掌の中ですっかり硬くなってピクピクと蠢いている海馬のペニスに、オレはそっと口を近付けた。トロトロに濡れた先端部をペロリと舐めると、頭上から「っ………!!」という呻き声が聞こえて来たと同時に、組み敷いている身体がビクリと跳ね上がる。思わずずり上がる腰を押さえ付けて、オレはなるべくゆっくりと事を進める事にした。性急に先に進んでも、海馬が怖がるだけだしな。
「大丈夫…。身体の力抜いててくれよな」
心配そうな目で見詰めて来る海馬に、そう言って微笑んでみせる。とりあえずはコイツを安心させる事が最優先だ。
「何も悪い事してる訳じゃ無いんだから。セックスなんて、恋人同士なら普通にする行為なんだしな?」
「………。あ…あぁ…。分かって…いる…」
「ちょっとずつやるから…な?」
オレの言葉に海馬がコクリと頷いたのを見て、オレはもう一度掌の中のペニスに舌を這わせた。根本から裏筋を通って先端部へ。カリの周りにも丁寧に舌を這わし、トロトロと温かい粘液が零れてくる鈴口を舌先で舐め取った。
「うっ…ふぅ…っ!」
海馬は目をギュッと強く瞑ってブルブルと震えているけど、抵抗は一切して来ない。ベッドのシーツを強く掴んで、何とか自分の中の衝動と闘っているようだった。
そんな海馬の様子を観察しつつ、オレは舌で優しく表面を舐めていく。ピチャピチャという濡れた音が辺りに響いて、その音でまた興奮してきてしまった。
「ちょっと…咥えるからな?」
「え…? あっ…やっ…!」
一応言葉で伝えて、オレは自分の口中に海馬のペニスを迎え入れた。唇を窄めて表面を刺激しつつ、口の中でも砲身に舌を当てて舐めてゆく。キュウッと強く吸い込む度に、舌に触れたソレがビクビクと震えるのが分かった。
「ふぁっ…! あっ…いやぁ…っ! あ…んぁ…じょ…うちぃ…! ひゃっ…! も…もう…!」
気持ち良すぎて耐えきれなくなったのか、ボロボロと涙を零しながら海馬は喘ぎながら限界を訴える。と言ってもまだ舐め始めたばかりだったし、オレはその言葉を真に受けないでそのままフェラを続けていた。あともうちょっと舐めたらイカしてやろうかと思って…。そうしたら…。
「あっ…!? あぁっ…!!」
ビクンッと目の前の下腹部が大きく跳ね上がったと思ったら、口の中に生温かい液体が溢れて来た。苦みのある独特の味と青臭い臭いで、それが海馬の精液だという事が分かる。
ていうか…あれ? もうイッちゃった…?
ゴクリと口の中に溜まったモノを飲み下して顔を上げ、じっと海馬の顔を見詰めた。目に入ってきた海馬はこれ以上無いくらいに真っ赤になっている。
あ…そうか…。そうだよな。フェラ自体は初めてじゃなくても、フェラで感じるのは初めてだもんなぁ…。我慢なんて出来る筈が無い。
「ゴメン…! ちょっと…急ぎすぎたか?」
赤く上気した顔で肩を震わせて泣いている海馬に近付いて、慌ててそう謝った。宥めるつもりで栗色の髪の毛をふわりと撫でたら、掌の下で小さな頭が左右に振られた。フルフルと首を振り、涙で濡れた青い瞳でオレの顔を見返してくる。
「だ…大丈夫…だ…。ただちょっと…どうしたらいいのか…分から…な…くて…!」
しゃっくり上げながらも、海馬はしっかりと自分の気持ちをオレに伝えて来る。そのいじらしい様が本当に愛しいと思う。よしよしと頭を撫でてやりながら、オレは火照った頬にそっとキスを落とした。
「うん、おっけー。ちゃんとイケたな。気持ち良かったか?」
チュッチュッとキスをしながら尋ねれば、今度は首を縦に振ってくれる。未だ快感を感じる事に戸惑いがあるみたいだけど、この調子なら最後まで出来そうで安心した。嬉しくなって思わず唇を合わせたら、意外にも海馬の方から積極的に舌を差入れてくるのに驚いてしまう。今まで何度もディープキスはしたけど、ここまで激しくキスを求められた事は無かった。
「んっ…! んんっ…ぅ…ふ!」
海馬の柔らかい舌は、オレの口中を丁寧に舐め回した。顎の裏とか舌の付け根とか、歯列も端から端までゆっくりと辿って行く。長くて丁寧なキスを終えて唇を離せば、お互いの舌先から唾液の糸が繋がっていて…。それが重力に従ってポトリとシーツに垂れる様まで色っぽいと思った。
「海馬…お前…。キス上手なんだなぁ…」
心底感心しながらそんな事を言ったら、海馬はほんの少しだけ視線を外して申し訳無さそうな顔をした。
ていうか、何だその表情は。せっかく褒めてやったのに、何でそんな微妙な顔してんだろう。
「城之…内…」
キスで濡れた口元を掌で覆いながら、海馬は目を伏せて静かな声で呟きだした。
「オレはやっぱり…淫乱なのだろうか?」
「………? はぁ?」
突然切り出された『淫乱』という言葉に、すぐに反応出来無かった。
は? 何だ? どういう事? 何で急にそんな話になってるんだろう?
