Text - 短編 - Kiss&Kiss

城之内×海馬。城之内の一人称。
『鎮魂歌(前編)(後編)』や『ブランチ』と同じ世界観の、結婚(形だけですが…)をしている城海のお話です。
幸せまったりな二人をどうぞ~(´∀`)

 




 疲れ切ってボロボロになって目の下に真っ黒な隈を作っている海馬を抱き締めてマッサージを施し、顔や身体のあちこちにキスの雨を降らしリラックスさせるのは、間違い無くオレの役目の筈だった。オレは海馬を癒せる自分を誇りに思っていたし、海馬だってオレに癒される事を気に入っている。だからこの関係性はずっと変わらないと…そう思っていた筈だったのに。

「いって…」

 ベッドの中で寝返りを打って、突如ピリリと感じた背中の痛みにオレはビクリと反応した。慌てて手を背中に回してピリピリと痛む場所を指先で撫でる。
 今日は夕方くらいからずっとこんな感じだ。激痛では無いんだけど、何とも言えない鋭い痛みが気になって仕方が無い。酷い痛みでは無いけれど、放置出来る痛みでも無くて…。オレはさっきから何度もこうやって、指先で背中を撫でていた。

「城之内?」

 身体を横に向けてパジャマの上から背中を擦っていたら、反対側に寝ていた海馬がモゾリと動いてオレの名を呼んだ。背中を向けているから分からないけど、掛け布団が動いた気配から、どうやら上半身を起き上がらせてオレの事を見ているらしい。

「どうした? 背中が痛いのか?」
「うん…。ちょっと…な」

 ベッドヘッドのランプを点けて、海馬が心配そうにオレの顔を覗き込んできた。目に入ってきたその顔は、いつもと違って健康そうに見える。
 ここ最近、海馬コーポレーションの方の仕事は至極安定していた。社長業を続けている海馬も今までのような無理な仕事ぶりはせず、いつも余裕を持って帰って来てくれる。その所為か、海馬の体調は随分と回復していた。顔色も凄く良い。
 対してオレは…何故だかとても仕事が忙しくなった。毎晩午前様になる事も珍しい事じゃ無くなって、せっかく海馬が早くに帰って来てくれてるっていうのに、ゆっくり顔を見る暇も無い。
 疲れてクタクタになってマンションに帰って来て、海馬が用意してくれていた夕飯を食べて、風呂に入ってベッドに直行。勿論セックスする時間も余裕も無くて、朝までぐっすり。で、朝起きたら短い会話を交わして、二人別々に会社に行くと…。そんな毎日がずっと続いていた。
 別にセックスしたいって思ってる訳じゃ無い。
 海馬と形だけの『結婚』をしてから数年。お互いの左手の薬指に揃いのプラチナリングを嵌め、同じマンションに暮らし、それなりに『夫婦』として仲良くやって来た。一緒の空間にいられるという安心感がオレと海馬を充たしている。昔ほど身体の関係を必死に求める事も無くなって、オレはそれでも心から幸せだと思っているし、海馬も同じように思っているって事をちゃんと知っている。だから別に無理してセックスしようとは思わないし、必要も感じないけどさ…。
 でも、このすれ違いばかりの生活は、やっぱりちょっと寂しいって思うんだ。でも仕事だし、どうにもならないし…というジレンマばかりが募って行く。

「っ…! いってーな…もう」
「城之内…?」

 そんな悩みを抱え忙しい毎日を送っていたオレだったんだけど、遂に身体の方にも影響が出てくるようになってきた。
 最初は酷い肩凝り、そして腰痛。毎日ちゃんと風呂に入って湯船の中で揉み解しても、肩は硬くなっていくばかりだった。そしてその肩凝りで血行が滞り、目眩と頭痛がするようになってきた。それも何とか誤魔化しつつも仕事をしていたのだが、遂に今日謎の痛みが背中に走ったという訳だ。
 ピリピリと何か尖った物に突かれているような痛みは辛い。何度そこを擦っても、痛みは内側からやってくる。

