*無限の黄昏 幽玄の月(完結) - 黄昏の入り口 - 第二十四夜

 救いが…。あんなにも強く望んできた救いが…遠く離れて行く。
 どうすればいい…っ!
 私は一体…どうすればいいと言うのだ…っ!!
 黒龍神よ…教えて下さい。
 一体…どうすれば良いのですか…。
 どうすれば…彼等を救えるのですか。
 私はただ…彼等に幸せになって貰いたかった…それだけなのです。

 




 もしかしたらとんでも無い危機に面しているのかもしれない…。
 海馬は大股で本殿へと歩いて行きながら、そんな事を考えていた。先程からざわつく胸が、その予感を肯定している。だが何故か…海馬は全く焦っていなかった。それどころか今自分が至極冷静な事に、逆に驚きを隠せない。
 救えると分かっているからだろうか。それとも救えぬと分かっているからだろうか。そのどちらかは分からない。それでも海馬は怯まなかった。
 海馬が願っているのはただ一つだけ…。城之内の側にいる、それだけだったから。

「………?」

 やがて本殿に近付くにつれて、何か異様な拒否感を感じて海馬は一旦足を止めた。肌がピリピリする。目の前に見えない壁があるようだ。本能が…それ以上進んではいけないと告げている。

「結界…か…」

 思い当たった現象に、思わずチッと舌打ちをした。
 考えていたよりも、もっとずっと強烈な結界だ。生身の人間が尻込みしそうになるくらいの迫力に、思念体のせとが耐えられる訳が無かったのだ。多分彼は、この先一歩も前に進めなかっただろう。だが海馬は違う。海馬は生きている人間だ。精神面で屈しそうになっても、生身の肉体はそれに対抗する事が出来る。後ずさりしそうになる足を叱咤して、海馬は一歩を踏み出した。
 その途端、ザワザワと背筋に悪寒が走り肌が粟立つ。見た目にはいつもと全く変わりが無い風景なのに、そこは何とも居心地の悪い空間だった。それはまさに城之内の神力そのものと、彼の『ここへは誰も来て欲しく無い』という意志の強さの表れだ。気を抜けば今にも逃げ去ってしまいそうになる気持ちを抑え込んで、海馬は一歩一歩前へ進んでいった。
 何とか本殿へ辿り着き、履き物を脱いで階に足をかける。ビリビリと空気が震えるような気配に逆らい、本殿の扉を両手で掴んで大きく開いた。

「克也…っ!!」

 贖罪の神域特有の濁った光が差し込むのと同時に、海馬の目に城之内の姿が入り込んできて、海馬は思わずその名を叫ぶように呼んだ。
 白い着物に青い袴姿の城之内は、床に正座して此方に背を向けていた。両手に黒炎刀を携え祭壇を仰ぎ見ている。海馬がここに来た事に気付いている癖に、彼は少しも反応しない。それどころか海馬を拒絶する空気が濃くなったような気がする。

「くっ………!!」

 逃げたい…今すぐにでもここから去りたいと訴える本能を宥めて、何とかその場に膝を付いた時だった。ふと…海馬はその黒炎刀の鞘に、二つの鈴が結ばれているのに気が付いた。一つは元々黒炎刀に結ばれていた赤い組紐の鈴。そしてもう一つは、ずっと自分が持っていた青い組紐の鈴だ。
 千年の間、ずっと離れ離れだった鈴が今は一緒に結ばれている。その事実に海馬はドキリと心臓が高鳴るのを感じた。何故だかは分からない…。だが、せとから受け継いだ魂が…そして城之内の持つ刀自身から何かを感じている。
 二つの鈴が揃った黒炎刀は…まるでようやっと目覚めたかのように生き生きと輝いていた。

「克也………?」

 もう一度、今度は弱々しく彼の名を呼ぶと、城之内はそこで漸く振り返ってくれた。海馬の姿を確認して、ふっ…と優しい笑みを零す。けれど…全てを拒否する結界の力は強まる一方だった。

