ベッドの上に仰向けに横たわる海馬の上に、オレはゆっくりと覆い被さった。バスローブの合わせ目から掌を差込んで、シャワーを浴びたばかりでまだ暖かい滑らかな肌をそっと撫でる。その途端に海馬の白い肌がゾワリと粟立つのを見て、やっぱりな…と苦笑した。
「気持ち悪い?」
そう問い掛ければ、海馬はコクリと頷いて答える。その顔が何も感じられない自分を責めているようで、見ていて凄く可哀想になった。
感じて貰えないのは悲しいし悔しいけれど、感じられないのはコイツの所為じゃない。まだ幼い海馬を玩具にした汚い大人達がいけなかったんだ。そのトラウマに縛られて身動きが出来なくなっている海馬を、オレは責めようとは思わない。それどころか…オレのこの手で解きほぐしてやりたいと思っていた。
「とりあえず…キスしようか?」
「キス…?」
「そう、ディープキス。恋人同士なら当然だろ?」
オレが笑いかけると、海馬は困ったような顔をして…そして黙って頷いた。
そうだよな。キスに対しても良い思い出なんかある訳が無い。それは分かるんだけど…でもやっぱりトラウマは克服して欲しいって思うんだ。
海馬の事は大好きだし、心から大事にしたいと思う。だけど…このままの状態で良いだなんてそんな甘い事は言えないし、オレだって我慢するのにも限界がある。ゆっくりでいい。少しずつでいいから、オレに慣れて欲しいと思うんだ。
「ちょっと…口開けてくれる?」
キリキリと噛み締められた唇を親指の腹でなぞりながらそう言うと、海馬は恐る恐る唇を開いてくれた。真っ赤に充血したその唇に誘われるように顔を近付けて、余り怖がられないようにそっと口付ける。柔らかい唇をオレの口で覆って、生温かい口内に舌を差入れた。途端に押さえ付けた身体がビクリと痙攣し、進入してきたオレから逃げるように海馬の舌が奥へ引っ込んでしまう。それを追いかけて、舌と舌を触れ合わせた。
柔らかくて…甘い海馬の舌。怯えたような海馬の表情に余り激しいキスはせずに、引っ込んだままの舌や顎の裏などを舌先でチロチロ舐めるだけにする。普段のオレだったら絶対物足りなく感じる筈のディープキスなのに、それだけでもオレの下半身はズキズキと痛みを訴える程に反応していた。
「っ……ふぅっ…!」
気持ち悪いのを我慢しているのと、自由に息が出来なくて息苦しい所為だろう。海馬は目をギュッと強く瞑って、ブルブルと震えていた。眦には涙も浮かんでいる。
そんな海馬の様相もまた、オレの興奮材料の一つとなっていた。もし裸で抱き合っていたら、このまま理性の箍が外れて海馬に襲いかかってしまうんだろうなって思う。勿論そんな事をするつもりは無いし、そうならない為にもオレは服を着たまま海馬と抱き合っていた。Tシャツも着たままだったし、ジーンズも履いたまま。すぐに脱げないようにベルトもばっちり嵌めてある。例え途中で理性が持たなくなっても、ベルトを外すのに手間取ればその間に少し冷静になれるような気がしたんだ。
そんな風に、オレとしてはかなり冷静に事を運んでいたつもりだったんだけど、初めて見る海馬の痴態は予想以上の破壊力だった。ズキズキと痛みを訴える程に興奮する息子を何とか押さえ込み、オレはそれを海馬に気付かせないように身体を持ち上げて、なるべく密着しないようにする。例え何もしなくても、オレが興奮しているのに気付くだけで海馬のトラウマを再発させてしまう恐れがあったからだ。
「ぅ…っ! くっ…!」
ディープキスをしながらバスローブの腰紐を抜いて、ローブを左右に肌蹴させた。そして現れた白い肌を優しく撫でると、その度に海馬は眉根を寄せて気持ち悪そうに身を捩る。
可哀想だな…とは思うけど、少し我慢して貰わないと先に進めないし、何も変わらない。一緒に頑張るんだって決意したんだから、ここは海馬に耐えて貰う事にした。
「はっ…ぁ…っ」
合わせていた唇を離して海馬の顔を覗き込むと、途端に詰めていた息を吐き出して手の甲で唇をゴシゴシと拭う。ちょっと傷付くなぁ…と思ったけど、分かっていた事だったから苦笑しただけでオレは何も言わなかった。言ったって仕方無いし、海馬にだってどうしようも出来無い事なんだからって知っているからな。