「ほ…本当は…未だに感じる事が怖いのだ…。お前に触って貰えるのが嬉しくて…お前の愛撫が心地良くて…。その気持ちは本当なのだが、それでもどうしても『怖い』という気持ちが消えない。気にしてはいけない、考えてはダメだと思うのだが…どうしても気になってしまうのだ」
「海馬…?」
俯いて戸惑ったような海馬の顔を覗き込んで、オレはビックリした。思った以上に思い詰めた顔をしている海馬にズキリと胸が痛んで、オレはそっと海馬の身体を抱き寄せる。
多分コレはきっと…海馬の最後のトラウマが現れている状態なんだ。それが分かったから、オレは黙って海馬の話を聞いてやる事にした。
「海馬? 何で急にそんな事言い出したんだ?」
なるべく優しく尋ねてやると、海馬は恐る恐る瞳を開けてオレを見上げて来た。そして辛そうな表情をしながら小さな声で言葉を紡ぎ出す。
「言われ…たのだ…」
「ん? 何を?」
「淫乱だと…好き者だと…そう言われた」
主語が無い会話。だけどオレは、その会話の内容を瞬時に判断した。
そうか…そういう事だったのか。多分海馬は幼い頃…性的虐待を受けた時に、自分の身体を玩具のように扱っていた親父達にずっとそんな風に揶揄されていたんだ…。
「まだ幼い癖にこんなに感じて…キスもフェラも上手くて…。お前は好き者だ、淫乱なんだとずっと言われ続けて来た。それが本当に嫌で…哀しくて…」
「うん」
「お前に触れられる事が嬉しくて堪らないのに、行為が進む度にそれを思い出してしまって…」
「うん」
「早くお前に抱かれたいのに…。急に怖くなってしまって…!」
「うん、そうだよな。怖いよな」
感じている時とはまた別の涙をホロホロと零し始めた海馬を、オレはギュッと抱き締めた。
オレの熱が伝わるように。オレの熱で海馬が安心出来るように。ただただ愛しい想いを込めて抱き締める。
「あのな海馬、今からオレが話す事をよく聞いてくれ」
「………?」
「こういう事されて感じてしまうのは、お前が悪い訳じゃ無いんだぜ? だって相手がそういう触り方してんだもん。感じちゃうのが『普通』なんだよ」
「普通…?」
「そう、普通。どんなに幼い奴でもな、大人にそんな事されたら気持ち良くなっちゃうモンなんだよ。だからお前は普通。小さなお前が感じてしまったのは、お前にそういう事してた親父達が悪かったのであって、お前は何も悪く無いんだ」
「………」
「キスもフェラも、そういう風に仕込まれたんだったら、そりゃ上手くもなるさ。それもお前が悪い訳じゃ無い。お前にそういう事を教えてた親父達が悪いんだよ」
「城之内…」
「だから海馬、お前は淫乱でも無ければ好き者でも無い。だって本当に淫乱だったんなら、感じなくなるなんて事自体無いだろ? 感じる事を拒否したお前は『普通』だったんだよ。『普通』だったからこそ…心を閉ざして自分を守ったんだ。…悲しい事だけどな」
海馬に言い含めている内に、オレ自身も胸が一杯になってくる。
海馬の事が本当に可哀想で…何とかして上げたくて、そしてそれ以上に愛しくて愛しくて堪らない。熱を失いかけている白くて細い身体を強く抱き締めて、オレは海馬の頭を何度も何度も優しく撫でた。
