*Lesson(完結) - レッスン開始! - 番外編:I want you(後編)

 ベッドの上で城之内に躙り寄って、オレは彼が着ていた服を全て脱がせてしまった。目の前に現れた逞しい胸板や腹筋にゴクリと生唾を飲み、その肌へ指先を触れさせていく。ぺたりと掌を熱い肌に合わせると、城之内がブルリと身体を震わせて苦笑した。

「どうした?」
「ふふっ…。お前の手…冷てぇよ…」

 返って来た答えに、なるほど…と思う。今オレの掌から伝わってくる城之内の体温は熱く感じる程だ。対してオレは普段から体温が低い。冷たい指先で暖かい身体に触れてしまったので、城之内もそれに反応してしまったのだろう。
 だがこればっかりはどうにもならない。手はすぐには暖かくならないだろうし、ここは城之内に我慢して貰う他無いのだ。

「済まん。ちょっと…我慢してくれ」

 そう言うと、城之内は眉根を寄せながらもコクリと頷いてくれた。その答えに安心して、オレは行為を続ける事にする。
 裸の身体を擦り寄せて、一度ピッタリと身体を合わせる。オレと違って太くしっかりとした首筋に唇を押し付けながら、掌をそろそろと下に降ろしていった。指先に触れた胸の飾りを擽って、キュッ…と摘んでみる。その途端、城之内がビクリと反応してクスクスと笑い出した。

「城之内…?」
「ゴメン。ちょっとくすぐったくて…」

 クックッ…と笑いながらくすぐったそうに身を捩る城之内を見て、オレはそう言えば…と思い出した。
 慣れていないと、男がここで感じるのは難しいと聞いた事がある。オレも幼少期はくすぐったいばかりで快感なんて全く感じられなかった事を思い出したが、いつの間にかそこへの快感に慣れてしまっていたので、その事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 指先がくすぐったいのなら仕方が無いと、オレは頭を下げて城之内の胸元にキスを落とした。そしてそのまま少し硬くなった乳首に吸い付く。薄い皮膚をペロリと舐め上げて、纏わり付いた唾液ごとチュッ…と吸い上げた。

「っ………」

 すると頭上から息を呑み込む音が聞こえ、城之内の身体がビクッと揺れる。今度はちゃんと感じてくれたらしい。調子に乗って逆側の乳首にも吸い付きつつ、先程までしゃぶっていたオレの唾液塗れの乳首を指先で転がした。先程はくすぐったがって笑っていた城之内も、今度は笑ったりしない。それどころか、息を詰めて快感を我慢している様が伝わってくる。
 チュピッ…と音を立てて乳首から口を離し、オレは城之内の顔を見上げた。

「気持ちいいか…?」

 そう尋ねれば、城之内は相変わらず眉根を寄せた表情のままコクリと頷いてみせた。

「うん。何か胸とか腰がジンジンする。気持ちいいよ…」
「本当か?」
「本当だよ。下…反応してるだろ?」

 城之内の言葉に視線を下方にずらせば、そこには硬く勃起している城之内のペニスがあった。迷わずそれに指を絡めれば、「くっ…」とまた城之内が息を詰めて身体を強ばらせる。

「いきなり握るなよ…」
「済まん…」

 謝りながらも、それから手は離さない。それどころか、オレはそれを握ったまま手を上下に動かしていた。先端から溢れて来た先走りの液が指に絡まって、すぐにニチャニチャとした粘ついた水音がそこから響いてくる。その音に誘われるようにオレは頭を下げ、握っていたそれに唇を近付けた。

「か…海馬!?」

 焦ったような城之内の声が頭上から聞こえたが、オレはそれを無視してペニスの先端に口付ける。チュッ…チュッ…と何度も軽いキスを繰り返していると、城之内の指先がまるで擽るようにオレの頬を撫でている事に気付いた。チラリと見上げると、熱に浮かれた琥珀色の瞳と視線が合う。城之内の明るい色の瞳は、今は快楽と欲望にゆらゆらと揺らめいていた。

「して…くれるの…?」

 発せられた声も、熱を持っているのが分かる。はぁー…という熱い吐息と共に吐き出されたその言葉に、オレはコクリと頷いてみせた。

「オレもお前を愛したいと…そう言っただろう?」
「うん…」
「これをする事によって…お前に引かれるかもしれないが、それでもオレはしたいと思っている」
「引いたりしないよ。お前がそう言うなら…好きにすればいいさ」
「あぁ」
「でも絶対無理だけはしないで。駄目だと思ったらすぐに止めていいんだからな?」
「分かっている。大丈夫だ」

