城之内×海馬前提のモクバ一人称。
『貴方とあの人を繋ぐ橋』の続編になります。
去年のモク誕に引き続いて、恋人同士である城海を応援するモクバの物語です。
二礼のモクバの理想像は、こんな子ですよ~w
真っ暗になった部屋の中、同じベッドの中に兄サマの温もりを感じる。未だ眠れずゴソゴソと動いて「ふぅ…」と深く息を吐く兄サマに、オレは「ねぇ…兄サマ」と話しかけた。
「これでいいの?」
そう問い掛ければ、沈黙が返って来る。
「本当は城之内と一緒にいたいんじゃないの?」
「………」
「オレも子供じゃ無くなったんだし…。いくら兄弟でもこういうのオカシイよね。兄サマだってそう思ってるんでしょ?」
「………」
「やっぱりさぁ…城之内にはハッキリ言わないと。そうじゃないと分からないんだと思うよ。明日…二人でちゃんとそう言おうね」
「それが…あいつを傷付けるとしてもか?」
「兄サマ…」
「アレは奴の…城之内なりの優しさだ」
「うん。それはオレも知ってるよ。でもさ…兄サマももう限界でしょ?」
「っ………」
「大丈夫。オレもちゃんと分かってるから。だってオレだって限界だもん」
暫くの無言の後、暗闇の中で兄サマが首を縦に振った気配が伝わって来て、オレは漸く安心した。
今年も七月七日がやって来た。言わずと知れたオレの誕生日だ。いつも通り城之内が美味しい料理を作ってくれて、その料理やケーキを囲んで三人で小さな誕生日パーティーを開く。それが毎年の恒例だった。そんな恒例行事も今年で四回目。オレは今、中学生最後の誕生日を迎えようとしている。
兄サマと城之内が恋人同士になってからは、オレも大人になって色んな事を我慢するようになった。最初はやっぱり辛いなーと思ってた事も、その内兄サマや城之内の幸せそうな笑顔を見る度に辛くなくなっていく。それどころかもっとあの人達を幸せにしたいと思うようになっていった。
オレは本当にあの人達が大好きなんだ。兄サマは勿論の事、城之内の事も物凄く気に入ってる。最近はむしろ、兄サマの恋人が城之内で本当に良かったなんて思うくらいなんだから。
だからオレはあの二人がイチャイチャしてるのを見てても、特に何とも思わなくなったんだけどね。兄サマや城之内に取ってはそうじゃ無かったらしい。兄サマは相変わらずオレを放って置く事を悪いと思っているらしいし、城之内に限っては遠慮のし過ぎというか何て言うか…正直気を遣って構って来るのがウザイくらいだ。
その証拠が、このオレの誕生日。二人ともオレに気を遣い過ぎてるのが良く分かる。だって近寄って来る時も必ずオレを挟んだ状態で、直接隣同士にはならないんだ。
「あのさぁ…二人とも」
はぁー…と大きな溜息を吐いて、わざとらしく声を低めに出す。
「恋人同士なんだから、もっと近寄れば? 何で今日はそんなに離れてるのさ」
「いや…今日はお前の誕生日だし…」
「そうだぜ、モクバ! 何も遠慮する事なんて無いんだからな!!」
いや、遠慮してるのは貴方達の方でしょう? とは口が裂けても言えなかった。だって二人ともオレの為を想ってやってくれている事が、よーく分かっていたから。それにしてもさぁ…。そういう事をやられると、却ってこっちが困るって事は考えられないんだろうか?
