしゃったのですか…」

 思わずポツリとそう呟くと、克也が不安そうな顔をしてこちらを見上げた。
 だが次の瞬間には自信に満ちた笑みを浮かべて「悪いか?」と逆に問われてしまう。
 それに首を横に振ることで答えたバクラはまだ気付いていなかった。
 僅か一年半後、自分がこの法皇に対して克也と同じ想いを抱いてしまう事を。