 そう言ってオレは、大きく口を開いて熱い肉の塊を口内に招き入れた。

「ゆっくりでいいから…。焦らないで」

 心配そうな城之内の声が聞こえたけれど、オレは敢えてそれには反応せずに、熱いペニスに舌を絡ませる。だが、もう既に硬く勃起しているそれは、オレの口の中だけには収められない。仕方無く一度口を離して、根本から丁寧に舐め始めた。先端から留めようもなく溢れ流れ落ちてくる粘液を舌で舐め取り、少しずつ上に向かって移動していく。太い血管の上に舌を乗せると、舌先で城之内の血流が力強く脈打っているのが分かって嬉しくなった。たまに横向きに咥えてみたり、唇だけで皮を引っ張ってみたりもする。その間も指先を腿の内側に這わせて、大きな睾丸をコロコロと愛撫し続けていた。

「っ…うっ………!」

 頭上から、城之内が必死に快感を我慢している呻き声が漏れ出して来る。その声を聞きながらオレは丁寧に城之内のペニスに舌を這わせていき、やがて上部に辿り着いて、泉のように先走りの液を溢れさせる先端に舌先をグリッと抉り込ませた。

「ふっ…! 海…馬…っ!!」

 途端に城之内の口から喘ぎが漏れる。その声が嬉しくて嬉しくて堪らなくて…オレはどんどん調子に乗っていった。
 先端を綺麗に舐め取り、もう一度深くペニスを銜え込む。大きくて口の中が一杯になっても焦らずに、喉を開いてなるべく奥の方まで飲み込んだ。そのままペニスに舌を当てながら喉を動かすと、城之内の指がオレの頭に触れてくしゃりと髪の毛が握り締められる。その手が震えているのが頭皮から直に感じられて、その事でオレも興奮してくるのを実感した。
 あの頃、あの性的虐待を受けていた幼い日々…。汚い大人達に強制させられるこの行為が、死ぬ程嫌いだった。「いやらしい子だ」「淫乱だ」と揶揄される度に、自分の人格まで否定された気になってどうしようも無く泣きたくなった。
 違う! そうではない! 自分は淫乱なんかじゃない! …と、全身でそれを拒絶していたというのに、時が経つにつれて自分の身体はどんどん快感に慣れていき、本当はこんな事はしたくないというのに身体は正直に反応していった。

 だからこそ…オレは自分自身に幻滅したのだ。口では何と言おうとも、身体が反応している事は自分が一番良く分かっていたから。

 あの頃…誰に行為を強要されようとも、オレの耳には様々ないやらしい揶揄が飛び交っていた。相手はほぼ単体だったが、オレの耳には同時に複数の大人の声が聞こえていたのだ。

『何て淫乱な子なんだ』
『本当にお前はやらしい子だね』
『口では拒否しようとも、身体は正直だぞ』
『本当は感じている癖に』
『ほら…気持ち良いのだろう?』
『こんな物をお口に銜えてよがるなんて…将来有望だな』

 冷ややかな笑い声と共にオレに吹き込まれる汚い声…声…声。それが嫌で嫌で堪らなくて、やがてオレは感じる事を止めてしまった。この行為には…そう言った嫌な思い出がずっと付きものだった筈だった。

 それなのに、これは一体どういう事なのだろう。

 あの頃必ずと言っていい程聞こえていたあの汚い声が、今は一つも聞こえ無い。それどころかオレは、自分がこの行為をしているという事に酷く興奮し、身体を熱くしている。
 咥えている物は、他と対して変わらない筈だ。熱い肉の感触も、生臭い匂いも、全てはあの頃無理矢理口に突っ込まれたペニスと全く一緒の筈…。けれどそれが城之内のペニスだというだけで、どうしてこんなに興奮してしまうのだろう。嫌だなんて全く思えない。むしろもっと沢山したいくらいだ。

