自分はもう風呂に入っていたので先に寝室のベッドに腰掛けて待ち、オレは海馬が風呂から上がってくるのを今か今かと待っていた。
海馬とこういう関係になるのはずっと望んでいた事ではあったけど、いざそれが叶うとなると、何だか落ち着かなくてソワソワする。それでも何とか自分を落ち着かせて、ベッドの端に腰掛けたままじっと待っていると、カチャリ…と寝室のドアが開いた音に気付いた。
今のオレの目にはハッキリとは分らないけど、海馬は今、オレが貸したパジャマを着ている筈だ。つい先日購入したばかりでまだ袖を通して無かったから、丁度良いと思って海馬の着替えに用意してあげたんだ。
海馬の白い肌に落ち着いた紺色のパジャマが身に纏われている。ボンヤリとした視界でも、良く似合っていると思った。
落ち着いた様子で海馬はオレの側まで歩み寄って来て、そのままポスンとオレの隣に腰掛ける。そしてオレの身体に寄り掛かって、優しく抱き締めてくれた。風呂上がりの温かい体温がじんわりと伝わって来て、物凄く心地が良い。
「ゴメンな…海馬。無理させてないか?」
オレの質問に、海馬はフルリと首を横に振って答えた。だけどオレは気付いていた。オレの事を抱き締めてくれているその腕が、微かに震えている事に…。
あぁ、そりゃそうだ。怖く無い筈無いんだ。お互いに何も言ってはいないけど、海馬は多分、自分が『抱かれる』立場だという事を知っていたのだろう。オレも最初からそのつもりだったり、海馬も一年の付き合いで自然とそれを理解したに違い無い。
男が男に抱かれる事に、抵抗が無い筈が無い。それはいくらお互いの事が好きであっても、仕方の無い事だと思う。でも海馬は覚悟してくれた。オレの為に…覚悟を決めて自ら一歩を踏み出してくれたんだ。
「なるべく…優しくするから…」
「あぁ」
そっと肩を押してベッドに押し倒して、温かい身体をギュッと強く抱き締めた。オレの背中に海馬の手がそろそろと上がって来て、パジャマ代わりに着ていたTシャツをキュッ…と掴まれる。その感触を確認しつつ、オレは海馬の着ているパジャマを脱がすべく、前面のボタンを一つずつゆっくりと外し始めた。
「じ…城之内…っ」
二つ三つと外していって、最後のボタンに手を掛けた時。突然海馬の口から、動揺したような声が上がる。その声に「ん? どした?」と反応すると、海馬は何故かモゾモゾと身を捩り出した。
「あ、明かりを…っ」
「明かり?」
「電気を…消してくれ…」
「あぁ…電気かぁー」
海馬の言葉を聞いて、オレは漸く合点がいった。
今この寝室は、煌々とした明かりが付いたままになっている。これから初めてのセックスをするのに、確かに部屋が明るいままじゃ落ち着かないのだろう。…うん、それは分る。よく分るよ。でもオレは、電気を消すつもりは無かった。
「ゴメンな。お前には悪いけど…明るいままでさせて?」
そう言うと、組み敷いていた海馬の身体がビクリと震えた。やっぱりちょっとショックだったんだろうな。
「電気付いてると恥ずかしいってのは分るけどさ、暗くしちゃうとオレの目じゃお前の姿が見えなくなっちゃうんだよ…」
「っ………」
「本当にゴメンな。でも今回ばかりはこのままやらせてくれ。お前の姿をちゃんとこの目で見ておきたいんだ」
海馬が嫌がっているのは分るけど、今回ばっかりは譲れない。そのつもりで殆ど見えない目でじっと海馬の顔を見詰めると、暫くしてからふーっと大きな溜息の音が聞こえてきた。同時に、少し強ばっていた海馬の身体から力が抜けていく。
「仕方無いな…」
「ゴメンな。悪いとは思ってるんだけど…」
「気にするな。こんな事、大した事では無い」
「うん、それと…。出来れば声を我慢したりしないでくれないかな? 感じたまま声出してくれる?」
「はっ? な、なんだと…!? 何を言っているんだ貴様は…!!」
「いや、何かお前、セックスの時に声我慢したりしそうじゃん…!」
「したりしそうって…当たり前だろう!!」
「恥ずかしいのは分るけど、頼むよ…。目が見えてれば、お前の顔を見て判断出来るんだけどさ。今のオレにはそれが出来無いから…」
「判断…だと? 一体何を判断するというのだ…!」
「何って…ほら。お前が辛そうだなぁーとか苦しそうだなぁーとか、普通はそういうのを見て判断して、先に進むか暫く待つか決めたりするんだよ」
「なっ…!? な、な、な…っ」
「だけど今のオレの目は殆ど役に立ってくれてないから、そういう大事なお前の顔が見えない。顔が見えなければ、判断も出来無い。だから表情の代わりに、お前の声で判断するしか無いんだ」
「………っ!」
「という訳で声を我慢したりしないで欲しいんだよ。お前とセックスしたいのは山々だけど、独り善がりのセックスだけはしたくないんだ」
なるべく真剣に自分の気持ちを伝えると、海馬はまた大きな溜息を吐いて、だけど次の瞬間にクックッと笑い出した。押さえ付けている肩が笑い声に合わせて大きく震えている。
ヤバイ。ちょっと無理させ過ぎておかしくなっちゃったんだろうか…?