こういう状態になって、オレは一つ驚いた事がある。それは城之内の事だ。
兄サマは昔から鈍感な性質だった。だから誰かと恋愛した時も、相手の気持ちを汲み取れずに失敗するんじゃないかって、オレも昔からよく心配したものだった。そんな兄サマが城之内と恋人同士なんだって初めて気付いた時、オレはついにこんな日が来てしまったのかと一人で焦っていたんだ。
その頃の兄サマと城之内は、オレを含めた『三人』で仲良く過ごす事に重点を置いていた。それは城之内が自分の恋愛より『兄サマの幸せ』を最優先としているのが原因で、分かり易く言うと、兄さま自身と弟のオレとそして恋人である城之内…。その三人が一緒じゃないと、兄サマの幸せは成り立たないと考えていたらしい。
それはとても城之内らしい優しい考え方だと思うし、兄サマもそんな城之内の気持ちを嬉しいと思っていたに違い無い。オレだって城之内の気持ちを知った時は、すっげー嬉しいと思った。だけど…他人の気持ちに超鈍感だと思っていた兄サマは、相手を気遣い過ぎる城之内よりも先に大人になってしまっていた。
兄サマとオレと城之内と…三人一緒の幸せは、それはそれはとても心地良い物だったのだろう。でも兄サマは、それだけじゃ満足出来無くなった。
つまり…兄サマはオレを含めた『三人』で仲良くなる事に、限界を感じ始めていたんだ。
コレにはオレも驚いた。そして同時に、いつまでも子供のまま城之内の好意に甘えていた自分を恥じた。何よりも誰よりも兄サマの幸せを願っているようで、その実一番兄サマの幸せを邪魔しているのは、このオレ自身だったからだ。
こうしてオレはその日を境に反省し、二人の幸せを邪魔しないように黙って見守る事にしたんだ。お陰で自分で言うのもちょっとおかしいけど、大分大人として成長出来たように思う。その点に関しては城之内に感謝しなくっちゃなーなんて思う訳だけど、当の城之内はどういう訳か…全く成長出来ていなかった。何て言うか…まぁ…うん…。
「んじゃ、夜も遅くなったし…。オレは帰ろうかなー?」
ほら、まただ。またオレに遠慮して、自分は身を引こうとしている。もうほんっっっとに城之内の馬鹿!! 兄サマのこの悲しそうな顔が見えないのか!!
城之内の気遣いは本当に嬉しいし良い事だとも思うけど、もう少し自分の恋愛に関しては自己主張してもいいんじゃないかって思う。だって恋愛って個人じゃ出来無いし、相手がいるものだろ? その相手が「一緒にして欲しい」って望んでいるのに、その願いを叶えてやれないってどうなんだよ…。
「ち…ちょっと待てよ城之内! オレだってもう子供じゃ無いんだから、そんな事されなくても…」
「だって今日はお前の誕生日じゃんか、モクバ。誕生日くらいは兄貴に一杯甘えろよ。二人っきりの兄弟だろ? いつも通り一緒に寝て貰えよな!」
「あのなぁ…。オレはもう小学生じゃないんだから、別に兄サマと一緒に眠る事に拘ってる訳じゃ無いんだぜぃ? ね? そうだよね、兄サマ」
無理して笑ってオレに遠慮する城之内に、流石に呆れて大きな溜息が出た。気持ちは嬉しいけどせめてもうこんな遠慮は止めて貰おうと思って兄サマに同意を求めたら、兄サマは少し考え込んでしまって…。そして有ろう事か「そ、そうだな。誕生日くらいは子供らしく甘えても良いと思うぞ、モクバ」なんて、城之内の言葉を肯定してしまった。
ダメだ…こりゃ。何なの、この人達は…。
ガックリ項垂れたオレに城之内は「じゃーまた明日なー」なんて手を振りながら、笑顔でそのまま帰ってしまう。代わりに残されたのは、頭上から小さく降って来た溜息だった。兄サマはオレに気付かれないように嘆息したんだろうけど、背が伸びて大分頭の距離が近付いて来たオレの耳には、その吐息がハッキリと聞こえていた。
馬鹿だな…城之内。兄サマにこんな悲しい想いをさせ続けるなら、無理矢理恋人関係を解消させるぞ。でもそんな事したら兄サマ自身が一番悲しむから、間違ってもそんな事はやらないけどな。
こうして城之内は自宅へ帰って行き、酷くガッカリした海馬兄弟は今に至るという訳だ。暗闇の中で頷いた兄サマにオレは安心して、寝返りを打って少しだけ兄サマに近付く。そして「兄サマ、少し話をしよう」と話しかけた。
「話…?」
オレの言葉に兄サマも振り返る。そして暗闇の中、お互いの顔を見合わせた。兄サマがパチパチと瞬きをする度に光る青い瞳が綺麗だなって思った。
小さい頃、この瞳を独り占めしていたのはオレだった。でも今は違う。この青い視線を一番に受けなくちゃいけないのは、オレじゃなくて城之内だ。どうにもアイツはその事を忘れているようだけどな。