「んっ…んんっ…! ふっ…ぅ…」

 我慢が出来無い。自分の身体には全く触れられていない。むしろ今はオレが触る側であり、ただ相手のペニスをしゃぶっているだけだ。それなのにオレの身体は間違い無く、快感を感じていた。
 心臓はドクドクと高鳴り、身体は熱くなり、いつも城之内を受け入れている場所が疼き始める。今日は一度も触られていないというのに、自分のソコがヒクヒクと蠢きだしたのがハッキリと感じられた。
 足りない…。もっと感じたい。感じさせて欲しい。早く自分のそこに熱いコレを挿れて欲しい、コレに埋め尽くされたいと…そう願わずにはいられなかった。

「はっ…ふぅ…! んぐっ…んんっ!」

 頭に血が昇って、顔がカーッと熱くなっていくのが分かる。それでもオレは、その行為を止めようとは思わなかった。必死に城之内のペニスを舐めしゃぶりながら、いつの間にかオレも鼻に掛かった甘い喘ぎ声を出している。それが酷く恥ずかしかったけれど、声を我慢する事は出来無かった。

「ぁ…っ! 海馬…っ!」

 サラリと頭を撫でられ、そしてまた髪を強く掴まれる。城之内がオレの愛撫で感じてくれている事が、何より嬉しく感じられた。
 オレが顔を動かす度にグチュグチュと響く水音に、ドクドクと心臓が高鳴って興奮する。早くコレをイカせてあげたくて堪らない。この後吐き出されるであろう精液を飲みたいだなんて…そんな事、生まれて初めて思った。

「海馬…もうっ…!」

 城之内が限界を訴える。だがオレは口を離す事無く、ますます深くペニスを飲み込んでいった。

「もう出るから…口…離して…っ」

 必死さを増してきたその声に、オレは瞳を開けて上目遣いで城之内を見詰めた。そして視線だけで拒否の意志を告げる。顔を真っ赤にした城之内が大きく目を見開くのを確認して、オレは再び視線を閉じ、行為に没頭した。そして城之内がイキやすいように根本や睾丸を指で弄りつつ、銜え込んだペニスにほんの少しだけ歯を当てる。

「あっ…くっ…!!」

 その途端、それはオレの口の中で大きく弾けた。
 口内に流れて来た生温い精液を、オレはそのまま喉の奥に流して飲み込んでしまう。それが決して美味しく無い物だという事は知っているし、舌の上に載せて味わってしまえば余計に飲み込み辛くなってしまうからだ。
 コクリコクリと喉を鳴らして城之内が放った精液を飲み込み、そのまま口に銜えていたペニスの先端を強く吸い上げた。尿道に残っていた精液も残さず飲んで、そこでオレは漸く城之内のペニスから口を離す。てろりと粘ついた唾液が、オレの口と城之内のペニスの先端を繋いでいた。その様が如何にもいやらしくて、また興奮が増して来るのを感じる。

「はっ…あ…。城之…内…」

 ハァハァと荒い呼吸をしながら城之内の名を呼べば、オレの事をじっと見詰めていた城之内の顔がますます赤くなっていった。そして困った顔をしながら、オレの顔に手を伸ばしてくる。熱い掌で頬を包み、そのまま親指の腹でグイッと唇の端を拭われた。

「………?」
「…付いてた」
「………何が…?」
「オレの。その…出した奴が…」
「………あぁ」

 どうやら全てちゃんと飲み込んだつもりでいて、ほんの少しだけ零してしまっていたらしい。この行為自体が久しぶりだった為、上手く出来無かったらしい。まぁ…仕方無いかと思いながらペロリと舌で唇の端を舐めたら、それを見ていた城之内がますます困った顔をしていた。
 その顔を見て、流石にしまったと思った。
 こういう行為に慣れているという話はしていたが、いきなりここまでの事をしてしまうのはやり過ぎだったのかもしれない。やはり引かれてしまったのかと心配になる。

「じ、城之内…。その…これは…」
「………」
「す…済まん…。やはり…引いてしまった…か…?」
「………」

 手の甲で濡れた唇をゴシゴシと拭いながら謝罪しても、城之内は何の言葉も返さない。ただ赤い顔でオレの事をじっと見詰めているだけだ。
 流石に少し気不味くなってきたな…と思った時、それまで黙っていた城之内が口を開いた。

