*無限の黄昏 幽玄の月(完結) - 黄昏の入り口 - *春宵(前編)

『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編になります。
エンディングで一緒に暮らす事を決めた城海の、引っ越し直後の物語です。
本編とは打って変わって、幸せ一杯の城海をご堪能下さいませ~(´∀`)

 




 黒龍町の街外れに小さな一軒家が建っていた。大きな通りから田んぼと畑の間の小道を進み、脇にある雑木林沿いに先に進むとその家は見えて来る。背後には竹林があり、畑の向こうに大家も含めた何件かの家が見えるだけような、そんなのんびりとした場所だった。
 一階は2LDK。二階には四畳半の部屋が一つしか無い。猫の額のような小さな庭の垣根には椿の木が植えられており、門の脇には沈丁花も生えている。東北の方向には金木犀の木が二本。南側には腰丈ほどの紫陽花の木が一本。庭の中では無いが、小道の向こう側にある雑木林には大きな山桜の木が一本有り、反対側の畑の端には梅の木が三本植えられていた。
 今は春先。椿も梅も終わってしまい、咲いている花は門の脇に生えている沈丁花だけだ。贖罪の神域で過ごしたマヨイガのように、全ての花が咲き誇っている訳では無い。けれど、海馬はそれをとても美しいと思っていた。
 確かに、季節の様々な花が咲き乱れる風景は幻想的で美しかったと思う。だが、どうしても違和感を感じ、心から季節の移り変わりを喜ぶ事が出来なかった。そして現世に還って来た時に、その事を痛烈に感じさせられたのである。
 日々少しずつ移り変わっていく季節をその肌で感じ、次々と違う表情を見せる花々を愛でる事こそが幸せだと感じたのだ。何故ならばそれは見えない時間の流れを知り、自分がちゃんと生きているという事を心から感じる事が出来るからである。

「これで何とか片付いたな」

 マヨイガに良く似た小さな家と、そして季節の花々に囲まれたこの家を、海馬は一目で気に入った。大きな通りからも離れた立地はとても静かで、現世での人工的な音に敏感な城之内の為にも良いと思ったのだ。城之内自身もこの家を大層気に入ってくれて、二人は早速引っ越し準備に入った。
 三月後半の連休を使って、身内の手を借り簡単な引っ越しを済ませてしまう。どうせ小さな家の事。大した家具は入らないので本当に必要な物だけ揃える事にした。結果、後片付けもあっという間に終わってしまって、二人は今この家での初めての夕食を摂っている処だった。
 引越祝いに漠良から贈られた真新しいダイニングテーブルの上で、向かい合わせで物を食べる。こんなシチュエーションは初めての事で、海馬はどことなく居心地の悪さを感じていた。

「店屋物で悪かったな」

 場の空気を和ませようと、馴染みの店に頼んだ引っ越し蕎麦を啜りながらそう言えば、向かいに座っている城之内が慌てて首を横に振った。

「いや、いいよ。今日は忙しかったし。それにオレ、この店の蕎麦大好きなんだ。本家にいた時もよく食ってたんだぜ」
「蕎麦…好きなのか?」
「う~ん。好きかって言われれば好きなんだろうけど。だって美味いじゃんコレ」
「そうか? 普通だと思うが」
「お前はこっちで生まれ育ってるから、舌が肥えてるんだよ。オレが生まれた時代はさ、こんな美味い蕎麦なんて食えなかったんだ。食えてももっとイガイガした蕎麦掻きみたいなもんだけだったし。それでもご馳走だったんだけどな」
「そ…そうか…」
「この時代は平和でいいよな。誰も飢える事も無いし凍える事も無い。ただ、空気や水が汚れてるのには参ったけど」

 そう言ってズルズルと美味しそうに蕎麦を啜り、城之内は幸せそうにしていた。その姿を眺めながら、海馬は今更ながらに彼が現代の人間では無い事を知る。この三年間で大分現世に慣れて来たとは言え、城之内にはまだ問題が山積みなのは間違い無い。彼はまだこの黒龍町という小さな街の中だけでしか動き回れず、現代人なら普通に出来る事も未だに不慣れだったりするのだ。
 だが、一つ一つ確実に学んでいく城之内の姿勢には、海馬も感心しているのだ。だから城之内を支えてあげたいと思うし、一緒に暮らすという覚悟も決めたのだった。

