城之内×海馬。海馬の一人称です。
運命の恋人って…萌えますよね~w
「海馬、ちょっとオレの夢物語を聞いてくれない?」
深夜の自分の寝室。熱く…それでいて甘ったるく幸せな行為が終わった後の気怠い空気の中、ベッドに横たわって息を整えているオレに城之内がそんな風に話しかけて来た。額の汗を吸って湿っぽくなっている前髪を掻き上げながら、城之内が部屋付きの冷蔵庫から出してくれたミネラルウォータのペットボトルを受け取る。半身を起こしながらキャップを開け、冷たい水を口にしながら、何だか馬鹿な事を言い出している恋人を睨み付けた。
「何が夢物語だ。どうせ下らない話なのだろう」
そう言うと、城之内は子供っぽい顔で不満そうに頬を膨らまし「別に…いいじゃんよ」と反論してきた。
「どうせ今日はもう眠るだけだろ? 中にも出さなかったし」
ベッド下のゴミ箱に捨てた使用済みのコンドームを見ながら、城之内はそんな事を言う。
確かに今は眠気が勝っていて、起き上がってシャワーを浴びに行くのは面倒臭いと感じていた。いつもだったらシャワーを浴びて体内を洗浄するのだが、今日はそれも特に必要が無い。気怠いからこのまま眠ってしまおう…と思っていたのを、どうやら見透かされていたようだ。
もう一度ジロリと横目で睨んでも、城之内は意に介さずニコニコと笑っている。こういう時のコイツには何を言っても無駄なんだという事は、オレももう知っていた。
「好きにしろ」
ペットボトルのキャップを閉めながら呆れたように言うと、城之内は満面の笑顔を浮かべて「そうする!」と頷いた。
「あのさ…オレ、前にアイツの真実の名前探しとかした事あるじゃん」
城之内の言う『アイツ』というのが、オレの最大のライバルであったあの男である事はすぐに分かった。なので素直に「あぁ」と相槌を打つと、城之内は自分も冷たい水を飲みながら口を開いた。
「アイツの…アテムの記憶の中を彷徨ってる時にな、オレ…お前にそっくりな奴を見かけたんだよ。ずっと昔の、太古のエジプトの人なのにな」
「………」
城之内の話に、今度は何の反応も返さなかった。
オレはその記憶の世界には行ってないし、城之内が言う『オレにそっくりな人間』というのが、どれ程オレに似通っていたのかは分からない。というより、そんな過去の事には全く興味が無かったから、反応の仕様が無かった。
それでもニコニコと笑顔を浮かべながら話を続ける城之内の邪魔は出来無くて、多少不機嫌になりながらもオレは黙って話の続きを聞く事にした。
「後からアテムに話を聞いたら、アイツ…何か名前もセトとか言うらしいけど、そのセトがな。死んじまったアテムの後を継いでファラオになってたんだってさ。で、立派に国を治めていたらしい」
「………」
「アテムが冥界に帰ってしまって、暫くそんな事忘れてたんだけどさ…。最近ソイツの事を夢に見たんだよ」
「ほう…。オレよりそっちの方が好みだったと?」
「ちげーって!! そういう話じゃ無いんだよ。話は最後まで聞けってば!」
何だか面白く無くなって試しにからかってみたら、予想以上に真面目な反応が返ってきて驚いた。
まぁ…確かに、城之内の顔を見ていればそういう下世話な話で無い事だけは分かるのだがな。
城之内は軽くオレを睨み付けると、手に持っていたペットボトルから水をゴクリと飲み込んで、再び言葉を紡ぎ出した。
「いいか? 最後まで黙って聞けよ? 夢の中でオレはさ、そのセトって人に仕える踊り子だったんだ」
「ふぅん。貴様が踊り子…か」
「馬鹿にするなよな。これでも結構有名だったんだぞ」
「夢の中でな」
「ぐっ…! ま、まぁ…そうだけど」
「で?」
「あぁ…それでな。実は踊り子って言っても表向きなだけで、本当は影ながらファラオを守る秘密の護衛みたいなものだった」
「………」
「あ、今馬鹿にしただろ」
「別に」
城之内が繰り出す夢物語が意外に面白くて、オレは少し興味を持ち始めていた。
これが城之内が真面目に語っている話だったら下らない事この上無いのだが、ただの夢物語なら聞いてやっても良さそうだと思って、またむくれてしまった城之内に「続きを」と先を促してやる。