「お前…凄ぇよ…」
「………城之内…? 何…が…っんん!!」

 何の事を凄いと言われているのか分からなくて首を傾げれば、突然強く腕を引かれて城之内の胸に飛び込んでしまった。そしてそのまま顎を掴まれて、唇を奪われる。熱い舌が無理矢理入って来て、口内を縦横無尽に蹂躙された。

「ふっ…! んぐっ…! んっ…ん…ん!」

 舌を吸われて甘噛みされて、歯列を辿られ唾液を流し込まれた。それをコクリと飲み込みながら、久しぶりの乱暴なまでに激しいキスに酔う。無我夢中で自分も積極的に舌を絡ませていると、突然下半身に痛みと快感の両方が走って、その衝撃にブルリと身を震わせた。

「んっ…!? ん…ぅ…!!」

 視線を下方にずらして見れば、城之内の熱を持った掌がオレのペニスを握り締めている。いつもより強く握られている為に多少痛みを感じるが、それでも快感の方が何倍も上回っていた。
 城之内はオレのペニスを握り締めたまま、その手を上下に動かしている。

「ほんと…凄ぇよ…海馬。ここなんてもう…こんなにトロトロになってるじゃねぇか…」
「ぅ…はぁっ…!」

 城之内の声が震えている。この震えが性的興奮に寄るものだなんて事は、オレが一番よく知っている事だった。

「気持ちいい? オレの咥えて、そんなに興奮しちゃったの?」
「んっ…! はっ…ぅ…。あっ…!」
「オレの…美味しかった?」
「あっ…んぁっ。ぁ…美味し…かっ…た…」
「そっか。美味しかったのか。今日はまだ、どこにも全然触って無い癖に、ここをこんなにしちゃうくらい美味しかったんだな」

 城之内の声が熱を持っているのが分かる。その声に浮かされたように、オレはただ必死にコクコクと頷いて答えていた。
 気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい。城之内に触れられる全ての事が気持ちが良くて、気が狂ってしまいそうだ。

「触って…くれ…もっと…」

 頭がボーっとなって何も考えられない。ただ今自分に出来るのは、欲望に忠実になる事だけだ。
 オレは自らの欲望に素直に従い、城之内の前で足を立て、ゆっくりと大きく左右に開いていった。普段はそこを見られるだけで恥ずかしくて堪らない場所が、城之内の目の前に晒されていく。今だって勿論恥ずかしいと思っている。だがそれ以上に…城之内にじっくり見られているという興奮の方が大きかった。

「奥…触って…」

 そう言って足を更に広げると、城之内がゴクリと喉を鳴らした。そしてゆるりと伸びてきた指が、そのまま体内に埋め込まれる。

「あっ…あっあっ!」

 城之内の節くれ立った指が、一気に三本入って来た。そんな事をされれば痛みを感じる筈なのだが、今のオレはそんな物を全く感じる事無く城之内の指を受け入れてしまう。むしろ三本しか無い指が物足りなく感じたくらいだった。

「すっげぇ…。ここもグズグズだ」

 驚いた様な声を出して、城之内が真剣な顔をしてオレの後孔を覗き込んでいた。特に何もしていない筈なのに、オレのソコはまるで女のように受け入れる体勢を整えてしまったのだ。
 とは言っても、流石に男の身体では潤滑液が足りない。城之内はその後、何度もローションを足しながらオレの中を慣らしていった。ただ、いつもよりずっとその時間は短かったが…。
 どれくらい時間が経ったのだろうか。オレの体内を慣らしていた指がチュプリ…という濡れた音と共に抜かれて、オレは余りの快感に脱力してベッドに沈み込んだ。息が整えられなくて苦しくて、ハァハァと大きく呼吸をしながら酸素を取り込もうとする。
 ふと…ベッドの横を見ると、城之内がサイドボードの引き出しから何か小さな物を取り出すのが目に入ってきた。薄いフィルムに包まれたそれは、考えなくても分かる代物で…。つまりは…そう、コンドームだ。
 オレはそれを確認すると、慌てて起き上がって城之内の腕を強く掴んだ。袋を破ろうとしていた城之内が、ギョっとした顔で振り返る。

