ふぅ…と、やりきった溜息を吐いている二礼です、こんばんは。
さて…いよいよ明日はエイプリルフールですね!!
企画の方が何とかなりそうで、今は安心しております。
はぁ~…本当に良かった。私頑張ったよ…w
書いた作品は日が変わったらUPする予定ですので、どうぞ皆様、気楽に目を通して下さいませ~!
ちなみに次の更新は、今週の土曜日(4月3日)になりま~す!
以下は拍手のお返事でございまする(*'-')
>ねこま様
こんばんはです~!
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(゜∇゜)
子連れ城海を「好き」と言って下さって、本当に…本当に嬉しかったです!!
どうもありがとうございました~!!(>_<)
私がこのシリーズで伝えたい事は、ねこま様がコメントで仰っていた事そのままなんですよ!
城之内も海馬もおじさんになってしまって、一度は結婚をし子供も作って、それぞれに辛い別れを経験した後、残された子供を抱えて生きる覚悟をし…。
仕事の面で言えば、海馬は勿論の事、今は城之内も責任ある立場にあります。
偶然の再会をし、もう一度付き合う事になったものの、子供や仕事を抱える彼等は決して自由ではありません。
時には互いの存在より、子供や仕事の事を優先しなければいけない事もあるでしょうね。
それでも彼等はその事を決して不快には思っておらず、むしろ幸せさえ感じているのです。
これはまさに、ねこま様が仰る『恋愛は若者だけのものじゃないし、人生は恋愛だけじゃない』って事なんですよね~。
この言葉が子連れ城海シリーズを見事に表していて、頂いたコメントを見た時に心の底から感動しました…!!(*´д`*)
本当に素敵なコメントをありがとうございますv
感謝感激です!w
それからやっぱり城海は子供好きですよね~w
テキパキと赤ちゃんの世話をする城之内や海馬の姿をずっと書いてみたいと思っていたので、、今回の話は本当に楽しみながら書き上げる事が出来ました。
いつかは、高校生城海があたふたしながらも赤ちゃんの世話をする話とかも書いてみたいな~と思っております(´∀`)
それでは今日はこれで失礼します。
ではまた~(・∀・)ノシ
2010年3月アーカイブ
城海SSです。
押し入れMagic
「何故こんな所にいなければならんのだ!」
「我慢しろよ。ちょっとの辛抱じゃねーか」
突然真っ暗で狭苦しい空間に連れ込まれ、海馬は酷く不快に思っていた。
ただでさえ安い観光ホテルの四人部屋。ベッドは無く畳に薄い布団で眠らなければならず、仕事用に持って来ていたノートPCを自由に使えるスペースすら無い。ただそれは我慢しようと思えば我慢出来る。
この旅行がプライベートでは無く、童実野高校の修学旅行だったからだ。
「いい加減に離せ。オレはメールのチェックをしたいのだ」
「やだ。せっかくお前と二人きりになれるチャンスだってのに、これを無駄にするつもりはないぜ」
「何故貴様と二人きりにならなければならんのだ!」
「オレがお前を好きだからに決まってんだろ」
城之内がさも当然と言わんばかりの顔で言葉を放つのに、海馬は呆れたように溜息を吐く。そしてこの部屋に残った事を心底後悔した。
同部屋の級友二人が買い物に行くと言った時、海馬は仕事をするには丁度良いと思って留守番を申し出た。これで暫し一人で静かにメールチェックが出来ると思ったし、てっきり城之内も彼等に付いて行くのかと思っていたから、すっかり安心していたのである。
だから次の瞬間に城之内が吐き出した言葉に、海馬は心底驚いた。
「あ、オレも留守番する」
のんきに放たれた言葉の後に「何か面倒臭いし」と付けられたのを聞いて、級友達は納得して二人だけで買い物に行ってしまった。そしてドアが閉まるのと同時に城之内に手を引かれ、押し入れに押し込まれたのが今から五分前の事だったのである。
「いいから手を離せ。オレは仕事をする」
「嫌だって言ってんじゃん。もう二ヶ月も前からお前の事が好きだって言ってるだろ? お前もいい加減諦めろよな」
「何を諦めると言うのだ! オレは男と付き合う趣味は無い! ましてや凡骨等と…」
「凡骨って言うなよ。好きな奴にそんな事言われたら、流石に悲しいぜ」
「そうか、悲しいか。ならば何度でも言ってやる。凡骨凡骨ぼんk…」
「あー煩い!! お前少し黙ってろ!」
城之内の言葉に苛ついて大声で反論していると、突然自分の唇に何かが押し付けられたのに気付く。同時に言葉を発する事が出来なくなってしまって、海馬は焦りで目を白黒させた。押し入れの闇の中では状況が全く掴めない。今、自分は一体何をされたのだろう?
「………?」
「キス貰っちまった。お前唇やらけーなぁ…」
「な…キス…? き、貴様…一体何をして…っ」
「お前が煩いのがいけないんだろー? 黙ってりゃすっげー綺麗な顔してんのに、どうしてこう口煩いかなぁ? 勿体無い」
「な…何を言っているのだ! 貴様にはそんな事関係ないだろう!」
「いや、関係あるね。だってお前にはオレの恋人になって欲しいんだもん」
「まだそんな事を言っているのか!」
「何度だって言うよ。なぁ…海馬。オレの恋人になって」
狭くて暗い押し入れの中でグイグイと身体を寄せられて、城之内の熱い体温が制服越しに伝わってくる。その熱が酷く居心地悪く感じて、海馬は城之内の身体を押し返してしまった。結構力を入れたつもりだったのに、城之内がそれ以上の力で寄ってくるので全く意味が無い。
耐えきれなくて顔を背けたら、今度は海馬の頬に唇を寄せてくる。くすぐったい感触に、海馬は思わず「わ…分かった…。分かったから…っ」と声を荒げてしまった。
「分かったから…。とりあえず押し入れから出させてくれ。話はちゃんと部屋で聞く」
「嫌だ」
「何故だ!」
「だって、アイツ等いつ戻って来るか分かんないじゃん。そんな状況で落ち着いて話なんて出来ないだろう?」
「馬鹿か!? こんな場所の方が落ち着かないではないか!」
「そんな事ないぜ? 生き物は狭くて暗い場所の方が落ち着いたりするもんだし」
「どういう理論だ…」
「え? そう言わねぇ? あとこういう暗い場所だと、人間って素直になるらしいぜ。お前ももっと素直になれよ」
「誰が…! それにだからと言って…っ」
「…っ! しっ…っ!」
「んぐっ…!!」
城之内の訳の分からない理屈に反論しようとした時、ガチャリと部屋のノブが回る音がした。次いで「財布忘れたー」という間抜け声と共に、ドタドタと部屋の中を歩き回る足音がする。文句を言おうとした口は城之内の掌によって塞がれ、身体も城之内が全体重を乗せて壁に押し付けてくるせいで全く動けない。
「っ………! んーーー!」
「しー…」
何とか声を出そうとすると、城之内が小さな声でそれを諫めた。ほんの僅かに開かれた襖から部屋の灯りが漏れていて、口元に人差し指を立てている城之内の顔が見える。
自分は何も悪い事はしていない。押し入れに連れ込んだのは城之内であって、自分はただの被害者の筈だ。
それなのに城之内のその顔を見ていたら、何故だか自分がとても悪い事をしている気になって、海馬は思わず身を固くしてしまった。
「あれー? アイツ等どこ行った?」
部屋の中央で足音が止まり、一拍遅れて響いてきた級友の声にドキリと心臓が高鳴る。
「留守番してるって言ってたのになぁ…」
「向こうも買い物か何か行ったんじゃねーの?」
「鍵開けっ放しでか?」
「すぐ戻ってくるつもりなのかもしれねーぜ?」
話し声は止まない。狭い押し入れの中で身動き一つせず、ドクドクという心音だけが高まっていく。このまま級友達が部屋を出て行くまでじっとしていたかったのに、城之内はじりじりと海馬との距離を詰めてきていた。そして口元に当てていた掌を外すと、代わりにそこに自分の唇を押し付けて来る。
ずっと口元を塞がれていた為、何となく息苦しさを感じていた海馬は、城之内の手が離れて行ったのと同時に口を開けて大きく呼吸をした。だがそれがいけなかったらしく、開いたままの唇から城之内の舌が無遠慮に入り込んでくるのに対し、海馬は全く抵抗する事が出来なかった。
「っ………! ふっ…!!」
ヌルリと入り込んでくる熱い舌。押し返そうとしても、逆に舌を絡め取られて強く吸われる。更に歯列や顎裏を舌先で擽られ、下唇を甘噛みされて、段々と腰の辺りがザワザワしてくるのを感じていた。抵抗したり大声を出したりしたくても、今の状況では何一つ出来無い。
「んっ…! はぁっ…ふ…」
息苦しさに涙ぐみ、震える手で城之内の制服を強く掴む。最初は腰の辺りを。次に胸の辺りを掴み、そこから移動して筋肉質な腕を覆う袖を。そして最後は首に腕を回して、自ら城之内の顔を引き寄せていた。
「…ぅ…んっ! あっ…ふぁっ…!」
気付けば先程まで部屋にいた級友達は、もう部屋から出て行ってしまっていた。部屋の中には誰もいないというのに、二人はそのままずっとキスを続ける。押し入れから出ようともせず、ただ暗く狭い空間で、強く抱き合いながら何度も唇を合わせていた。
舌や唇が熱くなり痛みを感じるようになるまで長いキスをし、漸く満足したように二人は離れる。ツーッとお互いの唇の間に銀色の糸が繋がっていて、城之内はその糸を舌先で舐め取り、トロリとした唾液で汚れている海馬の口元を指先で優しく拭ってくれた。そして「海馬…」と、低く響くような声で海馬の名を呼ぶ。
「なぁ…。どうして逃げなかった?」
「………」
「本当に嫌だったんなら、最初に押し入れに連れ込まれた時点で抵抗するよな。いくらオレの力が強いとは言っても、お前の腕力だって相当なものだろ? お前に本気で抵抗されれば、オレなんて敵わないよ。なのに何で逃げなかったんだろうなぁ…? なぁ、海馬?」
「………」
「それに前から不思議に思ってたんだよ。本気でオレが嫌いなら、もっとハッキリキッパリオレの事をフッている筈だろ? なのにお前の断り方はどこか曖昧なんだ。まるでわざとオレに付け入る隙を見せつけるかのように…」
「………」
「大体部屋に二人きりになった時点で、ヤバイって思わないのもおかしいし。しかも今のキス。最後の方なんて、絶対自分から求めて来てただろ? 言い訳は聞かないぜ?」
「………」
「質問するだけ無駄か。だって答えはもう出てるもんな」
そう言って城之内は、もう一度顔を近付けてくる。柔らかい唇を挟み込むようにキスをされ、チュッという軽い音と共に離れて行く。その音が至極恥ずかしくて、海馬は自分の顔がカーッと熱くなっていくのを感じていた。
思わず両頬に掌を当てて俯くと、頭と肩を優しく抱き込まれてしまう。そして耳元で至極男臭い声が響いた。
「お前…もう逃げられねーぞ。ていうか逃がさねーし。そういうつもりで…いいんだよな?」
襖の隙間から漏れる灯りの中、濡れた唇を舌舐めずりしながらそういう城之内に、海馬は何も言えなかった。ただ素直に頷くのも悔しくて顔をプイッと横に背けると、闇の中からクックックッ…という抑えた笑い声が漏れてくるのに気付く。その笑い声を酷く不快に思いながらも、手探りで触れた背中を引き寄せずにはいられない海馬なのであった。
何か詰りに詰まった予定に大混乱な二礼です、こんばんは。
何で一日って24時間しか無いんでしょうね…?(´∀`;
やる事一杯で時間が足りませ~ん!!
すっごい…もうものすっごい悩んだのですが、やっぱり次の月曜日(29日)はお休みさせて頂きます。
本当に申し訳ありません。
ただ、水曜日の夜(22時過ぎくらいかな?)に、エイプリルフールについてのお知らせを込めた日記を書こうと思っています。
今もそれに間に合うように、必死で文字書きしている訳なのですが…w
ま、間に合うかな…?
でも、せっかくのエイプリルフールですから、やっぱり何か特別な話を書きたいと思っているんですよ~(´―`)
少しでも皆さんが楽しんでくれるような事をしたいと思って、今日も頑張っている次第ですw
『子連れ城海シリーズ』の短編集に『Baby panic』をUPしました。
赤ん坊の取り扱いが上手い、41歳城海のお話でした~(´∀`)
実はこのネタ、当初は城海短編として考えていたんです。
なのですが、どうにもこうにも使いどころが無くて、メモだけして随分長らく放置してありました。
ところが先日散たんと「城之内と海馬って、意外に子供が好きそう」っていう話をした時に、突如「そうだ! あのネタを子連れ城海で使わせて貰おう!!」と思い付いたのです。
一応発言主の散たんにお伺いを立てたら、すぐに「いいよ~」とOKを出してくれたので、遠慮しないで使わせて貰う事にしました。
オムツ替えとかミルクとか、パッパカやれちゃう城海っていいですよね~。
「格好いい!」とはまた違うのですが、何だか妙に萌え萌えしちゃいますw
普段は飄々としているのに、赤ちゃんに触れる瞬間に、苦労して子育てしてきた面が垣間見える辺りが良いのかもしれませんねv
以下は拍手のお返事になりますです~!(´∀`)
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(*'-')
『幸せの定義』と日記の感想をありがとうございますv
久しぶりの短編であたふたしながら書いた割りには、何とか纏まっていたようで良かったです~w
Rosebank様も『肉体的には海馬が女役、精神的には海馬が男役』と仰っておられますが、私も精神的に男前の社長を書くのは物凄く楽しいですw
ウチの海馬は普段乙女なので、余計にそう思うのかもしれませんね~。
でも最近『Rising sun』や『無限の黄昏 幽玄の月』等の長編を書いているので、男前海馬の数が増えて来たように思います。
格好いい海馬が増えるのはとても良い事なのですが、我がサイトの『売り』の一つである乙女海馬がこのままでは消滅してしま…わないか。しまわないな、うん。
何だかんだ言ってやっぱり乙女な海馬も好きなので、まさに要らぬ心配って奴ですね、こりゃw
答辞を読む海馬が新鮮だというコメントを頂いて、思わず笑ってしまいましたw
そうですよね、確かに新鮮ですwww
でも海馬以外に卒業生代表が似合う人物が他にいるかとなると…いないと思うんですよね~。
海馬が仕事で卒業式に参加出来ないのなら、先生方も諦めて他の人を捜すのでしょうけど、海馬自身が来るとなるとやっぱり彼以上の人材はいないでしょう!
そして私も、海馬が他の学校行事に参加している姿を見てみたいと思いますw
体育祭とか文化祭とか…合唱コンクールなんてのも笑えt…いや、素敵でしょうね(´∀`)
あと担任の先生との進路相談も笑わせて頂きましたwww
海馬が「アメリカに行って、『世界海馬ランド計画』を進めます」と言った瞬間に、先生は「そ…そうか…」としか言えなくなるような気がします…w
可哀想な担任の先生…www
それからゴムですけど。
一応付けてヤッてたんじゃないでしょうか…?
だってほら、色々とマズイもんねw
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
城海共に41歳。子供達は17歳。
城海もその子供達も、共にお付き合いをしながら平和な毎日を送っている頃の物語です。
その日、城之内も海馬も至極いい気分で、城之内が娘と一緒に住んでいるマンションに帰って来た。
年度末の激務から漸く解放されて、昨夜から久しぶりのデートをして来たのだ。
予約を入れたレストランで美味しい食事を楽しみ、品の良いシティホテルで甘い一晩を過ごし、次の日もノンビリとお茶やショッピングを楽しんで、夕刻頃に上機嫌で帰って来たのだった。
マンションの地下に車を駐め、エレベーターに乗り込み何となく肩をくっ付け合う。流石にいつ誰が乗ってくるか分からないエレベーターでイチャイチャする事は出来ないが、だからと言っていつものように他人を装う気分でも無かった。城之内がトンッと軽く肩でこづけば、海馬も同じようにしてそっと体重を掛けてくる。その事から二人揃って同じような事を考えている事が知れて、城之内は幸せそうな笑みを浮かべた。
四十一歳になった今は、若い頃のような無茶は出来ないし、派手な事も一切しない。だが、歳を取ったからこそ分かる静かな付き合い方というものが、城之内は至極気に入っていたし、どうやら海馬も同じように思っているらしかった。そんな風に何も言わなくても伝わってくる気持ちが本当に嬉しくて、二人はますますお互いの事が好きになるのだ。
「昨日の夕飯、美味かったなー」
「そうだな。店の雰囲気も良かった」
「値段もそこそこなのに、味付け上品だったし。また行こうな」
「あぁ。今度は子供達も一緒に連れて行くのもいいかもしれない」
「お、それいいかも」
「だろう?」
「それから…。久しぶりに…幸せだなーって思ったよ」
城之内の言う意味が分かって、海馬はほんのりと頬を染めてしまう。昔のように激しく求め合う事はしなくても、心から幸せだと思える夜があるのだ。お互いに仕事で忙しくてたまにしか抱き合えなくても、そのたった一夜が長く胸を占めて生きる糧となる。その関係が…心から愛しいと思った。
「また…時間があったら…」
「あぁ………」
エレベーターを降りる直前に軽く指を絡めて、二人は揃ってほんのり赤くなりながらマンションの廊下に出た。幸せな気分のまま部屋まで行こうとした時、ふと…異変に気付く。いつもと同じマンションの廊下に、いつもと違う音が響き渡っている事に気付いたのだ。
「赤ん坊…?」
ホギャアホギャアと激しく響き渡る泣き声は、確かに赤ん坊のものだった。
「猫…じゃないよなぁ…?」
「サカリがついた猫でも、流石にここまでは鳴かないだろう」
「どこの赤ん坊だ? この階には小さな子供がいる家族なんて住んでないぞ?」
「誰かの家に赤ん坊連れの客でも来ているのでは無いか?」
そんな事を話ながら、廊下の一番奥にある城之内家まで歩いていくのだが…。何故かその赤ん坊の泣き声は、足を進めるにつれてどんどん強くなっていくのだ。
「………」
「………」
何となく…何となくだが、嫌な予感が止まらない。会話も止まり、二人して無言で歩みを進め…。そして自宅の扉の前に立った時、その泣き声はドアの向こうから強烈な響きを持って二人の耳に届いたのだった。
「ほう…。泣き声の発生源はここか」
腕を組み妙に感心したように呟く海馬に、城之内は固まった首を無理矢理捻って隣に立っている恋人を見た。
「赤ん坊か。そうか…ついに瀬衣名ちゃんもお姉ちゃんになったのだな。おめでとう。ちゃんと認知はしてやったのか? それとも再婚か?」
「ちょ…っ! ちがっ…!! 海馬!」
「結婚式には呼んでくれ。『友人』として祝ってやる。それじゃあな」
「ま…待てよ海馬!! 誤解だ!!」
ヒラヒラと手を振りながら踵を返す海馬の手首を慌てて掴んで、城之内が必死な声を出した。
「あ…あかっあかっ赤ん坊なんて、オレ知らねーよ!! 誤解だってば!! オレはもうお前以外愛せないし!!」
四十を超えた男が泣きそうに震える声を出すのに、海馬は我慢が出来なくて振り返ってしまった。そして必死な形相の城之内の顔を見て、ついプッと吹き出してしまう。
「じ…冗談だ。何をそんなに必死になっているのだ…」
「え………?」
「貴様が浮気などしない事は、このオレが一番良く知っている。若い頃ならいざ知らず、今の貴様はもうそんな器用な芸当などは出来まい」
「わ…分かってるんなら、そんな事言うなよ…。マジで焦っただろ…。ほんっと意地悪だよな」
「まぁな」
「褒めてんじゃねーよ、馬鹿。年くって意地悪に磨きが掛かってきたんじゃねーか?」
呆れたように溜息を吐きつつそんな悪態をついて、そして一瞬視線を合わせてから二人揃って赤ん坊の泣き声が響き渡るドアを見詰めた。どんなに考えてみても、首を捻ってみても、泣き声は目の前のドアの向こうから響いてくる。
暫く何の反応も出来ずに黙って立ち尽くし、やがて城之内は諦めたように胸ポケットからキーホルダーを取り出した。そして家の鍵を選び出し、鍵穴に突っ込んで回してみる。カチリと開く所をみると、どうやらそこは城之内の自宅で間違い無いらしいのだが、やっぱりどんなに考えても全く身に覚えが無いのが困る。
「ただいまー…」
恐る恐るドアを開き中を覗いてみれば、それまで聞こえていた赤ん坊の泣き声が、倍以上の威力を持って城之内と海馬の二人を襲った。音の振動まで感じられそうな大音響に、思わず両耳を掌で塞ぐ。
「うっわー…っ! この音…久しぶりに聞いたけど…強烈だな」
「そうだな…。だが何故貴様の家でこれが?」
「知らねーよ。まさか瀬衣名が赤ん坊に戻ったって事はないだろうな」
「四十超えてまで、非ィ科学的な事を言うな」
周囲に響き渡る大絶叫の中、そんな下らない事を言い合いながら二人は玄関に入って靴を脱いだ。何となく腰が引けつつリビングに続くドアを開ければ、その泣き声は更に酷くなる。そして、その音の元凶を中心にして泣きそうな顔をした二人の高校生が、ドアが開く音にハッとして顔を上げ、城之内と海馬の事をじっと見詰めてきた。
「パ…パパァーっ!! どうしよう…! 泣き止まないの!!」
「助けて…。父さん…」
二人の子供達が泣きそうな顔で縋ってくるのを、二人の大人は訝しげな表情で見下ろしていた。そしてそのままソファーの上でギャン泣きしている赤ん坊に視線を移し、城之内は『それ』を指さしながら、抱き付いてきた娘に小さく尋ねてみる。
「で? アレは何だ?」
困惑しながらも努めて冷静にされた父親の質問に、娘である瀬衣名は涙ぐみながら「預かった…」とだけ答えた。
「預かった? 誰から?」
「三階の…吉田さん夫婦」
「いつ?」
「頼まれたのは昨日の夜。パパが海馬のおじさまと出掛けた後…。実際に預かったのは二時間くらい前。一時間二千円で五時間…」
涙ぐみ…というよりは既に泣き出しながら、途切れ途切れに伝えられる言葉に城之内は深い溜息を吐き、娘の頭をパシンとはたいて黙って赤ん坊に近付いて行った。そして顔を真っ赤にして泣き続ける赤ん坊を優しく抱き起こし、下腹部に触れてみる。
「あぁ、やっぱ濡れてる。瀬衣名、呆けてないでバスタオル持ってこい」
「え…?」
「早く!」
いつにない父親の厳しい一言に慌てて、瀬衣名は隣の部屋に駆け込んで箪笥の中からバスタオルを一枚持って来た。それを受け取った城之内はバスタオルをソファーに敷き、その上に赤ん坊を仰向けに寝かせる。そして着ていたベビーウェアを脱がせながら、視線も向けずに背後で立ち尽くす娘に尋ねた。
「吉田さんから何か荷物は預かってないのか?」
「え?」
「まがりなりにも赤ん坊を預ける人が、何の準備もしてない筈ないだろう」
「あ…! 鞄…何か大きな鞄預かった!!」
「じゃ、その鞄の中開けて。多分換えの着替えとオムツと、あとお尻拭きか何かある筈だから。早くしろ」
「う、うん!!」
城之内親子が慌てて赤ん坊の世話に取り掛かっている横で、海馬はその鞄に静かに近付き中身を漁り始めた。そして奥の方に入っていた哺乳瓶と粉ミルクを取り出し、リビングの入り口で呆然と突っ立っている息子を振り仰ぐ。
「克人。この赤ん坊は、ここに来てから何か口にしたか?」
「え…? いえ…まだ何も…」
「そうか」
簡単な会話だけをし、海馬は納得したようにその場を立ち上がり台所に向かう。歩きながら城之内に「少し台所を借りるぞ」と声を掛ければ、「あぁ」とだけの返事が返ってきた。それを了承と受け取って海馬はスタスタと流しに近付くと、テーブルの端に置いてあった保温ポットに目を付けた。
「このお湯は? 新しいものか?」
「あ…えーと。今朝沸かしたばっかりのだから…新しいと思います…」
誰とは無しに聞くと、どうやら此方もお泊まりしていたらしい息子の口から答えが返ってきたので、海馬は安心してそのお湯を使わせて貰う事にした。粉ミルクの缶を開け、中に入っていたスプーンで適量のミルクを取り哺乳瓶に入れる。ポットから熱い湯を少し入れ、ミルクがダマにならないように溶かして、もう半分だけ熱い湯を入れその上から浄水器の水を足して適温にする。暫くクルクルと回しつつ掌や自分の頬で温度を確かめて、納得してからリビングに戻っていった。
丁度その頃には、城之内が赤ん坊のオムツを替え終わっているところだった。汚れた紙オムツや使ったお尻拭きを処分しながら、フーッと大きな溜息を吐く。
「女の子なのに可哀想に…。こんなに汚れたオムツを二時間も履かされっぱなしで」
「………」
「お前、自分の排泄物で汚れたパンツを二時間も履いて、平気だったりする訳?」
「し、しないです…」
赤ん坊は城之内の腕の中でまだエグエグと泣いていたが、それでも先程よりは幾分マシになっている。すっかりしょぼくれた娘を睨み付ける城之内に海馬は近付き、その肩を指先でトントンと叩いた。
振り返れば黙ってミルクを掲げる海馬が目に入って来たので、城之内は今まで自分が座っていたソファーの場所を海馬に譲り、代わりに抱いていた赤ん坊を手渡す。
「じゃ、あと頼むわ。オレ手を洗ってくる」
「あぁ」