「ご馳走様」

 最後の一本までも綺麗に食べて両手を合わせる城之内に、海馬も同じようにして微笑んだ。
 今日からこの男と共に暮らしていくのだという意識が急激に強くなる。大変だろうが、それもまた幸せだと…心から感じていたのだった。



 食事を済ませ風呂に入り、二人は居間の脇の寝室に布団を並べて敷いた。二つ並んだ枕を見てますます同居しているんだという意識が強くなってくる。
 贖罪の神域ではずっと二人で過ごして来たものの、同じ部屋で眠りに就くという事は無かった。あの頃よりも、もっとずっと近い空間にいる事に今更ながらに緊張してくる。
 湯上がりの乾いた喉に冷たい水を流し込みながら寝室に赴くと、海馬の心配を他所に、先に風呂から上がっていた城之内は布団の上に何かを広げていた。部屋の隅に丸めて放り投げられている包装紙から、それらの品物がプレゼントだという事だけは分かったが…。

「何をしている…?」

 眼前に広がる光景に、海馬は思わず間の抜けた声で城之内に問い掛けた。その問いに応えもせず「う~ん…」と唸りながら首を捻っている城之内を見ながら、あちこちに放置されている紙くずを拾ってゴミ箱に捨てる。

「こら。ゴミはゴミ箱に捨てないとダメだろう」
「ゴ…ゴメン! 後で捨てようと思ったんだ」

 慌てて他の小さなゴミを拾って纏めている城之内にクスリと笑って、海馬は彼の目の前に座り込んだ。そして少しだけ真面目な声で口を開く。

「なぁ、克也。少し聞いても良いか?」
「ん? 何?」
「お前…どの程度一人で出来るんだ?」

 主語が抜けた会話ではあったが、城之内にはちゃんと伝わったらしい。彼は天井を見上げながら暫く考えて、そして視線を戻して言葉を放った。

「えーと…洗濯機は使えるぜ。全自動の奴な。洗剤の量も間違わなくなったし。あと掃除機もかけられる。それから炊飯器で御飯も炊けるかな」
「結構出来るようになっているのだな…」
「これでも頑張ってるんだぜ? 皿洗いや風呂掃除なんかも普通に出来る。洗剤の見分けも付くようになったし。あとはガスコンロや電子レンジも使えるようになった。ただ電子レンジの場合は、時間を設定するとかの細かい操作はまだ無理だけどな。ボタン一つで温めるだけしか出来ない」
「まぁ…その辺はおいおい覚えて貰うとするか。そういや風呂は…? お前、シャワー使えなかっただろう」
「そんな事ないぜ。今はもうちゃんと使えるようになってる」
「ふむ。それだけ出来れば充分だな」
「あ、それから、テレビやラジオのチャンネルは完璧に変えられるようになった!!」
「………。まったく…そんな下らない事ばかり覚えおって…」

 呆れた声を出しながらも、海馬は城之内の成長を嬉しく思っていた。それと同時に城之内の順応性の高さに感心する。
 海馬自身は、城之内が現世に慣れるまではもっと時間が掛かるだろうと心配していたのだ。下手をすれば十年…いやそれ以上掛かるのも当然だと思っていたのである。ところが城之内は予想以上の成長を見せ、ある程度の事は一人でも問題無く出来るようになっていた。これは海馬にしてみれば、嬉しい意味で予想外の出来事であった。
 この先もこの愛しい男と共に平穏無事に過ごしていけるだろうという事に安心しながら、目の前の城之内をじっと見詰める。すると、その視線に気付いた城之内が不思議そうな顔をして海馬の事を見返した。

「なぁ…瀬人。オレも大分この世界に慣れて来たと思ってるけどさ…。それでもまだ分からない事があるんだ。教えてくれないか?」

 困ったように眉根を寄せ後頭部をガシガシと掻く城之内に、海馬は「ふむ…」と首を傾げてみせた。

「一体何が分からないのだ?」
「うん…。コレなんだけどさ…」
「何だそれは?」
「遊戯からの引越祝いだよ。これからも瀬人と仲良く過ごしていけるようにって貰ったんだ」