「か、海馬!?」

 慌てたようにオレの名を呼ぶ城之内を、キッと睨み付ける。

「それは…いらない」
「………え?」
「それはいらないと言っている!!」

 そう言ってオレは城之内が手に持っていたそれを掴んで、ベッド下のゴミ箱に投げ入れてしまった。

「あーっ! お前…何するんだよ!! オレだってお前に挿れたいの! これ必要だろうが!」
「分かっている! オレだってお前に挿れて欲しい!」
「だったら…」
「でも、これはいらないのだ! 必要無い!」
「いらないって…。お前、何言ってるんだよ。これ無いと、お前腹壊すじゃんよ」
「ちゃんと処理をすれば大丈夫だ」
「最後までしたら、疲れてすぐ寝ちゃう癖に。はっきり言ってそんな余裕無いだろ?」
「っ………」
「後で苦しいのはお前なんだから、ちゃんとこれは付けようぜ?」

 な? とまるで子供に言い聞かせるように城之内は笑顔で言い、ゴミ箱の中に落ちたコンドームを拾い上げようとした。だがオレはその手をもう一度強く掴んで邪魔をする。

「海馬…お前なぁ…」
「嫌だ」
「嫌だって…お前…」
「嫌なんだ。もう…これを付けてセックスをするのは…嫌だ」
「だけど…海馬…」
「腹を壊してもいいのだ。そんな事で後悔はしない。むしろそんなゴム一枚で、お前の熱が遮断される方が嫌だ」
「ね、熱って…何言ってんのお前…!?」
「熱が欲しいのだ。城之内…お前の熱が欲しい。お前の熱さを直に感じたいのだ。頼む…そのまま挿れてくれ…」
「か、海馬…っ?」
「オレは…お前が…欲しいのだ…! 城之内…っ!!」

 真剣な声でそう訴えかければ、城之内は暫くオレの顔を凝視した後ふぅー…と大きな溜息を吐いた。そして困ったように、ガシガシと後頭部を掻いて項垂れる。
 そんな城之内の態度に、オレはまた不安になってきてしまった。
 幻滅されただろうか…? 今度こそ本当に、幻滅されてしまったのだろうか? もしそうだとしたら…オレは一体どうすればよいのだろう?
 コンドームを付けてセックスする事を許容すれば良いのだろうか? 確かにそれは、城之内がオレを労ってしてくれる事だ。受ける側のオレがそれを拒むのは、やはり少し…おかしいのだろう。けれどどんなに優しくされても、オレはもう嫌だったのだ。

 城之内の熱を感じたい…。ただそれだけなのに。

 どうせなら全て言ってしまおうと、オレは思いきって言葉を放つ事にした。

「実は…バックの体勢も…もう嫌なのだ。確かに楽だが、お前の顔が見えない。抱き合っている感じがしない。ちゃんと正面からお前と抱き合いたいのだ」
「………」
「抱き合って…熱を感じて…セックスがしたい。どんなに体勢が辛くても、痛みを感じても、苦しくても…構わない。オレはお前と、そういうセックスがしたい」
「………」
「駄目…だろうか?」
「めな…訳…だろうが…」
「城之内…?」
「駄目な訳…無いだろうが!」

 突然大きな声を出して、城之内はオレの腕を強く掴んできた。ハッとして思わず見上げた顔は真っ赤になっていて、情欲で潤んだ瞳が印象的だった。城之内は今、間違い無くオレに欲情している。それなのにオレの事を見詰める琥珀の瞳は、どこまでも真摯だった。
 その真剣な表情に何も言う事が出来ずにじっと見詰め返せば、城之内はクシャリと顔を歪め、そして掴んでいた腕を引き寄せてオレの身体を強く抱き締めて来た。裸の胸が重なって、ドクン…ドクン…という強い心音が伝わってくる。

