初めてのレッスンをしてから、オレは事ある毎に海馬にディープキスをするようにしていた。全く快感を感じられない海馬を導く為の唯一の糸口として、まずはそこを重点的に責める事に決めたからだ。
誰も居ない放課後の教室、お昼を食べ終わった後の屋上、一緒に帰った後のオレの家や海馬の私室。そういうところで何度も唇を合わせる。最初は微妙な顔をしてオレのキスを受けていた海馬も、しつこく続けている内にだんだんと反応が変わって来た。
「っ…。ふぅ…っ」
温かい口内に入り込み滑る舌を絡ませると、顔を真っ赤にして切なげな吐息を吐き出すようになった。初めの頃はただ息が苦しいだけなのかと思っていたけど、どうやらそれだけじゃ無いらしい。この反応はどう見ても、オレのキスに酔っているとしか思えなかった。
今日も誰も居なくなった教室内で海馬を掴まえて唇を合わせると、海馬はピクリと震えつつも黙ってオレのキスに応えてくれる。舌で口内を探ると、当初は逃げていた舌は今は積極的に絡んで来て、クチュリという濡れた音を辺りに響かせた。舌に溜まったトロリとした唾液をジュルッと吸い込むと、海馬が「んっ…」と鼻に掛かる甘い声を出して反応する。
これってもしかして…いやもしかしなくても、気持ち良いんじゃないだろうか?
互いの舌の間を結ぶ唾液の糸もそのままに、オレは顔を離して海馬の顔をじっと見詰めてみた。海馬は顔を真っ赤にしてハァハァと息を荒くしながら、伏せていた目を開けてオレの事を見詰め返してくる。
「なぁ…海馬」
口元を恥ずかしそうに指先で拭う海馬に、オレは思い切って問い掛けてみる事にした。
「もしかして…気持ち良いんじゃねーの?」
「………?」
オレの問い掛けに海馬は一瞬考え込んで、そして眉根を寄せて首を捻った。ハッキリ否定された訳じゃないけど、ちょっと微妙な反応にオレも不安になる。
海馬が気持ち良くなっているように感じているのは、もしかしたらオレの気のせいだったのかもしれない。早く海馬に快感を感じて欲しくて、オレ自身も焦っているのかなぁ…なんて思ったら、何だかやるせない気持ちになってきた。
海馬に無理をさせているのかもしれない…。オレとしてはゆっくり事を運んでいるつもりだったんだけど、海馬に取ってはオレの想像以上の負担になっているのかもしれない…。
そう思ったら途端に居たたまれなくなって来て、一言謝ろうと口を開いた時だった。
「分から…ない…んだ」
口元を手で覆って俯いていた海馬が、ボソリと言葉を放った。
「これが…気持ち良いのかどうか…分からない。ただ…気持ち悪くは…無いのは確かだ」
「気持ち悪くない? オレにキスされても嫌じゃないのか?」
「嫌では無い。最初はよく分からなかったが…最近は少し違うと感じるようになっている」
海馬の言葉に、オレは何かがピンと来た。
何をしても「分からない」とだけしか言わなかった海馬が、初めて何か別の感覚を感じて、それを説明しようとしている。これはもしかしたら物凄く大事な事かもしれないと、オレはゴクリと生唾を飲み込みつつ口を開く。
焦ってはいけない。ここで焦ったら元の木阿弥だ。だが、異様に心臓がドキドキするのも止められ無かった。
「それって…どういう事? オレにキスされると…どんな風に感じるの?」
なるべくゆっくりと…そして言葉を選んでじっくりと尋ねてみる。オレの質問に海馬は真っ直ぐにオレの瞳を見返し、そしてほんのりと頬を紅く染めたまま口を開いた。
「よく…分からない…。だが…背中と腰が…変な感じになる」
「背中と腰? 変な感じって…どんな風になるんだ?」
「何だか…ゾクゾクするのだ。寒気とはまた違うのだが…ムズムズしてじっとしていられなくなる…」
背中や腰がゾクゾクとかムズムズって…。それってまんま快感を感じてるって事じゃ無いか!