「何か釈然としねぇなぁ…。ま、いっか。それでな? オレはその内そのセトって人に気に入られて、何て言うかまぁ…寝所に呼ばれたりした訳」
「夜伽か」
「うん。でもオレが抱かれてた訳じゃなくて、逆だったけど」
「踊り子が王の寝所に呼ばれて、立場が逆だと? 有り得んな」
「オレもそう思うんだけど、何かそうだった。って、これはどうでも良くってさぁ…」
オレの質問に城之内も少し困ったような笑顔になっていた。だが話を途中で止める気は無いらしく、何度か水を飲んでまた口を開く。
「オレとセトは、夢の中で本気で愛し合っていたよ。セトはオレの事を大事にしてくれてたし、オレも愛するセトの事を守ろうと必死になってた。でも何て言うかさ…オレはセトに出会った瞬間から妙な不安感があったんだ。愛し合って幸せな筈なのに、いつもいつも妙な不安感が付き纏っていてさ…。だから余計に、セトの事を最後まで守り切ってやろうと、自分自身とセトに誓っていたんだよ」
「………」
「だけどある日、大勢の賊が突然王宮に攻め込んで来たんだ。オレは何とかセトを守ろうと頑張っていたんだけど、ちょっとした油断が元で致命傷を負って死んじまった」
「………」
「賊が持っていた剣には毒が塗ってあってさ、どう治療したって駄目だったんだ。他の兵士達のお陰で賊は皆捕らえれて、セトも無事だった。地面に寝っ転がって意識が薄れていく中、オレを見付けたセトが凄い形相で駆け寄って来てさ…」
「………」
「泣いて…くれたんだよ。声も出さずに、ただ顔を歪めてオレの為に悲しんでボロボロ泣くんだよ。それ見てオレは思ったね。あんなに誓ったのに…と。セトを最後まで守り切ると誓ったのに、その誓いを途中で投げ出すような事になって、無様に死ぬしかない自分を凄く後悔して叱咤した。だからオレは、薄れゆく意識の中で新たに誓った」
「………」
「この先何度生まれ変わっても、オレはセトを見付けて、今度こそ最後まで守り通してやるんだと…そう誓ったんだ」
城之内はここまで話した後、ペットボトルに最後まで残っていた水をグイッと飲み干した。そして空になったボトルを、ゴミ箱の中に放り投げる。
カロン…と軽い音が鳴り響くのを、オレはベッドに横になったまま聞いていた。何故か城之内から目が離せなくて、奴の横顔をじっと見詰める。こんな下らない夢物語なのに、どうしてか途中で茶化す気にはなれなかった。
見詰めるオレの視線に気付いた城之内がこちらを振り向き、フワリと微笑み返してくる。大きな手が伸びてきて、軽く頭を撫でられた。その手が本当に優しくて、何だか泣きそうになってくる。
「それからオレは…いやオレ達は色んな時代に生まれ、その度に出会って来たよ」
「………」
「でも何故か、その事を覚えているのはオレだけだったけどな。出会って暫くしてオレは前の記憶を取り戻すんだけど、お前は忘れたままだった」
「ふん…」
まるで自分の物覚えが悪いような言い方をされて、少し気に触ったオレはそっぽを向いた。そんなオレの態度に城之内はクスクスと笑いながら、面白そうにしている。そしてオレの髪を荒れた指先で梳きながら、城之内はまた話に戻って行った。
「お前を見付ける度に、オレはまた再び出会える事が出来たと…凄く嬉しかった。でも嬉しい筈なのに、その度に不安感が襲ってきた。案の定、オレ達は恋人として幸せになりかける度に、何か大きな力で引き裂かれていった」
「………大きな…力…?」
「うん、そう。病気とか…事故とか…事件とか…あと戦争とか。先に死ぬのはお前の場合もあったし、オレの場合もあった。出会う度に不安感が付き纏い、やがて悲惨な別れがやってくる。どんなに強く誓っても、オレはいつだって最後までお前を守る事は出来無かった」
「………」
「その度に泣いて…後悔して…苦しんで。その内恋人になるからいけないのかと思って、お前を見付けても姿を現わさないようにもなった。影ながら守ろうと努力したけど、それでもやっぱり駄目だった。オレはお前を見付け…お前もオレを見付ける。どんなに最初は啀み合っても、その内愛し合うようになって…後はいつも通りだった」