「やっぱり…ちょっと気持ち悪かった?」
恐る恐る尋ねてみれば海馬はオレの顔をチラリと覗き見て、そして戸惑ったような表情で首を傾げる。
「分から…ない…」
「分からない?」
「気持ち良い…とは感じられなかった。ただ…気持ち悪かったかと聞かれても…そうだとも言えない」
「そっか」
身体を触ったときにハッキリと気持ち悪いという意志を示したのに比べれば、どうやらディープキスはそうでも無いようだ。これは些細な事に見えて、実は重要な事柄だと思う。多分海馬は口の中が敏感なんだ。ここから快感を覚えさせていく糸口になると思えば、こんな小さな変化も見逃せる訳が無い。
未だ微妙な表情のまま考え込む海馬にニッコリと笑って、オレは少しだけ身体をずらした。
「んじゃ、もうちょっと触っていくからな。我慢…出来るよな?」
オレの問い掛けに海馬がコクリと頷いたのを見て、オレは顔を横に傾けて海馬の細い首筋に唇を押し付けた。そのまま頸動脈に沿ってべろりと舐め上げる。途端にビクッと身体が跳ね上がってさっきと同じように肌が粟立ったけど、オレはそれを無視してゆっくりと下に下がっていった。震える肩に口付けて、浮き出た鎖骨を軽く噛んで、仄かに色づく赤い乳首に吸い付いた。
「うっ…やっ…」
それまで黙って愛撫を受けていた海馬が、そこで初めて拒絶の言葉を吐く。感じないとは言っても乳首が敏感な場所である事は変わらないから、多分我慢出来無かったんだろうな。その証拠に、海馬は少し青ざめた顔で口元に手を当てて横を向き、フルフルと震えていた。
「大丈夫か? 気持ち悪い? 吐きそうだったりする?」
オレの質問に海馬は閉じていた瞼を開き、潤んだ瞳でオレの事を見返した。赤く色づく眦が色っぽくて、それだけでも充分だと思わせる程にドキドキする。だけどここであからさまに興奮しちゃったり何かしたら、海馬が引くのが目に見えている。せっかく重大決心をしてオレに身を任せてくれたんだ。海馬を怖がらせる事だけはしてはいけないと…改めて心に強く決めた。
「だい…じょ…ぶだ…」
顔面蒼白になりながらも、海馬は健気にそう返事をする。その酷い顔色に、オレは一瞬今日のレッスンはここで打ち切りにしようと思った。だけど、ここでオレが引いてどうするって思い直して、海馬に「じゃあ続けるからな」と返事をして行為を続ける事にした。
頑張っているのは海馬だ。その海馬が大丈夫だと言うなら、オレはそれを信じる。
真っ赤になった乳首をペロリと舐めながら、オレは右手を細い身体に這わせていった。まるでオレの掌が直接吸い付くように感じるくらい、その肌はしっとりと滑らかだった。その触り心地に夢中になりながら、掌を胸から腹部へ、そして足の間へと割り込ませる。そして身体の中心にある性器に指を絡めた時…予想外の感触に驚いて慌てて顔を上げて、その場所を自分の目で確認した。
海馬のペニスは…全然勃起していなかった。
柔らかく…小さなままのペニス。勃起どころか全く反応していないそれに、流石のオレもショックで頭が真っ白になる。
頭では分かっていたんだ。最初からそうだという話を聞いていたから。でも海馬の肌を触るのに夢中になっていて、ついその事実を失念していたんだ。自分の頭の中で「こうなっているだろう」という感触と、実際掌で包み込んだそれの感触が余りに違い過ぎて、オレは驚きを隠す事が出来無かった。
「だから…言っただろう?」
驚いたまま何の反応もしていないペニスを凝視するオレに、海馬は悲しそうな声で語りかけてきた。
「何をしたって…感じられないのだ…。だからセックスは…無理なのだ。きっと…この先どうしたって…治る事は無い」
自分の顔を両腕で覆って、震える声で言葉を放つ海馬。顔が見えなくたって良く分かる。多分海馬は…泣いているんだ。
そうだ…。最初っから分かっていた事じゃ無いか。ここでオレが焦ってどうする。一番焦っているのは…そして辛いのは海馬だっていうのに。
「海馬………」
顔の上に載せられた腕をそっとどけて、現れた涙に濡れた顔にオレは優しく微笑みかけた。