そうオレが心配していると、海馬は最後にはぁーと大きく息を吐き出して笑いを収めた。
「そうだな…。お前はそういう奴だった…」
「へ?」
「いつだって自分に素直な癖に、相手を気遣う事を忘れもしない。いっその事何でも自分勝手にしてくれれば、こちらも気が楽なのにな…」
「海馬…?」
「だが、そこがお前の良い所でもあり、オレが惚れたところでもあるのだろうな…。全く…こんな時にまで、どこまでお前はオレを翻弄するつもりだ」
「え…? それって…どういう…」
海馬は今、両手で自分の顔を覆ってじっとしている。その表情が見えなくても、海馬が物凄く恥ずかしがっている事はオレにもちゃんと伝わって来た。
そりゃ初めてのセックスなのに、電気も消さず、しかも声も出せとか言われたら、恥ずかしくて堪らなくなるだろう。だけど海馬から伝わってくる雰囲気に、オレを拒否するような物は一切無かった。
恥ずかしいけれど、ちゃんとオレを受け入れようとする覚悟が分る。見えなくても、肌で感じる事が出来た。
「本当に…優しくするから…。だから身体の力抜いてリラックスしててくれよ。な?」
その姿に心からの愛しさを感じ、オレは海馬の耳元でボソリと呟く。その声に海馬がコクリと頷いたのを感じて、オレは遠慮なくパジャマの最後のボタンを外し、紺色のパジャマを肌蹴させていった。
明るい光の下で、白い身体が艶めかしく蠢く。オレが触れる度にその肌は仄かな紅色に染まり、その様でオレはますます興奮してしまった。
綺麗だった。本当に綺麗だったんだ。今や何一つ身に纏う物もなく、白い全裸を惜しげも無くオレに晒している海馬が、本当に溜息を吐くくらい綺麗だと思った。
「うっ…あ…はぅ…っ!」
今は先程海馬が出した精液を指に絡めて、じっくりと内部を慣らしている状態だ。最初は痛がって呻いていた海馬も、今は素直に喘いでくれている。見えなくても声に艶があるから、ちゃんと分るんだよな。
オレの指先で海馬が感じてくれている事が、何よりも嬉しかった。
「海馬…気持ちいい?」
温かい体内を指先で丁寧に馴染ませながら、熱っぽく囁いてみる。特に意識した訳じゃ無いんだけど、興奮して掠れた声が出て、自分でも驚いた。
オレの質問に海馬は少しだけ身を強ばらせて、フルリと腰を震わせながら口を開いた。
「そ…な…事…。聞くな…馬鹿が…!」
まるで泣く寸前のように熱に浮かれて震える声。その声を聞いているだけで、ますます興奮してきて身体が熱くなっていく。荒くなる息をゴクリと生唾ごと飲み込んで、指先に触れたコリッと硬いしこりを何度も撫でて刺激する。その度に海馬は甲高く喘いで、ビクンビクンと身体を大きく痙攣させていた。
「教えてよ。無理させたくないんだ」
「や…ぁ…! 無理…なんか…して…な…い…!」
「本当に? 大丈夫?」
「うぁ…! ひっ…あぁっ!」
「ここ? ここが気持ちいいんだ?」
「あっ…あ、あ、あ! んっ…あぁ…っ!」
「気持ちいいの? それとも…よくない?」
「っ…あ…! きも…ち…いいっ…!」
「ありがと」
やっと素直に答えてくれた海馬に微笑みかけて、オレは温かな体内から指を引き抜いた。抜く瞬間も纏わり付く熱い肉の襞を名残惜しく思いながら、海馬の細い足を抱えあげて後孔にペニスの先端を押し付ける。
クチュリ…と濡れた音が響いて、その音のいやらしさと快感に背筋がゾクリと震えた。
「挿れるよ…」
「ひぁっ…!! いっ…あぁぁ…っ!!」
一旦息を止めて、神経を集中させてぐっと海馬の中に押し入る。その途端、海馬がオレの腕に強くしがみつき、キリキリと爪を立てながら悲鳴を上げた。引き攣る白い身体を宥めつつ、ゆっくりと、自身を馴染ませるように海馬の体内にペニスを埋めていく。その度に海馬が苦しそうに呻くのが、何だか可哀想だった。