海馬が好きだ。海馬を愛している。オレは本当に心の底からコイツの事を幸せにしてやりたいと…そう思っていた。最後までしぶとく海馬の心に住み着いているトラウマごと、コイツを抱き締めてやりたいと思う。
「お前が今感じているのも、オレがそういう風に触っているからだよ。だからお前が悪い訳じゃ…」
「感じる事は…悪い事では…無い…」
「え………?」
「お前がオレの身体を触って…オレが感じてしまうのは…悪い事では無い…。そうだな…? 城之内?」
そっと身体を離して、海馬が涙に濡れた瞳でオレの顔を凝視する。答えを求めている視線に、思わずコクコクと何度も頷いて応えた。
「うん…! そ、そうだ。そうだよ。感じるのは何も悪い事じゃない。普通なんだ。お前は何も間違って無い」
「オレが感じるのは…お前がそういう触り方をしているから…なのだな?」
「うん、その通りだ。オレがお前を気持ち良くさせようとしながら触っているから…」
「だがオレは…それだけでは無いと思うのだ」
「………? え…海馬?」
「昔と今では…全然感じ方が違うのだ。勿論子供の頃と、大人になった今とでは全く違うという事も分かっているがな。でもきっと…それだけでは無い筈だ」
「海馬…」
「城之内…。それはお前だからだ。お前が相手だから…オレはこんなに感じてしまうのだ。お前がオレを求めてくれているのと同じくらい、オレもお前を求めているから…。だからこんなに感じてしまうのだ。その事に…今…やっと…気付いた…」
涙で潤んだ青い瞳が、スッと細められる。
優しく…本当に嬉しそうに…微笑まれる。
それは今まで全く見た事が無かった、滅茶苦茶綺麗な海馬の笑顔だった。
「ありがとう…城之内。もう怖くは無い…。お前に触れられて感じる事が…心から嬉しいと思うのだ」
「か…海馬…っ」
「城之内…。オレもお前が…欲しい」
海馬の笑顔と共に、最後まで心の奥底に巣くっていたトラウマが粉々に砕け散るのが見えたような気がする。青い瞳に浮かんでいた涙は、今はもうすっかり形を潜めている。その代わり、その涙はこっちに移って来てしまったようだ。
目の奥がジワリと熱くなって、水滴が盛り上がってきて勝手にボロボロと零れ落ちて行く。その勢いは凄まじく、オレは自分でそれを留める事が出来無かった。
「海馬…海馬…っ! オレ…オレは…もう…!」
「城之内…。泣くな、馬鹿者が」
「無茶言うなよ…。嬉しくて…嬉し過ぎて…ホントもう…どうしたらいいのか分からないんだよ…!」
「いいから少し落ち着け」
「うるせぇよ…。何笑ってんだよ、ふざけんな…! 元はと言えばお前の所為なんだからな…!」
「分かった分かった」
クスクス笑いながらオレの背をポンポンと叩く海馬にしがみついて、オレは暫くセックスする事も忘れて泣き続けた。
泣くなと言われても無理な話だった。だって本当に嬉しくて嬉しくて堪らなかったから…。この感情の昂ぶりを制御するなんて、今のオレには絶対無理だと思う。
結局その後も海馬はオレが落ち着くまで慰めてくれて、やがて枕元のティッシュで涙と鼻水を綺麗にしたオレを自らベッドに誘ってくれた。ベッドの上に乗り上げて、両手を広げてオレを誘う海馬は本当に綺麗で…魅力的で…。
「最後まで…してくれるのだろう? 城之内?」
笑顔を浮かべて誘いを掛けてくる海馬にオレも微笑みかけて、二人でクスクス笑いながらベッドに倒れ込んでいった。