赤ん坊の頭が左胸にくるように抱きながら、海馬は城之内の顔を見上げ、そして頷いた。未だにグズる赤ん坊の背を軽く叩きながら宥めて、口元に哺乳瓶の乳首を押し付ける。その途端に赤ん坊は無我夢中でそれに吸い付き、中のミルクを凄い勢いで飲み始めた。ンックンックと喉をならす様子に海馬は漸く安心したように小さく嘆息し、次の瞬間にソファーの前で黙って突っ立っている若いカップルを、物凄い形相で睨み付けた。
いつも物静かな父さん、及び、いつも優しい海馬のおじさまがそんな目をするなんて全く知らなかった二人は、まさに蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなってしまう。いつ説教が始まってもおかしくないと震える二人に対し、だが海馬は何も言わなかった。こういう馬鹿な子供達に説教をするのは、自分より城之内の方が上手だと知っていたからである。
数十分後。オムツを替えて汚れた服も着替えさせて貰って、ミルクによって空腹も満たされた赤ん坊は、今はソファーの上で気持ち良さそうに眠っていた。その眠りを邪魔しないように隣の城之内の書斎に移動した大人二人と子供二人は、今は向かい合わせになって何とも言えない空気を醸し出している。
城之内は自分のPC用の椅子に座って腕を組み、海馬も予備として用意されている椅子に座っている。お馬鹿な高校生二人組は、フローリングに正座させられていた。
「で?」
長い沈黙の後、低く怒りを込めた声で城之内がそう問いただす。
「事の顛末は?」
城之内の質問に瀬衣名と克人は一瞬顔を見合わせ、そして瀬衣名の方が小さな声で説明をし始めた。
「えーと…昨日の夜に克人と帰ってきた時に…玄関ホールで吉田さんの奥さんと会っちゃって…。それでその時に『明日夫婦で出掛けたいのに、どこにも娘を預けられなくてー』って話をしてたのね」
「………」
瀬衣名の言う吉田さんとは、同じマンションの三階に住む若夫婦の事だった。二人揃ってまだ二十歳そこそこで、お腹に赤ちゃんが入ってしまったから慌てて結婚したというのは、このマンション内ではちょっとした有名な話だ。
城之内は仕事が忙しい事もあって余り付き合いはなかったが、娘の瀬衣名はよく玄関ホールで鉢合わせするその奥さんの事が大好きだった。明るいし、年も近くて感覚がほぼ一緒なのもあり、まだ子供が生まれて無かった頃は家にお邪魔して、お茶しながら長話等をしていたのである。
そんな大好きな吉田さんの奥さんが困っているのを、瀬衣名はどうしても無視出来なかったのだ。
「それで思わず『ウチで預かりましょうか?』って言ったら『ホントー? 助かるわぁー!』って言われちゃって…」
「何でそれだけで預かっちゃったんだ」
はぁ…と呆れたように息を吐き出す城之内に、瀬衣名はビクビクしながら話を続ける。
「だ…だって、『預かってくれるなら一時間で二千円出すわよ!』って言うし、五時間だけだって言ってたし…。計算したら一万円貰えるじゃない? そしたら克人と一緒に美味しいご飯でも食べに行けるなーなんて思っちゃって…」
「「馬鹿!!」」
瀬衣名の答えに、二人分の男の声が重なって同じ言葉を吐き出した。一人は勿論城之内。もう一人は隣でそれまで黙って話を聞いていた海馬だ。
「この…馬鹿!! 人間の赤ん坊は人形でも何でも無いんだぞ!! ちゃんと命があるんだぞ!!」
「そ、それはちゃんと分かってる…!!」
「全然分かって無いだろ。どうせそこらの犬猫と一緒に思ってたんじゃねーのか? サイズは同じでも、犬猫は自分の事はちゃんと自分で出来るんだ。でも人間の赤ん坊は何も出来無いんだよ。大人の助けが無いと生きられないんだ。お前はそこら辺の想像力が欠けている!!」
「っ………!!」
有無を言わさず一括されて、瀬衣名は下唇を噛んで俯いてしまった。そんな彼女の事が気になって震える背中を撫でようとした克人は、今度は自分の父親が「克人」と厳しく名前を呼ぶ声でビクリと反応してしまう。
「瀬衣名ちゃんがあの赤ちゃんを預かるという話をしていた時、お前は側にいたんだな」
「い…いました…」
「何故止めなかった」
「と…止めるっていうか…。瀬衣名は子供好きだから大丈夫かと思って…」
「この愚か者!!」
厳しい一言に背を引き攣らせて、克人は冷や汗をダラダラ流しながらその場で俯いてしまった。
すっかり意気消沈した子供達を目の当たりにして、その父親達は長く深い溜息を吐く。勿論このまま反省の為に放置しとくのも一つの手だが、やっぱり今の内に分からせてやるのが一番だと、二人揃って考えていたのである。
困ったように後ろ頭をガシガシと掻きながら、城之内が呆れたような声を出した。
「あのなぁ…二人とも。お前等将来結婚するつもりなんだろ?」
城之内の質問に、二人は再び顔を見合わせてコクリと頷く。
「その時になりゃ嫌でも分かるがな、赤ん坊なんてそんなに気軽に預かるモンじゃ無いんだよ。手間掛かるし、何しろ命がある。さっきも言ったけど、ペットを預かるのとは訳が違うんだ。分かるな?」
呼びかけられた声に、もう一度二人はコクリと頷いた。
「これが自分の子供だったのなら、親としての覚悟もあるからいいだろう。だけどお前等、今回は何の覚悟も無かっただろう。ただ人助けの為、ただお小遣いが欲しかった為、ちょっと良い事した的な考えでどうにかなるようなモンじゃないんだ、赤ん坊ってのは。瀬衣名、お前が子供好きなのは知ってるけどな。子供ってのはただ笑っているだけじゃ無いんだぜ。むしろ泣いている時の方が本番なんだからな。そんな事も知らずにちょっとした親切心だけで赤ん坊を預かるなんて…無責任にも程がある。反省しろ」
淡々と。お馬鹿な子供達の頭でも理解出来るように静かに続けられる説教に、瀬衣名と克人はただただ自分が情けなくなって顔が上げられなくなっていく。その情景を横目で見ながら、海馬は口に出さずとも満足していた。
自分が言いたい事は全て城之内が言ってくれたし、瀬衣名や克人の落ち込みっぷりにも彼等の反省がハッキリと見えていたからである。
こうして一時間に渡る説教の後、二人は漸く解放された。克人は死んだように床に蹲り、瀬衣名は痺れて痛む足を抱えて悶絶しながら、リビングで城之内が電話を掛けているのに気付いた。どうやら、一応何かあったらという理由でメモしていた吉田夫妻の携帯番号に電話しているらしい。ただひたすら低く淡々とした城之内の言葉に、瀬衣名は密かに同情する。
多分、吉田夫妻はこれからすぐに飛んで帰って来るハメになるだろう。そしてきっと自分達と同じように静かでキツイ説教を受けるのだ。
「パパ…。家族も他人も関係無い人だから…」
「そこが奴の良い所なのだぞ」
痛む足を撫で擦りながらそう愚痴ると、背後から低い声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこに微笑みながら立っている海馬の姿が目に入ってくる。
「瀬衣名ちゃんはもう少し自分の父親を誇りに思うべきだな」
「海馬のおじさま…」
「それから今回の事は、完全にお前達が悪い。ちゃんと反省しなさい」
「ごめんなさい…」
「オレはもういい。後でちゃんと城之内に謝っておけ」
「はい…」
反省したように俯いた瀬衣名の髪をクシャリと撫で、海馬は優しく微笑んでみせる。そして彼女の背後で同じように「ごめんなさい」と謝っている克人を睨み付け、「お前は帰ったらもう一度説教だ」と冷たく言い放った。
再び恐怖に冷や汗を流す息子を面白そうに見ながらクスクスと笑い、海馬は未だ電話している城之内を振り返る。
テキパキと赤ん坊のオムツを換えている城之内は、自分の全く知らない城之内だった。あれは自分と別れてから、今は仏壇の中で微笑んでいる女性と結婚してからの城之内の姿だ。
今目の前で項垂れて反省している少女のまだ幼かった頃、あんな風に一生懸命子育てしていたのかと思うと、胸がジワリと熱くなって知らない城之内の事さえ愛しくなる。
これは若い頃には決して分からなかった感覚だろう。ただひたすらがむしゃらに愛し合っていた頃は、こんな事考えるだけでも嫉妬で胸焼けがしそうだった。だが今は、それさえも城之内の一部として愛する事が出来る。
それをとても素晴らしい事だと…海馬は思った。
自分達は随分年を取ってしまったけれど、それでも愛は少しも色褪せない。それどころかどんどん深まっていく。
この先もこうして城之内と共にいたいと…、海馬は願うのであった。
剛瀬人でSSです。
瀬人若干幼め。
Distorted love
ピッタリと閉じられた重厚な扉。その扉の隙間から漏れる光が闇に大きく広がる時、僕の絶望の夜は始まる。
暗い部屋の中とは対照的に眩しい程明るい廊下の向こうから、義父さんは遣って来る。僕の部屋の扉を大きく開け放ち、醜いシルエットがそこに浮かぶんだ。近付いて来るその影から僕は逃げる事が出来ずに、絶対的支配者に身体を暴かれるのを、ただベッドの中で震えて待つだけしか出来ない。やがて怯えた目で見上げた僕に義父さんはニヤリと笑って、趣味の悪い指輪をいくつも嵌めた芋虫のような太い指を僕の首に絡めて来た。
「どうした…瀬人? いつものように、儂の相手をしておくれ」
瞬時に身体を無理矢理暴かれる痛みと恐怖を思い出してガタガタ震える僕を、義父さんはただニヤニヤ笑いながら見下ろしていた。サイドライトに浮かび上がる顔が、余りに醜くて人間の顔に見えない。
そこにいるのは化け物だ。醜い化け物が、今夜は僕をどう料理しようかと舌舐めずりをしながら考えている。
「いやっ…! いやあっ…!!」
抵抗しても無駄だった。小さくてひ弱な僕の身体はあっという間に義父さんに押さえ付けられ、ベッドの上に縫い付けられた腕は全く動かす事が出来ない。両手を一つに纏められ頭の上に押さえ付けられ、空いたもう片方の手で着ていたパジャマは乱暴に毟り取られた。嵌めていたボタンはアチコチに飛んで行き、やがて僕の身体を包むものは何も無くなってしまう。
「嫌だ…っ! 義父さん…やめて…っ!!」
「口ではそんな事を言っても、身体は正直だぞ…瀬人? ほらもう、こんなになって…」
「いやっ!! いやっ…! いやだぁ…っ!!」
心はこんなに嫌だと思っているのに、慣れた身体は義父さんの愛撫によってあっという間に昂ぶっていく。ガサついた太い指で性器を弄られて、無理矢理勃起させられて射精を促されて…。僕は甘い痺れに抗う事が出来なくて、泣きながら義父さんの掌に精液を零してしまう。そうすると義父さんは本当に嬉しそうに笑って、ドロドロに汚れた手を見せつけながら、僕の一番嫌いな言葉を吐くんだ。
「何がいやなものか。ほら瀬人…よく見なさい。こんなにたっぷり精液を吐き出して…。本当に淫乱な子だな、お前は」
「うっ…ぁ…。義父…さ…ん…」
「セックスが好きなのだろう? 儂に抱かれるのが好きなのだろう?」
「あっ…! あぁっ! 義父さん…っ!」
違う…! 違う…!! 違う…っ!!
僕は淫乱なんかじゃない!! セックスなんか好きじゃ無い!! もう僕に触れないで!! 近寄って来ないで!! 誰か…誰か助けて…っ!!
僕は心の中で必死に叫ぶ。だけどセックスに慣れた身体は言う事をきかず、快楽が欲しくて義父さんに救いを求め始める。身体の力を抜いて抵抗を止めて、足を開いて疼く秘所を晒け出して…。そして僕の上に乗り上げていやらしく笑っている醜い男に、手を伸ばして懇願するんだ。
「義…父…さん…っ」
「どうした瀬人? 儂にもっと気持ちの良い事をして欲しくなったのか?」
心の叫びとは裏腹に僕はコクコクと頷いて、義父さんの太い首に貧弱な腕を絡めて身体を引き寄せた。
本当はこんな事、もうしたくない。セックスなんて何にも気持ち良く無いし、痛いし苦しいし死にそうになる。どんどん汚れていく自分の身体も大嫌いだし、僕の身体を汚していく義父さんの事も大嫌いだ。
だけど…だけど…。
「よしよし、よく言えた。良い子だな瀬人。お前は素直が一番だ…」
優しい声でそう囁かれて、いつもは僕の顔を思いっきり殴ってくる厚みのある掌で頭を撫でられて、ジワリと胸に湧き上がる幸福感に泣きそうになった。
それが偽りの幸せだという事は分かっている。だけど僕はこの瞬間には…逆らえなかった。
だって、凄く幸せなんだ。心の底から嬉しいって思うんだ。大嫌いだった義父さんが、この瞬間だけは大好きになれるんだよ。例えそれが幻想だと分かっていても…僕はそれに逆らう術を持っていなかった。
「うっ…! ひっ…あぁっ!! いたっ…!! 義父…さ…っ! い…痛い!!」
「大丈夫だ、瀬人。いつもの事だろう…? すぐに慣れるから大人しくしていなさい」
足を大きく左右に開かされて、義父さんの醜くて熱い肉棒が体内に押し入ってくる。余りの痛さと苦しさに吐き気を催したけど、僕はそれでも抵抗しなかった。脂っぽい背中に腕を回して、泣きながら何度もそこをカリカリと引っ掻く。義父さんの身体に傷を付けるなんて…いつもだったら怖くてとてもじゃないけど出来ないけれど、この時ばかりは絶対に怒られないから安心する事が出来た。
「あっ…! ひぁっ!! やっ…やあぁ――――っ!!」
何度も何度も揺すぶられて、やがて痛みや苦しさの中に耐え難い快楽が生まれて、僕の身体を翻弄していく。
「瀬人…。瀬人…」
「あっ…んっ!! はっ…あぁっ!! 義父さん…っ!!」
「可愛いぞ、瀬人。愛しているよ…」
「あ…あっ…っ! と…義父さん…っ!」
「愛している…瀬人」
「と…う…さぁ…んっ!! うぁっ…あ…あぁっ――――――――っ!!」
愛している。
その言葉が頭の中でグルグル回って、僕は本当に嬉しくて嬉しくて堪らなくて。頭の中が真っ白になるのと同時に、体内の肉棒を締め付けながら達してしまった。義父さんの身体に力一杯しがみついて、ブルブルと細かく痙攣しながら射精をする。
気持ち良くて…心の底から気持ち良くて…気が狂うかと思った。義父さんの言う愛なんてただの幻想に過ぎないと分かっているのにも関わらず、僕はこの瞬間に発狂してしまえたらどれだけ幸せだろうかと…そんな事ばかり考えてしまう。
数刻後にはまた打ちのめされると分かっている癖に、どうしてもそう考えてしまう事を止められなかったんだ。
数十分後。ボロボロになった僕をベッドの上に放り出して、義父さんは自分の部屋へと帰っていく。再び醜いシルエットに戻った義父さんの後ろ姿を見送りながら、僕はズキズキと痛む身体をゆっくり丸めて、有りもしない事を想像した。
もし…義父さんがこの世からいなくなったら、僕は一体どうなるんだろう?
義父さんだって人間だ。いつかは死んでしまう筈だ。
でももし本当にそうなった時、僕は正気でいられるのかな…?
義父さんの事は大嫌いだった。憎くて憎くて殺したい程だ。でもそれ以上に…僕は義父さんの事を心の底から愛しているんだ。
だから義父さんがいなくなる事なんて考えたくない。死ぬなんて以ての外だ。だけど何で考えてしまうんだろう。どうして義父さんが死ぬなんて思ってしまうんだろう。
義父さんが死んだ時、僕は本当に狂ってしまうかもしれない。
そんな有りもしない事を考えながら、僕は無理矢理暴かれた身体を少しでも回復させる為に、目を瞑って眠りに就く事にした。
ただの幻想に過ぎない、義父さんの愛を信じながら。
短編です。
年の差城海。生物教師城之内と、女学生瀬人子さんは秘密の逢瀬を繰り返していて…。
残照
「あっ…! 先生…!!」
埃臭い生物準備室。棚にはアルコール漬けになった小動物達。隅に置かれた不気味な人体標本。小さな窓から差し込む西日。薄暗い小部屋。三月の…まだ春先の冷えた空気の中…奥に置いてある教卓の上だけは湿った熱い空気に包まれていた。
机の上に乗り上げて下着を脱いで大きく足を広げて、捲り上げたスカートの中からはピチャピチャといやらしい水音が響いている。視線を下にずらすと、スカートの中からくすんだ金髪がユラユラ揺れているのが目に入ってきた。その頭が動く度に、下半身から耐えられない強烈な快感が伝わってくる。
「んっ…! あっ…あぁっ!!」
「海馬、声」
諫めるような声に、海馬はただフルフルと首を横に振って限界を訴える。
「無理…。もう…無理です…先生…っ!」
「誰かにバレたら大変だろう? お前もそうだけどオレの人生も終わるし」
「で…でも…っ! もう…あっ…! やぁっ…!!」
「仕方無いなぁ…。ほら、コレでも咥えてな」
そう言って生物教師である城之内は首に巻いていたネクタイをシュルリと解くと、海馬の口元に持っていった。潤んだ瞳でそれを受け取った海馬は、渡されたネクタイを噛み締めるように口に銜える。淡いクリーム色のネクタイにじわりと唾液が染み込むのを見て、城之内は再び屈んで海馬のスカートを捲り上げた。
淡い栗色の翳りがグッショリ濡れているのを見て取って、再びそこに顔を近付ける。真っ赤に熟して硬くなっている突起に舌を這わせ、唇の先で挟み込んで吸い上げる。そうすると綺麗なピンク色の秘所がまた新しい蜜を零すので、指先だけをそこに埋め込んで生温かい蜜を掻き混ぜながら粘膜を刺激した。
「んっ…!! ふっ…! んんっ…ぅ…っ!!」
「凄いな。もうこんなにトロトロなってる…。なぁ、海馬」
揶揄するような城之内の言葉に羞恥を感じ、海馬は潤んだ青い瞳からポロポロと涙を零した。そして細い肩をビクビクと震わせながら、段々と前のめりになっていく。
城之内が着ている草臥れた白衣をギュッと握ってただひたすら快感に耐え、唾液と喘ぎ声を古ぼけたネクタイに染み込ませる。抱えあげられた足も細かく痙攣し、踵が抜けたローファーが床に落ちてカタンと音を起てた。コロリと転がった革靴を横目で眺めながら、城之内はすっかり硬くなった突起に軽く歯を当てる。
「うんっ…!! んっ…んっ!!」
「海馬…? そろそろイキそう…?」
「んっ…ん…ふぅ…っ!!」
顔を真っ赤にした海馬が必死にコクコクと頷くの見て、城之内はトドメとばかりに口内の突起物を強く吸い上げた。同時に秘所に埋め込んだ指をほんの少しだけ奥まで挿入して、敏感な粘膜を指の腹で強く擦る。
「ふぐぅ…!! うっ…んんんっ――――――っ!!」
次の瞬間、ビクンッ!! と大きく痙攣をし、海馬は達してしまった。白濁した蜜がとろりと秘所から零れ落ちてきたのを見て取って、城之内はそこに舌先を突っ込んで丁寧に舐め取っていく。クチュリ…と一際大きく響いた水音に、海馬はまた身体を熱くしてしまうのだった。
童実野高校の生物教師である城之内と、生徒である海馬瀬人子。二人だけしか知らない、放課後の生物準備室での秘密の逢瀬が行なわれるようになったのは、海馬が高校二年生の…十七歳の誕生日を迎えた直後の事だった。
一介の生徒が教師に恋愛感情を抱き告白してしまうというのは、学園生活では意外に多いパターンである。だが教育者である教師がその告白を受け止めてしまうというのは、そう多い事では無い。
海馬は城之内に愛を告白し、城之内はその想いを受け止めてしまった。簡単な事だ。両者は両思いだったのだ。
二人がお互いに大人であったのなら、特に何の問題も無かったのだろう。だが困った事に、二人は未だ教師と生徒の関係だった。
「ほら、いつまで呆けてる。早くパンツ履け」
机の上でグッタリしている海馬のお尻をペチンと叩き、城之内は立ち上がって乱れた白衣を直しながら窓際に寄って外を眺める。そして胸ポケットからクシャクシャになった煙草のケースを取り出し、先程まで海馬の秘所を愛撫していた口に銜えて安い百円ライターで火を付けた。深く煙を吸い込んで、ふーっと満足気に白煙を吐き出す。まだ甘い蜜の味が残っている舌の上が、苦いニコチンによって覆われていくのを感じた。
その一連の動作を未だ潤んだ瞳で横目に捕らえながら、海馬はのろりと身体を起こした。そして机の上に放られた下着をギュッと握り締めながら、キツイ眼差しで城之内を睨み付けながら口を開く。
「先生…。今日も最後までしてくれないんですか?」
秘密の関係を結ぶようになって、もう一年以上。あと半月ほどで卒業だというのに、海馬の身体は未だ城之内を受け入れてはいなかった。何度お願いしても城之内は決して最後までしようとはせず、いつも海馬をイかせて終わりにしてしまう。海馬にはそれが酷く不満だったのだ。
海馬の質問に城之内は黙して答えない。それに焦れて「先生!!」ともう一度強く呼びかければ、深く煙を吐き出しながら城之内は振り返った。そして困ったように後ろ頭をガシガシ掻きながら苦笑する。
「だからさー。お前が大人になるまでは最後までしないって言っただろ? ちゃんとオレの話…聞いてた?」
「先生もオレの話を聞いてくれていますか? オレは最後までしてもいいって言っているんですよ」
「あのなぁ…。お前はどんだけオレを犯罪者に仕立てあげたいのよ。まぁ…こんだけ手を出しちゃってる時点で、もう犯罪者確定だけどな」
「犯罪者とかそういう意味では無く…ただ先生が好きだから…!!」
「それは分かってる。何度も聞いたし、理解もしてる。でもな、オレが心配してるのはそういう事じゃ無いんだ」
そこまで言って城之内は、窓枠に置いてあった灰皿に短くなった煙草を押し付けた。そして窓を開けて充満した煙草の煙を外に追い出す。生物準備室の中の濁った空気が外に流れていくのと同時に、まだ冷たい春先の風が入り込んできた。校庭で練習している運動部の掛け声や、階下の音楽室からはブラスバンド部の楽器の音も響いてくる。
暫くそれらの雑音を聞きながら、城之内は静かに外を眺めていた。沈みゆく夕日に小さく溜息を吐き、そしてクルリと振り返る。
「お前、春から大学生だろ?」
「そうですけど…それが何か?」
童実野高校どころか全国でもトップクラスの成績を誇る海馬は、見事大学受験に現役で合格して、この春から某有名私立大学に進学する事が決定していた。
未だ下着も履かずに睨み付けて来る海馬にクスリと笑い、城之内は壁に寄り掛かりながら言葉を放つ。
「大学行ったらさー。いい男が一杯いるだろうなー。オレより格好いい奴も、オレより優しい奴も、オレより包容力がある奴も、オレより頭がいい奴も、一杯いると思うんだ」
「なっ………!?」
「なぁ…海馬。お前はまだ高校生だ。これから大学進学も控えている。お前の人生はこの先もずーっと長く続いていて可能性は山程あるというのに、今一人の男に全てを捧げてしまうのは…勿体無くないか?」
「そ…それは…一体どういう事ですか…? 先生…?」
「分からないのか? お前頭良いのに、こういう所は馬鹿なんだなぁ…。つまりな、オレが言いたいのは」
壁から身体を起こし、真っ直ぐに海馬の方を向いて、城之内は真剣な眼差しで机の上に座っている少女を見詰めた。
「お前の大事なヴァージンは、本当に好きになった男の為に取っておけって言いたいんだよ」
淡々と言い捨てられたその言葉に、海馬は自分の頭がカッと熱くなるのを感じた。反射的に机の上に平積みされていた資料本を手に取って、城之内に向けて投げ付ける。バサリと肩にぶつかったその本を避ける事もなく、城之内はただ黙って海馬の事を見詰め続けていた。
「酷い!! 最低です…先生!!」
「………」
「オレが先生の事を本気で好きじゃ無いって言うんですか!? 好きでもない男相手に、興味本位で足を開く女だと!?」
「そんな事は言って無い」
「言っているも同然じゃないですか!! オレは先生が好きなんです!! 本気で…好きなんです!!」
「それも知ってるよ。お前の気持ちが嘘じゃない事は、オレが一番よく知ってる。でもな、オレが話しているのは可能性の問題で…」
「そんな可能性なんていりません!!」
「まぁ、聞け。人生は長いんだよ、海馬。何も今決めなくてもいいじゃないか。こんな三流大学出の金も甲斐性も無い不良教師より、世の中にはもっとお前にふさわしい男がいる筈だ。そんな相手が現れたらどうする? オレと関係を持っていた事を後悔する事になるだろう? 綺麗な身体でいたかったと…願うだろう? オレはお前に後悔して欲しく無い。だから…」
「人生が長かろうが短かろうが、先生が貧乏だろうが甲斐性無しだろうが、そんな事は関係無いんです…! 後悔なんか絶対しないし、オレは先生がいい!! 先生しかいらない!!」
そう叫んだ海馬は机の上から降りて、大股で窓際の城之内の側に近寄っていった。そして首に腕を絡め無理矢理頭を引き寄せ、荒れた唇に自らのそれを強く押し付ける。夢中で舌を差込んで城之内の口内を探れば、ほろ苦い煙草の味が海馬の柔らかい舌を刺激した。
一通り口内を舐め回しても城之内が反応しないのに気付き、海馬は目の前の身体を強く押し返して身体を離す。口の端から零れ落ちた唾液を袖口で拭いながら、怒りと酸素不足の為に肩で激しく息をし、そして涙で濡れた青い瞳で目の前の男をキツク睨み付けた。
「今更…オレから逃げようとしても無駄ですよ。オレは決して逃がしませんから…。覚悟して下さい先生」
「海馬………」
「先生はオレのものだ。オレだって先生のものだ。それを忘れないで下さい」