「城之…内…っ」
「駄目な訳ないだろ…。この…馬鹿!」

 まるで泣く寸前のように声を震わせて、城之内は強く強く…オレを抱き締める。

「本当は…ずっとそう思ってた。もっと激しくお前とセックスしたいと…。無茶苦茶に抱き締めあって、お互いの全てを奪い合うような激しいセックスをしたいと…そう思っていた」
「………」
「だけどそんな事をしたらお前が元に戻っちまいそうで…。せっかく普通に感じるようになったってのに、また元に戻ってしまうかも…なんて考えたら、怖くて仕方が無かった。こんなにお前の事を愛しているオレ自身がお前の事を壊してしまわないか、毎回不安で堪らなかったんだ…」
「城之内…」
「自分の気持ちを抑えて、お前が感じてくれるだけで充分だと言い聞かせて。最後までセックス出来るようになったってのに、一体何が不満なんだと…ずっとそう思い込もうとしていた。そうやって乱暴な気持ちが湧き上がってくるのを、押さえ込んでいたんだ」
「城之内…お前…」
「体勢の事だって、本当はバックより正常位の方が好きなんだよ。でもよがってるお前の顔見てたら、我慢出来無くてがっついちゃいそうで…怖かったんだ。その事でお前がまたトラウマを起こしたりしたら、目も当てられねーじゃねぇか…」
「城…之…内…っ!」
「オレはお前が好きなんだ…愛しているんだよ! お前にとって辛かったり苦しかったり…無理だと思う事は何一つやりたくないんだ! でもオレは、本当はそれを求めていて…。もうどうしたら良いのか分からなくて…っ」

 ぎゅうぎゅうと抱き締めながらオレにそう告白する城之内を、オレは心から愛しく思った。
 この男はこうまでして自分を戒めながら、オレの事を一番に想って愛してくれていたんだ。今までも…そしてこれからも、オレの為に全ての我慢をするつもりだったんだ。その決意がしっかりと伝わって来て、オレは思わず泣きそうになってしまった。
 滲んでくる涙を城之内の首筋に擦りつけて、オレも自分から城之内の身体を強く抱き締める。この大馬鹿で愚かで、そして誰よりも愛しい男を手に入れる為に…。

「馬鹿だな…城之内」
「海馬…」
「お前の気持ちや優しさは嬉しい…。それは本当だ…。だがな、物には限度という物があるのだぞ?」
「………?」

 オレは泣きながら微笑んで、城之内の手を掴んだ。そしてそれを自らの下半身に誘導させて、ひくつく後孔に触れさせる。

「っ………!!」
「ほら、こんなになっているだろう…?」
「か、海馬…!?」
「ここがこんなになるほど、オレはお前の事が欲しいんだ…」
「………」
「挿れてくれ…そのままで。そしてオレの中でイッてくれ…。頼む…城之内」

 城之内の指先に触れられているだけで、ソコが熱く疼いてくる。早く挿れて欲しくて堪らない。城之内を愛しいと想う気持ちと、熱く昂ぶる身体の所為で、涙がボロボロと零れて止まらなかった。
 早く…早く…早く欲しい! そういう気持ちを込めて城之内を見詰めれば、琥珀の瞳が意志を決めたようにスッと細まった。そして城之内は無言のままオレの身体をベッドに押し倒し、スルリと足を持ち上げる。後孔に熱い熱が押し付けられたのを感じてオレは涙を流したまま瞼を閉じ、城之内の全てを享受する為に身体の力を抜いた。




「ひっ…! あっ…! あ…ぅ…ふあぁっ!!」

 ベッドの上で大きく足を開き、正常位で城之内を受け入れる。それは確かに、いつもより多くの苦痛をオレにもたらせた。だがそんな辛さも苦しさも、すぐに消えて無くなった。今オレが感じているのは、そのままの城之内がオレの体内を抉る快感だけだ。
 ピッタリと重ねられた胸、のし掛かる城之内の重さを心から愛しく感じる。汗を掻いた背中にしっかりと腕を回し、もう離したくないという意志を込めてギュッと強く抱き締めた。
 愛しい、愛しい、愛しい! オレの体内で感じる城之内の燃えるような熱が、本当に愛しい!

「くっ…ぅ…! あ…あっ! んっ…ぁ…城…之…内ぃ…!」
「海…馬…っ!!」

 オレが強く城之内の身体を抱き締めると、城之内も同じくらいの…いや、それ以上の力で抱き締め返して来る。オレに与えられる全ての情熱が…嬉しかった。熱くて頭が霞がかってハッキリしないが、このまま焼け死んでも構わないと思うくらい…その熱が気持ち良くて堪らなかった。