 実は城之内と遊戯の二人は、海馬の知らない内にいつの間にか大の親友同士になっていた。遊戯が自分に片恋していた事を知っていた海馬は、城之内と遊戯との関係をとても心配していたのである。仲良くなるのは無理でも、せめて喧嘩等はしないで欲しいと願っていたのだが…。ところがそんな海馬の心配を他所に二人はすっかり意気投合してしまって、あっという間に親友になっていたのである。今では海馬を抜きにして、二人だけで遊びに出掛ける事もちょくちょくあるくらいだ。
 そんな遊戯が親友の城之内に何を贈ったのかと、海馬も気になって仕方無かった。

「何を貰ったんだ?」

 好奇心の赴くままにそう尋ねてみれば、城之内は「コレなんだけどな」と言ってプレゼントの箱の中をゴソゴソと探っていた。どうやら大きめの箱の中に、何だか色々と入っているらしい。そしてややあって城之内が取り出したのは…小さな長方形の箱だった。
 そのパッケージを見た瞬間に、海馬の頭に嫌な予感が過ぎる。そしてその予感通りに城之内が中から取り出して見せたのは…曰くコンドームと呼ばれる代物だった。丸い輪っかが浮き出ているフィルムが数珠つなぎになっており、城之内はそれをビロビロと引っ張り出してみせる。

「なぁ…瀬人。これ何に使うんだ?」
「うっ…わぁーーーーーっ!!」

 心底不思議そうな顔をしてそう尋ねる城之内に、海馬は慌ててそれを手元から引ったくった。とっさの出来事に二人して顔を見合わせてしまう。

「な…何だ? それってそんなに危険なものなのか…?」

 海馬の慌てた態度に焦ったような顔を見せた城之内に、海馬は深い溜息を吐いてしまった。
 突然出て来た卑猥なグッズに思わず身体が反応してしまったが、確かにそこまで焦る必要は無かったと思う。だが…この説明を自らの口でしなければならない事に、海馬は少なからず動揺してしまった。
 何となく…本当に何となくだが遊戯の悪意(と言っても、彼にとってはただの悪戯程度のものなのだろうが…)を感じ、苛つきを隠せない。だが、だからと言ってコレをこのままにしておく事は出来ず、仕方無くガックリと項垂れながら口を開いた。

「いや…別に…危険なものじゃない…」
「そうなのか…? じゃあ何?」
「これは…その…コンドームと言って…現世で使われている避妊具の一種だ…」
「避妊具? あぁ、子供が出来ないようにする為の道具って事か?」
「そう。昔から貧乏子沢山とは言うけれど、現代だってそれは例外では無い。金銭的に裕福な家ならば良いけれど、一般家庭で沢山の子供がいたりしたら、それだけ経済負担が増えるだろう? だから子供を作りたく無い場合はコレを使うのだ」
「ふーん? で、どうやって?」

 すっかり好奇心満々になっている城之内に対して再度溜息を吐き、海馬はフィルムの一つを破って中からコンドームを取り出した。
 本当はこんな事を説明するのは恥ずかしいのだが…これを放っておくといつまでも城之内に質問攻めにされる為、仕方無いと自分に言い聞かせる。恥ずかしいのは最初だけ…、要は城之内が納得してくれれば良いのだ。

「ほら…形を見れば分かると思うが、コレを…その…アレに嵌めるんだ」
「あぁ、うん。アレな」

 ゴムの形状を見て、城之内にも『アレ』が何を指しているのか容易に分かったらしい。口元に笑みを浮かべて、楽しそうにうんうんと頷いている。

「そうすれば相手の体内で射精しても妊娠したりしないからな。ちなみに精液はココに溜まる」
「へぇー凄ぇな。こんなに薄くても破れたりしないんだ」
「早々しないな…。というより、オレは使った事が無いから分からないが…」
「なるほどな。ちなみにオレ達には必要無いのになぁ? だって男同士じゃ子供は出来ないだろ?」
「………」
「あ、そっか。中に入れたまんまだと腹壊して…」
「皆まで言うな、馬鹿」
「そっかー。遊戯の奴、そんな事まで気にしてくれたのか。ありがたいな」
「何がありがたいものか…! 余計な手間をかけさせおって…」
「そう言うなよ。せっかくのお祝いなんだからさ。それよりもちょっと触らせて…。お、何かヌルヌルしてる…」
「潤滑液だな、それは」
「潤滑液…。………。あ! もしかしてアレ…っ!!」