低い低い声で言い捨て、海馬はクルリと背を向けた。そして床に放りっぱなしだった鞄を手に取り、落ちていたローファーを履いて、下着を手に持ったまま生物準備室から出て行く。
「おい、パンツは履いていけよ。途中でスカートが捲れて大事な場所が丸見えになっても知らないぞ」
如何にも「怒っています!」という雰囲気を醸し出している背中にそう呼びかけると、返事は無いものの一瞬だけ振り向いて物凄い形相で睨まれ、そして準備室のドアは乱暴に閉められた。
棚の上に置いてあるホルマリン漬けの瓶がカタリと動く程の剣幕に、城之内は肩を竦めて「おーこわっ!」と素っ頓狂な声を出す。だが次の瞬間には真面目な表情に戻って、深い溜息を吐いた。床の上に投げ捨てられたクリーム色のネクタイに気付いて屈んでそれを拾い上げ、目に入ってきた酷い惨状にクスリと笑みを零す。
「あーあー、グッチョリだ。これじゃ今日はもう付けらんないなぁ…」
クスクスと一通り笑って、そして城之内は笑うのを止めた。荒れた髪をクシャリと掻き上げ、泣きそうに顔を歪める。
「分かって無い…。お前は何も分かって無いよ…海馬」
震える声が生物準備室に響く。
海馬瀬人子という女生徒の事が大好きだった。入学式で見た瞬間から恋に落ちた。だが自分は教師で、相手は生徒で。だから何も感じていないように振る舞って、教師と生徒の関係を続けていた。
それが突然変わったのは、海馬が高校二年生の秋だった。まさか向こうから愛の告白をしてくるとは…夢にも思わなかったのだ。
教師としてはすぐにでも断わらなければならなかったのかもしれない。だがそうするには、もう自分の中の海馬に対する気持ちが大きくなり過ぎていた。
こうして城之内は海馬の告白を受け止めてしまい、誰も知らない…秘密の関係が始まった。彼女に触れる度に、城之内は海馬に深く溺れていく自分を感じ、そしてその都度焦燥感を募らせていく。
最終行為まで及ばなかったのは、城之内が持っていた教師としての最後のプライドと、そして未来に対する恐怖によるものだ。それが無ければ、とっくの昔に全てを頂いてしまっていただろう。
海馬は若い。これから高校を卒業し大学に進学すれば、もっと沢山の人間と知り合う事になるだろう。大学を卒業し社会に出れば、更にもっと沢山の出会いが待っている。
その中に海馬の心惹かれる人物が現れないと…海馬が本気の恋愛に目覚めないと、どうして言い切れるのだ。そうなったら自分はもう用済みになるだろう。
「怖いのはオレだよ、海馬。お前に夢中になって…捨てられて…、一人になったらきっともう立ち直れない。だから今から距離を置こうとしているのに、どうしてお前は…っ」
どうしてあんな真っ直ぐな瞳で見詰めてくるのか。どうしてあんなに何も恐れずにオレの事を愛せるのか。
それが辛くて…苦しくて…切なくて…そして何より死ぬ程嬉しくて、気が狂いそうだった。
城之内はグシャグシャになったネクタイを強く握り締め、新たな煙草を咥えつつ窓の外に視線を移した。春先の夕日はとっくに西の地に沈み、ほんの僅かな赤味が空に残っているだけだ。いつの間にか運動部の掛け声もブラスバンド部の練習音も聞こえなくなっている。
今にも夜空に溶け込んでいきそうな残照を、城之内は自分が海馬に寄せている僅かな希望のようだと思う。だがふと…その小さな希望に縋ってみたくなった。
「日は落ちても…太陽は消えないもんな。見えない場所にあって、次の日にはちゃんと昇ってくるもんなぁ…」
賭けてみようか、あの残照に。自分には眩し過ぎる…まるで太陽の光のような少女の愛を、ちゃんと正面から受け止めてみようか。あの子が無事高校を卒業したら…卒業式が終わったら、ちゃんとプロポーズしてみようか。
「給料三ヶ月分か…。今の時期には…痛いなぁ…」
すっかり薄暗くなった部屋に城之内のボヤキが響き渡る。だがその声は希望に満ちていた。
残照はもう見えない。空はすっかり闇に覆われ、春の星座が瞬いている。けれど愛を決意した男の胸には、未だ小さな最後の希望が残照のように灯っていたのだった。
短編です。
ある日突然海馬を襲った身体的トラブル。けれどそれによって深まる愛もあるのです。
Message
突発性難聴。
特別な切っ掛けも無く、突然片耳が聞こえなくなる難病。原因は未だ不明で、主にストレスが強く絡んでいると言われる。
今から一年ほど前。突然左耳が聞こえづらくなった。数日間酷い耳鳴りに悩まされたが、どうせ疲れが溜まっているのだろうと思い、深く考えずに放っておいた。仕事にかまけて毎日を過ごし、しつこい耳鳴りにも漸く慣れたと思った頃、慣れたのでは無く自分の左耳が聞こえなくなっている事に気付いた時は…もう全てが遅かった。
左耳の聴力を失ってしまったが、右耳はまだ生きている。多少聞き取り辛くなったが、言葉も音もちゃんと聞こえるのでオレはそのまま無視し続けた。何より海馬コーポレーションの社長として表立ってデモンストレーションする身としては、目立つ補聴器など付けたく無かったし、モクバにも社員にも要らぬ心配は掛けさせたくないと思っていたのだ。
そんな理由で何とも無いふりを続けていたのだが、恋人である城之内だけはオレの異変に気付いていたようだった。
「何かお前最近、耳遠くね?」
事ある毎にそう言ってくる城之内に「気のせいだ」と何度も答える。城之内に難聴の事がバレてしまえば、必然的にモクバの耳にも入ってしまう。それだけはどうしても避けたかった。
「いや、話しかけても全く気付いて無い時とかあるだろ?」
「疲れているのだ。肩凝りが酷いと耳が聞こえづらくなる時があるからな」
「嘘吐け。お前肩凝りなんてしない癖に」
「なら、歳を取っただけだ」
「どこの老人だよ!! 早過ぎるだろ!!」
ベッドの中でそんな会話をして、誤魔化すようにそう言ったオレはもう用は無いとばかりに城之内に背を向け、眠りの体勢に入ってしまう。そうすると何をしてもオレの反応が無くなるのを知っているから、城之内も諦めてくれるのだ。
コイツを誤魔化し続けるのも無理があるのかもしれない。だからと言って真実を話す訳にもいかず、そのままズルズルと皆を騙したまま時が過ぎて行った。
真実が露呈するのが怖くて病院にも行かずに、インターネット上だけで情報を調べてみる。すると幸いな事にこの病気は、大概が片耳だけで済むらしい。以前より多少聞こえづらくなったものの、右耳で普通に音を拾う事が出来る為に、オレはそれ以上の心配はしなかった。不便なのは、今まで右手でメモを取る為に左耳に当てていた受話器を右で取らなければならなくなった事くらいだが、それも慣れてしまえばどうって事は無い。肩と顎で受話器を挟んでメモを取ればいいだけの事だ。
こうしてオレは普段通りの生活を続けていたのだが、どうしてこうなってしまったのだろうか…。
まさか右耳までが同じような状態に陥るとは…流石のオレも思わなかったのだ。
無事だった右耳にあの嫌な耳鳴りがする事に気付いたのは、秋が終わり寒い冬が遣って来た頃だった。
こうなると流石に誤魔化しは利かなくて、城之内やモクバに仕方無く打ち明けたら、二人から同時に散々な説教を食らう嵌めになった。こういう事になると分かっていたから、言いたくなかったのだが…。
だがこうなってしまったものは仕方が無いので、深く深く呆れたように溜息を吐いたモクバの指示によって、海馬コーポレーションの技術部に特製の補聴器を製作して貰う事になった。あくまで秘密裏のプロジェクトだったから外に情報が漏れる心配も無く、しかも我が海馬コーポレーションが誇る最新技術だ。内耳の方に直接埋め込むタイプの超小型で高性能なオレ専用の補聴器は、装着していても外から見える事も無いし、普段通りの生活を送る事も出来る。
ただ勿論すぐに出来ると言う訳では無いので、二~三ヶ月は不便な生活を続けなければならない。こんな状態ではまともに仕事も出来ないので、自宅でメールの対応や企画書に目を通して認可するなど、地味な仕事ばかりをこなしていた。
そして、そうこうしている内にも右耳の状態はどんどん悪化し、ついに殆ど何も聞こえなくなってしまったのだった。ただ医者に診て貰ったところ(城之内とモクバに無理矢理連れていかれた…)、両耳とも完全に聴力を失っている訳では無いらしいので、補聴器さえ付ければ元通りの生活が出来るらしい。これはオレにとっても、また周りの心配してくれている人達にとっても、非常にありがたい事だったと思っている。
だからオレは、特に自分が『ろう者』だとは思っていなかった。音が聞こえないという不便な生活も、ほんの数ヶ月我慢すれば何とかなるだろうと高を括っていたのだが…。城之内はそんなオレに不満を持っていたらしい。
今日も自室で静かに仕事をしていると、ドンドンドン…と廊下を乱暴に歩いてくる足の振動を感じた。オレは眺めていたPCのモニターから顔を上げ、目の前の扉をじっと見詰める。多分もうすぐ…あと数秒でこの扉が開かれる事を知っていたからだ。
案の定、振動が止まると同時に開かれた扉の向こうに城之内が立っているのを見て、オレは静かに嘆息する。城之内の顔に浮かぶ表情は決して不満気では無いが、いつもと変わらない決意が浮かんでいる事に気付いたからだった。
『よぉ、海馬!』
口の形だけでそう言って(いや、実際には声は出ているのかもしれないが、今のオレには聞こえなかった)、城之内は満面の笑顔で手をヒラヒラと振ってみせる。そしてズカズカとオレの側に近寄って来て、ジーンズのポケットからメモ帳とペンを取り出してサラサラと何かを書き始めた。そして書き上がった文字をオレの前に見せつける。
『調子どう?』
汚い字で書かれたそのメモに眉根を寄せて、オレも自分用のメモを取り出して返事を書く。
『別に。いつも通りだ』
『なんかふきげんそうなんだけど、どうした?』
『どうしたもこうしたも無い。貴様がしつこいだけだ』
『まーそう言うなよ。だまされたと思ってやってみな、手話。意外に面白いぜ?』
また始まった…と思い、オレは頭を抱えて盛大に溜息を吐いてみせる。
オレの両耳がほぼ聞こえなくなったと知った途端、奴はオレに手話の練習を勧めて来た。しかし完全に聴力を失った訳でも無く、補聴器さえ出来れば通常の生活スタイルに戻る事も保証されている為、わざわざ手話を覚える意味も必要性も、オレには全く感じられなかったのだ。
何も答えずに睨み付けていると、城之内はまたサラサラとメモを書き出してオレの目の前に掲げて見せる。
『こうやってわざわざメモに文字書いて会話するのも、めんどーくさいだろ? ぜってー手話の方が早いし便利だって』
『いらんと言っている!』
『そう言うなって。やってみたら意外とかんたんなんだぜ』
『しつこいぞ! 凡骨!!』
鼻息も荒く苛つくままにメモに『凡骨』という字を殴り書いて見せつけると、城之内は少し困ったようにうっすらと微笑んだ。そして『か・い・ば』と口の形を大きく開けてオレの名を呼び、左の指でオレの事を指し示す。そして逆側の右の手で自分を指さし、次に左の手の甲を右の掌で優しく撫で始めた。
柔らかに…そして軽やかに動く掌の動きは、まるで風に舞う羽のようだ。その動きに見惚れていると、そんなオレの状態に気付いた城之内が嬉しそうにニッコリと微笑んでくるのに気付く。如何にも満足気なその顔に苛ついて、オレはまたチッ…と舌打ちをしてしまうのだった。
城之内がやっている謎の動きが手話だという事は分かる。手話を覚えるつもりが無いから、城之内が一体何を言いたいのかは分からないがな。ただ、城之内はオレと会う度にこの動きを繰り返した。
何度も何度も…幸せそうな笑顔を浮かべながら。
それだけしつこくやられれば、流石のオレもその意味が気になってくる。だが始めに「手話なんぞ覚える気は無い!」と宣言してしまった為、今からその意味を調べるのもまた悔しいのだ。しかも腹立たしい事に、城之内はそんなオレの気持ちなど完全に見通しているから始末に負えない。
『オレが何て言ってるのか、分からないのがくやしい? 意味知りたい?』
ニヤニヤしながら見せつけられるメモに、オレは舌打ちしながら城之内の顔を思いっきりキツク睨み付ける。
『分かっているならさっさと教えろってのはナシだぜ?』
返答すら読まれている。全く本気で腹が立つ…っ!
『知りたいのなら、ちゃんと自分で調べる事。勉強するならオレも付き合うぜ』
『誰が!』
『すなおじゃねーなー。ま、いっけど』
そうメモに書いて城之内はオレの側から離れ、笑顔で手をヒラヒラさせながら部屋から出て行った。残されたのは非情に遣り切れない気持ちのオレと、嫌でも脳裏に再生される城之内の掌の動き。フワリフワリと優しく動くその手は、見ているだけでも心が温かくなっていく。その事に気付き非情に困惑して、オレは頭を抱えて項垂れた。
一体どうすれば良いと言うのだろう。補聴器はあと数週間待てば出来上がってくる。そうすればオレはこの音の無い世界から解放されて、以前までと同じような生活を送る事が出来るようになるのだ。
だがいくら海馬コーポレーションの技術力を結集して作った補聴器でも、やはり機械となれば万能では無いだろう。故障もあるだろうし、しろく始終付けっぱなしという訳にもいくまい。補聴器を外してしまえば、オレの耳はまた聞こえなくなるのだ。
「っ………!!」
ふとその時…突然音の無い世界が怖くなった。
そう言えば暫く誰の声も聞いていない。モクバの声も磯野の声も、邸に常駐しているメイドの声も…何もかも聞いていない。皆が皆メモでオレに話しかけ、オレも文字でそれに答えているからだ。
城之内の声だって同じように聞いていない筈だ。それなのに…どうしてなのだろうか。城之内の声は常に身近にあって、あの深くて優しい声がいつでも脳内で再生されているのだ。
暫く考えて、その原因があの手話にあるんだという事を思い出す。
他の人間と城之内との違いは、あの手話だ。城之内はオレに会う度にあの手話を残していく。優しく…オレを慈しむような微笑みを浮かべ、羽が舞い上がるようなあの手の動きを目の前で何度も披露してみせるのだ。そしてその手話を見る度に、オレの頭の中に城之内の声が響いて来る。
(城之内………)
優しい優しい城之内の手話。オレは本当は、もうあの手話の意味に気付いているのかもしれない。ただ…確信が持てないだけで。
城之内が伝えてくるメッセージ。オレに対しての…きっとオレにだけにしか伝えられないメッセージ。そのメッセージをオレも彼に伝えてみたいと思うのは…オレが気弱になっているだけなのだろうか? それとも城之内に感化されてしまった結果なのだろうか?
どんなに考えても答えは出て来ず、頭が混乱するばかりで分からない…。ただ、オレも城之内に『あの』言葉を伝えたいと思う事だけは…真実だと思った。
数週間後。モクバが発注した海馬コーポレーション特製の超小型高性能の補聴器が出来上がってきた。当初はそれを内耳に直接埋め込む予定だったが、取り外しが簡単に出来た方が色々と便利だろうと言う事で、直接埋め込まずに奥の方に嵌め込むタイプにして貰った。こうすれば外からは補聴器を付けている事など分からない。
少しずつ調整を掛けながら自分の聴力に合わせていって、やがて気が付くとオレは様々な音が渦巻く世界に戻っていた。
「兄サマ…。良かったね…!」
涙ぐみながら喜んでくれるモクバに微笑みかけ、オレはこの場にいない恋人の事を想った。本当はこの場に同席したかったらしいのだが、どうしてもバイトが抜けられないというメールを寄越してそれっきりになっている。
「仕方が無い…。こちらから会いに行ってやるか」
重い腰を上げ、久しぶりに一人で街を歩いてみる事にした。聴力を失った頃はまだ寒い冬の最中だったというのに、外はもうすっかり春になっている。暖かな風が吹き、桜の花が咲き誇り、道行く人々も浮き足だっているようだ。
道路を走る車のエンジン音。ガードの上を通り過ぎる電車の車輪音。すれ違う人々の足音。公園で遊ぶ子供達の歓声。揺れるブランコの金属が軋む音。軒先に吊されている季節外れの風鈴。空き地にいる猫の鳴き声。歩行者信号の通りゃんせ。街角の大画面モニターに流れる流行曲。耳元を通り抜ける風の音。その風に吹かれて揺れる桜の花びらのザワザワとした音。
この世界は様々な美しい音に溢れていた。健常者であった頃は、こんな事には気付きもしなかった。ただ通り過ぎている音達を、こんなにも美しい…そして綺麗なものだとは思わなかったのだ。
色んな音を楽しみながら、軽い足取りで静かな住宅地の真ん中にある、城之内が働いているコンビニまで歩いて行く。目的地に辿り着くと、城之内が箒とちり取りを持って店先の掃除をしているのが目に入ってきた。地面に落ちている桜の花びらや紙くず等を丁寧に掃いて集めて…そしてオレの存在に気付く。
「海馬…っ!」
途端に嬉しそうに駆け寄ってきた。奴が本当に犬であったなら、激しく尻尾が左右に振られているに違いない。
「海馬、どうした? 一人で来たのか?」
城之内の言葉にコクリと頷いてやる。
「補聴器どうだった? 今日出来て来たんだろ?」
「………」
「上手く…いかなかったのか? それともまだ出来てないとか…?」
「………」
「えーっと…。あ、ちょっと待ってくれ。メモを…」
慌ててコンビニの制服のポケットを探り出した城之内の手を掴み、オレはフルフルと首を横に振ってみせた。そしてその手を離し、左手で城之内の事を指さす。その状態のまま今度は右手で自分を指さし、その手を動かして右の掌で左手の甲をクルクルと撫でた。
一連の動作を行なった後にニヤリと笑いながら城之内の顔を見れば、ぽかんと口を開けて呆けた顔をしたまま固まっている。そして暫くそのままの状態でオレの事をじっと見詰め、突然何かに気付いたようにハッとした表情を見せた。
「海馬…。お前…」
震える声で呼ばれた名前に、フフンと鼻で笑ってみせる。
「こういう事だろう? 城之内」
「なっ………!! お、お前…っ!!」
「いくら海馬コーポレーション特製の高性能補聴器とは言え、機械に完璧は無いからな。せっかくだから手話も覚えておいたのだ」
「お…おまっ…おまっ…!! 手話覚えるつもりだったんなら、早くそう言えよな!! しかもちゃんと喋ってるし!!」
「あぁ。もう補聴器を付けているからな。流石海馬コーポレーションの技術力を結集して作らせた補聴器だ。すこぶる良好だぞ」
「補聴器付けてるんなら、最初からちゃんと返事しろよ! 心配しただろ!!」
「何をそんな大袈裟な…。少し驚かせたかっただけではないか」
「人が悪いぜ…ったく! オレが今までどんなに心配してきたと思っているんだよ…っ!! 今日の補聴器の事だって、合わなかったらどうしようとか、失敗作だったらどうしようとか、朝からずっと気になってたっつーのに!!」
「失礼な奴だな、お前は。海馬コーポレーションの技術力を疑うのか?」
「そういう意味じゃねーよ、馬鹿!! 自分がどんだけ愛されてるのか、知らねーのかって話だよ!!」
大声でそう怒鳴った城之内は、そのまま俯いて全く動かなくなってしまった。顔は長く伸ばした金髪で影になっていて伺う事が出来ない。やがて…その前髪の向こうから、ポタリポタリと大粒の水滴が落ちて来る。
「じ…城之内…?」
「ちっきしょ…! ホント…どうしようも無い奴だよ、お前は…っ!」
「どうしようも無いとは…聞き捨てならないな」
「うっせーっ! もう何でもいいよ…。てか…あーくっそ!! お前の声、久しぶりに聞いた…! すっげー良い声だよ、ちきしょう!!」
「じょ………」
「メモしなくても話通じるもんな…! ちゃんと言葉で意志が通じるもんな…! オレの言葉もちゃんと聞こえているんだもんな…! なぁ…そうだろ? 海馬!!」
そう言って視線を上げた城之内の顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていて酷い状態になっていた。だがその顔を…オレは好きだと思ってしまった。こんな格好いい城之内の顔を初めて見たと…そう思ってしまったのだ。
ボロボロと流れ落ちる涙を袖口でグシグシ拭いながら、城之内は涙声で言葉を放つ。
「でもな、海馬…。さっきお前がやってくれた手話は、どんな言葉よりも深くオレの胸に届いたんだぜ」
「城之内…」
「ありがとな。本当にありがと。凄く嬉しかったよ。それから…」
少し離れていた距離が急速に縮まって、気付いたらオレは城之内に抱き締められていた。強く強く…熱い腕がオレの身体に絡みつく。その腕の強さが愛しくて、オレも城之内の背に腕を回して強く抱き締め返した。
ここが住宅地の真ん中で、しかもコンビニの店先だという事も忘れて、いつまでも強く抱き締め合う。やがてオレの耳元で鼻をスン…と鳴らした城之内は、至極優しい声でこう囁いた。
「良かったな…。本当に良かったな、海馬」
「あぁ………」
「オレもこれで安心だよ」
「心配掛けて…済まなかったな」
「いいよもう…。これから先も困難な事があるかもしれないけど…一緒に頑張って行こうな」
「あぁ、勿論だ」
「もう一人で無理したりするなよ」
「分かっている。流石にもう懲りた」
「それからな…」
「………?」
「オレも…お前の事を愛してるよ…」
「分かっている。オレもだ」
「うん…。さっき教えて貰った」
「お前のは些か安売りし過ぎだったがな」
「そう言うなよ。そんだけお前の事を愛してるって事なんだぜ」
顔を見合わせ、クスリと笑い合って、城之内が痺れを切らしたコンビニの店長に怒られるまで暫くずっといちゃついていた。
その後一旦別れて、夜になって仕事を終えた城之内が邸を尋ねて来たが、怒られはしたものの何とかクビにならずに済んだらしいという報告を受けた。「理由を話したら納得してくれた」とケラケラ笑いながら言っていたが、城之内が言う『理由』が一体どんなものなのかが至極気になるので、後でしっかり問いただそうと思う。
その後、オレ専用のその補聴器は故障する事も無く、今日も鮮明に周囲の音を拾ってくれている。けれどオレと城之内の間では、時々手話だけで会話する事があった。ヒラリヒラリと空気中に漂う羽のように優しい手の動きは、愛を語るには丁度良いのだ。
だから今日も城之内はオレに対して、オレも城之内に対して、あの優しくて愛しい手話を与え合うのだ。
『私は貴方を愛しています』
………とな。
何となく落ち着いて来た二礼です、こんばんは。
だからと言って忙しいのは何も変わらないんですが、微妙に心に余裕が出て来たと言うか何というか…w
新しいリズムに漸く慣れて来たってところですかね?
やっぱ生活を一新すると、それに慣れるまで一月掛かるんですな。
まぁ、そんな事はどうでもよくてですね。今週は別にいいんですけど、来週は平日ずーっと仕事入っているのですが…。
私はいつ小説を書けば良いのだろうか?
出来れば休みたく無いんだけどなぁ…;
何とか…頑張ってみます…。
でも、頑張りきれなかったらゴメンナサイ!!(先に謝っておこう…(´_ゝ`;)
ちなみに皆様は、この間の三連休はどのように過ごされたでしょうか?
私はノンビリしていられたのは初日の土曜日だけでした。
二日目は友人と一緒に春コミに行って、アポ無しでとある方のご親族のサークルに強襲を掛けるという阿呆な事をしてましたwww
人をビックリさせるのが凄く好きなもので…w その点は色々と失礼致しましたわ~(´∀`)
三日目は相棒に付き合って朝から夜遅くまでお出掛けしていたので、全く寛ぐ事が出来ませんでした…;
確かに良い気分転換にはなったけど、身体がボロボロになりましたよ…orz
自転車で遠出したので、筋肉痛が酷いったらありゃしない…;
でも相棒も三月に入ってから激務が続いていたので、たまにはストレス解消に付き合ってやらなきゃダメなんですよね。
ずっと午前様とか…カワイソス。
早くお互いにノンビリした時間を楽しめるようになりたいです(´―`;
短編『幸せの定義』をUPしました。
すごーく久しぶりの短編だったので、全くリズムが掴めなくて苦心しました…w
「短編ってどうやって纏めてたっけ?」とかテラヒドス。
でも何とか形になって良かった…w
ちなみに*マーク付いていますけど、エロはぬるいですw ていうか全然エロくない。
本当は付けようかどうか、かなり迷ったんですけどねぇ~。喘ぎ声が入っているんで付けてみましたが…本当にエロくなくてスンマセンw
卒業シーズンだという事もあるので、今回は卒業をネタにした短編を書いてみました。
せっかくなのでチョット切ない感じも取り入れてみましたが、如何でしたでしょうか?
両思いなのに三年間も離れ離れにならなければならないというのは確かに悲しい事ですが、その事に関しましては私は決して不幸な事では無いと思っています。
城之内も「幸せではない」とは言っていますが、決して「不幸」だとは言っていません。
常に一緒にいるばかりが幸せでは無いし、一時遠くに離れるけれど、それさえ乗り越えれば後はずっと一緒にいられる…というのも、また幸せの形なのではないでしょうか?(*'-')
そういう苦難を乗り越えたカップルは、後々強くなるんですよね!