「大丈…夫…? 辛く…無い?」

 あれだけ言ったのに、城之内はまだオレの事を心配をしている。でも、それはもういいのだ。多分これが城之内の優しさ、そしてオレに対する気持ちの表れなのだろう。そんな事よりも、あれだけ激しい気持ちを持っていたのにも関わらず、オレの為を想って我慢出来ていたという方が凄い事なのだ。
 城之内は男としては普通の感覚を持っている。オレのように性的トラウマを持っている訳では無いから、本当だったらもっと自分の欲望をオレにぶつけたい筈だ。それなのに、自分の気持ちは抑えて全てオレの為を想って動いていた。
 それは並大抵の男に出来る事では無い。オレの事を本当に愛している城之内だからこそ…出来る事なのだろう。それがとても…泣きたくなる程嬉しかった。いや、実際に泣いていたのかもしれなかったが…。

「あっあっ…!  城之…内ぃ…っ!!」

 無我夢中で目の前の身体にしがみつき、自らゆらゆらと腰を揺らす。そして体内の熱を絞り上げるように、後孔を引き締めた。

「っ…う! 海馬…っ」
「あぅ…! あ…もっ…と…! もっと…城之内…!」
「でも…お前…」
「大…丈…夫…! 平気…だか…ら…もっとぉ…っ!」

 もっともっと奥まで突いて欲しい。オレの中を全てお前で充たして欲しい。それが出来るのは…城之内、お前だけなのだ。

「うくっ…! うぁっ…あっ! あぁっ!」
「あっ…! 海馬ぁ…っ!!」
「はっ…ひぁっ!! いぁっ…! もっ…もう…あぁぁっ!!」
「海馬…っ!!」
「っ…ひゃっ…ふぁっ…あああぁぁっ―――――――――――っ!!」

 一瞬で頭の中が真っ白になり、オレは自分の体内を抉っている城之内のペニスを絞り上げながら、背を弓形に反らせて達してしまった。ビクビクと身体全体を痙攣させると、城之内が一際強い力でオレの事を抱き締めて来る。

「うっ…くっ…! 海…馬…っ!!」
「あ…ぁ…ぁっ…」

 苦しげな声で耳元でオレの名を呼び、そして城之内もオレと同じように身体をブルッと震わせた。途端にオレの体内に収まっているペニスがビクリビクリと震え、次いでじわりとした熱が広がって行くのが分かる。その熱さえも快感になって、オレは再び身体を震わせて二度目の吐精をしてしまった。

 身体の奥が熱い…。熱くてとても気持ちがいい…。

 城之内が精を放った下腹部に掌を当て、そこをゆっくり撫でながらその熱が染み渡るのを感じていた。
 オレは女では無い。女では無いから、その熱が何かの実を結ぶという事は無い。処理をしてしまえば、体外に排出されてお終いだ。だけれども、今自分の体内に城之内の精液が収まっているという事実が、本当に嬉しかった。例えすぐに掻き出される物だとしても、それが身体の奥深くにまで染み渡るような気がしてならなかったのだ。
 うっとりと…身体も心も気持ちが良くて堪らない。下腹部を何度も撫でていると、その手を熱を持った大きな手でやんわりと握られた。

「お腹…気持ち悪い? 大丈夫か?」

 オレを労る心配そうな声に、フンと鼻で笑ってみせる。

「オレが…気持ちの悪そうな顔をしていると思うか?」
「いや…そうは見えない」
「そうだろう?」
「んじゃ…気持ちいい?」
「………そうだな…。気持ちが良くて…幸せだ」

 ふぅー…長く息を吐き出しながらそう言えば、城之内はやっと心配そうな顔から嬉しそうな顔に変わり、頬を染めてオレを強く抱き締めて来た。その広い背にオレも自らの腕を絡めながら、やっと本当に愛し合えた事に幸せを感じ…感謝をする。
 幼い頃から長く抱えていたトラウマは、城之内が長い時間を掛けて丁寧に治してくれた。そしてその所為で城之内が抱えてしまった恐れを、今やっと取り払う事が出来た。オレ達は今漸く、本当の意味で愛し合えるようになったのだ。
 オレはもう、城之内を愛する事を我慢しない。そして城之内も、もうオレを愛する事を我慢する事は無いだろう。それが本当の恋人同士という事なのだ。

「城之内…ありがとう」

 そう声に出して呟けば、城之内はフルリと首を横に振った。そして優しげに微笑みながら「お礼を言うのはこっちの方だ。ありがとう…海馬」と答えてくれる。
 何も言わなくても、その笑顔が教えてくれていた。もう恐れる事は何も無いのだと…。



 その日…オレ達は漸く本当の恋人としての第一歩を踏み出す事が出来たのだった。