そう話し続ける城之内の横顔は、どこか苦しそうで…悲しげだった。ただの夢物語の筈なのに、まるで本当に体験して来たかのように話すから、オレも何だか不安になる。
だが次の瞬間、城之内はふっ…と柔らかい笑みを顔に浮かべて口を開いた。
「でもな。その夢の最後に、オレは今現在のオレに戻るんだ。そして海馬と出会うんだよ。出会ってから今までの出来事はお前も知ってる通りだけど、その内今回の出会いは今までの出会いとは違うって事が分かるんだ」
「今までとは違う…? 何がだ?」
「ん? それは…」
そう言って城之内はオレの方に顔を向けて優しく微笑みかけて来て…そして言葉を放った。
「何でかは分からないけどさぁ…。今回に限っては、いつも纏わり付いていた不安感が全く感じられないんだよな」
「………? なんだと?」
「お前に出会ってから色々あったけど、何故かオレはずっと気持ちが満たされていた。啀み合ったり憎み合ったりしていた時だって、何だか凄く幸せだったんだ。不安感なんてこれっぽっちも感じない。あるのは…お前が側にいてくれるという幸福感と充足感だけだ」
「随分と…御都合主義だな」
「うん。そうかも知れない。だけど…だからこそオレは嬉しいんだ。今度こそきっと誓いを守る事が出来るんだと…。お前と最後まで幸せに生きる事が出来るんだと、そう確信してるんだよ」
幸せそうに…本当に幸せそうに城之内は笑い、そしてゆっくりとオレの方に顔を近付けて来た。大きな手で前髪を掻き上げられ、額や頬に軽く唇を押し付けられ、そして最後に少し濃厚なキスをされた。
チュッ…という軽い音と共に離れて行く唇に、オレは目を開いたまま妙に男臭い恋人の顔を凝視する。そんなオレを見て、城之内はまた幸せそうに笑っていた。
「さて、コレでオレの夢物語はオシマイ。下らない話に付き合わせて悪かったな」
ニコニコされながらそんな事を言われて、オレは「全くだ」と悪態をついて顔を背ける。だが何故か、心臓がドキドキして胸が苦しい事に気が付いてた。
これはただの夢物語だ。城之内が見た夢の話に過ぎない。なのにどうしてこんなに胸騒ぎがするのだろう…。まるでのぼせたかのように顔が火照って、苦しい位に胸が高鳴る。そして先程から胸一杯に感じている、この幸福感は一体何なのだろうか…。
答えが出ないまま悶々としていると、突然カチリと部屋の電気が落とされる。
「そろそろ寝よっか」
暗闇から聞こえて来る明るい城之内の声に促されて、オレは思考を有耶無耶にされつつも掛け布団の中に潜り込んだ。すぐにオレよりも高い体温の身体が隣に滑り込んできて、スルリと腕が回され優しく抱き寄せられる。
「おやすみ、海馬」
「あぁ…おやすみ。城之内…」
眠る為の挨拶をお互いに交わし、オレはそっと瞳を閉じた。
本当は、先程の城之内の話をもっときちんと考えていたかった。だが城之内の温かい体温に包まれて、元々気怠かった身体はすぐに眠りへと落ちていく。ウツラウツラと遠くなっていく意識に逆らえずに、そのまま眠りに落ちようとした瞬間…。遠くから切ない声が降って来たのに気付いた。
「本当は…夢物語なんかじゃなくて全て本当の事だと知ったら…お前は何て言うんだろうな?」
それはどういう事なんだ? と問い掛けたかったが、幸か不幸かオレの意識はもう眠りの淵に入り込んでしまっていて叶わなかった。ただ、何度も何度も優しく後ろ髪を梳かれている感触だけは感じていた。
その日の夜、オレはとても幸せな夢を見た。
残念ながら夢の内容は全く覚えていない。だが、城之内と手と手を取り合って、長い道のりを最後まで歩いて行くような…そんな夢だったと思う。
夢から覚める瞬間に、今度はオレが城之内にこの夢物語を話して聞かせてやろうと…そう思った。そうしたらきっと、城之内は満面の笑みを浮かべて喜んでくれるだろうと…何となくだが確信していたのだった。