「いてて…」
「どうした…城之内。背中がどうかしたのか?」
「さっきから何か痛いんだよ。ちょっと見てくれる?」
「あぁ」

 オレが背中を擦っていたら、流石に心配したらしい海馬が完全にベッドの上で起き上がって、オレの背中に手を当てた。そしてパジャマを項の辺りまで捲り上げる。

「どの辺が痛いのだ?」
「左肩胛骨の…すぐ下辺り」
「ふむ…。傷か湿疹か何かが出来ていると思ったのだが…何も無いぞ?」
「え…? そんな筈は無いんだけどなぁ…。すっげーピリピリして痛いんだよ」
「どれ…ここか?」
「ん…もうちょっと上…」
「ここ?」
「もうちょっと左…」
「ではここか?」
「ぐっ…!? いってえええ!!」

 海馬の指先がその一点を押した時、想像もしなかった激痛がオレを直撃した。他のところは大した事無いのに、その場所だけがまるで神経が剥き出しになっているかのような痛みを感じる。途端に暴れ出したオレを体重を掛けて押さえ付けながら、海馬は至極冷静に「ふむ」と言って頷いた。

「神経痛だな」
「神経痛…?」

 余りに酷い痛みで涙目になって見上げれば、海馬はクスッと微笑んで今度はその場所を優しく撫で始めた。痛みはまだ感じるけれど、さっき感じた程じゃ無い。

「城之内…。お前ここのところずっと忙しくしていたから、身体のあちこちが凝っているのでは無いか?」
「う…うん。肩とか首とか…凄いけど。それが何かあるのか?」
「その所為だ。血行が悪くて神経が圧迫されているのだろうな」
「あぁ…なるほどね…」
「自分では分かっていないだろうが、背中が冷たくなっているぞ。どれ…少し揉んでやるから、俯せになれ」

 そう言って海馬はオレの身体を俯せにすると、オレの背中全体に両手を当ててマッサージし始めた。背中から腰へ、腰から背中へ。そして更に上に移動して、肩や首筋も揉んでくれる。途端に背面全体がポッと暖かくなって気持ち良くなってきた。
 このマッサージは、いつもはオレが海馬にやってあげているものだ。風呂上がりに疲れ切った身体をベッドに横たえて、こうやって背中や肩や首を揉んでやると、海馬はリラックスしてやがてゆっくりと眠りに落ちていく。
 いつもはオレがやって上げている方だから分からなかったけれど、やられる立場になってみると、予想以上にこのマッサージが気持ちいい事が分かって幸せな気分になった。

「う~…気持ちいい…」
「そうか」

 枕に顔を埋めて素直な感想を吐き出したら、頭上から随分と嬉しそうな海馬の声が返って来た。
 その声を聞いてオレも思い出した。疲れた海馬にこうやってマッサージしてやって、コイツがリラックスして気持ち良さそうにウトウトするのを見てるのが本当に嬉しく感じていた事を。

「やって貰うと…やっぱ気持ちいいな」
「そうだろう。オレもいつもそう思っているぞ」
「え? マジで?」
「何故疑うのだ。気持ち悪いとか止めろとか…そんな事一度も言った事は無いだろう?」
「あ…そりゃそうだけどさぁ…」

 海馬はいつも何も言わない。勿論気持ち悪がっているとは思って無い。だって気持ちいいのなんて顔見てりゃ分かるし。
 でも、そっかー。お前もちゃんとそういう風に思っててくれたんだな。
 そういう海馬の気持ちが分かっただけでも嬉しいし、充分だと思う。

「ありがと。もういいよ」
「もう…いいのか?」
「うん。背中熱くなって来たし」

 海馬に探り当てられたあの一点はまだ痛かったけれど、ピリピリする痛みは大分マシになった。笑顔で振り返りつつそう言ったら、海馬は少し考え込むようにしてオレの顔をじっと覗き込んでくる。そして徐ろに両頬に手を当てられ、今度はゆっくりと顔が近付いて来た。唇に柔らかい感触を受けつつ、オレはそっと瞼を閉じる。