「瀬人…。眠りの術を解いてしまったのか…」

 スッ…と、音も起てずに立ち上がりながら城之内が此方に向き直る。神官姿の彼はいつもとは違う神々しさを纏っており、その威風堂々たる姿に海馬はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「馬鹿だな…。あのまま眠っていれば、目覚めた時には既に終わっていたというのに…」
「克也…? 何を…するつもりだ…?」

 座り込んだまま、海馬は恐る恐る城之内に手を伸ばした。強い力に気圧されて立ち上がる事が出来ない。這いずるように少しずつ城之内の側に近寄って…、だがある一点から全く先に進めなくなってしまった。そっと手を近付けると、そこに何か見えない壁のようなものがある事に気付く。ペタリペタリとまるで分厚いガラスを触っているような感触に、海馬は眉を顰めた。

「二重結界だよ。いくらお前でも、もうそこから先には進めない」

 そう言って城之内が笑う。寂しくて…哀しそうな…辛い笑みだった。

「克也…っ。一体何を…するつもりなんだ…っ。とにかくここを開けてくれ…っ!」

 進路を塞ぐ壁に苛ついて、目の前の空気を掌でバンバンと叩く。だが城之内は静かに首を横に振り…そして口を開いた。

「駄目だよ…瀬人。そこは開けてあげられない」
「どうしてだ…っ!!」
「お前を…解放する為だ」

 城之内は笑いながらそう言い、そしてゆっくりと俯いた。持っていた黒炎刀が揺れて、二つの鈴がチリンッ…チリンッ…と軽やかな音を起てる。

「ありがとう…瀬人。お前は紛れも無い救いの巫女だったよ。この千年間、ずっと罪と…闇に捕われていたオレを助けてくれた。お前のお陰でオレは光を取り戻した。自分の立場を思い出した。本当に…感謝しているよ。ありがとうな…」

 心から満足そうにそう言い放つ城之内に、海馬は小さく首を振った。何故だか城之内の言葉を、それ以上聞いてはいけないような気がしたのだ。
 見えない壁に張り付いてイヤイヤをする海馬に、だが城之内は言葉を留める事はしなかった。ふぅ…と軽く嘆息し、天井を仰ぎ見てふわりと微笑む。

「オレはさ…漸く気付いたんだよ。オレの本当の罪とは何かって事にさ。オレは…本当だったら、食人鬼に身を堕とした時点で死ななきゃならなかったんだよなぁ…。あの時せっかく黒龍神が殺してくれようとしたのにさ、生きる切っ掛けを与えられて…それに甘えてしまった。こんなオレでも…死ぬのは怖かったんだよ。だけど罪は罪。オレの本当の罪とは…今まで生き存えて来た事。生きている…それ自体が罪なんだ」
「克也…っ! それは…違う…っ!」
「違わないよ。何も違わない。おめおめと生き存えて…九十九人の贄の巫女の身体を無残に食って、その命をたった十年ぽっちで散らせてしまって…。罪は減るどころか、どんどん増えるばかりだ。救われない食人鬼…それがオレの存在意義だった筈なのに…。それなのに、最後にお前が現れてくれた」

 天井を見上げていた顔を元に戻して、城之内は優しい目線で海馬を見詰めた。どこまでも深く透き通る青い瞳と、強く悲しい光を帯びている琥珀の瞳が交差する。

「本当に…救われたんだよ。お前の存在に…オレの心は救われた。忘れていた愛を思い出した。誰かを大事に想い、守りたいと願う心を取り戻したんだ。自らの手でせとを殺して絶望の淵にいたオレに、お前は再び光を灯してくれたんだよ…。こんなに心から愛しいと思う人がもう一度現れるなんて…思わなかったもんなぁ…」

 城之内の琥珀の瞳が優しく細められた。まるで眩しい光を見るように、海馬の事を見詰めている。

「だからオレは、自分の手でお前を解放する事にしたんだ。お前はここにいちゃいけない。オレに縛られていては…いけないんだ。現世に帰らなくては…」
「や…やめろ…っ! 余計な事はするな…っ!!」
「余計な事じゃないよ。必要な事だ。お前はオレを救ってくれた。だからオレもお前を救う…ただそれだけの事」