ちょっとやそっとのトラブルじゃ全く揺らがないぞ!! 的な感じでw
そういう強い絆で結ばれた城海が大好きです~(*´∀`*)
以下は拍手のお返事になりま~す!(*'-')
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(´∀`)
『春宵』と日記の感想をありがとうございます~♪
最後のラブラブエロが微妙に物足りなかったのは、本編のエロが濃過ぎたからです…w
確かに私も「もう勝手にやってろw」とは思いましたが、『普通の幸せ』を求めている彼等にはあれくらいで丁度良いと思って書きました。
濃ゆいエロに関しては本編で充分じゃないかと…w
海馬が、自分は『せと』の生まれ変わりだと城之内に告白するのをいつにするのかは、当初からの課題でした。
実はこの事に関してはメモはしてあるものの、どこに入れるかは全く決まっていませんでした。
プロットにも、どのシーンで告白するか書いてありません。
かなり後半になった時点(城之内が弱っていった辺り)で、漸く番外編で書く事を決めました。
海馬が『せと』の転生体である事を告白し、城之内がそれを一蹴するのが〆としてふさわしいと思ったんです。
Rosebank様のコメントから察するに、結果として上手くいったようですね~! 良かった~(´∀`)
まさに『大団円』という感じでハッピーエンドを迎える事が出来て、本当に良かったと思っています。
あ、そうそう。この作品に青眼の白龍は出て来ませんでしたが、存在しないという訳ではありません。
ただRosebank様の仰る通り、この物語には不要だっただけです。
もしかしたら黒龍町と友好都市とかになっている町に、白龍神社とかがあるのかもしれませんねw
蕎麦屋の件は別に気になさらなくても大丈夫ですよ~w
ただ個人的に蕎麦大好き人間なので、そんな蕎麦屋があったら本気で行ってみたいと思いますwww
忙しい事や体調の事も気にして下さって、本当にありがとうございます~!
Rosebank様も回復に向かっているようで安心致しました。
これからも忙しい時期が続きますが、お互いに無理しないで頑張っていきましょうねw
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
城之内×海馬。
城之内の一人称です。
*マーク付いていますけど、本当にぬるいので余り期待しないで下さい…w
幸せの定義って一体何なんだろうな…とふいに思った。
こういうのは人によって全然違うんだろうけど、他人から見れば今のオレは充分に幸せなんだろう。酒飲みで借金持ちの父親を抱えているという特別な事情はあっても、何だかんだ言って高校は無事に卒業出来そうだし、就職の内定も決まっている。童実野町内にある小さな会社だけど基礎がしっかりしているから大丈夫だと、あの海馬にもオススメを貰った処だ。コレでオレは晴れて四月から会社員となる。
一時期は手の付けられなかった親父のアルコール中毒の症状も、専門の病院に通うようになってから大分マシになってきた。まだまだ油断は出来ない状態だけど、以前のような酷い錯乱状態に陥る事も無くなっている。
今まで頑張ってバイトしてきた甲斐もあって、借金も順調に返せるようになっていた。このまま正社員として真面目に働いていけば、問題無く完済出来るだろう。
全てが順調だった。オレの事も親父の事も、怖い程に全てが順調。ただ一つ…海馬との別れを控えている以外には。
海馬とオレは付き合っていた。
いや…付き合っていたと思っているのはオレだけかもしれない。海馬にしてみれば体の良いセックスフレンドに過ぎなかったのかもしれないけどな。
でもオレは海馬の事が大好きだった。自分と同じ男に対してこんな気持ちを抱くなんて…と何度も考えたけど、結局この気持ちは変わる事は無く、オレはずっと海馬の事が好きなままだったんだ。
こんな事になってしまった最初の切っ掛けは、もう一人の遊戯ことアテムが冥界に帰ってしまった事にオレが寂しさを覚えていたからだった。遊戯自身とはそれまでと何ら変わらない友達付き合いをしていたんだけど、確かにこの間まで側にいた筈のもう一人の親友の存在を感じられない事が寂しくて堪らなくて、たまたま学校に来ていた海馬に話しかけた事が始まりだった。
アメリカで事業を展開すると言っていたからてっきり向こうに行きっぱなしなのかと思ってたら、一月後、海馬は普通に学校に顔を見せた。重要な下準備だけ自分の手で行なって、後は現地のスタッフに任せるんだと遊戯に話して聞かせているのを、オレも少し離れた所で何となく聞いていた。
難しい話はオレには分からない。だけど、今までトゲトゲしていた気配が綺麗に無くなっている事に気付いた。目で確認する事は出来ないけど、何て言うか…全体的に丸くなったような感じを受ける。そして学生生活を共にしていく内に、オレはある事に気が付いた。
何となく…本当に何となくだったんだ。アテムの事なんか全く何も気にしていない素振りをして普段通りの態度を見せる海馬に、何となく…居心地の悪さを感じているような気配が見えたのは。
「なぁ…。アテムが…もう一人の遊戯がいなくなっちまって…寂しい?」
ある日の放課後の事、たまたま教室に二人きりで残った時に、オレは思い切って海馬にそう尋ねてみた。奴は驚きで青い目を大きく開き、パチパチと何度も瞬きを繰り返す。そして何の事だか分からないとでも言うように首を傾げたので、オレはもう一度尋ねてみせた。
「ライバルが永久にいなくなっちまうのって…やっぱり寂しい?」
「貴様の言うライバルが遊戯の事ならば、奴は今日も学校に来ていただろう」
「違うって。あの遊戯じゃなくて…もう一人の遊戯の方だよ。お前とずっと闘っていた方だ」
「………」
「今更『非ィ科学的』とか言うなよな。お前ももう知っているんだろ…? アテムの事を」
席に着いたままの海馬の側に歩み寄って、机に両手をついて正面から顔を覗き込んでやる。一瞬怒られるかなとか思ったけど、海馬は怒る事も茶化す事もせず、青い瞳で真剣にオレの顔を見詰めていた。
暫くお互いに黙って見つめ合って、やがて海馬は視線を外して小さく嘆息しながら口を開いた。
「知って…いる。アイツが魂だけの存在だった事も、三千年前のエジプトのファラオだった事も、冥界に帰ってもうこの世にいない事も…全て知っている。未だ半信半疑だがな」
「うん。それで?」
「それで…とは?」
「さっきの質問。寂しいと思う?」
教室の窓から夕日が差し込んで、俯き加減の海馬の顔に影を作る。今は上から見下ろしている状態のオレの目には、海馬の栗色の前髪や同じ色の睫なんかが映っていた。頬に影を落とす睫の影に「男の癖に睫長ぇなぁ…」なんて下らない事を考える。
「なぁ…海馬?」
海馬は何も応えない。ただ名前を呼ばれた事に反応して、チラリとオレの顔を見上げてくれた。
澄んだ青い瞳がオレの事を見詰めている。教室の中には誰もいなくて、野球部やサッカー部が校庭で最後のランニングをしている音や掛け声が窓から入って来て、沈みゆく夕日で辺りは真っ赤で…。まるで現実では無いような情景に、オレはつい考える事を放棄して先に身体を動かしてしまった。
引き結ばれた小さな唇に、オレの唇を軽く押し付ける。最初は一瞬だけ。二回目はもう少し長く触れ合わせてから顔を離した。それでも海馬が何も言わないのに焦れて「オレは…寂しいよ」と言ったら、「そうだな…」と漸く望む答えが帰って来る。その口元が僅かに綻んでいるのを見て、オレは海馬の両頬に掌を当てて三度目のキスをする為に顔を近付けた。
海馬は…何の抵抗もしなかった。ただ黙ってオレのキスを受け、潤んできた青い瞳をそっと瞼で隠してしまう。薄い唇の隙間から舌先を差入れ歯列をなぞりながら口を開けるように促すと、意外にも素直に口を開いてオレの舌を受け入れてくれた。顎や舌の付け根が疲れて痛みを感じるくらいに熱く絡み合い、高まってきた興奮に逆らわずにオレは海馬の身体を教室の床に押し倒す。今度こそ絶対怒られると思ったのに…海馬はそれでも抵抗しなかった。それどころか長い腕を持ち上げて、オレの背を優しく引き寄せてくれる。
凄く不思議だと思った。あのプライドの高い海馬が黙ってオレの好き勝手にさせてくれている事が。
でも、抵抗する事も嫌がる素振りも見せない海馬に、オレは何となく「あぁ…。コイツも寂しかったんだな…」と思ってしまう。必死に声を押し殺している海馬に優しいキスを落としながら、オレは生まれて初めて『他人』を『愛しい』と思う感情に戸惑っていた。
結局そのまま教室で海馬の身体を頂いてしまったオレは、その後も何のお咎めもなく、それどころかその後も同じようなお付き合いをさせて貰っていた…という訳だ。
最初はお互いの寂しさを埋めるだけの行為が、いつしか感情が伴うようになっていく。セックスは決して一方的な行為では無く、いつだってお互いに求め合う物だった。だからオレは間違い無く自分達は付き合っているんだと思ってたんだけど…海馬も同じように考えてるとは限らないんだよな。
だってよく考えてみたら、オレ達の間に言葉は無かった。言葉と言っても普通に喋っているあの言葉では無い。「好き」とか「愛してる」だとかの、相手に自分の好意を伝える為の言葉の事だ。
それに気付いたのは海馬とこういう関係になってしまってから一年以上が過ぎていて、それどころか高校の卒業が間近に迫った頃だった。
この頃の海馬は、もう卒業後にアメリカに行く事を決心してしまっていた。事あるごとにオレに対しても話して聞かせてくれて、まるで子供の様なキラキラした瞳で『世界海馬ランド計画』を得意そうに自慢してみせる。オレはそんな海馬の顔を見る度に胸がズキリと痛むのを感じていたんだけど、それでも何も言えなくて曖昧に微笑んで頷く事しか出来なかった。
年が明け、二月が過ぎ三月に入って、卒業は日一日と近付いてくる。海馬との別れがすぐそこにまで迫っているというのに、オレはまだ…決心出来ずにいた。
「海馬………」
「んっ…! はっ…ぁ…っ」
海馬の事が好きだった。本当に…心の底から好きだった。なのに今更『好きだ』と自分の気持ちを打ち明ける事が怖くなっていた。
最初はお互いの寂しさを埋めるだけの…身体だけの関係。オレの気持ちはそこから随分変わってしまったけど、海馬も同じだとは限らない。海馬にとっては、未だ寂しさを埋めるだけの行為に過ぎないかもしれない。
「海馬…。海馬………」
「あっ…あぁっ…! 城之内…っ」
海馬は…身体だけの関係に安心しているのかもしれない。そこに感情が付随したら、途端に嫌がられて離れて行ってしまうかもしれない。それどころか…気持ち悪がられて、今まで以上に嫌われてしまうかもしれない。
そう考えると怖くて怖くて堪らなかった。だって此方から仕掛けた関係なのに…自分の都合だけでそれ以上先に進めるなんて…とてもじゃないけど出来ないと思ったんだ。
「海馬…お前…。幸せ…か…?」
「な…に…?」
潤んだ青い瞳を訝しげに見開いて、海馬はオレを見詰める。
幸せそうな海馬。卒業したらお前は自由になって、遠くアメリカの地で小さい頃からの夢を叶えるんだ。たった一人の愛しい弟と共に…壮大で素晴らしい夢を。
対してオレは…今凄く不幸だ。親父の調子が良い。借金も確実に少なくなっている。高校も無事に卒業出来るし内定も決まっている。この先も何の問題も無く一人で生きて行ける。そう…ずっと一人で。
「オレは…幸せじゃない…」
「城之内…?」
一人は嫌だ…。一人は寂しい…。好きな人にずっと側にいて欲しいと思うのは…いけない事なんだろうか。ただの我が儘に過ぎないんだろうか。
寂しさを埋める為に始めた関係だったのに、今のオレはあの時以上の寂しさを感じている。こんな気持ちになるなんて…思いもしなかったんだ。
「海馬…辛いよ…」
教室はあの時と同じように春先の暖かな夕日で真っ赤に染まり、校庭からは運動部がランニングしている掛け声が響いている。隠れるように教卓の影で抱き合いながら、オレは我慢出来なくなって涙を零してしまった。一度流れ始めた涙はもう留める事も出来ずに、ポタポタと海馬の白い頬に落ちていく。オレの制服の裾を掴んでいた手を持ち上げて、その細い指先で涙を拭ってくれる海馬にまた感情がジワリと動いて、オレの涙は留まる様子を見せなかった。
「ゴメン…こんな…。自分から初めておいて凄く卑怯だと思うけど…。でもオレは…もう無理なんだ…」
「城之内…? 何を…」
「好きだよ…海馬」
「………っ」
「好きなんだ…。もうホント…好きなんだ。お前と離れたくないくらい大好きだ」
「城…之…内」
「でもオレは知ってる。お前が自分の夢の為に生きてるんだって事を…ちゃんと知ってる。だからお前がアメリカに行っちまう事を止める事は出来ない。でも…それでも…オレは辛い…っ。お前と離れなければならないのが…辛い…っ!!」
俯いて、海馬の白い胸に己の顔を埋めて。オレは声を殺して泣き続けた。海馬には、みっともない泣き顔は見せたくなかったから。ただいつ突っぱねられても良いように覚悟はしてたけど、海馬は…そんな情けないオレを拒否しようとはしなかった。それどころか涙を拭ってくれたあの指先で、オレの荒れた金髪を優しく梳いてくれる。
「海馬…?」
「良かった…。あぁ…良かった…」
耳に入ってきた声が酷く震えていて、オレは思わず顔を上げて海馬の顔を凝視して…酷く驚いた。
海馬は…泣いていた。オレと同じように静かに涙を零していた。
「海…馬…?」
「オレだけかと…思っていた。こんな気持ちを持っているのは…オレだけかと」
「何を…言って…」
「オレだってお前の事が好きだったのだ…城之内。けれどお前は何も言わないし、オレも…告げる勇気は無かった。何故ならば、最初はお互いに寂しいだけだったのだからな…」
「海馬…」
「それに…お前はずっと身体だけの関係を望んでいるんだと…思っていた。もう一人の遊戯がいなくなった寂しさをオレで紛らわしているだけかと…」
「そ…それは違う!!」
海馬の言葉に思わず大声で反論してしまった。
いや…確かに海馬の言う事にも一理ある。最初に海馬を抱いた時は間違い無くそうだったのだから。でも今は違う。絶対に違う。オレは海馬を愛してるから…抱いているんだ。
「最初は…そうだった…けど、でも今は違う。海馬の事が好きだ…。同じ男なのに凄く好きなんだ」
「城之内…。それは…本当か?」
「こんな事嘘言ってどうするんだよ。でも…だからこそ…オレは辛い。卒業したらお前がアメリカに行っちまうなんて…耐えられない」
「じょ………」
「側にいて欲しい。無理だと分かっていても…どうしてもそう考えちまう。アメリカになんて行かないで欲しい。オレの側に…いて欲しい!」
細い身体を力一杯抱き締めて、海馬の耳元で必死に訴えかけた。
海馬のアメリカ行はもう決定事項。今更想いが通じ合っても遅いけど…それでもそう言わずにはいられなかった。細い肩口に顔を埋めて暫くそのままでいると、海馬の腕がゆったりと持ち上がってオレの背中に回り、同じように強く抱き締められた。そして耳元で「城之内…」と甘く名前を呼ばれる。
「三年だ…」
「え…?」
「三年だ…城之内。三年経ったら戻ってくるから…」
涙声でそう告げて、海馬はそっと身体を離した。泣き過ぎて真っ赤に充血した瞳で見詰められ、オレはコクリと喉を鳴らす。
「三年後に必ず日本に帰ってくる。城之内…。それまで…待てるか?」
「三年…? 三年も…っ!?」
「待てないのならオレ達の関係はここまでだ。待てるなら…きっとその先も未来はある。オレ達は…続けていける」
「三年待ったら…未来が繋がるのか?」
「そうだ」
「三年経ったら…オレの元に戻ってきてくれるのか?」
「そうだ」
「三年…っ! 三年だな…っ!! 三年待てばいいんだな…っ!!」
「あぁ、三年だ」
「絶対だぞ…っ!! 三年だからな…っ!!」
「約束する。絶対お前の元に帰ってくるから…。だから…待っていてくれ…城之内」
「うん。待つよ…っ! 待ってるから…っ!! オレのところに…帰って来てくれ…海馬!!」」
春先の夕日は沈み、教室の中はいつの間にか薄暗くなっていた。空気は大分冷えて来たけど、オレ達は少しも寒さを感じないでいる。夜空に春の星座が瞬くまでそのまま強く抱き締め合い、いつまでもいつまでも泣きながら愛を語り合っていた。
数日後、童実野高校で卒業式が行なわれた。仕事の調整をしてちゃんと卒業式に参加した海馬は、今は卒業生代表として答辞を読み上げている。
この式が終わったら…海馬はアメリカに行ってしまう。せめて一日待ってくれとお願いしたけど、「出発が長引けば、それだけ決意が鈍る」と言って頑として首を縦に振らなかった。
三年という時間は長い。海馬が帰ってくるのを待っている間は…オレは相変わらず幸せでは無い。けれども、三年後にはきっと幸せになっている筈だ。
「海馬…。待ってるからな」
三年後に必ずやってくる幸せを信じながら、オレは壇上にいる海馬を見詰めていた。三年間、片時も忘れないように…。強く強く、いつまでも。
オレの幸せの象徴を…。
相変わらずやる事一杯な二礼です、こんばんは。
今週に入って少し暇になるかと思ったら、とんでもありませんでした。
新しく入った本屋さんは、今までのセブンとは違ってとても学生さんが多いんですね。
で…3月から4月と言えば…まさに新年度を間近に控えた大事な時期。
普段は真面目な学生さん達もこんな時期に沢山シフトを入れる事なんて出来なくて、暫くは予定さえも立てられない始末。
という事は…だ。ここは普段暇な新人主婦に頑張って貰わなければならない訳ですよ…w
仕事だけに生きている訳では無いので私とて暇では無いのですが、新人は文句言えませんwww
楽しくお仕事させて貰っているだけありがたいので、ここは仕事優先で頑張りたいと思っています。
あと他にやりたい事もあるので、そちらも頑張りたいなぁ~と思ってみたり。
4月の半ばくらいまでは、私も全く気の抜けない生活が続きそうです。
もしかしたら突然更新を休んでしまったりする事があるかもしれませんが、どうぞご了承下さいませ…。
なるべく落とさないように頑張るつもりではいるんですけどね…(´∀`;
あ、そうそう。
三連休最終日の月曜日(22日)はお出かけしなければならなくなってしまったので、更新をお休みさせて頂きます。
次回の更新日は24日の水曜日ですが、お仕事が入っているので普段よりは遅いUPになります。
ついでに今決まっている予定を書いてしまいましょうwww
3月22日(月) お休み
3月24日(水) 遅い更新
3月27日(土) 通常更新(予定)
3月29日(月) 遅い更新(予定)
3月31日(水) お休み
4月1日(木) せっかくのエイプリルフールなので何かしたいと思っています。
3月31日をお休みさせて頂くのは、次の日のエイプリルフールの準備をしたい為です。
去年はラブラブな城海短編を一本書きましたが、今年も何かやれたらいいな~と思っています(*'-')
さて…頑張るぞ~!!
長編『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編『春宵』の後編をUPしました。
ラブラブHしてましたが…どうでしたでしょうか?w
久々に何の問題も無いエロ(激しくも無く、悲しくも辛くも無く、海馬も嫌がらず、城之内も攻撃的じゃ無い)を書いて、余りの甘さに背中が痒くなりました…w
あー、ダメだアイツ等。もう世界が出来上がっちまってるwww
何にせよ、これにて『無限の黄昏 幽玄の月』は終了になります~!
長い間ご愛読頂いて、どうもありがとうございました~!!
ちゃんとハッピーエンドになって本当に良かった…。これで私も安心です(´∀`)
ていうか随分と長い間コレばっかりやってきたので、短編の書き方を忘れてしまっているような気がします…w
この間久々に短編を書こうとしたら、配分が全く分からなくなっていたのには笑いましたwwwww
いや、笑っている場合じゃ無いだろうと小一時間(ry
あぁ、それとですね。
作中で上手く表現仕切れなくて、色々と疑問を持った方が続出致しましたので…この場を借りてちゃんとお答えしようと思います。
これに関しましては完全に私の力量不足でございます…;
適切な表現が出来なかった事をお詫び致します。
申し訳ございませんでした~!!
これからはこの反省を活かして、自分本意では無く他の人にもちゃんと意味を汲み取って貰えるような表現を心がけたいと思っております。
本当に…スミマセンでした…;
質問その①:『奇跡の証明』に比べて、黒龍神の意図が見えにくいです。
この『無限の黄昏 幽玄の月』という物語は、以前書いた『奇跡の証明』という物語のピースをバラバラにして、もう一度別な形に組み直した作品でした。
前回の『奇跡の証明』では黒龍神がベラベラ喋りまくっていたので、今回は『神』として必要最低限な意志だけを表に出そうとしていたんです。
多分なんかもうちょっと、『神』という存在を神秘的にしたかったんでしょうね。
それが思ったより上手く表現出来なかったみたいで、本当に申し訳無く思っております…;
うん…確かにちょっと…意図が読みにくかったと思います。
質問その②:黒龍神は何故城之内君を生かしたのですか?
城之内と静香ちゃんは、黒龍神に望まれそして愛されて生まれて来た子でした。
静香ちゃんは黒龍神の言葉を聞いて自らの口で代弁し、城之内は黒龍神から強い神力を貰ってその力で黒龍村の人々を守っていました。
そんな愛してやまない城之内が食人鬼に堕ちてしまった時、黒龍神は一度彼を殺そうとしました。けれど静香ちゃんが城之内に生きていて欲しいと願った為に、彼を生かして幽閉する事に決めたのです。
やがて千年経って、黒龍神もいい加減城之内を許してやりたいと思っていました。そしてそんな時に海馬が現れ色々な事件があって、二人で『生きて』現世に帰ろうという覚悟をした時、黒龍神も彼等の気持ちを汲んで城之内を『人間』として還してやる事にしたのでした。
日本の神様って、他所の国の神様と違って妙に人間臭いところがあるんですよね。(ギリシャ神話の神様と似てると思います)
黒龍神も立派な竜神ですが、日本の神様の内の一人です。
なのでどうしてもやっぱり非情になりきれず、感情が動いてしまったんでしょうね~。
そして『せと』さんは、黒龍神が意外にも情に脆い神様である事を知っていました。
だから海馬に「黒龍神を信じろ」と言ったんですね。
質問その③:何で海馬が救いの巫女だったの?
それは海馬が、千年前に城之内の殺されてしまった『せと』さんの生まれ変わりだからです。
『せと』さんから直接海馬に転生した訳では無いと思いますが(多分何回か、別の生き物や人に生まれ変わっていると思います)、丁度千年目に城之内の元に戻って来たんですね。
黒龍神は『せと』さんが生まれ変わって来てこの場に戻って来る事までは予測出来ませんでしたが、千年目に城之内に『救い』をもたらす巫女が現れる事までは予知出来ました。それがまさかあの『せと』さんの転生体だったとは…、実はあの黒龍神も驚いていたのかもしれませんねw
質問その④:城海ニート疑惑
あ…いえ…w 一応働いています…w ちゃんと神官としてw
城之内本家は元々神官や巫女を輩出し、黒龍神社を守って来た一族です。静香ちゃんから生まれた三大分家も、同じように黒龍神社に仕える一族です。
一族の多くは神官や巫女として黒龍神社の本社や、町の外にあるいくつかの分社等で神職に就いています。
勿論全員が全員そうでは無く、中には普通のサラリーマンやOLになる人もいるのですが…w
ちなみに新居への引っ越しが三連休だったのは、この引っ越しが身内だけで行なわれたものだったからです。
小さな家への引っ越しは家具も少なく、別に引っ越し屋さんに頼む事も無かったんですね。
引っ越しを手伝ってくれた人達の中には普通に働いている人もいたので、三連休を利用したという訳です。
こんな感じでしょうかね?
この場で補足しなければ完成出来なかった事に、心から情けなさを感じます…orz
本当に…申し訳ありませんでした。
以下は拍手のお返事でございますよ~!!(>∀<)
>ねこま様
こんばんは、初めまして~!!
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!!(´∀`)
まずは『無限の黄昏 幽玄の月』のタイトルを褒めて頂いてありがとうございました~v
最初にこのネタを思い付いた時は『十六夜心中』という仮タイトルだったのですが、某方にツッコミを入れられた上に自分でも「ダサイ」と感じ、急遽変更。
無い頭を必死に働かせた結果出て来たのが、このタイトルでした。
今ではそれまで付けて来たタイトルの中でも、一、二を争うくらいにお気に入りですv
ホントに…『十六夜心中』のまま進めなくて良かったと思っております…w
それから作中で黒龍神の意図が余り見えて来なかったのは、完全に私の力量不足です…;
色んな疑問を抱かせてしまって、申し訳ありませんでした。
質問に関しましては他の方からも色々と貰っていましたので、上記に纏めてあります(´∀`;
どうぞそちらをご参照下さいませ~!
「素敵な作品世界をありがとうございました!」とコメントを頂きましたが、此方こそ最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました!(*´д`*)
今回の事はしっかり反省して、これからも自分なりの城海を一杯書いていきたいと思います。
ねこま様も、お暇な時にでもまた覗きに来て下さいませ~v
それではこれで失礼致します。
ではでは~(・∀・)ノシ
>るるこ様
こ~んば~んは~♪
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(*´д`*)
るるこ様のハートをガッチリ掴んでしまいましたか!!
わーいw やったー!!\(^∀^)/
『無限の黄昏 幽玄の月』の本編が凄く暗かったので、番外編は敢えて気にしながら明るめに書いてみたのですが…。
如何でしたでしょうか?
存在自体がギャグな人なのに、ギャグが苦手とはこれいかに…orz
でも思った以上にラブラブ具合が出せたので、これはこれで満足ですw
ずーっと辛い想いをさせてきた城海だったので、必要以上に甘い感じで丁度良いのかもしれませんね(*'-')
晴れて本当のハッピーエンドを迎える事が出来て、私も一安心しておりますw
随分長くやってきた『無限の黄昏 幽玄の月』も、これにて終了でございます。
最後まで読んで下さってありがとうございました~!!
これからも色々な事を勉強しつつ、自分なりの城海を好きなだけ書いていこうと思っています(´∀`)
今後もお暇な時にでも覗きに来て下さいませ~!
