運命の歯車が動き出す。
救いの扉が開き、時が繋がる。
全てが丸く収まって幸せを手に入れたように感じても、それでも未だ…試練はあるのだ。
救いの巫女よ…。
そなたにそれが…乗り切られるであろうか?
城之内の冷たい掌が、海馬の肌の上を辿っていく。白絹の単衣は既に肌蹴られ、申し訳程度に両腕に引っ掛かっているだけだ。前面が完全に露わにされ、薄い胸や腹の上を城之内の指先や舌が這う度にビクビクと震えてしまう。半分は性的に感じている為…、そしてもう半分は食される恐怖を思い出しているからだ。
それでも海馬は抵抗しなかった。気を抜くと城之内の身体を押し返そうとする腕を強い意志で抑え付けて、布団のシーツをキュッと掴むことで耐える。フルフルと腕が震える度に、手首に結び付けた青い組紐の鈴がチリチリと鳴った。
「あっ…ん…」
単衣の袂に入れてあったその鈴を海馬の手首に付けたのは、誰であろう城之内であった。海馬が感じている様を知りたいというのがその理由だったのだが、自分が身動きする度に鳴る鈴の音は、海馬に取っては恥ずかしい事この上無いものだ。いつもの新月の晩と違って快感だけを与えられている状況は、自分の痴態を余すところ無く見られているようで落ち着かない。
「はっ…。あっ…」
知らず知らず、やがて来るであろう痛みに緊張し硬くなる身体。けれどもじっくりと施される愛撫に、少しずつではあるが緊張も解けて来た。城之内の指や唇や舌が自らの肌に触れる度に、内側から熱が籠もってくる。じわじわと広がるその熱に、海馬は熱い吐息を吐き出した。
「克…也…っ」
「うん。可愛いよ瀬人。ここも…美味しそうだ」
「んぁっ…!?」
突然硬くなった乳首を指先で摘まれて、海馬は湧き上がった快感にビクリと身体を跳ねさせた。親指と人差し指でコリコリと弄られるだけで、耐えられない快感が脳内に届く。もう片方も同じように弄られ、今まで弄られて赤くなった乳首はそのまま城之内の口に含まれてしまった。チュピッ…と吸われると、それだけでジンッ…とした快感が背筋に走り頭が真っ白になってしまう。
「あっ…ぅ…! ふっ…う…んっ」
むず痒い…それでいて優しい愛撫に海馬の身体は耐えきれなかった。ビクビクと城之内に触れられる度に小さく震えて、甘い喘ぎ声を漏らす。
快感には慣れていると思っていた。月に一度の新月の晩。情欲に支配された海馬の身体は、ちょっとした事でも非常に感じやすくなっていて、あの痛みと苦しみの中でも快感を感じ何度も射精してしまう。三年間続いたその行為に海馬は慣れていたし、それ以上に凄まじい性行為は無いと思っていた。だから城之内と結ばれる事は嬉しかったが、普通のセックス自体を甘く見ていたところがあったのだ。
それなのに…まさかこんなに感じてしまうなんて…っ!!
身を食われるという痛みのない純粋な快楽。一つ一つの愛撫が海馬に取っては初体験で、受け止めきれない快感に戸惑ってしまう。新月の晩はどんなに痛くても苦しくてもじっとしている事が出来るというのに、今の海馬はそれが全く出来ないでいた。体内を暴走する熱に戸惑い混乱して身を捩る。知らず…目尻に涙が溜まって視界も歪んでいた。
「んっ…! あぁっ…ぅ…。克也ぁ…っ」
ハァハァと荒い息の中で城之内の名前を呼ぶと、優しく微笑んだ城之内が海馬の髪の毛をサワリと撫でる。紅潮した頬に冷たい唇を押し付け、そのまま移動して海馬に口吻をした。薄く開いた唇の間から舌を差し込み、ぬるりと口内を舐め回す。怯えたように引っ込んだ海馬の舌を誘い出し根本から絡み付いた。二人分の唾液が混ざり溢れて、ピチャピチャという濡れた音が辺りに響く。
「んふっ…! はふっ…んっ…ぅ…うっ…んっ!」
息苦しさでクラリと回る視界の中で、海馬は夢中で城之内の首にしがみついた。チリリッ…と手首の鈴が軽やかに鳴る。