「あのね、兄サマ。こうやって誕生日に兄サマと一緒に眠るの、オレ今年で最後にしようと思うんだ」
オレの言葉に兄サマはピクリと反応した。
「それは…どういう事だ? もうオレの事が嫌になったという事か?」
「違うよ。兄サマの事が本当に好きで尊敬してるから、もう止めようって思ったんだ」
面白いなぁー本当に。ていうか、その言葉はオレに言う台詞じゃないでしょう? 城之内に言ってやりなよ、城之内に。
「ねぇ、兄サマ。兄サマも、もう本当は苛ついているんじゃない? あの城之内の態度にさ」
「………。そ、それは…」
あ、口籠もった。ビンゴだね。
やっぱりコレはちゃんと言わないとダメだな。兄サマと城之内の為にも。
「あのね、兄サマ。誤解しないで欲しいんだけど、オレ城之内の事大好きだよ。アイツが兄サマの恋人で本当に良かったって思ってるし、感謝もしているんだ。優しいし、思いやりがあるし、それに兄サマ程じゃないけど結構男らしくて格好良いしね」
「モクバ…」
「でもね、兄サマ。時には優し過ぎる事も問題なんだって教えてあげなくちゃいけないんだ。特に城之内みたいなタイプはね」
「………。アレは…仕方無いのだ…。奴もそれなりに苦労しているし、離れ離れになった妹もいるから余計に…」
「うん。それはオレもよく分かってるよ。でもそれとこれとは別問題でしょ? オレに気遣って兄サマの幸せを無視していいって事は無いじゃんか」
「………っ!?」
「あはは。そんなに驚かないでよ。オレちゃんと知ってるんだ。兄サマが城之内の優しさに困ってるって事はね」
闇の中でも分かる程に目を見開いた兄サマに笑ってみせて、オレはそっと手を伸ばした。そして羽布団から指先だけ出していた兄サマの手をキュッと握る。相変わらず冷たい手…。でもこの手が誰よりも温かい事を、オレはよく知っている。オレ達がまだ小さい頃、泣き虫だったオレを守り、何度も頭を撫でてくれた優しい手…。そして今は、城之内に繋がれている大事な手。
冷たい指先が温まるまで握り締めた後、オレはその手をそっと離した。そしてもう二度と触れないように手を引っ込めてしまう。
「ね? ちゃんと言おうよ。側にいて欲しいって。その優しさが困るんだって、そう言おう」
「モクバ…。だが…オレは…」
「大丈夫、オレもそう言うから。もうオレに気遣う必要なんか無いんだってね」
「違う…。確かに城之内の事もそうなのだが、オレは心配してるのはお前の事で…」
「嘘吐きだね、兄サマ」
「………え?」
困ったな。城之内だけじゃなくて、兄サマまでこんな風にオレに気遣うなんて。城之内の事は他人だからいいけど、兄サマは兄弟なのに…。身内にこんな風に無駄に気を遣われると本当に腹が立つ。
全く…。いつからこの人はこんなに言い訳じみた事を言うようになったんだろう。
「兄サマ、そういうの止めてよ。兄サマまでオレにいらない気遣いする気なの?」
「そ、それは…!」
「オレはもう子供じゃ無いんだよ? 兄サマと城之内に本当に幸せになって貰いたいって、どうして分からないの? 二人揃って何でそんな気遣いばっかりするんだよ。オレ本気で怒るよ?」
「うっ…!!」
ちょっと目線をキツクして睨み付けたら、兄サマは小さく呻って少し首を引っ込めた。コレじゃどっちが兄貴か分からないじゃないか。
兄サマの面白い態度に少し機嫌を良くして、オレは再び口を開く。
「ね…兄サマ。城之内と二人で幸せになりたいんでしょ?」
「………」
「ちゃんと答えて」
「………っ!! な、なりた…い…」
「じゃ、ちゃんと自分で言えるね? 城之内に『もう変な気遣いは止めてくれ』って」
「………」
「返事は?」
「い、言える…」
「うん。良し!」
「だが…お前は…?」
「ん?」
「モクバ…。お前はそれでいいのか…?」
「何言ってるの? それでいいに決まってるじゃない」
兄サマの問い掛けに、オレはクスクスと笑いながら答えてあげた。
「兄サマの幸せがオレの幸せだよ。むしろオレが兄サマの幸せを邪魔してる事が凄く嫌なんだ。だからもう…オレにも幸せにならしてよ? ね、兄サマ」
オレの言葉に兄サマは暫くじっと何かを考えていて…そしてコクリと強く頷いてくれた。
うん、これでいい。これがオレの誕生日だ。兄サマが幸せになる事…それ以上のプレゼントなんか無い。だから…ね、兄サマ。オレの事なんか気にしないで、ちゃんと城之内と幸せになってよね。約束だからね?