不安がらせちゃいけない。これ以上海馬に自責の念を抱かせてはいけない。海馬は何も悪く無い。ここまで壊れてしまった海馬を治せるのは…オレだけなんだから。
「大丈夫。ゆっくりやっていこう」
柔らかいままのペニスを優しく掌で包み込んで、オレはそれを大事に撫でた。途端にそれがとても愛しく思えてくる。今は何の反応もしなくても、いつかオレに興奮して勃起してくれればいいやと、そう思った。
焦りが消えていく。気持ちが落ち着いていく。大丈夫だ。オレはまだ海馬を待つ事が出来る。こいつを…導く事が出来る。
「最後にもう一回キスしよっか」
海馬のペニスを掌で包み込んだまま、オレは少し伸びをして海馬の唇に吸い付いた。そっと舌を差入れると、さっきまで奥に引っ込んでいた温かい舌が反応してきて、おずおずとオレの舌に絡みつく。チュク…と濡れた音が響いて、その音にオレの股間がまた痛いくらいに反応した。
うん。やっぱりヤバイくらいに興奮する。だけどもう大丈夫だ。オレは全然焦ってないし、むしろ気持ちに余裕が出て来たくらいだ。
温かな熱を持った海馬の口中をゆったり舐め回しながら、オレは嬉しくて嬉しくて堪らなくなっていた。
すっかり疲れてグッタリした海馬をベッドに残して、その後オレは一人で海馬の私室に備え付けられているトイレに籠もった。別に腹が下ったとかそういうんじゃなくて…つまりアレだよ、アレ。一人で抜いてたんだ。
だってそりゃあ…無理だろうよ。あんな海馬の姿を見せつけられて、しかも実際に触ったりしちゃったから、オレの下半身は興奮しっぱなしだった。最後なんて勃起し過ぎて下腹部がズキズキ痛いくらいだったしな…。
トイレで一人寂しくシコシコしてたけど、今までのオレの人生の中で一番気持ちいいオナニーだったと思う。何せさっきまで実際に見ていた恋人の痴態をおかずにしてたからな…。未だ生々しい海馬の姿を脳裏に思い描いてするオナニーは、もう最高に気持ちが良くて堪らなかった。
欲望を出し終わった後は「はぁ~…」と大きく息を吐いて脱力しつつも、綺麗に掃除されているトイレ内を汚さないようにトイレットペーパーで手とかペニスとかを手早く拭った。そして水洗レバーを捻って綺麗サッパリ流してしまう。
「はぁ~…やれやれ」
何だか妙にスッキリして頭はクリアになっていた。セックス自体は出来無くても、ちゃんと一歩前進した事に満足して「うーん」と一回背伸びをする。背骨がパキッと鳴って頭に血が巡るのを感じつつトイレから出て来たら、目の前に突っ立っていた海馬と目が合ってビックリした。
バスローブを羽織った海馬は腕を組み、洗面所の壁に寄り掛かるようにして俯いて立っていた。そして水が流れる音と共にトイレから出て来たオレを横目でチラリと見詰め、そしてちょっと辛そうな顔をしつつボソリと言葉を放つ。
「やはり…無理をしているのではないか…」
オレがトイレで抜いていたという事実に頬を紅く染め、だけど、自分がそうさせているんだという自責の念で押し潰されそうになっている海馬。
可愛くて愛しくて、そしてちょっぴり馬鹿だなって思った。
「馬鹿だなぁ。無理なんてしてないぜ? むしろオレは凄く嬉しいって思っているんだ」
「嬉しい…?」
「そう。海馬がちゃんと最初の一歩を踏み出してくれた事が嬉しいんだよ」
明るい声でそう言い放って、壁により掛かったままの海馬に近付いて項垂れている細い身体をそっと抱き寄せた。いつもだったら抱かれる瞬間にビクリと怯える身体も、今日はそんな怯えは見せずに自分から擦り寄って来る。そしておずおずとオレの背中に腕が回り、草臥れたTシャツをギュッと握られた。
この先一体自分がどうなるのかが分からなくて、不安で一杯の海馬の気持ちがオレにも伝わってくる。だからこそ、オレがここで引く事だけはしちゃダメだと思った。
「また…レッスンしよう。お前が感じられるようになるまで…何度も…何度も」
オレの言葉に海馬がハッキリと頷いて応える。
海馬の全く迷いがない強い決意に感心し…そして嬉しくなって、オレはますますコイツへの愛を深めていくのだった。