そう思ったけど、オレはそれを口に出す事はしなかった。オレは快感という感覚を知っているけれど、海馬は未だにそれを分かっていない。今お前が感じている物が快感だと教えるのは簡単だけど、そう言われたって海馬にはそれを理解する事は出来無いだろう。
海馬が自分でその感覚を快感なんだと認識する事が出来無い限り、このレッスンは全く意味を成さないんだ。
「そっか。背中と腰が疼くのか」
なるべく明るい声でそう言うと、海馬は恥ずかしそうにコクリと頷いた。その反応にオレは至極満足する。
悪く無い。うん、悪く無いぞ。凄くゆっくりだけど、海馬の感覚は確実に進化している。その事実に嬉しくなって、オレは海馬の細い身体を抱き寄せた。そして優しく頭を撫でてやりながら、その身体を壁に押し付ける。
「城之内…?」
「んじゃもう一回だけ。今日は後もう一回だけキスをしてから帰ろう。な?」
「………」
一瞬押し黙ったものの、海馬がコクリと頷いたのを見てオレはニッコリと笑いかけた。そして海馬の足の間に自分の片足を突っ込みながら、ゆっくりと顔を近付けていって唇を押し付けた。
「ふっ……んっ!」
鼻から抜ける甘い声に満足しつつ、もう一度ぬるりと舌を差入れてみる。直ぐさま反応して絡んでくる熱い舌に満足しつつ、オレは海馬の背中に腕を回して、キスをしながら背中や腰を撫で回してみた。途端に海馬の身体がビクビクと震え、オレから離れようと腕を突っぱねてくる。
「ダメ…だよ」
一度唇を離して、熱い吐息と共にそう伝える。
「今日最後のキスは…ちょっと触りながらやるからな」
「やっ…。嫌だ…っ」
「どうして?」
「だって…何か…ゾワゾワする…から…」
「うん。それでいいんだよ…海馬」
「良く…無い…! 嫌だって言って…んんっ!」
文句を言う唇を煩いとばかりに塞いでしまう。舌を差込んで口中を舐め回してやれば、海馬は諦めたように突っぱねていた腕をオレの背に回して、学生服をギュッと握り締めた。
震える腕の感触を心地良く感じながら、オレは再び海馬の背中と腰を撫で回してみる。優しくゆっくりと…学生服の上からサワサワと撫でているだけなのに、海馬はその度にビクリビクリと身体を痙攣させた。
これは…意外に好感触だ。オレが思っていた以上に、海馬が快感を覚えるのは早いかもしれない。
そう思いつつ、海馬の両足の間に差入れた片足を持ち上げて、膝で股間をやわやわと刺激してみた。途端に合わさった唇から「うっ…ん!!」という抗議のような呻きが聞こえたけど、オレはそれを無視して膝でその部分をクイクイと刺激してみる。
海馬のそこは相変わらず柔らかくて、まだ全然反応して来ない。その事に「あー…。やっぱりダメかー…」と少しがっかりして足を降ろそうとした時だった。
「あ…れ…?」
海馬の内股がプルプルと細かく痙攣している事に気付く。背中を撫で回していた左手を下に降ろしてそっと内股を撫でてやれば、それだけで海馬はビクリと跳ね上がるように強い反応を示した。
オレが海馬の身体に触れるようになってから約二週間…。ここまでの強い反応が返ってくるのは初めての事で、オレ自身もちょっとビックリする。「海馬…?」と問い掛ければ、海馬はただ首をブンブンと横に振って泣きそうな顔をしていた。
「嫌…っ。嫌だ…っ。何か…嫌だ…っ!」
「どうした海馬?」
「分からない…っ! 分からないのに…ゾワゾワする…っ! 気持ちが悪い…っ!」
「気持ちが悪い? 本当に?」
「だって…こんなに落ち着かない…っ! じっとしていられない…っ!」
「うん。それでいいんだよ…海馬。何も間違っていない」
半ばパニック状態の海馬を宥めつつ、オレは掌で優しく内股を撫でてみた。指先でそろりと撫で上げるだけで、そこはブルブルと細かく痙攣する。何度も何度も撫で擦りつつ、そっと海馬の股間を掌で包み込んだ。
相変わらず柔らかいままのペニス。だけど…。
「………?」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、それがピクリと震えたように感じられた。
その感触をもう一度感じたくて、包み込んだそれを掌で優しく揉んでみると、海馬が耐えられないという風に激しく身体を捩る。
「嫌…だ…っ!」
震える声で悲鳴を上げ、青い瞳からは今やハッキリと透明な涙がボロボロと零れ落ちている。さっきまで紅潮していた頬は今は真っ青になり、嗚咽を漏らして泣き出した海馬を見て、オレは今日のレッスンのタイムリミットを知った。
危ない危ない。漸く見えた光明に、危うくこれまで保ってきた理性を手放すところだった。せっかくここまで上手く来たっていうのに、ここで焦ってどうするんだ…馬鹿なオレ。
「ゴメンゴメン。今日はここまでだから、もう泣かないで…」
未知の感覚に怯える海馬の身体から一旦距離を取って、肩に手を置いて顔だけを近付けて頬に口付けた。流れる涙の痕を舌で辿って、真っ赤になった眦をペロリと舐める。
「終わり…なのか…?」
「うん。今日はここでお終い。続きはまた今度だな」
また今度という言葉に、海馬がピクリと反応して顔を引き攣らせた。
あ、しまった。やり過ぎてついに嫌われちゃったか…?
流石に心配になってドキドキしながら海馬の様子を見守っていたら、海馬は青冷めた表情から再び頬を紅色に染めつつコクリと頷き、「分かった…」とハッキリと答えてくれた。
嫌われた訳でもレッスンを嫌がられている訳でも無い事を知って、オレもホッと一安心する。せっかく快感を掴める糸口が見えて来たというのに、ここでレッスンを中断する訳にはいかないからな。
疲れたように椅子に座り込む海馬を置いて、オレは教室を出てトイレに駆け込んだ。何をするのかと言えば…勿論一発抜く為だ。
レッスン修了後にオレがトイレに駆け込む理由を、海馬はよく知っている。その事に対しては何も言わないし、否定されたり嫌がられたりする事も無い。ただ抜き終わってトイレから戻って来た時に、罪悪感の籠もった瞳でじっと見詰められるのだけは変わらなかった。
「………」
あの綺麗な澄んだ青い瞳に浮かぶ自責の念を、オレは消し去ってやりたいと思う。だからその為にオレはこれからもレッスンを続けていこうと思っている。
だけど…どんなにオレが頑張っても、やっぱり限界という物はあるんだ。途中までは導いてやる事が出来るけど、でもきっと最後の扉は海馬が自分で開けなければならない筈だ。
「もうちょっとだ…。多分もうちょっとだよ…海馬」
だから安心してオレにその身を任せて欲しい。海馬が本当に快感を感じられるようになるまで、オレも絶対に無理したりはしないから。それを信じて…そしてオレに全てを委ねて欲しい。
抜き終わって欲望の粘液に塗れた自分の手をトイレットペーパーで拭き取りながら、オレはトイレの壁に寄り掛かって天井を見上げ、そんな事を考える。
それは海馬に対する誓いであると同時に、絶対に暴発してはならないという自分に対する戒めでもあった。
「絶対に…導いてみせるから…」
強く強く決意しながら、オレはその日がそう遠く無い内に来るであろうと…確証もなく予感していたのだった。