最後にそう言ったら、兄サマはほんのり微笑んで頷いた。それを見てオレも安心して、二人でそのまま眠ってしまったんだ。
次の日の朝、随分と爽やかな気分でオレ達は目を覚ました。朝風呂に入る兄サマを残して一人でリビングに降りていったら、ソファーの背から見えている金髪に驚いた。
だってまだ朝の七時だぜ? 昨晩「また明日なー」なんて言ってたから今日来るとは思ってたけど…、いくら何でも早過ぎじゃない?
「城之内…。こんな朝っぱらから何やってんだぜぃ…?」
呆れた声で名前を呼んだら、その金髪頭がビクリと跳ね上がった。そしてソロソロと振り返る。目に入ってきたその顔は、微妙に焦って歪んでいた。
「よ…よぉ、モクバ。おはよう…!」
「おはよう、城之内。今日はまた早いな…」
「あ、あぁ。お前の誕生日の次の日だしな! たまには一緒に朝ご飯でも…と思って…」
「朝ご飯なら、いつも一緒に食べてるじゃんか。お前が兄サマのところに泊まりに来た時は、朝ご飯抜きで帰った事なんて無い癖に」
「それは…そうなんだけど…」
城之内はアハハ…と笑いながら、ポリポリと鼻の頭を掻いている。何だか微妙に冷や汗も流しているようだ。そんな城之内のおかしな態度に、オレはピンと来たものがあった。
ははーん…なるほどね。何だ、城之内もそうだったんじゃないか。
「何? 兄サマがオレに襲われてないか、心配になってこんなに朝早く来たの?」
試しにカマを掛けてみたら、城之内は面白いほどビクリと大きく跳ね上がった。
…相変わらず分かり易い奴だなぁ…。せっかくだから遊んでみよう。
「オレも中学三年生だしな。来年には高校生だし、もう余裕ぶってもられないよなー」
「うっ………!!」
ニヤニヤしながらからかったら、城之内は分かり易い程に顔色を変えてオレの事を凝視していた。
「大分身長も伸びたしなー。力だけなら兄サマ以上はあるしね。ベッドに押さえ付けるのも簡単だよなー」
「モ、モクバ…! お前、大人をからかうのもいい加減にしろって!」
「冗談じゃなかったら、どうするつもり? オレが本当に兄サマを襲ってたら、城之内はどうするの?」
「どうするも何も…お前等は兄弟じゃないか…。だから…」
「だからオレが兄サマを襲わないとでも?」
「うぅっ………」
「でも城之内はそれが気になって、こんなに朝早く来たんじゃないの?」
「………っ」
「心配だったんでしょ? 兄サマの事が」
「そ…それは…」
「そんなに心配なんだったら、もう二度と兄サマとオレを一緒に寝かしつけるような事言わないでよね」
オレの言葉に城之内はハッと顔を上げた。うん、いいね。実にいい表情してる。
「詳しい事は、後で兄サマが自分で言うだろうけどさ。オレも兄サマもそろそろ限界を感じてるんだよ」
「限界…?」
「そ。城之内のその優しさにね。いい加減にして欲しいって思ってる」
「………そ…うだった…のか…」
「だからね、城之内。ちゃんと兄サマを愛してあげてよ。城之内は兄サマの恋人でしょう? オレの恋人な訳じゃ無いでしょう? だったらちゃんと兄サマの相手をしてあげないと」
「モクバ…」
オレの言葉に城之内が神妙な顔で項垂れるのと、兄サマがリビングに顔を出したのはほぼ同時だった。きっとこれから長い話し合いが行なわれると思うけど、オレは全く心配していなかった。だってあの二人の間には、決して揺らがない愛があるからな! …なーんて思っちゃったりして。愛だってさ…ちょっと恥ずかしいな。オレもまだまだ甘いぜぃ!
それにしても困った兄達だなーなんてオレは思う。
あの日、織姫と彦星の…兄サマと城之内の間に掛かる橋になろうと決意した数年前の誕生日から、オレの苦労は絶える事は無かった。だけどそんな苦労も幸せの内だと思えるから、これでいいんだよなって感じる。
大人になるって、本当に良い事だよな!
背後で繰り広げられる議論を耳にしながら、また一つ大人になったオレはそんな事を考えて…とてもとても幸せだと思っていた。