いつでもお待ちしておりますv
それではこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!!(*'-')
『春宵』と日記の感想をありがとうございますです~v
新婚さん具合は如何だったでしょうか?w
自分で思った以上にラブラブしてくれて、個人的にも満足していますw
ちなみに蕎麦屋は千年も続いてませんよ!!www
城之内が「本家にいた時もよく食ってた」と言っているのは、現世に還って来てからという意味です…w
千年続いた蕎麦屋があるなら、私が食べに行きたいくらいですよ!!
蕎麦大好きです(´¬`)
あ、そうそう。
頂いた質問に関しましては上記を参考になさって下さい。
せとさんと海馬の関係性については、本文の方をどうぞw
ていうか、本文中できちんと説明出来なかった事が悔しいです。
まだまだ勉強不足なんですねぇ…。
これからも気合いを入れて、幸せでラブラブな城海を一杯書いていきたいと思っています!
アダルトグッズに関してはコメディっぽく(あくまで「ぽく」w)見せる為の演出に過ぎないので、ちゃんとそのまんまで愛し合って貰いましたよ~(*´∀`*)
和室エロいいですよね~! そして『張型』って言葉もいいでしょ? 風流というか…昔の人間っぽくてw
でもねぇ…ちょっと甘くし過ぎたかなぁとも思うのですが…。ま、いっか。ラブラブで幸せなのが一番ですもんね(´―`)
ていうか甘々過ぎて、書いた私もお腹一杯です…w
それから微妙に寒い季節が続いていますが、その後お身体の具合は如何でしょうか?
疲れが溜まる季節でもありますしね。ご自愛なさって下さいませ(´∀`)
私の方も暫く忙しい時期が続きそうですが、身体に気を付けて頑張ろうと思っていますv
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
静かな春の夜…。日中は大分暖かくなったとは言え、日が暮れればヒヤリとした空気に包まれる。夜はまだ肌寒く上着が必要なくらいなのに、今いる場所はまるで夏のようだと…海馬は思っていた。オレンジ色の優しい光に包まれた部屋の中は熱が籠もり、暑いと感じるくらいだ。口から漏れ出る吐息も、相手の肌の温度も、自分の身体の中も、全てが熱い…。シンとした部屋の中ではピチャピチャという水音だけが厭らしく響いていた。
「んっ…! はっ…あぁ…っ」
今海馬は、布団の上で仰向けに寝かされ、更に両の足を大きく左右に開かれていた。腰の下に枕を宛がわれ、浮き上がって丸見えになった秘所を城之内によって舐められている。
熱を持った舌が後孔の縁をゆるりとなぞり、先を尖らせてツプリと体内に入ってくるだけで腰に震えが走る。滑らかで柔らかい襞をヌメヌメとしつこく舐められて、城之内の口から流れ出た唾液と自らのペニスから流れ落ちてきた先走りの液で、後孔の周りはトロトロに濡れそぼっていた。腰の奥がジンジンと疼き、熱くて硬い楔を早く体内の奥深くに挿れて欲しくて気が狂いそうになる。
「あっ…! も…もう…っ!」
ブルリと大きく身体を震わせ、海馬は限界を訴えた。ペニスも大きく張り詰めて、今にも暴発しそうになっている。
金の髪に指を絡めてキュッと掴むと、大きく開かれた足の間から城之内が顔を上げた。唾液やその他の液体で濡れている口元が、補助灯の光にテラリと光っている。その様が至極厭らしくて、海馬は思わず顔を赤くしてしまった。
「何…瀬人?」
「も…もういいから…っ。克也…」
「ダメだよ。三年ぶりなんだぜ。ちゃんと慣らさないとお前が痛い思いするんだぞ」
「だからもういいと言っているのだ…。もう…充分だ…から…」
「いや、そんな事ないね。実際三年前よりずっと硬くなってるしな…ココ」
「あっ…んんっ!!」
そう言って城之内は指を一本海馬の後孔に押し込んだ。節くれ立った硬い指が体内の奥深くまで入ってくる感触に肌が粟立つ。感じてしまった痛みや圧迫感に思わず背を反らすと、「ほらな?」と言って城之内が苦笑した。
「やっぱり痛いだろ? だからゆっくり慣らさないとダメなんだって」
「い…嫌…だ…っ! お願いだから…もう…!」
「頑固だなぁ…瀬人。まぁ、知ってたけどな。良い子だからもうちょっと我慢しようぜ?」
海馬の体内に埋め込んだ指をクニクニと動かしながら、城之内は琥珀の瞳を細めて微笑んでいた。心から海馬を愛しく想うその視線に、海馬自身も流されてしまう。諦めた様に身体の力を抜けば、城之内も嬉しそうに笑っていた。
「よしよし。大人しくしててくれよな」
満足そうに微笑み、城之内はそのまま身体を倒して海馬の胸に唇を寄せた。快感にすっかり赤く熟れている乳首を見付け、それを銜え込む。乳輪の周りを舌先でクルリと舐め、硬く勃ち上がっている乳首をチュクチュクと吸い上げれば、海馬の口から甘い声があがった。
「ふゃ…っ! あっ…あ…んっ!!」
乳首を吸われながら後孔に入っている指も器用に動き、上と下からの快感に耐えられなくなってくる。布団のシーツをギュッと掴んで何とか耐えていると、その手を優しく持ち上げられてしまった。下半身の指はいつの間にか二本に増え、乳首も左右交互に舐められ…吸われていた。もう片方の手は海馬の細い指に絡みつき、布団の上に縫い付けられてしまう。
唇を窄めてチュプチュプと乳首を刺激される度に海馬の頭は甘く痺れ、何も考えられなくなってくる。今や海馬の乳首は城之内の唾液でトロトロに濡れ、真っ赤に充血してちょっとした刺激にも感じやすくなっていた。乳輪の柔らかい皮膚に軽く歯を当てるだけでビクリと大きく跳ね上がり、絡んだ指を強く握り締めて眦から涙をポロポロと零して喘ぐ。
「あっ…あ…あぁっ…! も…もう…! た…頼む…から…! 克也…っ!!」
乳首を吸われ、同時に三本に増えた指先に前立腺を探られ、海馬の身体はもう限界間近になっていた。気を抜けばすぐに射精してしまいそうなくらいに敏感になっている身体を持て余して、どうしたらいいのか分からないとでも言うように激しく頭を左右に振る。
約三年ぶりの性行為。初めて感じる城之内の熱い体温。やっと本当に二人揃って幸せになれるという安心感。この先どんな困難が待ち受けていても絶対に城之内の側を離れないという覚悟。城之内を愛しているという…心の底からの叫び。
それら全てが綯い交ぜになって、海馬の心と身体を満たしていた。身体の中心から熱が発生し、頭の芯まで熱く痺れて何も考える事が出来ない。ただただ城之内の熱を挿れて欲しくて堪らなかった。
「欲し…い…っ! あぅ…んっ! あ…もう…欲しい…っ!!」
絡んだ指を振り解き、城之内の首に絡めて必死にしがみつく。すぐ側にある城之内の耳に舌を這わせ、耳たぶを食み、頬に何度も口付けながら辿り着いた唇に吸い付いた。薄く開いた唇の隙間から舌を差入れ、触れた熱くて柔らかいそれに絡みつく。吸い上げるように激しいキスを続けていれば、やがて城之内がそれに応えて同じように強く舌を吸ってくれた。
「もう…限界?」
チュルリと舌先に溜まった唾液を吸い込みながら、城之内が琥珀の瞳を細めて尋ねて来た。その瞳に浮かぶ熱にドキドキと心臓を高鳴らせながら、海馬はコクリと頷いてみせる。
「早く…欲しい…っ!」
「我慢出来なさそう?」
「も…う…無理だ…っ!」
汗ばんだ広い背中にカリカリと爪を引っ掛けながら限界を訴えると、城之内も漸く納得してくれたらしい。海馬の体内から三本の指を抜き、すっかりふやけてヌルリとした体液に塗れているそれらの指を口に含んで綺麗に舐め取ってしまう。そしてニヤリと笑って、大きく広げられた海馬の足を肩に担ぎ上げた。
ピタリと後孔に押し付けられている城之内の熱が愛おしい。早くそれで貫いて欲しいと、身体が期待にブルリと震えた。
「挿れるぜ…」
「………。あっ…ぅ…っ!!」
低い声で呟かれた声に微かに頷くと、途端に熱くて硬い固まりが押し込まれて来た。酷い圧迫感と押し広げられる痛みに小さく呻くが、身体の力を抜いて何とかその熱を享受する。流石に三年ぶりの挿入に身体は辛さを訴えたが、だがそこまで酷い訳では無い。ゆっくりと奥深くまで入り込んだ城之内のペニスに海馬の身体は直に慣れ、やがて熱く柔らかく体内の熱を締め付け始めた。
「はっ…ぁ…瀬人…。お前…凄いな。滅茶苦茶気持ちいい…っ」
「んっ…!! 克…也…っ!!」
自らの体内で城之内のペニスがピクピク動いているのがよく分かる。城之内が自分で感じてくれているのが嬉しくて、海馬は目の前の身体に強く抱きついた。強く身体を押し付けると、身体全体に城之内の熱を感じる事が出来る。
食人鬼であった頃の彼の身体は…酷く冷たかった。それが海馬の不安感に拍車を掛けていたりもしたのだが、今の城之内はそうでは無い。海馬の体温を超え、城之内は普通の人よりも高い体温を取り戻した。何でも無い時に掌にちょっと触れるだけでもその体温の高さに驚くというのに、今現在感じる彼の体温は通常時よりずっと高い。
まるで燃え上がるようだ…と、海馬はうっとりと想った。
「動くよ…?」
「っ………!! はっ…あぅっ…!!」
ズルリと動き出すペニスに、海馬の肌が粟立った。ズクズクと奥を突かれる度に背筋が激しく震えて、何度も身体をビクつかせる。圧迫感に苦しんでいた身体は刺激に慣れ、今は擦られる快感だけを海馬の脳に伝えていた。城之内のペニスの先が前立腺を抉るように擦る度に、背を反らして甲高い声で喘ぐ。眼前に現れた白い喉元に舌を這わせながら、城之内も夢中で海馬の体内を抉っていた。
「ひぅ…っ!! んっ…はっ…あぁっ…!!」
「瀬人…? 大丈夫…か? 痛く無い…?」
「へ…き…。も…痛く…無い。んっ!! っ…う…あっ!!」
「はぁ…っ。気持ち…いいよ…瀬人…っ」
「オ…オレも…気持ちいい…っ!! あっ…克也…っ!!」
互いの身体に強く腕を絡め、発生する熱を与え合う。もう既に息は荒く言葉すら無い。あとはただ高みに登っていくばかり。
「ひっ…!! あっ…あぁっ…! も…もう…ダメ…だ!! あっ…も…やっ…!!」
「瀬人…っ! 瀬人…っ!!」
「あっ…あぅ…っ!! はっ…!! あっ…あぁぁ――――――っ!! 克也ぁ…―――っ!!」
「瀬人…―――っ!!」
ビクリビクリと身体を震わせながら、海馬は熱を放出した。それと同時に城之内も海馬の体内に射精する。体内の奥深くにある城之内のペニスがピクピクと跳ねるのを感じ、その度にじわりと染み込む熱に海馬は幸せを感じていた。
汗に塗れた身体を擦り付けながら顔を上げてキスをせがむと、その事に気付いた城之内がニコリと微笑み顔を近付けてくる。そして唇を挟み込むようなキスを何度も落としてくれた。
指と指を絡め合い、身体を寄せ合い、何度でもキスをする。身体を繋げたまま二人は暫くそうやって離れようとはしなかった。
「ありがとな…瀬人」
結局明け方近くまで抱き合い、外がうっすら明るくなってきたというのに二人は未だ眠れずにいた。同じ布団に入り込み、城之内は海馬の身体を抱き寄せ、海馬は城之内の胸に頭を載せて安らかな気持ちで心音を聞いている。時折城之内が海馬の額や頬に唇を押し付け、海馬がそれに応える形で顔を上げては軽い口付けを何度もするという、甘くて幸せな時間がそこには流れていた。
「オレを幸せにしてくれて…ありがとう」
栗色の髪を掻き分け、現れたこめかみに唇を押し付けながらそういう城之内に、海馬はクスリと微笑んで見せた。
「何を言うんだ。それはオレの台詞だぞ」
「そうかな…? お前の功績の方が大きいような気がするんだけど」
「どっちもどっちだろう? オレはお前がいなければ幸せになれないし、お前はオレがいなければ幸せになれない。結局どちらが欠けてもダメなんだ。逆を言えば、オレ達二人が一緒に居ればそれだけで幸せって事だな」
「ポジティブだなぁ…瀬人は」
「ん………?」
「え? あれ? 違ったっけ? 確か前向きな考え方や人とかをこう言うって、遊戯に教わったんだけど…。オレ間違ってた?」
「あ…いや…合っているが…」
「ちゃんと合ってた? なら良かった」
満足そうに微笑む城之内に、海馬は驚きを隠せなかった。どうやら自分の知らない内に、城之内は思った以上に成長していたらしい。その事に嬉しさを感じつつ、何となく悔しさも感じてしまう。下らないアダルトグッズを寄越した遊戯に苛立ちつつも、城之内の成長を助けて貰った事だけは感謝しても良いと思った。そして、これからの彼の成長は自分が助けていくと強く心に決める。
「負けていられないな…」
「ん? 何か言ったか?」
「いや。別に何も。愛しているぞ、克也」
「うん。オレも愛してる…瀬人」
海馬を挟んで対峙していた城之内と遊戯の関係が、いつの間にか城之内を挟んだ海馬と遊戯という構図にすり替わっている事に、城之内自身は未だ気付いてない。だが聡い遊戯の事…。彼はもうこうなる事は予想済みなのだろう。あのアダルトグッズは悪戯心が一杯の彼なりの宣戦布告だ。
『海馬君の恋人にはなれなかったけど、今の僕は城之内君の親友だからね。彼の教師役という立場は譲らないよ』
にっこり微笑みながらそう言う遊戯の声が聞こえてきそうだった。
「面白くなってきたな…」
「何が?」
「こっちの話だ」
心底不思議そうな顔をしている城之内に軽くキスをし、海馬は城之内の胸の上に戻っていく。トクントクンと確かに刻まれる心音に安らぎを覚えながら目を瞑るが、眠気は一向に来る気配が無い。それどころかますます冴えていくような意識に軽く嘆息しながら、海馬はその身体を城之内に擦り寄せた。
剥き出しの肩を熱い位の掌が優しく包んでくるのを感じ、海馬は今までずっと口に出せなかった事実を言葉にする勇気を出す。これから城之内と一緒に生きていく上で…これだけはどうしても無視する事は出来ないと思っていた。
「なぁ…克也」
「ん?」
「これからお前と一緒に暮らしていくにあたって…一つだけハッキリと伝えておきたい事が…」
「いいよ、言わなくて」
眠そうな声で応える城之内に、海馬は思いきって言葉を放つ。けれどもせっかく勇気を振り絞って出した言葉は、即座に遮られてしまった。
「え………?」
「ちゃんと分かってるから、別に言わなくていい」
「克…也…。お前…知って…」
「知ってた訳じゃ無いぜ? でも何となく感じていた」
「そ…そうか…」
「でもな、瀬人。これだけは分かっておいてくれ。オレはお前が『せと』の生まれ変わりだから好きになったんじゃない。お前がお前だから好きになったんだ」
「克也…っ」
「今オレが愛しているのは、海馬瀬人という一人の人間だけだという事を…知っておいて欲しいんだ。な、瀬人」
琥珀色の瞳を明るく輝かせてそう言う城之内に、海馬は一瞬泣きそうになった。顔を歪ませて、けれど涙は見せたく無いとばかりに広い胸に顔を埋めてしまう。
涙を耐えて震える海馬の頭を、城之内の掌が優しく撫でていた。いつまでもいつまでも優しく…城之内が眠りに落ちるまでそれは続けられた。
それからも眠気は一向に来ず、海馬の意識はハッキリしている。ただ心は至極安らかだった。いつの間にか城之内は完全に眠っており、海馬が顔を載せている胸も規則正しく上下している。暫くして疲れ切った身体が温かい体温に包まれて安心感を覚え、漸く眠気を訴え始めた。瞼が重くなってきたのを感じ、その誘いに逆らわずに海馬はウトウトと眠りの世界へと誘われていく。
日の出はもうすぐそこにまで迫っているが、今は少しだけ休ませて貰おう。今日も明日も明後日も…日が昇る度に城之内との新しい一日が始まると思うと、幸せで堪らなくなる。
そんな幸福な気持ちに満たされながら、海馬は緩やかに眠りへと落ちていった。
無事に函館から帰って来た二礼です、こんばんは。
北海道は…吹雪でした…;
まだ雪がてんこ盛りなのを見た辺りで嫌な予感はしていたのですが、次の日には天候が大きく崩れついに吹雪に…w
お陰で帰りの飛行機は一時間以上遅れ、更に上空はガッタガタに揺れまくり、羽田に着いたときは軽くグロッキー状態でした…(´∀`;
行きの飛行機の時は凄く天気が良かったのに~!!
青森辺りまでは雲一つ無く、眼下の街がとても綺麗に見えていました。
某Cさんの住んでいる街も超綺麗に見えたんだぜ!!
でもやっぱり東北から北海道に掛けては、まだまだ真っ白でしたね~!
男鹿半島や白神岳、八郎潟なんかが上空からハッキリと綺麗に見えた時は感動しました!
日本って本当に良いところですね~(´∀`)
ちなみに件の法事に関しても滞りなく済ませる事が出来ました。
今までは専用の会館を借りてやっていたのですが、流石に三回忌は地味にやろうという事で、相棒の自宅で済ませたのです。なのですが!
実は二礼…正座が苦手です…(´_ゝ`;
小さい頃から椅子に座る生活をしていた為、正座するとすぐに足が痺れちゃうんですよ。
専用の会館では普通に椅子に座る事が出来るのですが、自宅ともなるとそうはいきません。
畳に座布団敷いて正座していたので、足が痛くて参りました…w
だからと言って親戚縁者の前でみっともない姿を見せる訳にはいかないので、そこは必死に我慢ですよ。
そしてそんな時こそ妄想の出番です!!(以下、妄想)
城之内のパパンが亡くなって、自宅で簡素なお通夜をする事になりました。
夜も深まり訪問客がいなくなって、城之内君が一人で線香番(これは地域に寄ると思いますが、基本的にお通夜の時はお線香の火を消してはいけません)をしていると、突然呼び鈴がなります。
玄関を開けるとそこには喪服を着た海馬とモクバの姿が…。
「来てくれたのか…」
「あぁ。大変だったな」
「うん…」
「来るのが遅くなって悪かった。明日の葬儀に出る為に余分な業務も片付けて来たから…」
「いいよ、気にすんな。来てくれただけで嬉しいよ。ありがと海馬」
簡単な会話を交わし、城之内パパンにお線香を上げる海馬とモクバ。その様子を後ろで黙って見詰めている城之内。
お互いに何も言わなくても、信頼し合っている空気が流れる…。
みたいな感じで下らない妄想をしつつ、足の痺れに耐えておりました…w
ありがとう、社長!!
お陰で一時間弱の正座に耐えられたよ!!
その後が大変だったけどな!!wwwww
つーか、改めて正座が得意な人を尊敬しました…。
4時間とか5時間とか6時間とか…私には無理だよ; ねぇ…散たんw
そして東京に帰って来たらすっかり春になっていた罠…。
冬から春に一気に移行したので、身体が付いて行けずに疲れまくっています…w
もうダメぽw
長編『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編『春宵』(前編)をUPしました。
ラブラブな新生活が始まった城海を楽しく書いてみました~w
かなりコメディタッチで書いたつもりだったんですけど…あれ? 読み直したら全然コメディじゃ無くなっていました。
おかしいなぁ…?
強いて言えばアダルトグッズ云々の辺りがコメディ…なのかな? かなり強引ですけどw
現世に戻って来て三年経っているので、城之内君も片仮名が喋れるようになっています(´∀`)
三年という時間でどれだけ成長させるか迷ったのですが、まぁ…コレくらいかな…と。
城之内君は頭で考える事は苦手ですけど、身体で慣れて覚えていく事は凄く得意なタイプだと思うんです。(なんかやらしい表現ですが、健全な意味で…ですねw)
取り敢えず身体動かして、後から知識がついてくるって感じですかね?w
そういう意味で、洗濯や掃除、皿洗いや風呂掃除なんかを台詞の最初に持って来たのですが…。
なーんか微妙に家政夫っぽくなったのはご愛敬ですwww
さて…。
ラブラブHの本番は次回のお楽しみにって事にしておいて下さい(*´∀`*)
今まで書いてきた城海の中でも特にこの二人は夫婦度が高いので、書いているだけでお腹一杯になって来ます…w
『奇跡の証明』の城海とタメ張れるんじゃなかろうか…?(あっちは本物の夫婦ですけどねーw)
以下は拍手のお返事になります~(*'-')
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(´∀`)
日記の感想をありがとうございます~!!
『やる事』と『やる気』…。うん、よく似てますね!
確かにやる気はMAXなのですが、色んな用事で時間が潰れまくりなのがちょっと辛い今日この頃です…w
あと新しいライフスタイルにまだ慣れてないっていうのもあるんですよね~。
セブンにいた頃はお昼に働いていましたけど、それが今は夕方から夜になってしまったもので…
以前のように仕事から帰って来てから色々な事をやろうとすると、時間が足りなくなっちゃうんですよね。
この辺は慣れるまで暫く掛かりそうですが、何とか頑張っていこうと思っています。
Rosebank様も余り具合が良く無いというコメントを拝見して、とても心配しております。大丈夫でしょうか?