 そっか…。それもしてくれるんだ…海馬。

 マッサージを終えた後に顔や首筋や胸元等、とにかく色んな場所に軽いキスを落として相手を安心させるのも、オレが良くやるリラックス方法の内の一つだった。別に深い性的接触は一切無い。ただ繰り返し何度もキスをするだけだ。優しい接触を繰り返していく内に、キスをする方もされる方もとろとろに良い気分になって来て、やがて安心しきってその後はぐっすり眠る事が出来る。
 だからオレは海馬によくキスの雨を降らせてあげてたんだけど、まさか自分がそれを受ける事になるとは思わなかった。

「ん…海馬…」
「くすぐったいか?」
「いや、全然平気。もっとやって」

 ふぅ…と気持ち良く息を吐き出しながら、降ってくる唇を受け止める。
 最初オレの唇に落ちてきたそれは、少し移動して唇の端へ、そして頬へ。こめかみに押し付けられたと思ったら、今度は閉じられた瞼の上に降って来て、そのまま前髪を掻き上げられて額にもキスをされる。
 海馬の唇の柔らかい感触に夢中になる。キスってこんなに気持ち良くって安心するものだって事を、改めて知った気分だった。
 額から今度は顔の反対側にも同じようにキスをされ、顎の先をちろりと舐められ唇は首筋に移動してくる。髪の生え際や喉元にそれはやってきて、ちゅっという軽い音と共に離れて行く。そして仰向けに寝転がっている所為で目立っている喉仏にも辿り着いて、キスでは無くそこを舌先でペロリと舐められた。唾液に濡れてひやりと感じた喉仏を、唇全体で押し包まれて軽く吸われる。

「うっ…。ちょ…海馬…っ」

 そんな事されたら別の場所が元気になるじゃないか…と思ったけど、残念な事に疲労困憊の身体は大人しいままだった。

「ちぇっ…惜しいな。今度は疲れて無い時にそれやって欲しいんだけど」
「馬鹿言うな。貴様が疲れてヤル気が無いからやっているのだ」
「ですよねー…」

 いつもはムカッとする海馬の強がりも、今日は何にも感じない。それどころか何か幸せに感じる。
 海馬を好きな事に関しては…本当に重傷なんだな、オレ。

「あー気持ちいいな」
「…そうか。それならばいいのだ」
「眠くなってきた…」
「眠いのなら、そのまま寝てしまえばいい」
「うん…寝るわ…」
「腕枕してやろうか?」
「いいの?」
「いつもして貰っているからな。たまにはいいだろう」

 何だか妙に嬉しそうに笑って、海馬は自分の腕を伸ばしてオレの頭をその上に載せてくれた。いつもだったら『夫婦』の立場上情けない姿は見せられないと思っているオレだけど、今日ばかりは素直に従ってしまう。少し硬い腕の上に頭を載せたまま海馬に擦り寄ったら、海馬の腕がそっとオレを抱き寄せてくれた。顔を埋めた場所が海馬の脇の下から胸にかけての部分だった為、オレしか知らない海馬のいい香りが鼻孔を擽ってくる。それに至極安心して、オレは重い瞼をそっと閉じた。



 それからいつ眠りに落ちたのか…オレは全く覚えていない。気が付いたら朝になっていて、隣には少し微笑んでいるかのような寝顔の海馬がぐっすりと眠っているのが目に入ってきた。
 何となく…本当に何となく、幸せってこういう事なんだろうなって事を思う。
 海馬と激しく愛し合っている時も、勿論幸せだなって思うんだけどさ。でもたまにはこういうノンビリした幸せもいいんじゃないかって思うんだ。

「ありがと、海馬。お陰で今日も頑張れそうだ」

 そう言って薄く開いた唇にキスを落としたら、閉じていた瞼がゆっくりと持ち上がって澄んだ青い瞳がオレを見た。そしてニッコリと微笑まれて「オレもだ…城之内」と返される。
 お互いに寝起きの少し掠れた声で愛を囁き合い、キスを交わす。

 それがオレ達の幸せなんだと…そう思った。