 興味深そうにコンドームに触れていた城之内は、突然何かを思い出したかのようにハッとした顔を見せた。そしてプレゼントの箱の中からまた何かを取り出す。城之内の手に握られた派手な色のボトルを見て、海馬はクラリと目眩がするのに気付いた。そして同時に、遊戯に対する苛つきを増していく。
 アイツ…一体全体どういうつもりだ…っ!! と一人で苛々している海馬の前で、城之内は満面の笑みでそのボトルを突き付けて見せた。

「これ…潤滑液だろ!? 何か液体が入ってるなーと思ってたんだけど、今の話聞いてピンと来た!」

 城之内の手の中にあるボトル…それは確かにローションであった。しかもご丁寧に温感タイプのローションである。
 余りの事に何も言えなくなった海馬の前で、城之内は得意そうにしていた。「な? な? 正解だろ?」としつこく訊いて来る城之内に、海馬は大きな溜息を吐きながらコクリと頷いてやる。
 海馬が頷いたのを確認して、城之内はますます嬉しそうに笑っていた。

「そっかー。遊戯の奴、一体何を寄越したのかと思ってたけど、そういう事だったのか。ちなみにコレが何だかはオレでも分かるぜ」
「今度は何だ…?」
「これこれ。ほら、これって張型だろ?」
「っ………!! ひっ…!!」

 満面の笑みで城之内が箱から取り出した物は、張型…曰く現在で言うところのバイブだった。如何にもな形をした蛍光ピンクのど派手な物と、小さなローター、更にスティックタイプの物まである。城之内はその内の一つを手に取り、楽しそうにスイッチを入れて遊んでいた。

「ほらほら。ここ弄ると勝手に動き出すんだぜ。今の時代って凄いよな」
「や…止めろ馬鹿!!」
「えー? だって凄くねぇ? こんなに震えておまけにクネクネして…。何か蛇みたいだな」
「止めろって言ってるだろう!? 寄越せ!!」
「わ!! 瀬人…っ!?」

 目の前で卑猥に動き続けるバイブに我慢出来なくなって、嬉々として遊んでいる城之内の手からそれを取り上げようと海馬は身を乗り出した。バイブを取り上げてスイッチを切ったまでは良かったが、体勢を崩して正面から城之内にぶつかってしまう。乗り上げた海馬の身体を受け止め切れず、城之内もそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
 ゴロリ…と畳の上にバイブが転がり、一瞬シンとした時間が流れる。布団の上に仰向けに転がった城之内と、その身体の上に俯せに乗り上げて体重を掛ける海馬。風呂上がりのまだ温かい身体が二つ重なって、二つの心臓がドキリと高鳴ったのをお互いに感じていた。

「瀬人………」

 名前を呼ばれて顔を上げれば、至極真剣な顔をしている城之内の琥珀の瞳と視線が合う。熱い掌でまだ濡れてしっとりしている髪を掻き上げられて、カーッと海馬の頭に熱が昇った。

「瀬人…」
「克…也…」

 もう一度名を呼ばれて、海馬はズリッと自らの身体を持ち上げると、自分から城之内の唇に自らのそれを押し付けた。チュッチュッと啄むように何度か軽いキスを繰り返していると、グイッと頭を固定されて深く唇を合わせられてしまう。ぬるりと入って来た熱い舌に翻弄されつつ、必死に自分の舌を絡ませた。チュクチュクという濡れた音が、静かな部屋の中に響き渡る。

「んっ…! んふっ…はっ…ぅ…っ」

 どちらのものとも言えない唾液が溢れて、仰向けで寝転がっている城之内の口元を酷く汚していた。それが気になって、城之内の顎や唇の周りを舌で丁寧に拭いとる。じわりと目の奥が熱くなり視界がぼやけ、下半身に急激に熱が集まるのを海馬は感じていた。