口の周りが唾液でベタベタになる程絡み合い、最後にチュルリと舌を強く吸ってから城之内が離れて行く。はふっ…と熱い吐息を吐きながら、海馬はそのまま城之内の首筋に顔を埋めた。鼻孔に届いた城之内の匂いを胸一杯に吸って、感じた愛しさに精一杯身体を密着させる。スリスリと鼻先を擦り寄せていると「擽ったいぞ」と城之内に笑われた。
「ちゃんと…気持ちいい?」
城之内の問い掛けに海馬は素直に頷いて応える。そして濡れた唇を拭ってくれていた城之内の指先を捉えて、その指の腹に吸い付いた時だった。いつもとは違う感触に唇を離し、改めて指先をじっくりと眺めてみる。別段変わったところは見られない。だが、どうしてもいつもと違う気がしてならなかった。
気のせいかと思いもう一度城之内の指先を咥えてみて、指の輪郭を舌先でなぞった時に海馬は漸く気が付いた。
「克也…? お前…爪切ったのか?」
いつもは鋭く伸びている城之内の爪。それが今は綺麗に丸く切り取られている。慣れない手付きで必死に切ったのだろう、かなりの深爪になっていた。「こんなに深く切って…。痛くないのか?」と聞いても、城之内はフルリと首を横に振り笑みを崩さない。
「お前を傷付けたくなくて…爪を切ってみたんだけど上手く切れなかった。でも本当に痛くは無いし、どうせ次の新月の晩にはまた伸びるだろう」
「そういえば…さっき何かやる事があると言っていたな。まさかその時に爪を…?」
「野暮な事は言いっこ無しだぜ、瀬人」
「んっ………」
安心させるように微笑みながらそう言った城之内は、心配そうに見上げる海馬の顎を指先で持ち上げた。そして指を咥えた事により再び唾液に濡れて光る海馬の口元に再び唇を押し付ける。柔らかい海馬の唇を挟み込むように吸い付き、溢れる唾液を舌で舐めとっていく。
城之内が施す至極優しいキスに海馬がうっとりしている間に、城之内は掌を下腹部に下げていった。海馬の唾液で濡れた指先を滑らすようにして鳩尾や腹筋を撫でる。いつもと違って爪の引っ掛からない感触に、海馬はまたピクピクと反応していた。
「ふっ…あっ…ぁ…」
まるで焦らされるように施される愛撫に、海馬のペニスはもうすっかり硬くなってしまっていた。未だ一度も触れられていないというのに、我慢しきれずポタポタと自らの腹の上に零れる先走りの液が恥ずかしくて仕方が無い。自分一人が欲しがっているような感覚に、海馬は耐えきれなくなって両腕で顔を覆って隠した。チリンッ…と手首に括り付けた鈴が鳴って、恥ずかしさに拍車を掛ける。
「瀬人…? 恥ずかしいのか?」
自分の腕によって遮られた視界の向こうから優しい城之内の声が聞こえ、海馬はその問い掛けに頷く事で答えた。
「今更だと…思った。お前に抱かれる事は…慣れている…と。けれど…これはやっぱり…違う…。お前が先程言っていた意味が…やっと分かった…」
「フフッ…。だろ? オレもそう思ったんだ。やっぱりコレは新月の儀式とは全然違うんだよ。純粋に肌を合わせるって…こういう事なんだよな。オレも千年ぶりに思い出したよ」
「克…也…」
「愛しい人を抱ける嬉しさも…幸せも…ずっと忘れていた。だけどお前が思い出させてくれたんだ…。だから瀬人…お前の顔をもっと良く見せて欲しい。感じてる声も…聞かせて欲しい。快楽に溺れる姿も…沢山見たい。もっともっと…お前をオレに刻みつけてくれ…瀬人」
「克也…?」
海馬はふと、城之内の言葉に引っかかりを感じた。思わず顔の上に載せていた腕をどけて、自分の身体の上にのし掛かる城之内の顔をじっと見詰めてしまう。けれど城之内はそんな海馬に柔らかく微笑みかけるだけで、それ以上は何も言わなかった。海馬の下腹部を冷たい掌で優しく撫で回した後、硬く勃ち上がっているペニスを強く掴んでくる。
「うっ…ぁ…っ」
散々焦らされた上での直接的な刺激。待ち望んだ快感が突然与えられて、海馬は堪らずビクンッ…と身体を跳ねさせた。
何か…何かとても大事な事に気付きそうだったのに、城之内から与えられる快感に頭が痺れて何も考えられなくなる。トロトロに濡れそぼったペニスを上下に扱かれて、必死に城之内の腕に縋り付いた。黒い着流しをギュッ…と握り締める。