3月は色々と忙しい上に、気候の変動で体調を崩しやすいですからね…。どうかお大事になさって下さい。
お腹が痛い時は、なるべく温めるようにした方がいいですよ~(*'-')
『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編『春宵』は幸せ一杯な城海になっていますので、ラブラブな二人を見てRosebank様が少しでも癒されればいいな~と思っております(*´∀`*)
ていうかもう…かなりお腹一杯なんですが…w
まだ後編もあるというのに…w
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編になります。
エンディングで一緒に暮らす事を決めた城海の、引っ越し直後の物語です。
本編とは打って変わって、幸せ一杯の城海をご堪能下さいませ~(´∀`)
黒龍町の街外れに小さな一軒家が建っていた。大きな通りから田んぼと畑の間の小道を進み、脇にある雑木林沿いに先に進むとその家は見えて来る。背後には竹林があり、畑の向こうに大家も含めた何件かの家が見えるだけような、そんなのんびりとした場所だった。
一階は2LDK。二階には四畳半の部屋が一つしか無い。猫の額のような小さな庭の垣根には椿の木が植えられており、門の脇には沈丁花も生えている。東北の方向には金木犀の木が二本。南側には腰丈ほどの紫陽花の木が一本。庭の中では無いが、小道の向こう側にある雑木林には大きな山桜の木が一本有り、反対側の畑の端には梅の木が三本植えられていた。
今は春先。椿も梅も終わってしまい、咲いている花は門の脇に生えている沈丁花だけだ。贖罪の神域で過ごしたマヨイガのように、全ての花が咲き誇っている訳では無い。けれど、海馬はそれをとても美しいと思っていた。
確かに、季節の様々な花が咲き乱れる風景は幻想的で美しかったと思う。だが、どうしても違和感を感じ、心から季節の移り変わりを喜ぶ事が出来なかった。そして現世に還って来た時に、その事を痛烈に感じさせられたのである。
日々少しずつ移り変わっていく季節をその肌で感じ、次々と違う表情を見せる花々を愛でる事こそが幸せだと感じたのだ。何故ならばそれは見えない時間の流れを知り、自分がちゃんと生きているという事を心から感じる事が出来るからである。
「これで何とか片付いたな」
マヨイガに良く似た小さな家と、そして季節の花々に囲まれたこの家を、海馬は一目で気に入った。大きな通りからも離れた立地はとても静かで、現世での人工的な音に敏感な城之内の為にも良いと思ったのだ。城之内自身もこの家を大層気に入ってくれて、二人は早速引っ越し準備に入った。
三月後半の連休を使って、身内の手を借り簡単な引っ越しを済ませてしまう。どうせ小さな家の事。大した家具は入らないので本当に必要な物だけ揃える事にした。結果、後片付けもあっという間に終わってしまって、二人は今この家での初めての夕食を摂っている処だった。
引越祝いに漠良から贈られた真新しいダイニングテーブルの上で、向かい合わせで物を食べる。こんなシチュエーションは初めての事で、海馬はどことなく居心地の悪さを感じていた。
「店屋物で悪かったな」
場の空気を和ませようと、馴染みの店に頼んだ引っ越し蕎麦を啜りながらそう言えば、向かいに座っている城之内が慌てて首を横に振った。
「いや、いいよ。今日は忙しかったし。それにオレ、この店の蕎麦大好きなんだ。本家にいた時もよく食ってたんだぜ」
「蕎麦…好きなのか?」
「う~ん。好きかって言われれば好きなんだろうけど。だって美味いじゃんコレ」
「そうか? 普通だと思うが」
「お前はこっちで生まれ育ってるから、舌が肥えてるんだよ。オレが生まれた時代はさ、こんな美味い蕎麦なんて食えなかったんだ。食えてももっとイガイガした蕎麦掻きみたいなもんだけだったし。それでもご馳走だったんだけどな」
「そ…そうか…」
「この時代は平和でいいよな。誰も飢える事も無いし凍える事も無い。ただ、空気や水が汚れてるのには参ったけど」
そう言ってズルズルと美味しそうに蕎麦を啜り、城之内は幸せそうにしていた。その姿を眺めながら、海馬は今更ながらに彼が現代の人間では無い事を知る。この三年間で大分現世に慣れて来たとは言え、城之内にはまだ問題が山積みなのは間違い無い。彼はまだこの黒龍町という小さな街の中だけでしか動き回れず、現代人なら普通に出来る事も未だに不慣れだったりするのだ。
だが、一つ一つ確実に学んでいく城之内の姿勢には、海馬も感心しているのだ。だから城之内を支えてあげたいと思うし、一緒に暮らすという覚悟も決めたのだった。
「ご馳走様」
最後の一本までも綺麗に食べて両手を合わせる城之内に、海馬も同じようにして微笑んだ。
今日からこの男と共に暮らしていくのだという意識が急激に強くなる。大変だろうが、それもまた幸せだと…心から感じていたのだった。
食事を済ませ風呂に入り、二人は居間の脇の寝室に布団を並べて敷いた。二つ並んだ枕を見てますます同居しているんだという意識が強くなってくる。
贖罪の神域ではずっと二人で過ごして来たものの、同じ部屋で眠りに就くという事は無かった。あの頃よりも、もっとずっと近い空間にいる事に今更ながらに緊張してくる。
湯上がりの乾いた喉に冷たい水を流し込みながら寝室に赴くと、海馬の心配を他所に、先に風呂から上がっていた城之内は布団の上に何かを広げていた。部屋の隅に丸めて放り投げられている包装紙から、それらの品物がプレゼントだという事だけは分かったが…。
「何をしている…?」
眼前に広がる光景に、海馬は思わず間の抜けた声で城之内に問い掛けた。その問いに応えもせず「う~ん…」と唸りながら首を捻っている城之内を見ながら、あちこちに放置されている紙くずを拾ってゴミ箱に捨てる。
「こら。ゴミはゴミ箱に捨てないとダメだろう」
「ゴ…ゴメン! 後で捨てようと思ったんだ」
慌てて他の小さなゴミを拾って纏めている城之内にクスリと笑って、海馬は彼の目の前に座り込んだ。そして少しだけ真面目な声で口を開く。
「なぁ、克也。少し聞いても良いか?」
「ん? 何?」
「お前…どの程度一人で出来るんだ?」
主語が抜けた会話ではあったが、城之内にはちゃんと伝わったらしい。彼は天井を見上げながら暫く考えて、そして視線を戻して言葉を放った。
「えーと…洗濯機は使えるぜ。全自動の奴な。洗剤の量も間違わなくなったし。あと掃除機もかけられる。それから炊飯器で御飯も炊けるかな」
「結構出来るようになっているのだな…」
「これでも頑張ってるんだぜ? 皿洗いや風呂掃除なんかも普通に出来る。洗剤の見分けも付くようになったし。あとはガスコンロや電子レンジも使えるようになった。ただ電子レンジの場合は、時間を設定するとかの細かい操作はまだ無理だけどな。ボタン一つで温めるだけしか出来ない」
「まぁ…その辺はおいおい覚えて貰うとするか。そういや風呂は…? お前、シャワー使えなかっただろう」
「そんな事ないぜ。今はもうちゃんと使えるようになってる」
「ふむ。それだけ出来れば充分だな」
「あ、それから、テレビやラジオのチャンネルは完璧に変えられるようになった!!」
「………。まったく…そんな下らない事ばかり覚えおって…」
呆れた声を出しながらも、海馬は城之内の成長を嬉しく思っていた。それと同時に城之内の順応性の高さに感心する。
海馬自身は、城之内が現世に慣れるまではもっと時間が掛かるだろうと心配していたのだ。下手をすれば十年…いやそれ以上掛かるのも当然だと思っていたのである。ところが城之内は予想以上の成長を見せ、ある程度の事は一人でも問題無く出来るようになっていた。これは海馬にしてみれば、嬉しい意味で予想外の出来事であった。
この先もこの愛しい男と共に平穏無事に過ごしていけるだろうという事に安心しながら、目の前の城之内をじっと見詰める。すると、その視線に気付いた城之内が不思議そうな顔をして海馬の事を見返した。
「なぁ…瀬人。オレも大分この世界に慣れて来たと思ってるけどさ…。それでもまだ分からない事があるんだ。教えてくれないか?」
困ったように眉根を寄せ後頭部をガシガシと掻く城之内に、海馬は「ふむ…」と首を傾げてみせた。
「一体何が分からないのだ?」
「うん…。コレなんだけどさ…」
「何だそれは?」
「遊戯からの引越祝いだよ。これからも瀬人と仲良く過ごしていけるようにって貰ったんだ」
実は城之内と遊戯の二人は、海馬の知らない内にいつの間にか大の親友同士になっていた。遊戯が自分に片恋していた事を知っていた海馬は、城之内と遊戯との関係をとても心配していたのである。仲良くなるのは無理でも、せめて喧嘩等はしないで欲しいと願っていたのだが…。ところがそんな海馬の心配を他所に二人はすっかり意気投合してしまって、あっという間に親友になっていたのである。今では海馬を抜きにして、二人だけで遊びに出掛ける事もちょくちょくあるくらいだ。
そんな遊戯が親友の城之内に何を贈ったのかと、海馬も気になって仕方無かった。
「何を貰ったんだ?」
好奇心の赴くままにそう尋ねてみれば、城之内は「コレなんだけどな」と言ってプレゼントの箱の中をゴソゴソと探っていた。どうやら大きめの箱の中に、何だか色々と入っているらしい。そしてややあって城之内が取り出したのは…小さな長方形の箱だった。
そのパッケージを見た瞬間に、海馬の頭に嫌な予感が過ぎる。そしてその予感通りに城之内が中から取り出して見せたのは…曰くコンドームと呼ばれる代物だった。丸い輪っかが浮き出ているフィルムが数珠つなぎになっており、城之内はそれをビロビロと引っ張り出してみせる。
「なぁ…瀬人。これ何に使うんだ?」
「うっ…わぁーーーーーっ!!」
心底不思議そうな顔をしてそう尋ねる城之内に、海馬は慌ててそれを手元から引ったくった。とっさの出来事に二人して顔を見合わせてしまう。
「な…何だ? それってそんなに危険なものなのか…?」
海馬の慌てた態度に焦ったような顔を見せた城之内に、海馬は深い溜息を吐いてしまった。
突然出て来た卑猥なグッズに思わず身体が反応してしまったが、確かにそこまで焦る必要は無かったと思う。だが…この説明を自らの口でしなければならない事に、海馬は少なからず動揺してしまった。
何となく…本当に何となくだが遊戯の悪意(と言っても、彼にとってはただの悪戯程度のものなのだろうが…)を感じ、苛つきを隠せない。だが、だからと言ってコレをこのままにしておく事は出来ず、仕方無くガックリと項垂れながら口を開いた。
「いや…別に…危険なものじゃない…」
「そうなのか…? じゃあ何?」
「これは…その…コンドームと言って…現世で使われている避妊具の一種だ…」
「避妊具? あぁ、子供が出来ないようにする為の道具って事か?」
「そう。昔から貧乏子沢山とは言うけれど、現代だってそれは例外では無い。金銭的に裕福な家ならば良いけれど、一般家庭で沢山の子供がいたりしたら、それだけ経済負担が増えるだろう? だから子供を作りたく無い場合はコレを使うのだ」
「ふーん? で、どうやって?」
すっかり好奇心満々になっている城之内に対して再度溜息を吐き、海馬はフィルムの一つを破って中からコンドームを取り出した。
本当はこんな事を説明するのは恥ずかしいのだが…これを放っておくといつまでも城之内に質問攻めにされる為、仕方無いと自分に言い聞かせる。恥ずかしいのは最初だけ…、要は城之内が納得してくれれば良いのだ。
「ほら…形を見れば分かると思うが、コレを…その…アレに嵌めるんだ」
「あぁ、うん。アレな」
ゴムの形状を見て、城之内にも『アレ』が何を指しているのか容易に分かったらしい。口元に笑みを浮かべて、楽しそうにうんうんと頷いている。
「そうすれば相手の体内で射精しても妊娠したりしないからな。ちなみに精液はココに溜まる」
「へぇー凄ぇな。こんなに薄くても破れたりしないんだ」
「早々しないな…。というより、オレは使った事が無いから分からないが…」
「なるほどな。ちなみにオレ達には必要無いのになぁ? だって男同士じゃ子供は出来ないだろ?」
「………」
「あ、そっか。中に入れたまんまだと腹壊して…」
「皆まで言うな、馬鹿」
「そっかー。遊戯の奴、そんな事まで気にしてくれたのか。ありがたいな」
「何がありがたいものか…! 余計な手間をかけさせおって…」
「そう言うなよ。せっかくのお祝いなんだからさ。それよりもちょっと触らせて…。お、何かヌルヌルしてる…」
「潤滑液だな、それは」
「潤滑液…。………。あ! もしかしてアレ…っ!!」
興味深そうにコンドームに触れていた城之内は、突然何かを思い出したかのようにハッとした顔を見せた。そしてプレゼントの箱の中からまた何かを取り出す。城之内の手に握られた派手な色のボトルを見て、海馬はクラリと目眩がするのに気付いた。そして同時に、遊戯に対する苛つきを増していく。
アイツ…一体全体どういうつもりだ…っ!! と一人で苛々している海馬の前で、城之内は満面の笑みでそのボトルを突き付けて見せた。
「これ…潤滑液だろ!? 何か液体が入ってるなーと思ってたんだけど、今の話聞いてピンと来た!」
城之内の手の中にあるボトル…それは確かにローションであった。しかもご丁寧に温感タイプのローションである。
余りの事に何も言えなくなった海馬の前で、城之内は得意そうにしていた。「な? な? 正解だろ?」としつこく訊いて来る城之内に、海馬は大きな溜息を吐きながらコクリと頷いてやる。
海馬が頷いたのを確認して、城之内はますます嬉しそうに笑っていた。
「そっかー。遊戯の奴、一体何を寄越したのかと思ってたけど、そういう事だったのか。ちなみにコレが何だかはオレでも分かるぜ」
「今度は何だ…?」
「これこれ。ほら、これって張型だろ?」
「っ………!! ひっ…!!」
満面の笑みで城之内が箱から取り出した物は、張型…曰く現在で言うところのバイブだった。如何にもな形をした蛍光ピンクのど派手な物と、小さなローター、更にスティックタイプの物まである。城之内はその内の一つを手に取り、楽しそうにスイッチを入れて遊んでいた。
「ほらほら。ここ弄ると勝手に動き出すんだぜ。今の時代って凄いよな」
「や…止めろ馬鹿!!」
「えー? だって凄くねぇ? こんなに震えておまけにクネクネして…。何か蛇みたいだな」
「止めろって言ってるだろう!? 寄越せ!!」
「わ!! 瀬人…っ!?」
目の前で卑猥に動き続けるバイブに我慢出来なくなって、嬉々として遊んでいる城之内の手からそれを取り上げようと海馬は身を乗り出した。バイブを取り上げてスイッチを切ったまでは良かったが、体勢を崩して正面から城之内にぶつかってしまう。乗り上げた海馬の身体を受け止め切れず、城之内もそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
ゴロリ…と畳の上にバイブが転がり、一瞬シンとした時間が流れる。布団の上に仰向けに転がった城之内と、その身体の上に俯せに乗り上げて体重を掛ける海馬。風呂上がりのまだ温かい身体が二つ重なって、二つの心臓がドキリと高鳴ったのをお互いに感じていた。
「瀬人………」
名前を呼ばれて顔を上げれば、至極真剣な顔をしている城之内の琥珀の瞳と視線が合う。熱い掌でまだ濡れてしっとりしている髪を掻き上げられて、カーッと海馬の頭に熱が昇った。
「瀬人…」
「克…也…」
もう一度名を呼ばれて、海馬はズリッと自らの身体を持ち上げると、自分から城之内の唇に自らのそれを押し付けた。チュッチュッと啄むように何度か軽いキスを繰り返していると、グイッと頭を固定されて深く唇を合わせられてしまう。ぬるりと入って来た熱い舌に翻弄されつつ、必死に自分の舌を絡ませた。チュクチュクという濡れた音が、静かな部屋の中に響き渡る。
「んっ…! んふっ…はっ…ぅ…っ」
どちらのものとも言えない唾液が溢れて、仰向けで寝転がっている城之内の口元を酷く汚していた。それが気になって、城之内の顎や唇の周りを舌で丁寧に拭いとる。じわりと目の奥が熱くなり視界がぼやけ、下半身に急激に熱が集まるのを海馬は感じていた。
「もうカチカチになってるぜ…」
「あっ…! やっ………」
持ち上げた膝頭で股間を刺激されて、海馬は城之内の身体の上でビクビクと痙攣してしまう。城之内が着ているスウェットをギュッと握り締め、彼の首元に顔を擦りつけるように頭を左右に振った。
服の上から触られているだけなのに、信じられないくらい感じてしまう。下半身が痺れて、まるで自分の身体では無いようだ。
「服…脱ぐ?」
耳元で優しく囁かれて、海馬は無意識にコクリと頷く。直ぐさま城之内の手が胸元に伸びてきてパジャマのボタンを外そうとするが、不器用な彼の手はなかなか一つ目のボタンを外す事が出来ない。焦れて舌打ちをする城之内に気が付いて不思議そうに見返してみれば、彼は心底申し訳無さそうな顔をして海馬の顔をじっと見詰めていた。
「ゴメン…。まだ他人のボタンは上手く外せないんだ」
まるで主人に叱られた飼い犬のように項垂れる城之内に、海馬も可笑しくなってしまう。身体はまだ感じていたが心にゆとりが生まれ、その情けない顔に思わず吹き出してしまった。
「………。ふっ…くくっ…。貴様…あはは…」
「何だよ。笑う事は無いじゃないか」
「わ…悪かった…。お前が洋服に不慣れなのを忘れていたのだ。それじゃあ服は自分で脱ぐから…。お前のも手伝ってやろうか?」
「自分の服くらいは自分で脱げる! 馬鹿にすんなよ」
「はいはい。電気は消していいか?」
「あ…。真っ暗にするのはちょっと…。お前の顔が見えないから…」
「明るいままは嫌だぞ。そうだな…補助灯だけは付けておくか…」
布団の上に膝を付いたまま伸び上がり、海馬は電気の紐を二回引っ張った。途端に部屋の中は柔らかいオレンジ色の光で満たされる。
明るくも無く暗くもない幻想的なオレンジ色の光の中で、海馬は身に纏ったパジャマをゆっくりと脱いでいった。白い絹のパジャマがスルリと肌を滑り、畳の上へと落ちていく。現れた白い肌に、側にいた城之内がゴクリと喉を鳴らす音が聞こえて来る。
下着ごとズボンを下ろしながらチラリと見遣れば、呆然としながら自分を見詰めている城之内の顔が目に入って来て、海馬は思わずクスリと笑みを零した。
「何をしている? お前も早く服を脱げ」
「あ…あぁ…うん」
「それとも、やっぱり手伝ってやろうか?」
「い、いいよ! ちゃんと自分で脱げるから…っ」
慌ててスウェットの裾を持ち上げて大胆に頭を抜いて上着を脱ぐ城之内に、海馬は胸が熱くなるのを感じていた。鍛えられた逞しい胸板や腹筋が目に入って来て、今からこの男に抱かれるのだと思うと背筋がゾクリとざわめいていく。
城之内に抱かれるのは初めてでは無い。三年前…贖罪の神域にいた頃は、月に一度身体を食される度に必ず抱かれていたし、最後は純粋に愛し合う行為としてのセックスも経験した。けれどもそれらは全て、食人鬼の城之内が相手だった。人間に戻った城之内には、未だ一度も抱かれた事は無い。
初めての人間同士での交わり。しかも三年間お互いに我慢した上での…久しぶりの行為。
「ふう………」
高まる期待に呼吸が苦しくなる。それをそっと吐き出して、海馬はゆっくり振り返った。そこには既に服を全て脱ぎ終わった城之内が、布団に座って黙って大人しく待っていた。
「瀬人…」
差し出された掌に、迷わず自分の手を載せる。熱い手にギュッと握られ、そして強く引き寄せられた。その力に逆らわずに海馬は城之内の胸の内に凭れ掛かる。トクン…トクン…という彼の心音が直接感じられるようだった。
「久しぶり…だな」
「そうだな」
「セックス…してもいいか?」
「何を今更」
「じゃあ…抱くから」
「あぁ…」
途切れ途切れの短い会話を済ませ、二人はじっと見つめ合った。そしてお互いに顔を近付け唇を合わせる。
身体全体で城之内の熱を感じる事に心から幸せを感じながら、海馬は城之内と共に布団の上に倒れていった。
嫌い好き嫌い好き好き好き
海馬コーポレーションで社長をやっている海馬君は嫌い。
そこに僕の居場所は無く、彼と同等の立場でいる事が出来ないから。それどころか安易に近付く事も出来無いし、電話や受付などを経由し何度も段階を踏まないと彼の前に立つ事すら出来ないんだ。だから僕は、海馬コーポレーションで社長をやっている海馬君の事が嫌いだ。
学校で学生をしている海馬君は好き。
そこは僕や海馬君が普通の学生でいられる唯一の場所だから。同じ場所で同じ空気を吸って同じ事を勉強する。僕は何の苦労もなく彼の前に立ち、同じ立場で喋り、時には疲れ切った彼を支える事が出来る。だから僕は、学校で学生をしている海馬君の事が好きだ。
誰かと一緒にいる海馬君は嫌い。
それが最愛の弟のモクバ君でも、信頼している部下の磯野さんでも、喧嘩ばっかりしている城之内君でも、とにかく誰かと一緒にいると海馬君はそっちの方に意識が持っていかれてしまう。下らないヤキモチだと自覚しているけど、彼には僕だけ見て欲しいと思っているからどうしても我慢出来ないんだ。だから僕は、誰かと一緒にいる海馬君が嫌いだ。
僕と二人きりの海馬君は好き。
いつも何かを睨み付けるような鋭い視線が和らいで、あの青い澄んだ瞳で僕の事を見てくれるから。海馬君の優しい視線は彼が何も言わなくても、僕の事が好きだと饒舌に語っている。時には瞳を潤ませながら可愛い表情で僕を見詰めてくれるし、あの小さな口からちゃんと「好き」という言葉を発してくれる。だから僕は、僕と二人きりの海馬君が好きだ。
並んで歩いている時の海馬君は嫌い。
僕は153㎝。海馬君は186㎝。その差33㎝…。背の高い海馬君はスラリと背を伸ばして威風堂々と歩いて行く。対して僕は精一杯背伸びをしても、彼の肩にすら届かない。男らしい海馬君。男に見られない僕。彼を愛する立場の筈なのに、その自信が揺らいでしまう。だから僕は、並んで歩いている時の海馬君が嫌いだ。
一緒に座っている時の海馬君は好き。
座高に関しても確実に海馬君の方が高いんだけど、それでも並んで歩いている時よりはマシだ。そっと肩を引き寄せると、僕に合わせて身体を屈めて寄り掛かってくれる。普通の人より少し低い体温を温めるようにその背を抱き締めると、気持ち良さそうに僕の肩口でフゥ…と息を吐き出すんだ。だから僕は、一緒に座っている時の海馬君が好きだ。
何かに悲しんでいる海馬君は嫌い。
泣きもせず、苦しみを吐露する事もせず、ただ黙って我慢しているから。そういう時くらい僕を頼って欲しいって思ってるのに、彼は絶対そういう事をしようとはしない。勿論僕に対してだけじゃなく、モクバ君や磯野さんに対してもそうなんだけど。でも必死で我慢している海馬君を見てると、こっちまで悲しくなってしまうんだ。だから僕は、何かに悲しんでいる海馬君が嫌いだ。
幸せを感じている海馬君は好き。
頬をほんのり紅く染め、いつもは渋い表情ばかりしているあの綺麗な顔が明るく見えるから。いつもはキツク吊り上がった目も細く和らいで、硬く引き結ばれている口元も口角が上がっている。「遊戯…」と僕の名前を呼びながら不器用に甘えてくる彼が可愛くて愛しくて…。だから僕は、幸せを感じている海馬君が好きだ。
ソファーで疲れて眠っている海馬君は嫌い。
元々細い身体なのに、更に窶れて身体はガリガリだ。頬も痩けて顎の線がシャープになり、目の下にも濃い隈が出来ている。ソファーなんかでゆっくり休める筈も無いのに、まるで死んだようにピクリとも動かずに眠っているんだ。せめてベッドで眠って貰おうと思って痩せた身体を揺すっても、彼はウンともスンとも言わない。まるで本当に死んでしまっているように…。それがとても心配で…そして僕自身も苦しくて。だから僕は、ソファーで疲れて眠っている海馬君が嫌いだ。
ベッドで僕と一緒に眠っている海馬君は好き。
いつもは大きく見える海馬君も、一緒のベッドにいる時だけは僕より可愛く見えるから不思議だ。眠る前に彼の身体を撫で擦ると、あっという間に火が付いて扇情的な喘ぎ声をあげてくれる。自分の指を囓りながら必死に声を押し殺そうとする様が愛しくて、でも感じている海馬君の声が聞きたいから僕はその手を取り去ってしまう。
「あっ…! 遊…戯…っ!」
ピクピクと身体を痙攣させながら、熱い吐息と共に僕の名を呼ぶ海馬君。それだけで身体の中心が熱くなって、僕自身も我慢出来なくなってくる。滑らかな白い肌に掌を這わせて、真っ赤になった乳首を吸って、硬く勃ち上がったペニスを扱いて。
「あ…あっ…んっ! うっ…ふぅ…っ。遊戯…っ!」
断続的に上がる声が愛しくて堪らない。海馬君が僕の拙い愛撫で感じてくれているのが、嬉しくて嬉しくて…。
「海馬君…っ」
「ふぁっ…! 遊戯ぃ…っ」
「好きだよ…。本当に大好きだよ、海馬君」
「うっ…! あっ! あぁっ…!」
「あっ…。海…馬…君…っ!!」
「ひぁっ!! ゆ…ぎぃ…っ!! あぁっ―――――っ!!」
海馬君の長い腕が伸びてきて、僕の肩を強く掴む。大きく背を反らせてビクビクと痙攣しながら達する様は、もう…何とも言えない程に美しかった。
繋がった身体を一旦離して、汗に塗れた栗色の髪を掻き上げて額にキスをすれば、海馬君はそろりと瞳を開いて僕を見てくれた。涙で潤んだ青い瞳。紅く充血した目元が凄く色っぽい。「大丈夫?」と尋ねればコクリと頷き、そしてまた瞼を閉じてしまった。
「海馬君…?」
呼びかけても、彼はもう返事をしない。体温を求めるように僕の身体に引っ付き、スラリとした身体を若干丸めて眠りの世界へと落ちている。まるで子供の様な安らかな寝顔に僕はクスリと笑って、しっとりとした髪を撫でながらまだ赤味が差している頬に唇を押し付けた。
海馬瀬人を構成する全てが好き。
本当は、会社で社長をしている海馬君も、誰かと一緒にいる海馬君も、並んで歩いている海馬君も、何かに悲しんでいる海馬君も、疲れている海馬君も、全部好き。彼の爪先から髪の毛の一本まで、海馬君の全てを僕はこんなにも愛している。
だから好き。大好き。愛してる。
ただほんの少しだけ、ヤキモチを妬いたり疲れている君を心配する事だけは許して欲しい。
それが僕の…君に対する愛なんだから。ね、海馬君。
やる事MAXな二礼です、こんばんは。
え~…スミマセン。
本当は今日も小説をUPしようと思ったのですが、やる事が有り過ぎて手を付けられませんでした…。
申し訳ありませんが、本日は日記のみで失礼致します。
仕事の事もそうですが、実は函館行の準備が大変なんです。
出発は12日なのですが、早朝6時半の飛行機に乗らないといけないんですよ。
もし自宅から出発するとなると、物凄く早起きしなくてはなりませんからね。空港まで一時間半弱かかるので、ハッキリ言って辛いです。
そういう訳ですので相棒と相談の結果、前日から羽田近くのホテルに泊まる事になりました。
つまり11日の夜にはもう出発しなければならないという事なんです。
更にですね、11日にもしっかりお仕事のシフトが入っているんですよね…;
夜の9時までお仕事をし(閉店準備や終礼などで、最終的には9時半になります)、それから家に帰って荷物を持って羽田まで向かわなければなりません。
となると、明日準備するんじゃ遅いんですよ…。今日の内に荷物を纏めなければなりません。
何かもう今からてんてこ舞いで、かなりパニック状態に陥っております…w
本当に時間が無いのかと言われれば、そんな事は無いと思います。
ただやる事が有り過ぎて頭の中が混乱してくると、落ち着いて小説が書けないんですよね…。
どうしてもそっちに意識が行ってしまって、集中出来ないというか何というか…。
つまりどんなに時間があっても、自分の納得出来る文章が書けないという事なんです。
そしてそんな状態で書いた小説を、私はUPしたくありません。
だって内容がボロボロになるんだもの…w
そういう訳ですので大変申し訳ありませんが、小説はお休みさせて下さいませ~!
来週の水曜日には…何か書けるといいなと思います。
多分今書きかけの『無限の黄昏 幽玄の月』の番外編になると思いますが…。
混乱した頭を落ち着かせる為にも、少しお休みを頂きたいと思います。
本当に済みませんが、ご了承下さいませ。
以下は拍手のお返事でございます~(´∀`)
>るるこ様
こんばんはです~!
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(・∀・)
『無限の黄昏 幽玄の月』のラストを褒めて下さって、ありがとうございます!
本当に嬉しかったです…(*´д`*)
感涙しただなんて…こんなに嬉しい御言葉はございません!!
此方こそこんな長い物語に最後まで付き合って下さって、本当にありがとうございました~!!
感謝感激でございます!!(>_<)
るるこ様の素敵なコメントを頂いて、私もまたやる気が出て参りましたw
忙しい日が続いていますが、こういうコメントを頂けると本当に心が温まって幸せな気持ちになれるんですよ~!
大分疲れが溜って来ているのですが、お陰様でまだまだ頑張れそうです!!
今日から一週間程お休みを頂きますが、また萌えを充填してラブラブな城海を書いていきたいと思っています。
お時間がある時にでも、覗きに来て下さいませv
それでは今日はこれで失礼します。
ではまた~(・∀・)ノシ
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(*'-')
『無限の黄昏 幽玄の月』と日記の感想をありがとうございまっす!