「ゴメンな…。痛いよな…。どうしても苦しかったらやめるけど…」
余りに辛そうな声を出すもんだから、オレも本当にこのまま続けて良いのかどうか、自信が無くなって来てしまった。手探りで汗ばんだ栗色の髪を梳き、前髪を掻き上げてじっとりと汗に濡れた額を撫でる。そのまま頬に移動しようとして、そこが熱い涙で濡れそぼっている事に気付いた。
指先で涙を拭い取ってやりながら、オレは深く後悔した。どんなに声で判断しようとしても、やっぱり目で見る情報には勝てないんだ。海馬がどれだけ甘く喘いでくれていても、こんなに泣かせちゃ意味が無い。
顔を近付けてしょっぱい涙をペロペロと舐めてから、オレはコツンと額同士をぶつけてそのままボソリと言葉を放った。
「海馬…ゴメン。泣かせちゃったな。やっぱ抜くよ…」
「嫌…だ…!」
「うん。だから今抜いてあげるから、大人しくしてて…」
「違う…! 抜かなくて…いい…!!」
オレが身を引こうとすると、腰に海馬の長い足が絡まってオレの動きを止めてしまった。
「いいから…このまま続けろ…!」
「で、でも…お前…」
「泣いたのでは…無い…! これは…この涙は…勝手に流れ出てきただけだ…!!」
そう言いながら、海馬はヒックヒックとしゃくり上げている。だけど、どうやら本気でオレの事が嫌だったり、行為自体を拒否して泣いている訳では無い事だけは分った。
しなやかな腕がオレの背に回り、まるで逃がさないぞとでも言うように強く強く抱き締めてくる。このままオレに抱かれたいという海馬の気持ちが、こっちにまで伝わって来た。
「うん、分った。ゴメンな? このまま続けるからな」
最早今日何度目か分らない謝罪をすると、ふっ…と海馬が笑った雰囲気が伝わって来た。汗まみれの身体をお互いにピッタリと合わせて、愛しさを込めて抱き締め合う。そしてオレは海馬の身体の奥を、力強く穿った。
視力が利かなくなり、逆に感覚が鋭くなったオレの耳には、それからもずっと海馬の鳴き声が離れなかった。まるでしゃっくりあげるように何度も甘く喘ぎ、海馬はその後、オレに抱かれながら何度も達して気を失った。
オレの腕の中で艶やかに踊り狂った美しい白い身体を、オレは生涯忘れる事は無いだろう。
「ありがとな…海馬。一生の思い出になった」
腕の中で眠る海馬の頬に口付け、そう小さく囁けば、ぼんやりとした視界の中で海馬がうっすら目を開けたのが見えた。澄んだ綺麗な青い瞳だけは、妙にハッキリと認識出来る。
「馬鹿が…。手術を受ければ、もっとハッキリ見る事が出来るのだぞ」
「海馬…」
オレの身体に擦り寄りながら、海馬が掠れた声でそんな事を言ってくれた。
「オレは信じている。お前の手術が必ず上手く行くと…信じている。だから自信を持って行って来い」
「うん…うん」
「待っているからな…城之内」
「うん、ありがと…。本当にありがとう…!」
もしかしたら見納めになるかもしれない、海馬の白く細いしなやかな身体。その身体を充分に味わって、オレは勇気を貰った。
大丈夫だ。もう何も怖く無い。胸を張って堂々と、手術に立ち向かえる事が出来る。
眠る為に明かりを落とし、今や温かい熱しか感じられなくなった海馬の身体を抱き締めて、オレはゆっくりと眠る事にした。
今は…今だけは、難しい事は何も考えずに愛しい人の体温だけを感じて眠りたい。でも明日の朝目覚めたら、オレはきっちりと気持ちを切り替えるだろう。それが自分と…そして海馬が幸せになる道だと確信していたのだった。