「そのまま…力を抜いててくれよな。少し慣らすから」
じわりと涙を浮かべて快感に耐えている海馬に微笑みかけ、城之内は反対側の手を持ち上げて自分の人差し指の側面に歯を当てた。鋭い牙がプツリと皮膚を突き破り、真っ赤な血が溢れて流れ出す。そして自らの血で濡れた指を海馬の足の間に持って行き、未だ硬く結ばれたままの後孔に触れさせた。温かい血液をヌルリとそこに撫でつけると、その感触に後孔と内股が小さく痙攣する。月に一度の性行為に慣れているその場所は、あっという間に綻んでいった。
「ひぁっ…! あっ…あぁっ!」
くぷり…と潜り込む指に、海馬はただ甘い声をあげる事しか出来ない。二本の指で柔らかい内壁を何度も擦り上げられると、それだけで海馬の身体に震えが走った。指の先が一番感じるところに触れて、ビクンと下半身が跳ね上がる。止まらない痙攣に、手首の鈴もチリリリリ…と細かな音色を起てていた。
「瀬人…。あぁ…もうこんなになって…。オレを受け入れる為に…こんなに柔らかく…熱く…締め付けてくるなんて…」
「はっ…ぅ…! っ…やっ…! あっ…んあぁっ…!」
うっとりと…幸せそうに城之内が海馬に語りかけた。けれどもう、海馬はその言葉に反応する事が出来ない。ただ体内を暴走する熱に翻弄されるだけ。
やがて体内を慣らした指が抜けて、完全に綻んだ後孔に城之内の熱が入り込んできた。硬く熱い楔。普段体温の低い城之内も、この時ばかりはまるで発熱したかのように身体が熱くなる。
「ひっ…! ひゃっ…あっ…あぁぁっ―――っ!!」
耐えきれない衝動に悲鳴を上げる。それはいつもの苦痛に藻掻き苦しむ悲鳴とは全く違う…甘い蜜を絡みつかせたかのような悲鳴だった。
両足を大きく左右に開かれ、更に高く抱えあげられ、何度も何度も揺さぶられ最奥を突かれる。その度に信じられないような快感が沸き起こり、海馬の身体や脳内を麻痺させていった。
何も出来ない。何も考えられない。ただ受け止めきれない快楽に涙がボロボロと零れていくだけ。
「あっ…あっ…あぁ…っ! か…つ…やぁ…っ!!」
震える手を伸ばして城之内に助けを求める。もう自分ではこの衝動を抑えきれなくて、自分を抱く城之内に頼るしか無かった。触れた黒い着流しを強く引っ張ると、それはズルリと肩から落ちて城之内の肌が露わになる。自分より少し浅黒いその肌に腕を絡みつかせ、海馬は強くその身を抱き締めた。
「かつ…や…っ! かつやぁ…っ!!」
「瀬人…っ。オレの…瀬人…っ」
「克也…っ! 側に…いるか…ら…。オレ…お前の側…に…いるから…っ!」
「瀬人…」
涙を流しながら海馬は必死に自分の決意を城之内に伝える。だが城之内は、うっすらと微笑むだけで何も返しては来ない。ただ汗でしっとりと重くなった栗色の髪の毛を、優しく何度も撫でるだけだった。
「ありがとう…。愛しているよ…瀬人…」
快感で麻痺した脳内に、城之内の愛しむような…それでいて悲しい響きを持った言葉が届く。けれどそれをしっかりと認識する前に、海馬は絶頂を迎えてしまった。
「ひぃっ…! あっ…あぁっ!! ぅ…あっ…あぁぁ…あぁ――――――――っ!!」
「瀬人………っ!!」
城之内の…海馬を呼ぶ声が震えている。まるで何かを決意しているかのように…哀しげに震えている。その響きに海馬の胸の奥がざわりと波立ったが、達した衝撃に耐えきれずに意識は白い霧に飲み込まれていった。
「あっ………克…也…」
体内に吐き出される熱を感じながら、海馬は震える手で城之内の頭を探る。金の髪を指先に絡め取って強く掴んだ。この男がここから離れていかないようにと…強く。
チリンッ…と手首の鈴が…鳴った。
「克也…どうか…側に…」
何とかそれだけを伝え、海馬はコトリと意識を失う。
最後に…霞む視界の向こうで寂しげに笑っていた城之内の顔だけが…印象的だった。