「もうカチカチになってるぜ…」
「あっ…! やっ………」

 持ち上げた膝頭で股間を刺激されて、海馬は城之内の身体の上でビクビクと痙攣してしまう。城之内が着ているスウェットをギュッと握り締め、彼の首元に顔を擦りつけるように頭を左右に振った。
 服の上から触られているだけなのに、信じられないくらい感じてしまう。下半身が痺れて、まるで自分の身体では無いようだ。

「服…脱ぐ?」

 耳元で優しく囁かれて、海馬は無意識にコクリと頷く。直ぐさま城之内の手が胸元に伸びてきてパジャマのボタンを外そうとするが、不器用な彼の手はなかなか一つ目のボタンを外す事が出来ない。焦れて舌打ちをする城之内に気が付いて不思議そうに見返してみれば、彼は心底申し訳無さそうな顔をして海馬の顔をじっと見詰めていた。

「ゴメン…。まだ他人のボタンは上手く外せないんだ」

 まるで主人に叱られた飼い犬のように項垂れる城之内に、海馬も可笑しくなってしまう。身体はまだ感じていたが心にゆとりが生まれ、その情けない顔に思わず吹き出してしまった。

「………。ふっ…くくっ…。貴様…あはは…」
「何だよ。笑う事は無いじゃないか」
「わ…悪かった…。お前が洋服に不慣れなのを忘れていたのだ。それじゃあ服は自分で脱ぐから…。お前のも手伝ってやろうか?」
「自分の服くらいは自分で脱げる! 馬鹿にすんなよ」
「はいはい。電気は消していいか?」
「あ…。真っ暗にするのはちょっと…。お前の顔が見えないから…」
「明るいままは嫌だぞ。そうだな…補助灯だけは付けておくか…」

 布団の上に膝を付いたまま伸び上がり、海馬は電気の紐を二回引っ張った。途端に部屋の中は柔らかいオレンジ色の光で満たされる。
 明るくも無く暗くもない幻想的なオレンジ色の光の中で、海馬は身に纏ったパジャマをゆっくりと脱いでいった。白い絹のパジャマがスルリと肌を滑り、畳の上へと落ちていく。現れた白い肌に、側にいた城之内がゴクリと喉を鳴らす音が聞こえて来る。
 下着ごとズボンを下ろしながらチラリと見遣れば、呆然としながら自分を見詰めている城之内の顔が目に入って来て、海馬は思わずクスリと笑みを零した。

「何をしている? お前も早く服を脱げ」
「あ…あぁ…うん」
「それとも、やっぱり手伝ってやろうか?」 
「い、いいよ! ちゃんと自分で脱げるから…っ」

 慌ててスウェットの裾を持ち上げて大胆に頭を抜いて上着を脱ぐ城之内に、海馬は胸が熱くなるのを感じていた。鍛えられた逞しい胸板や腹筋が目に入って来て、今からこの男に抱かれるのだと思うと背筋がゾクリとざわめいていく。
 城之内に抱かれるのは初めてでは無い。三年前…贖罪の神域にいた頃は、月に一度身体を食される度に必ず抱かれていたし、最後は純粋に愛し合う行為としてのセックスも経験した。けれどもそれらは全て、食人鬼の城之内が相手だった。人間に戻った城之内には、未だ一度も抱かれた事は無い。
 初めての人間同士での交わり。しかも三年間お互いに我慢した上での…久しぶりの行為。

「ふう………」

 高まる期待に呼吸が苦しくなる。それをそっと吐き出して、海馬はゆっくり振り返った。そこには既に服を全て脱ぎ終わった城之内が、布団に座って黙って大人しく待っていた。

「瀬人…」

 差し出された掌に、迷わず自分の手を載せる。熱い手にギュッと握られ、そして強く引き寄せられた。その力に逆らわずに海馬は城之内の胸の内に凭れ掛かる。トクン…トクン…という彼の心音が直接感じられるようだった。

「久しぶり…だな」
「そうだな」
「セックス…してもいいか?」
「何を今更」
「じゃあ…抱くから」
「あぁ…」

 途切れ途切れの短い会話を済ませ、二人はじっと見つめ合った。そしてお互いに顔を近付け唇を合わせる。
 身体全体で城之内の熱を感じる事に心から幸せを感じながら、海馬は城之内と共に布団の上に倒れていった。