 城之内の瞳も…そして言葉も、どこまでも優しい。だが海馬は全身に寒気を感じる程の恐怖に捕われていた。
 いけない…。城之内をこのまましておいては…いけない…っ! 何とか留めなくてはいけない!!
 そう分かっているのに、結界の力で身体が自由に動かない。それがもどかしくて堪らなかった。

「実はな、さっきまで黒龍神と対話してたんだ。本来のオレには黒龍神と直接対話する能力は無いんだが、何とか瀬人を救う方法が無いかと尋ねたらすぐに応えてくれたよ。そして…とても良い事を教えてくれた」
「克…也…っ! ま…待て…っ!!」
「『要石』を用いてこの世界を永久に閉じるんだ…。そうすれば『要石』以外の生きとし生けるものは全て、外界に排出される事になる」
「克也!! 待てと言っているのだ!!」
「ただ一つ問題がある。『要石』を作るには、真の力を取り戻した黒炎刀が必要不可欠なんだ。この柄に付いた二つの鈴…。これはただの鈴じゃない。これもまた神力を纏った、黒炎刀の一部だったんだ。今までずっと離れ離れだった鈴が漸く二つ揃って、黒炎刀も本来の力を取り戻した。これで…やっと…」
「克也!! いいからオレの話も聞いてくれ!!」

 見えない壁に必死に縋り付いて、海馬は城之内に向かって叫んだ。もうこれ以上城之内の与太話など聞きたくなかったし、それ以上聞いても何の希望も見出せない事に感付いていたからである。

「克也…っ。お前が一体何をしようとしているのか…それはオレには分からない。だがどうしようもなく下らない事だという事だけは分かるぞ」
「瀬人…。これは下らなくなんか…」
「下らない!! これが下らなくて、一体何が下らないんだ!! 克也…っ! どうしてオレと一緒に生きてくれようとしてくれないんだ!!」
「瀬人…っ?」
「どうせ一人で死ぬつもりなのだろう…?」
「っ………!!」
「やはりな…。あぁ…いいさ。お前はそれで満足だろうよ。だが残されたオレはどうなる? オレは…救いの巫女だ…っ! この三年間、オレはずっとお前を救おうとして来たんだぞ!! お前と一緒に生きる為に…頑張って来たんだぞ!!」
「瀬…人…」
「どうして生きようとしてくれない!! どうして二人で一緒に現世に帰ろうとしてくれないんだ…っ!!」
「………」

 何とか城之内に生きる希望を見付けて欲しくて、海馬は喉の奥から必死に叫んでいた。拳で目の前の壁を何度も叩き付け、いつの間にか流れていた涙を拭おうともせずに訴える。
 だが城之内は…そんな海馬に対して酷く冷静だった。

「現世に帰って…どうするんだ?」

 泣きそうに笑いながら、だが一粒の涙を見せないまま城之内が口を開く。

「オレは人間では無い。食人鬼だぞ? 現世に帰ってどうする。どうせ新月の晩の飢餓は…耐えられない」
「そんなの…またオレを食べれば…」
「忘れているのか、瀬人。お前がオレに食されても生きていられるのは、この贖罪の神域の力のお陰なんだぞ。現世で同じように食べられてみろ。あっという間に死んでしまう」
「あっ………」
「それで? お前を食べるのは別にいいさ。お前は贄の巫女なんだからな。だが次の新月の晩からは一体誰を食べればいいんだ? 他の巫女か? 神官か? それとも街に住んでいる普通の人間か…?」
「克…也…」
「な? オレはもう戻れないんだよ…瀬人」

 最後にそう言って、城之内はまたニッコリと微笑んだ。悲しそうに…辛そうに…ただ儚く。そんな顔をされればそれ以上何も言えなくて、海馬はただ泣きながら見えない壁に縋る事しか出来なかった。ただどうしても城之内の事を諦め切れず、ドンドンと何度も拳で壁を叩く。何度叩いてもびくともしない透明の壁が、憎くて憎くて仕方が無かった。