かなり暗い内容の物語だったので、エンディングは穏やかに優しい気持ちになれるような話にしようと決めていました。
今までの激動とは打って変わって、どこまでも静かで派手な事は何一つ無く、ただ淡々と語るようなスタイルにしたかったんです。
書き終わった後にちょっと地味過ぎたかな~とは思いましたが、Rosebank様のコメントを読んで安心致しました。
何とか成功したようですね…(´∀`)
私が最後の最後で『普通』に拘ったのは、『普通』に生きる事が一番幸せだと思っているからなんです。
特別な人生というのは確かに素晴らしいかもしれませんが、そういう人は裏で飛んでも無い苦労をしていたり、後から信じられない不幸に見舞われたりします。
逆もまた然りですけれどね。
『無限の黄昏 幽玄の月』では、城之内君も静香ちゃんも、そして海馬も非凡な人生を運命付けられました。
しかも栄光や幸せを感じられたのはほんの一瞬で、後はずっと苦しみの連続です。
海馬は普通に現代に生まれて来た人間なのでそうでもないでしょうけど(贄の巫女としての苦しみはあったでしょうけどね)、城之内君と静香ちゃんは千年間苦しみ続けました。
苦しくて辛くて生きている事から逃げ出したくても、それさえも出来なかったんです。
そんな非業の運命から解放されて『普通』の人間に戻れた喜びを、病気に罹った事で表したかったんです。
その事に関してもRosebank様からはしっかりとしたコメントを頂けたので、ちゃんと理解して下さっているんだなぁ~と嬉しく感じましたv
本当にこんな長いお話に最後まで付き合って頂いて、ありがとうございます!
城之内が救いを求めるシーンに関しましても、感動したと言って下さって嬉しかったです~(*´д`*)
ちなみにせとさんは神様として祀られているだけで、本当に神様になった訳ではありません。というより、誰にも分からないって事になっています。
…が、城之内と海馬はせとの事を信じているので、そんな事は余り関係無いようですね~w
あと、本当は今日にも番外編をUPしたかったのですが、上記の理由でお休みさせて頂く事になりました。
大変申し訳ありませんが、一週間程お休みさせて下さいませ。
ワタワタしまくって何も手に付かない状況が続いております…(´∀`;
早く落ち着きたいなぁ…。
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
色々勉強中な二礼です、こんばんは。
新しいお仕事にも漸く慣れて来ましたが、まだまだ覚える事が一杯あってメモが手放せません。
一から業務を覚えなければならないのは凄く久しぶりなのですが、基礎は出来ているので(客商売に関してはコンビニとほぼ共通)、要点の纏め方が上手いらしいです。
本日、店長と教育係のお姉さんに即戦力認定されました…w
ちょwww やめてwww プレッシャーを掛けないでwwwww
とりあえず当面の目標は、カバーを上手く掛けられるようになる…だな;
ぶきっちょなんです…斜めになるんです…;
どうして皆さん、あんなに綺麗にしかも早く掛けられるんだろうなぁ…(´_ゝ`;
本屋さんパネェ…ッ!!
話は変わりますが、本日発売の週刊少年ジャンプで読んだ『黒/子/の/バ/ス/ケ』が久々に萌え萌えで堪りませんでした…っ!!(*´д`*)
ヤバイ…。緑/間が可愛い過ぎる…っ!!(以下反転)
だって眼鏡無し&風呂シーンだよ!?
しかも近眼! ド近眼!!
これで萌えるなっていう方が無理でしょう!!
もう…どんだけ可愛いのよあの子は…。
例え身長がべらぼうに高くても、下睫がビシビシでも、髪の毛の色がキャベツ…というよりケールでも、語尾が若干古めかしくても、占い大好きっ子でも、私の中では受け子決定ですwww
はぅ~可愛い可愛い!!(*´∀`*)
そして相変わらず彼の声が、T田さんの声で聞こえる私…w
どんだけよw
ハァハァ…失礼致しました。
二礼の中の黒子ブームは、まだまだ治まりそうに無いです…w
長編『無限の黄昏 幽玄の月』に第二十八夜をUPしました。
ついに最終話です。
第一夜をUPしたのが去年の11月の下旬だったので、約三ヶ月半ってところですか。
(途中で城之内誕を挟んだので、余計に長くなっちゃったんですね…)
随分のんびりと連載してきましたが、これにて漸く終了です~!
本当にお疲れ様でした~!!(自分も、読んで下さった方達もw)
…と言っても、まだ番外編書きますけどね。
いや、だってほら…。幸せになった後の城海とか…書きたいじゃない?w
本編が重いテーマだったんで、何か軽いイメージで書けたらいいなって思っています(´∀`)
ラブいエロも書きたいお(^ω^)オッオッ
以下は拍手のお返事になりま~す!(・∀・)
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!!(´∀`)
『無限の黄昏 幽玄の月』と日記の感想をありがとうございます。
いよいよ最終回です。長ったらしい物語を、ここまで読んで下さって本当にありがとうございましたw
お陰様で何とか無事に終了する事が出来ました。
いや~…ホントに長かったなぁ…w
最終回を迎えたのでもう言っちゃいますが、今回のRosebank様の予想は本当に素晴らしかったと思います!
確かに細かい点では予想しきれなかった部分もあったようですが、ほぼ完璧に当たっていましたからねぇ~。
ヒントも何も無い状態からあの答えを導き出した事に関しては、心から感心させられました。
流石です!! 拍手喝采です!! スタンディングオベーションです!!
ラストもRosebank様の仰る通りに、ジャンプ並みに「二人の幸せはこれからだ!」になっていますしね…w
ちなみにラブラブエロに関しましては、もう少々お待ち下さいませ…(*´∀`*)
せっかくハッピーエンドを迎えたのでちょっとコミカルな番外編を書きたいと思っているのですが、その中でイチャイチャさせたいと計画しておりますw
コミカルと言ってもギャグではありませんけどね…(´∀`;←存在自体がギャグの癖に、ギャグ表現が苦手な人。
それから、コメントにあった「流石、瀬人」には笑わせて貰いましたw
何だ何だ、可愛いな…w
そう言えば社長は男性にも普通に人気あるみたいですし(某動画のうp主の様に…w)、社長好きな男の人は意外と身近にいるのかもしれませんね(´―`)
私も是非そういう人に出会ってみたいものですv
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
春が終わり…夏が過ぎ…秋の次には、暗く寒い冬が遣ってくる。
長く辛い季節は、すっかり彼を変えてしまった。
私はその事をずっと悲しく思っていて、いつか彼に春が来るようにと…必死で願っていたのだ。
そしてその春が、今ようやっと…来ようとしている。
私はもう何も出来ない。
ただ…この新しい春を見届ける事だけは出来る。
見届けてみせよう…この春を。
瀬人と克也の幸せを。
海馬と城之内が現世に還って来てから丁度三年後…。季節は冬から春に移り、今日も朝から春先の優しい雨が降っていた。春と言ってもまだ温かい季節では無く、雨が降ればヒンヤリと冷たい空気に包まれるのだが、それでも真冬の頃の芯から冷える様な寒さはもう無い。午後からは雨も上がって、雲間から暖かい日差しも差して来ている。
未だ雨水に濡れている石畳を一歩一歩踏みしめて、海馬は黒龍神社の大鳥居を潜った。そしてそのまま奥へ入り込み、隣接する城之内家のインターホンを押した。
『はい?』
「海馬です。ご挨拶に上がりました」
『お待ちしていました。お入りなさい』
インターホンの向こうから聞こえて来た見届けの巫女の声に頷いて、海馬は扉を開き家の中に入っていった。
三年前の春先、現世に戻って来た海馬と城之内は、そのまま暫く離れて暮らす事を決めた。むしろ海馬としては城之内と一緒に暮らそうと考えていたのだが、その提案に城之内自身が首を横に振ったのである。その決断に納得出来ない海馬の前で、城之内は自らの考えをしっかりと伝えて来た。曰く…。
『オレはこの世界では赤子のようなものだ。静香から度々話を聞いていたにしろ、実際にこの目で見たり触ったりするのは初めての事だらけだからな…。その事に対してお前に迷惑をかける訳にはいかないし、オレ自身も色々と考えたい事があるから、暫くは本家で今の日本の常識を学ぶ事にするよ。それから…神官としての修行も一からやり直したいんだ。自分の罪を悔やんだり、その罪に捕われたりするのは、もうしないって決めたんだよ。オレはオレの出来る事をしたい。神官として修行を積み直して、黒龍神に仕えて失われた御霊を敬う…。それがオレに出来る唯一の事だって思ったんだ』
だからお前とは離れて暮らす。暫くは個人的にも会わないと…城之内は海馬に伝えた。
城之内の強い決意を感じ取り、そして理解した海馬はその場で頷き、その事を了承した。それ以来城之内は本家で、海馬は自宅で暮らし、お互いに修行をする日々が続いている。月に二~三度程、海馬が本家に寄った時に顔を合わせる以外には会う事も無くなり、お互いの身体に触れる事も一切無くなってしまった。ただしそれもあと一月程の事。丸三年間続いた離れ離れの生活も、春からは一変する事が決まっていた。
「貴方と兄が幸せになってくれるのは嬉しいですけれど、貴方がこうして本家に顔を出す事も少なくなると思うと…それもまた寂しいですわね」
客間に座っている海馬にお茶と茶菓子を差し出しながら、見届けの巫女…静香はニッコリ笑いながら言った。それに対して海馬も微笑みながら、軽く会釈をする。
「いえ…別に遠くに引っ越す訳でも無いですし、克也を連れて遊びに来ますよ。いつでも連絡を下さい」
「街外れの…一軒家でしたっけ?」
「えぇ。小さな家なのですが、二人で住むには丁度良いかと。それに、贖罪の神域で暮らしていた家に良く似ているので安心出来るんです」
一月程前、海馬は城之内から連絡を貰った。慣れない電話でしどろもどろ告げられたのは、ある程度現世に慣れた事と修行が一旦落ち着いたのでそろそろ一緒に住めそうだという事だった。次の日、早速二人は揃って出掛け、春から二人で住む家を見付けて来たのだった。
約三年ぶりのゆっくりとした二人だけの時間。手を繋いだのもキスをしたのも三年ぶりで、酷く緊張した事を思い出して海馬は顔を赤くしてしまう。そんな海馬を見詰め、大分大人っぽくなってきた少女は嬉しそうに微笑んでいた。
「本当に良かったわ。三年という時間が掛かりましたけれど、これで私も安心出来ます。兄も人間に戻り、私も不老不死の力が解けて、漸く人並みの生活が出来るようになりました」
「その事で思い出したのですが、お身体の具合は大丈夫なのですか? この間酷い風邪をひかれたと聞いたのですが…」
「フフフ…そうなのよ。兄と二人揃って風邪を引いてしまったの。しかもインフルエンザだったのよ」
「それは…辛かったでしょう…」
「そうね。とっても辛かったわ。でも凄く嬉しかったのよ。不老不死の力を手に入れてからの千年間、私はどんな病気や怪我とも無縁だったから…。具合が悪くなる事や、怪我をして痛みを感じる事がとても幸せに感じるの。他の人には変に思われるのでしょうけどね」
クスクスと笑いながら少女は至極楽しそうにしていた。この千年間、少女が抱き続けてきた悩みを海馬は完全に理解する事は出来ない。けれど『普通』に戻れた事を喜んでいる事はよく分かっていた。
普通の人間に戻ったという事は、彼女の寿命はあと数十年で終わってしまうという事だ。だが静香はそれが本当に嬉しいのだという。人間としての寿命を真っ当出来る事が、何よりの幸せだと言っていた。
それに変わってしまったのは城之内や静香だけでは無い。海馬もこの世界に還って来てから変わってしまった事がある。
贄の巫女に選ばれた者として、海馬は幼い頃から他人に疎まれて過ごして来た。ところがこっちに還って来てからというもの、そういう事は一切無くなったのである。勿論いい事ばかりでは無く、悪い事も並行して起きている。今まであんなに好かれていた鳥や動物が全く側に寄らなくなり、海馬自身も彼等の気持ちを理解する事が出来なくなっていた。それは同時に、自分が贄の巫女としての役目を解かれた事を指し示していた訳なのだが、海馬に取っては少々寂しい出来事でもあったのだ。
城之内も海馬も静香も、自分の身に起きた変化に慣れるまで暫く掛かった。だが、誰もその事を後悔していないのも事実であった。
「兄も漸くこの世界に慣れてきて、もう心配する事もありません」
心から安心したようにそう言う静香に、海馬も頷いてみせる。
「最初は酷かったですからね…」
「そうですね。私もまさか兄があそこまで敏感な人だとは思わなかったものですから…。昔から細かい事を気にしない剛胆な性格でしたので、とても意外でした」
城之内が現世に還って来たばかりの頃、彼はしょっちゅう具合を悪くして寝込んでいた。その原因は空気や水の汚さと、人工的な臭いに適応出来なかった為だった。例えば駐めてある車の側を通っただけでも、城之内はその臭いで気持ちが悪くなり嘔吐いてしまう。ゴムや塗装、ガソリンや金属等の臭いに耐えきれなかったのだ。それから空気の汚れに対しても彼は敏感だった。
この黒龍神社近辺は緑も多くそんなに酷くは無いのだが、少し街の中心部に連れて行っただけで、城之内は淀んだ空気や濁った水の臭いに過敏に反応しては顔を真っ青にして蹲っていたのである。
「最近は漸く慣れてきたみたいですけれどね…」
そう言って静香はお茶を一口飲んでホゥ…と息を吐き出した。
「車に乗って酔わなくなっただけでも大進歩です。まだまだ都会へは連れて行けなさそうですけどね」
「そうですね。でもこの街の中心部くらいでしたら平気で歩けるようにはなったみたいですよ」
「お兄様も成長しているという事ですね。最初は本当に大変で…何せ洋服を嫌がっていましたから」
「ボタンが嵌められなかったのにはオレも驚きましたけど…」
「そうなのよ。だから着物ばっかり着たがっていたのですけれど…、最近は洋服の良さが分かって来たみたいです。今日もジーンズとパーカーを着て歩き回っていましたもの」
「パーカーやTシャツは着物より着心地が良いと言っていましたよ」
「えぇ、お気に入りみたいです。それに最近は数字も読めるようになって来て、カレンダーも見る事が出来るようになりました」
「アルファベットはまだまだみたいですけれどね。数字どころか、最初は太陽暦と太陰暦の違いも分からなくて、説明するのが大変でしたよ」
「ある程度此方の情報は流していたにしろ、兄としては千年前から突然タイムスリップしてきたようなものですからね…。混乱するのも無理はありませんね」
「そうですね…。現世の常識を一々説明するのも大変でしたが、それを理解しなければならなかった方はもっと大変だったと思います。でも、よく頑張っている方だと思いますよ」
「全くですわ…」
見る物触る物全てが、城之内に取っては未知の物だった。贖罪の神域にいた頃、一応静香から現世の情報を教えて貰ってはいたが、今まで頭に思い浮かべて来た物と実際に目の前にある物が一致せず、混乱して頭を痛くする事もしょっちゅうだったのである。その度にパニックに陥る城之内を、海馬と静香は根気よく宥めて落ち着かせていた。
無理も無いと思う。もし自分が同じ立場だったらと考えると同じように混乱していただろう。だが城之内はもう全てに目を背ける事はしなかった。具合を悪くしながらも、辛抱強くこの世界に慣れていったのである。海馬はそんな城之内の事を、素直に偉いと感じていたし尊敬していた。そして彼が頑張っているのは全て自分の為だという事も知っていた為、心から嬉しいと思っていたのだった。
「それはそうと…その克也は今どこに?」
そう言えば城之内の姿が見えないと思い目の前の少女に疑問を投げかけると、静香は「いつものところです」と言って視線を窓に向けた。その視線を追って海馬も同じ場所を見詰める。窓の向こうに見えるのは黒龍神社の本殿だったが、二人の視線が向かう先はもっと奥の方だった。
窓から視線を戻し、海馬は静香に向かって「では…」と軽く頭を下げる。それに対して少女もニッコリと笑い、何も言わず部屋から出て行く海馬の背を黙って見送るだけだった。
黒龍神社の本殿を通り過ぎると、脇に逸れる小道が現れる。その小道に沿って進むと、裏山の手前に建てられた真新しい小さな社が目に入って来た。まだ目に鮮やかな朱塗りの鳥居と社の前に、目的の人物が立ち尽くしているのに気付く。じゃりじゃりと小石を踏んで歩いていけば、金髪に白いパーカーを着て、藍色のジーンズとスニーカーを履いたその人物がくるりと振り返った。そして海馬の姿を確認すると、嬉しそうに微笑んでみせる。
「よぉ。来てたのか」
「ついさっきな。お前はやっぱりここにいたのだな」
「あぁ…。春からお前と暮らす事をせとに報告していたところだった」
そう言って社に目を戻す城之内の側に寄り、海馬も同じように社を見詰めた。
この小さな社には、丸くて白い小石が祀られている。この小石がこの社の神…つまり黒龍神により神格化を許されたされたせとの姿だった。
今から三年前。城之内と海馬が現世に還って来たばかりの頃。二人の訴えを聞き届け、静香が黒龍神に接触を図った事があった。黒龍神は静香を通してせとを祀る事を許し、それを確認した二人は早速この場所に社を建てたのである。日当たりも良く、白椿と沈丁花の木に囲まれたこの静かな場所はせとの雰囲気に良く似合っていた。
春先のこの季節、丁度沈丁花の花が満開で辺りに清らかな香りを漂わせている。それはまるで、城之内と海馬を祝福しているせとの気持ちが表れたかのようだった。
「せとは…喜んでくれてるのかな?」
「勿論だ。オレ達の幸せこそがせとの望みだったと…そう言っただろう?」
「そうだな。でもまだオレは…自分がこの世界にいてもいいんだろうかと…ずっと疑問に思ってるんだ」
ジーンズのポケットに両手を突っ込みながら、城之内は困ったように笑っている。
「夢を見るんだよ。怖い夢だ。以前に比べればまだマシになったけど…それでも月に二~三回は必ず見る。現世に還って来たばかりの頃なんか毎晩見てたんだぜ。それこそ眠るのが怖くなるくらいに…」
「夢…?」
「そう、夢。オレがまだ贖罪の神域にいた頃の夢だ。オレがこの手で殺した村人や、食い続けた歴代の贄の巫女達が、あの贖罪の神域でオレを責めるんだ。何で自分ばっかり平和な世界に還って来て幸せになろうとしてるんだって。自分が犯した大罪を忘れたのかって。お前はずっとここにいて、罪を償い続けるべきだって…そう責め続けるんだ」
「克也………」
「その夢を見ると決まって叫んで飛び起きてさ、その度に静香に迷惑を掛けちまって…。その内自分に嫌気が差したりしてな」
「克也、それは…」
「分かってる。これはただの夢だ。オレの罪悪感が見せる夢だ。静香もそう言っていた。ただ…だからこそオレは、未だに自分で自分を許せて無いんだなぁ…と感じるんだよ」
ふぅ…と肩で大きく息をし、城之内は身体を反転させて海馬に向き直った。そしてポケットから手を出して、海馬の白くて細い手を掴んだ。温かい掌で海馬の冷えた手を強く握る。今や二人の体温差は逆転していた。
包み込んだ細い手を大事そうに撫で擦り、その手を持ち上げて城之内は海馬の指先に軽く唇を押し付けた。そして心から慈しむような目をして海馬を見詰め、優しく海馬の指先にキスをしたまま城之内はハッキリと言葉を放つ。
「なぁ…瀬人。オレを助けてくれ」
その言葉に、海馬は驚きに目を瞠った。今まで何度も城之内の事を助けて来た海馬であったが、本人からここまでハッキリと救いを求める言葉を聞いた事は初めてだったのである。
驚きで固まったままの海馬にクスリと微笑み、城之内は言葉を続けた。
「オレは未だこの世界では異端の存在だ。一人では生きていけない。情けないけど、誰かの助けが無ければ生きていく事が出来ないんだ」
「克…也…?」
「千年の罪は未だオレを捕らえていて、オレはまだ自分の罪の大きさに恐れ震えている。完全に立ち直るのに、一体何年掛かる事か…」
「克也…っ」
「だけどな。もう自責の念で押し潰されるのは御免なんだよ。幸せになりたい。瀬人と一緒に幸せに生きたい。ずっとそう思ってるんだ」
「っ………! 克也…っ!!」
「罪は忘れない。自分のした事は一生抱えて生きる覚悟がある。それでも…お前と一緒に幸せになりたいんだよ…瀬人。お前の事を…愛しているから…っ!」
「克也…っ!!」
城之内の告白に感極まった海馬が彼に抱き付くのと、城之内が海馬の身体を引き寄せたのはほぼ同時であった。春の夕闇の中、二人は強く強く抱き締め合う。
「だから瀬人…。オレを助けてくれ。罪の縁からオレを救い出してくれ…!」
「助ける…っ! 助けるから…克也!!」
「お前が救ってくれるのなら…オレは…オレ達は絶対幸せになれるから…。そう信じているから…瀬人!!」
「分かっている…!! 必ず幸せになろう…克也…っ!」
コクコクと何度も頷きながら、海馬は城之内の背に回した腕に力を込めた。
春先の風はまだ冷たく、日が暮れればまた冬に戻ってしまう。けれど春は確実に近付いている事を、沈丁花の香りが教えてくれていた。
長かった冬が終わり温かな春が来る。それはまるで城之内の事のようだと海馬は思った。
せとと愛し合った人生の春、村人を守る強い神官という栄光の夏を越し、悲劇の夜を迎えて食人鬼に身を堕とした秋の落日。そして罪を償う為に幽閉された千年の冬が彼を変えてしまった。だがどんなに冬が長かろうが、春は必ず遣って来る。
そしてその春が、今まさにやって来ようとしている事を海馬は感じ取っていた。
そうだよな…せと。オレと共に、克也に春を届けてやってくれ。
城之内の肩越しに見える社に、海馬は心の中でそう願う。まるでその願いに呼応するかのように強くなった沈丁花の花の香りに満足しながら、海馬は城之内に身を委ねていった。
上空には春の満月が、白く清く…そして美しく輝いている。その月の光に照らされながら、二人はいつまでも離れる事無く…幸せを感じていたのだった。
何だかんだ言ってお疲れモードな二礼です、こんばんは。
お仕事は楽しい。けれどやっぱり慣れない仕事に、オデノカラダハボドボドらしい…w
布団に入って5分以内に眠れるなんて…ここ数年なかった事だよ!!
(二礼は寝付きが悪いので、20分近くウダウダゴロゴロして眠るのが普通です)
来週末は相棒の実家に帰らなくてはなりませんし、3月中旬までは色々手一杯な状況が続きそうです…。
やりたい事や書きたいものも一杯あるので、ジレンマが…!!(>_<)
でも後半に入れば少し時間が取れそうなのが救いかな。
大分疲れが溜まって参りましたが、頑張って乗り越えて行きたいと思います!!
そうそう。3月に入った事に今更気付いたので(笑)、サイトを春仕様に戻しました。
懐かしいなぁ~! 最初にサイトを作った時の色ですね、コレ。
何か一気に春っぽくなった気がします(´∀`)
気候の方も急に暖かくなったり、また寒さが戻ったりと安定しませんが、確実に春は近付いているみたいですね。
ただ気温の上下幅にやられて風邪をひきやすい季節でもありますので、皆さんも体調には気を付けてお過ごし下さいませ~!
私も漸く風邪が治って来ました…。
これで仕事をするのも少し楽になるな…w
長編『無限の黄昏 幽玄の月』に第二十七夜をUPしました。
無事に現世に還って来ました。そして城之内君も人間に戻りました。
金髪のままなのはご愛敬です…w
ここに辿り着くまでに随分と遠回りして来ましたが、これで私も一安心です。
はぁ~良かった…。本当に良かったよ…。
そして次回の第二十八夜が最終回になります。
計算していた訳ではありませんでしたが、月齢(28日)と同じ話数というのは何か運命を感じますね~!
ただ、番外編をちょろっと書こうとも思っていますので、正確には二十八回分では無いのかもしれませんがw
でも本編は第二十八夜で終了です。
長々とやって来た物語も、ついにあと一回分しか残って無いと考えると感慨深い物がありますよね~…。
と言っても、ラストの〆が一番重要だと思っていますので、最後まで気を抜かないで書こうと思っています。
ちなみに、次の更新日の月曜日はお仕事日でもありますので、更新時間が大幅に遅れる可能性があります。
多分0時前後になると思いますので、気長にお待ち下さいませ~(´∀`;
以下は拍手のお返事になります(*'-')
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(・∀・)
『無限の黄昏 幽玄の月』と日記の感想をありがとうございま~す!
せとさんは本当に良く働いてくれたので、私も感謝しているんですよ~!