「克也…っ。克也…っ」

 何度も呼びかける声に城之内は首を振るだけだ。そして持っていた黒炎刀を前面に掲げると、それまで優しかった瞳をきつくして海馬を見据える。

「瀬人…。マヨイガに戻れ」

 感情の籠もらない声でそう言われて、だが海馬は首を横に振ってそこから離れようとはしなかった。

「嫌だ…っ」
「いいから戻れってば」
「嫌だ…嫌だ…っ!」
「これからオレは要石になるんだ…。それをお前には見せたくないんだよ…瀬人」
「要…石…?」
「そう…要石。この世界の中心にあり、この世界を支え、この世界を収束する者。黒龍神によれば、この贖罪の神域に千年近く存在した者がなれるらしい。要石たる人物に黒炎刀の刃を突き立てて、その命を終わらせた時…その者を中心にこの世界は急速に収束していく。生きとし生けるものは全て現世に戻り、最後には世界は小さな石ころに変わる…。それが要石。この世界の…最後の姿だ」

 信じられない話を聞き呆然とするしかない海馬の前で、城之内はスラリと黒炎刀を鞘から引き抜いた。銀色の刀身が光を反射する。美しく…そして恐ろしい程に。
 煌めく刀身を暫く見ていた城之内は、やがて持っていた刀をその場で一振りした。チリリリンと二つの鈴が清らかな音を出した瞬間、本殿のあちこちから一斉に火の手が上がる。紅の炎は木造の柱や壁を走り、あっという間にその威力を拡大させていった。
 真っ赤に揺らめく炎を目の当たりにし、海馬の瞳が大きく開いていく。

「い…嫌…だ…っ」
「なぁ…瀬人。この贖罪の神域に千年近く存在した者って…オレしかいないじゃんか。そうだろう? だからオレは要石になる。要石になって…お前を解放する」
「や…嫌だ…っ。克也…嫌だ…っ!」
「反対しても無駄だ。オレはもう決めたんだよ。だから…もう戻ってくれ…瀬人。お前にオレが要石になる姿を見せたくはない」
「嫌だ…っ! こんな事は…もう…止めてくれ…っ!」
「瀬人、聞き分けてくれ。それに…今更止めてどうなる? またあの生活に戻るのか? 十年…いやあと七年でお前は死ぬっていうのに。お前を死なせて…次の新しい贄の巫女を迎えて…またあの無駄な日々を過ごせと? そんなものは御免被る」
「一人で…たった一人で死なせろと言うのか…お前は…っ!! それこそ御免被る!!」

 流石に真っ直ぐに視線を向けられなくなった城之内が顔を背けたのに対し、海馬はいつまでも城之内の姿を見詰めていた。拳を硬く握り締め、目の前の壁をしつこく何度も叩き続ける。城之内の側に行きたい…と、ただそれだけを願い続けて。

「オレは救いの巫女だ…! お前と共に在る者だ…っ!! お前を一人で死なせるのを見過ごすなんて…何が救いの巫女だ!!」
「瀬人…」
「せめて…あぁ…せめて…! お前と共に戻る事が叶わぬのなら…せめてお前と共に逝かせてくれ…っ!! 克也!!」
「なっ…! 瀬人…っ!?」

 微塵も揺らがない海馬の覚悟。その余りに強い覚悟に驚きで目を瞠る城之内の目の前で、海馬はただただ必死に壁を叩き続けた。ピシリと…見えない亀裂が走ったような音が辺りに響く。

「側に…側にいさせてくれ…克也…っ!! オレはただ…お前と共にいたいだけなんだ…っ!!」

 結界が歪み空間が揺れる。海馬の想いが城之内の神力を無力化しようとしていた。そしてその感触に海馬は覚えがあった。今朝、あの眠りの術を破ったあの瞬間の…。

「克也…っ!! オレも連れて行け…克也…!! 克也!!」

 大声で城之内の名前を呼んだ瞬間、それはバリンッという大きな音を起てて粉々に砕け散った。途端に自由になった身体を起こして、海馬が城之内に駆け寄る。首筋に白い腕を絡め、驚きで半開きになっている城之内の唇に夢中で自らの唇を押し付けた。
 周りの炎が熱い。熱が今にも二人を飲み込もうとしている。だが海馬は何も怖く無かった。城之内がここにいる…それだけで全てが満たされていくのを感じていた。

「克也…どうか…側に…」

 昨夜…初めて純粋に結ばれた直後のあの瞬間。気を失う直前に漏らした言葉をもう一度囁く。そしてそれを聞いた瞬間、城之内はくしゃりと顔を歪め…そしてホロリと涙を一粒零した。

「馬鹿だな…お前。本当に…馬鹿だ」
「馬鹿とは…失礼だな。ただお前を愛しているだけだ…克也」

 ホロリホロリと、涙は続けて流れ出てくる。嬉しいのか…それとも悲しいのか…、城之内は複雑な顔をして笑っていた。

「地獄を彷徨うのは…オレ一人でいいというのに…」
「二人で彷徨えば、地獄もそれなりに楽しいかもしれないな」
「戯れ言を…。ここで戻れば…現世に帰れるんだぞ…」
「お前を失って…一人で現世に戻っても何の意味もない。お前を失った時、オレもまた死ぬんだ」
「瀬人………っ!!」

 酷く泣きそうな声で名前を呼び、城之内は海馬の身体を強く抱き締めた。その力に心底安心して、海馬は城之内の首筋に頬を擦り寄せる。

「瀬人…。怖く…無いのかよ」
「怖くは無い。お前が一緒だからな…克也」
「オレと一緒に死ぬ事が…お前の本意だったというのか…?」
「死ぬ事は本意では無い。お前と共に在る事こそ本意だ」
「共に…石になると?」
「あぁ」
「小さな石ころだぞ…?」
「構わない」
「お前は…本当に…馬鹿な事を…っ。食人鬼を愛したばかりに…その鬼と心中だなんて…っ。こんな…こんな場所で…お前の人生の幕を引かなきゃならなくなるなんて…」
「馬鹿はお前だ。オレが引くのは人生の幕では無い。この贖罪の神域という悲劇の世界の幕だ。もう二度と…誰もこんな悲しい想いなんてしてはいけない。鬼も…人間も…全ての者が…だ」

 海馬の言葉に、城之内が視線を上げた。その気配に海馬も顔を上げて城之内を見る。青い瞳と…琥珀の瞳が交差して…重なった。一瞬の静寂。他に何の音も聞こえない。周りで燃え盛っている炎の熱も、今だけは全く感じられなかった。
 まるで時が止まったかのような静けさの中で、海馬は己の背中の中心に、鋭い刃の切っ先が当たっている事に気付く。背後に腕を回した城之内が黒炎刀を今にも突き立てようとしているのだ。
 怖くは無い。それは本当だ。ただ少し…ほんの少しだけ…悲しいと感じる。それだけだった。

「瀬人…愛してるよ…」
「あぁ…。オレも愛している…克也」
「目を…瞑っておいで。すぐ済むから…」

 優しく…まるで眠りに誘うかのような深い声に、海馬は安心してコクリと頷いた。そして言われた通りに目を瞑り、目の前の城之内の身体に寄り掛かる。

 チリ――――――ン………。

 あぁ…鈴の音だ…。済まない…せと…。オレは…克也を助ける事が出来なかった…。救いの巫女だというのに…全く情けないな。だが…克也を一人で死なせはしない。本当は一緒に現世に戻りたかったが…それが出来ないのならせめて一緒に逝く事にする。もう二度と、こいつを一人にはしない。ずっと…ずっと…克也と一緒にいてやるから…。だから…許してくれ…せと…。

『う…そ…だ…っ。嘘だ…っ! 嘘だ…っ!! 私は…私はこんな結末を望んでたんじゃない…っ!! こんな…こんな事…嘘だっ………!!』

 背後から悲痛な叫び声が聞こえて来たのと、背中から胸にかけて焼け付くような熱が通り抜けていったのを感じたのは、ほぼ一緒だった。
 まるで今周りで燃え盛っている紅蓮の炎のような…熱くて冷たい熱。それが黒炎刀の刃だと知ったのは、迫り上がる血泡をゴポリ…と口から吐き出した後だった。