もし、あの贖罪の神域に城之内と海馬しかいなかった場合、この物語はハッピーエンドにはならなかったと思います。
海馬も他の贄の巫女達と同様に全てを諦めて城之内に食され続け、10年後には死んでしまっていたでしょうね。
下手をすれば城之内を憎んだり避けたりする可能性もあった訳です。そして城之内も、そんな海馬を食べる事を何とも思わなくなっていったでしょう。
そんな彼等の運命を変えたのがせとさんでした。
せとさんの言動一つで海馬の意識が変わり、城之内を救おうと言う強い決意が生まれました。そしてその決意によって、城之内も救われたいと願うようになっていったのです。
そんな風に考えると、せとさんは本当に重要な役目を背負ったキャラだったと思いますね~。
心から「お疲れ様でした(´∀`)」と言いたいです。
それと、『ダメ之内更正物語』にウケて頂いてありがとうございますw
ある程度持ち直したとは言っても、千年掛けていじけてしまった城之内君の心はそんなに簡単には立ち直りません。
この先も色々と苦しむ事があるんでしょうね…。
百人の人間を殺し、その後も百人の人間を食してきた事実は変わりませんから。
でも、そんな城之内君を救う為に海馬がいるんです。
救いの巫女の『救い』とは、別に贖罪の神域に限った話では無いんだよって話ですね。
まぁ…この辺は最終回でじっくり語ろうと思います(*´∀`*)
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
黒龍神よ…。
ただの思念体の私が、彼等の幸せを守る為に闘えた事を…心より感謝致します。
心残りはありません。彼等が幸せになる事こそが…我が望みであり、私の存在意義の全てですから。
さようなら、私の愛しい人達。
後は…二人だけで歩んでいきなさい。
この明るい世界で…幸せと共に…。
「海馬君…! 海馬君!!」
瞼の裏が明るくて、目を瞑っていても眩しさを感じる。何か硬い物の上に寝転がっているらしく、背中が痛くて更にヒヤリとした冷たさを感じた。まだ春先の風は冷たい。それでも全身に降り注ぐ太陽の光は温かく、その心地良さに至極安心した。
「海馬君!! 起きて…!!」
ふと、海馬は誰かに揺さぶられている事に気が付いた。誰かが自分の名前を呼びながら、肩を掴んで揺らしている。かなり必死なその声に、未だ重い瞼をそろりと開けてみた。その途端、眼球に突き刺さる程の眩しい太陽の光と、真っ青な空が目に入ってくる。贖罪の神域にいた頃には決して見られなかった明るい太陽と澄み渡った青空…。そしてその青空を背景にして、見知った顔が自分を覗き込んでいる事に気が付いた。
「遊…戯…?」
よく知っている顔。小さい頃から共に神官としての…そして贄の巫女候補として修行に励んだ幼馴染みの姿。最後に別れた時に比べれば大分大人っぽくはなっていたが、それでもそんなに変わっている様子は無い。
昔から、よく明るく笑う子供だった。辛そうな顔を見たのは、あの別れの日が初めてだったかもしれない。それ程までに常に穏やかで…楽しそうにしている遊戯の顔が、今は至極真剣だった。心から心配そうな目で自分を見詰めている。
「海馬君…! 良かった…目を覚ましてくれたんだね」
「遊戯…? オレ…は…一体…?」
「還ってきたんだよ、海馬君! 君はこっちに還ってきたんだ…っ!!」
海馬と目が合った瞬間に遊戯は泣きそうに顔を歪めて、本当に嬉しそうに微笑んだ。実際に眦には涙が浮かび、それを袖口でゴシゴシと拭っている。
だがそんな嬉しそうな遊戯とは別に、海馬の心は全く違うところにあった。
「克也…は…?」
「海馬君…?」
「遊戯…。克也はどこだ…っ!?」
叫ぶように城之内の名を口にし、海馬は慌てて起き上がった。急に起き上がった為に頭がクラリとしたが、額に手を置く事で何とか耐える。未だぐらつく視界の中で辺りを確かめてみると、そこは黒龍神社の大鳥居の真下だという事が分かった。自分は今まで参道の石畳の上に寝転がっていたらしい。
クラクラとする視界に傾ぐ身体を、遊戯が背後から支えてくれた。彼はホッと息を吐きながら、安心したように微笑んでいる。
「海馬君…。本当に…良かったよ。着物の胸元が血だらけだったから焦っちゃったんだけど、怪我もしてないみたいだったしね」
「遊…戯…」
「見届けの巫女様がね、ついさっき黒龍神からお告げを聞いたんだ。今から大事な人達が還って来るから迎えに行くが良いって。僕も丁度神社の方に勤めに来ていたし、それで見届けの巫女様と一緒にここへ来たんだ。そうしたら海馬君が倒れていて…」
「遊戯…っ! 克也は…克也はどこにいる…っ!?」
「か、海馬君…?」
「一緒に還って来た筈なんだ…!! 克也は…克也は…っ!!」
必死の形相で縋り付く海馬に、遊戯は本当に驚いた顔をしていた。そしてパニックを起こしている海馬を宥めるように肩に手を置き、視線を合わせてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ねぇ…海馬君。少し落ち着いて聞いて欲しいんだ。僕は贖罪の神域で何が起こったのか分からないし、この三年間、君が一体どんな風に過ごして来たのかも全く知らない。でも…何となくだけど分かるような気がするんだよ」
ふぅ…と深く溜息を吐きながら、遊戯は少しだけ苦しそうな笑みを零した。
「僕は最初…君が食人鬼から逃げてきたんだと思ったんだ。でもどうやらそうじゃ無いらしい。黒龍神からお告げを聞いた見届けの巫女様もそんな事は一言も言ってらっしゃらなかったし、目覚めた時の君の態度を見れば一目瞭然だ。海馬君…君は…、あの食人鬼と一緒に生きる為に還って来た…。そうだね?」
遊戯の言葉に海馬はただ黙って頷いた。
そうだ。自分は城之内と共に、現世で生きて幸せになる為に還って来たのだ。例え城之内が長く生きられない運命を抱えていたとしても、それでも残された数年を明るい太陽と澄んだ青空の下で生きる為に必死の想いで還って来たのだった。
だからこそ、海馬は先程から城之内の事が気に掛かって仕方無かったのである。共に生き、共に過ごし、共に幸せになる為の男を…。
焦ったような表情を見せる海馬に対し、遊戯はどこまでも落ち着いていた。そして眉根を寄せ、酷く悲しそうに口を開く。
「あの食人鬼は…見届けの巫女様のお兄さんは…、確かに海馬君と一緒に還って来たよ…。だけど…彼には会わない方がいいと思うんだ…」
酷く辛そうに告げられた言葉に、海馬は首を捻った。遊戯が何を言っているのか全く分からなかったのである。
「な…何故だ…?」
「っ………」
不審そうに聞き返す海馬に、遊戯は今度は何も言う事が出来なかった。ただ下唇を強く噛み、悔しそうな表情を見せている。
「僕は生まれた時から三大分家の神官として…そして贄の巫女候補として、ずっと黒龍神に仕える為に修行してきた。黒龍神は決して穏やかな神様では無いけれど、それでも強くて優しい…思いやりのある神だと信じて来たのに…何だか裏切られた気分だよ」
「どういう…事だ…?」
「まさか…ここまで還しておいて…。惨いよ…」
「お兄様…っ」
遊戯の言葉と同時に背後から少女の泣き声が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると、少し離れた石畳の上に見届けの巫女が座り込んでいるのが見える。そしてその少女の前には、見慣れた男が横たわっていた。
「克…也…?」
未だふらつく身体を叱咤して、海馬はヨロリと立ち上がった。「海馬君…!」と名前を呼んで止めようとする遊戯を振り切って、一歩一歩城之内に向かって歩いて行く。やがて海馬の気配に気付いた見届けの巫女が振り返り、海馬と視線を合わせた。可憐な少女の顔は涙でグシャグシャになっている。
「瀬人…? あぁ…良かった。目覚められたんですね…」
目を真っ赤に腫らしながら、それでも少女は健気に笑ってみせた。その笑顔を見ながら、海馬も傍らに膝を付く。目の前に横たわっている城之内の身体は、ピクリとも動く気配が無かった。
「貴方だけでも無事に還っていらして…本当に良かった…。兄も…この世界にいられる事を喜んでいるでしょう…」
「どういう意味ですか…それは」
「まだ遊戯に何も聞いていなかったのですね…。兄は…兄は…」
「静香様…?」
「兄は…此方に還って来た時にはもう既に…心臓が止まっておりました。今も全く目覚めようとはしません。多分…もう…死んで…」
「う…嘘です…」
「瀬人…?」
「嘘です…そんなの…嘘です…っ! オレ達は…この世界で一緒に生きる為に還って来たんです!! コイツが死ぬなんて…絶対に有り得ません!! そんなの嘘です!!」
信じられない言葉を聞いて、海馬は頭に一気に血が昇るのを感じていた。先程の遊戯の辛そうな顔や、目の前にいる見届けの巫女の泣き顔が、彼等が決して嘘を言っている訳では無い事を知らしめている。だが海馬は、それでもその言葉を信じる事は出来なかった。
隣に座っていた見届けの巫女の身体を押しのけて、城之内の身体に縋り付く。胸元や首筋の脈を探ってみると、確かに鼓動は感じられない。身体は至極温かいのに、これで心臓が完全に止まってしまっているだなんて、とてもじゃないが信じる事は出来なかった。我慢出来なくて襟元を掴み上げて激しく揺さぶる。それでも何の反応も示さない事に腹が立って、手を振り上げて城之内の頬を強く打ち据えた。
「起きろ…克也!! いい加減起きろ!! 還って来たんだぞ!! オレ達は…還って来たんだぞ…っ!!」
バシッバシッと皮膚を叩く乾いた音だけが辺りに鳴り響く。半狂乱になった海馬に対し、遊戯も見届けの巫女も何も出来なかった。ただ黙って海馬と城之内を見ている事だけしか出来ない。
「克也…っ!! 克也…っ!!」
目を覚まして欲しくて。一目でもこの眩しい太陽と綺麗な青空を見て欲しくて。海馬は必死になって叩き続けた。だがふと…小さな異変に気が付いてその手を止める。
「克也…?」
叩かれた城之内の頬が、じんわりと赤くなっている事に気付いたからだった。そう言えば…先程触った城之内の身体が至極温かかった事を思い出す。
海馬が知っている城之内の体温は普通の人間よりもずっと低くて、触ればいつもヒヤリと冷たく感じていたのだ。それが今は…自分と同じくらい、いやそれ以上に温かい。注意深く…もう一度だけ城之内の首筋に指先を当てた。最初は何も感じられなかった鼓動。それが…微かにだが感じる事が出来る。
「生きてる…」
ポツリと呟いて城之内の胸元に顔を寄せた。左胸に耳を押し付けると、確実に心音が大きくなっていっているのに気付く。その心音を聞きながら、海馬は頭の中に『再生』という文字を思い浮かべた。
現世に還って来た時、多分城之内の身体は一旦作り替えられたのだ。この世界で生きて行けるように…黒龍神の手で。
『それから、黒龍神を信じなさい。決して悪いようにはしないだろうから』
脳裏にせとの言葉が甦る。もし自分の予想が正しければ、彼はもう食人鬼では無い筈だ。それならば…それならば今の城之内は…。
「っ………」
海馬が胸元から顔を上げたのと同時に、城之内の身体がピクリと動き小さく呻く声も口元から漏れた。慌ててその顔を覗き込めば、眩しそうに顔をしかめながらゆっくりと瞳を開けようとしているところだった。何度かパチパチと瞬きを繰り返しながら、そろそろと琥珀の瞳を開けていく。海馬の目の前に現れた城之内の瞳は、もう獣の瞳では無かった。人間と同じ大きな瞳孔。うっすらと開かれた口元にも牙は無く、体温も温かい。金色の髪だけはそのままだったが、城之内は間違い無く人間に戻っていた。
「克也………」
涙ぐみながら見詰める海馬苦笑しつつ、城之内は笑いながら口を開く。
「痛ぇな…瀬人。そんなに叩かなくても生きてるよ…」
「貴様がさっさと目を覚まさないからいけないのだ…」
「仕方無いだろ…。身体の中身を作り替えてたみたいだしな」
「克也…。それならばやっぱり…もう…」
「あぁ。もうこの世界で飢えなくても良さそうだ。黒龍神に…感謝しなくっちゃな」
腫れた頬を擦りながら笑っている城之内と、泣きながら微笑んでいる海馬。やがて城之内が手を伸ばし海馬の肩を抱き寄せたのを切っ掛けに、二人は強く抱き締め合った。明るく眩しい太陽と、どこまでも綺麗に澄み渡っている青空の下で、強く強く互いの身体にしがみつく。
「おかえり…克也」
「ただいま、瀬人」
この明るい現世と、そして人間の身に還れた事を二人で感謝しつつ、温かい春先の日差しに照らされながらいつまでも離れる事は無かった。
数刻後。漸く落ち着いた二人の前に、見届けの巫女と遊戯が何かを持って来た。一つは赤と青の組紐の二つの鈴が結び付けられた本物の黒炎刀。そしてもう一つは…丸くて小さな真っ白い小石だった。
「貴方達が倒れていたすぐ側に、これも落ちていました…」
見届けの巫女が差し出すその小石を、城之内は震える手で受け取った。掌の中にすっぽり収まるその小石を、青い瞳と琥珀の瞳がじっと見詰める。城之内の手の上にある石ころに海馬が指先を伸ばし、その表面を優しく撫でた。
「『要石』…。せと…だよな…コレ」
「あぁ…そうだな」
「こんな姿に…なってしまって…」
「せとは…オレ達を救う為に…この姿になる事を決めたのだ。それが…魂を持たぬ自分の最後の役目だと信じて」
「千年間もずっとオレの側にいたっていうのに…オレはそれに全く気付けなかった」
「それは仕方の無い事だ。お前だけでなく歴代の贄の巫女も誰もせとの存在に気付けなかったのだからな。気付いたのは…オレだけだった」
「ずっと千年間オレと一緒に閉じ込められていて…それで最後にこの姿とは…。余りにも可哀想だ…」
「だがそれがせとの望みだった。オレとお前が幸せになる事が…せとの唯一の望みだったのだから…」
「瀬人………」
「克也、幸せになろうな。せとの分まで…。それがオレ達が出来るせとに対する供養なのだから」
「瀬…人…っ」
その日…。小さな白い石ころを握り締めながら、二人はいつまでも肩を寄せ合って泣いていたのだった。
中休みな二礼です、こんばんは。
今日はお仕事お休みでした~! ふぅ~息抜き息抜き。
ただし明日と明後日はまたお仕事があります。
最初の頃はなるべくシフト入れて仕事を覚えて貰おうという方針なので、この先ちょっと忙しい日が続きそうです…(´∀`;
大変ですけど、そうしてくれた方が私も助かるんですよね~。
個人的には頭で覚えるより身体で覚える方が得意なタイプなんで…w(何かエロイな…)
ちなみに3月前半は個人的に凄く忙しいので、予めお知らせしておきます。
(直前になったらまた言いますけど…)
実は相棒の実家に帰らなくてはならない為、3月13日(土)と3月15日(月)は更新をお休みさせて頂きます。
他にも仕事の関係で、この間みたいに真夜中の更新とかあったりするかもしれませんが、その辺りはどうぞご了承下さいませ。
生活が落ち着くまで暫くかかりそうですねぇ…。
大変だけど頑張ります!!
長編『無限の黄昏 幽玄の月』に第二十六夜をUPしました。
せとさん…どうもありがとう!
見た目は海馬そっくりですが半分オリキャラみたいなものなので、ちょっと…いやかなり感慨深いです。
城之内と海馬を結ぶアクセントとして非常にいい働きをしてくれていたのになぁ…。(というか、あの二人の保護者w)
分かっていた結末でしたが、やっぱり少し寂しいですね。
一足早いせとさんのクランクアップに、心から「お疲れ様」と言いたいです。
さて…、という訳で保護者はもういません。
あとは城之内と海馬が自分で動くしか無いんですよね。
城海の二人にはあともう一踏ん張り頑張って貰いましょう!!
目指せ! ハッピーエンド!!
以下は拍手のお返事でございま~すv
>るるこ様
どうも~こんばんは~!
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(・∀・)
『無限の黄昏 幽玄の月』の二十五夜の感想をありがとうございます~v
あの風景を『幻想的』だとコメントして頂けて、本当に嬉しかったです(*´д`*)
何も無くなってしまった空虚な世界をどう表現したらいいものか…とかなり悩んだのですが、結局あんな感じに落ち着きました。
ていうかですね…。
ここ何回分かは内容的にも表現的にもホントにもう難しくて、ずっと頭を悩ましておりました…w
今日UPした分で難しいターンは終了なので、あとはハッピーエンドに向けてひたすら書いていきたいと思っています。
まぁ…一番難しいのはラストの〆だって話もありますが…それはそれって事でw
城之内君と海馬が本当に幸せになるまで、あと少しです。
最後まで気を抜かないで頑張って書いて行きますので、もう少しお付き合い下さいませ~(´∀`)
それではこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(*´∀`*)
『無限の黄昏 幽玄の月』と日記の感想をありがとうございますですv
自分で書いていて何ですが、せとはまさしく城海の保護者ですよねw
私もだんだんお母さんに見えて来てしまいました…w
せとが城之内に対して冷たく当たっているのは、まさしくRosebank様のコメント通りです。
幸せになって欲しかったのに安易に死を選んだ事に対して物凄く怒っていて、同時に情けなくも思っています。
ちなみにより強く「情けない」と思っているのは城之内の方で、そんな情けない城之内に流されてしまった海馬に対しては、せとさんは結構本気で怒ってたりしてるんですよ…(´∀`;
まさしく「止めるべきお前が一緒に心中を選んでどうする」って感じなんです。
そしてもう一つ。これもRosebank様の言ってらっしゃる通り、城之内の恋人であった『せと』では無いと知らしめる為にもあの態度は必要でした。
今日UPした分を読んで頂ければ分かると思いますが、現にそのお陰で城之内は過去を吹っ切る事に成功しています。
過去の『せと』に浸って死ぬのではなく、死を覚悟しながらも現在の『瀬人』と少しでも長く生きたいと望んだんですね。
せとさんに取ってはまさに「してやったり(ニヤリ)」ってところでしょうが(笑)、やっぱりちょっと寂しいですね…。
何だかんだ言ってせとさんには随分役に立って貰ったので、これで退場させてしまうのは少し勿体無い気もします。
うん、でも退場させますけどねw
白い風景についても褒めて頂けて安心しました~!
本当に難しいシーンの連続でしたが…これからは少し肩の力を抜いて書けるような気がします…w
ちなみに城之内が最後までヘタレなのは、仕様なので諦めて下さいw
何か全体的に見たら『ダメ之内更正物語』になっているような気がするな…w
『十六夜心中』については…ホントにどうしてこんな題名を考えついたんだろう…という感じですwww
ダサッ!! マジでダサッ!!
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ
克也が私を見詰めている。
この千年間…ずっと側にいたというのに、全く気付かれる事無く日々を過ごして来た…ただの思念体の自分。
触れる事も語りかける事も、何かを手助けする事も叶わず、ただ見守る事だけしか出来ないこの身。
それをどれだけ疎んで来たか…。
だがそんな私でも、たった一つだけ出来る事があったのだな。
それは克也と救いの巫女をここから解放する事。
さぁ…克也、それに瀬人。
今からお前達を解放しよう。
別れは辛いが…きっと大丈夫だ。
私はお前達の事を…信じている。
まるで時間が止まったようだった。真っ直ぐに立ち尽くし黒炎刀の切っ先を城之内に突き付けているせとと、そしてその刃越しにせとを見上げる城之内。彼等はどちらもピクリとも動かず、黙ったままじっと見つめ合っていた。静かで…そして息の継げないような緊張した時間が過ぎる。少し遠くからその様子を見ている海馬にも、二人が感じている緊張感が伝わってきた。
やがて…驚きで目を丸くしていた城之内が、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。琥珀の瞳をスッと細め、至極真剣な表情でせとの事を見詰めている。そして深い溜息を一つ吐くと、一旦瞼を閉じた。何かを思い込むように深く呼吸をし、そして再び瞳を開ける。
その瞳を見て、海馬はハッとした。今まで見た事の無い色がそこにあったからだ。
贄の巫女としてこの贖罪の神域に来てからの三年間、海馬はずっと城之内の事を見続けて来た。よって、彼の持つ琥珀色の瞳に浮かび上がる様々な色も一杯見てきたのだ。海馬を思いやる時は、明るくて優しい色に。彼の逆鱗に触れた時は、赤く燃えるような色に。そして全てを諦めていた時は、悲しく沈んだ色に…。『目は口ほどにものを言う』と言うが、城之内の瞳は本当に素直だった。城之内がどんな嘘を吐いても、あの琥珀の瞳を覗き込めば全てが窺い知れる程に正直だったのである。
「克…也…?」
城之内の瞳が浮かべる色を、海馬はもう既に全部知っていると思い込んでいた。だが、今目の前で彼が見せている色は、海馬が全く知らない色。ただただ強く…真剣な光を放つ金色の瞳だった。
「せと…」
眩い程に琥珀を金色に染めながら、城之内は深い声でせとの名を呼んだ。
「せと。お前と初めて会った時の事を、オレはまだハッキリと覚えているよ。あの頃はオレもお前も、まだ数えで九つだったな。春先の…まだ風が冷たい頃だった。それでも日中は少しずつ暖かくなってきて、水の入っていない水田には蓮華の花が満開に咲いていたっけ」
うっすらと…ほんの少しだけ口角を上げて城之内が微笑む。遠い昔を懐かしむその顔も、海馬は見た事が無かった。ほんの少しだけズキリと胸が痛む。
「父上と一緒に春先の村の様子を見て回ってたんだよな。そしてそこにお前がいた。田んぼのあぜ道に座り込んで、蓮華の花を摘んでいた。一瞬女の子かと思ったけど、着ていた着物から男だと分かって…父上があそこの邸の息子だよって教えてくれて…」
城之内が優しく微笑みながらせとを見ている。その笑顔を見て海馬は胸が痛くなり思わず視線を外そうとしたのだが…何故だかそれが出来なかった。城之内が称えている瞳の色が、ただ優しいだけでは無い事に気付いたからだ。
「オレはあの瞬間から恋に落ちたんだ。好きだったよ…本当に好きだった。心から愛していた。例え正式な結婚は出来なくても、終生を共に過ごしたいと願っていた。あの悲劇の晩に…オレがこの手でお前を殺してしまってからも、ずっと愛していた。千年の長い刻の中で、オレのこの気持ちは全く変わらなかったんだ。そう…コイツが現れるまでは」
そう言って城之内は少し離れた場所にいる海馬に視線を向けた。真剣な光を称えた琥珀の瞳が海馬を見詰める。その視線を受けて、海馬は自らの心臓がドキリと高鳴るのを感じた。顔に血が昇って熱くなっていくのが分かる。それでも視線を外さないでいると、城之内がニッコリと笑ってくれた。まるで何も心配するなとでも言うように…。
「コイツが…瀬人が現れてから、オレの気持ちは一変した。気付いたら本気で愛していた…コイツ無しじゃいられなくなっていた」
ふぅ…と深く息を吐きながら、城之内は再び視線を目の前のせとに戻す。
「せとを愛していたのは本当だ。千年間全く気持ちが変わらなかったのも本当だ。だけど瀬人は、オレが千年間大事に抱き続けて来た気持ちをあっさり壊してくれたんだ。そりゃ…最初は戸惑ったさ。オレが愛していたのはせとの筈なのにって思って…な。だから瀬人に惹かれるのは、せとに似ているからだと思い込もうとしたんだ。それも全くの無駄だったけどな」
全く決意の揺らがない声で言葉を紡ぎながら、城之内はその場でゆっくりと立ち上がる。そしてせとと向かい合わせになり、強い視線で目の前の男を射貫くように見詰めていた。せともその視線を受けながら全くたじろがない。それどころか、少し嬉しそうにしているように海馬には見えた。
「せと…。オレは今、瀬人を愛している。だからこの命を捧げても、コイツを解放して現世へ還してやりたいと思っていた。けれど…その決意もお前が現れて揺らいでしまった…」
「それは一体どういう事だ?」
城之内の声がほんの少しだけ揺らぐ…。決意は全く変わっていない。相変わらず琥珀の瞳が強い金色の光を帯びている事からもそれが分かる。ただ…感情を抑える事が出来なくなっているようだった。少しずつ俯いていく城之内に、せとは疑問を投げかける。相変わらず冷たくて硬い声。だが海馬には…それが先程より和らいでいるように感じていた。
「克也?」
完全に俯いてしまって何も喋らなくなった城之内に、せとは促すように名前を呼ぶ。その声にもう一度顔を上げた城之内は目を真っ赤にして泣いていた。眦から零れ出た涙が頬を伝い、唇の端から口内に入り込む。それをコクリと喉を鳴らして飲み込んで、城之内は震える声で言葉を紡ぐ。
「生き…た…い。死を…覚悟していた筈だったのに…。それなのに…生きたいと…思ってしまった…」
涙をボロボロと零しながら、城之内は小さく震えていた。握られた拳に力が入って血管が浮き出る。
「本当は…死にたくなんてない。瀬人と共に現世に還りたい。そして一緒に生きていきたい。もう一度明るく輝く太陽と…美しいどこまでも澄み渡った青空が見たい。そして何より、その太陽と青空の下で微笑んでいる瀬人が見たい。オレは生きて…還りたいんだ」
「だがお前は食人鬼だ。人を食わねば生きてはいけまい」
あくまで冷静にそう言い放つせとの前で、だが城之内は瞳の輝きを無くさなかった。
「人間は…もう食べない」
「新月の飢餓はどうするのだ」
「どこかに閉じ込めておいて貰うか…動けないように繋いで貰う」
「飢餓は苦しいぞ。人間のようにすぐ死にはしないだろうが、この間のように衰弱しきってやがては死んでしまうだろうな」
「それでもいい。これ以上こんな場所で過ごすくらいなら」
「それでは海馬瀬人と終生を共にする事など無理なんじゃないのか?」
「いいんだ。ほんの数年でいい…。あの明るい世界で瀬人と共に過ごしたい。あの眩しい太陽と綺麗な青空の下で瀬人に見守られて死ねるんなら…それが本望だ」
城之内は微笑んでいた。ホロホロと泣きながら満足そうに微笑んでいた。その笑みにせとはコクリと一つ頷くと、黒炎刀の刃をもう一度鞘に戻してくるりとひっくり返し、持ち手の部分を城之内に差し出す。城之内は暫く黙って黒炎刀を見詰めていたが、やがて手を伸ばしてしっかりとその手に柄を握り締めた。チリンチリンと二つの鈴が美しい音を奏でる。まるで城之内とせとの決意の固さを知らしめているように…。
「そうか。ならば自らが成すべき事をするが良い」
城之内が黒炎刀を受け取った瞬間、せとははっきりとそう口にした。その言葉を聞きながら、城之内は黒炎刀の刃を鞘から抜き去る。血に濡れた白刃が怪しく光っていた。その刃を捻るように持ち上げ、鋭い切っ先をせとの胸元に突き付ける。そして流れる涙を拭おうともしないまま、悲しそうに笑って口を開いた。
「許してくれ…せと。オレは自分が生きたいが為に…自分が幸せになる為だけに、もう一度お前を殺す」
城之内の言葉に、せとはもうそれ以上何も言う事は無かった。ただ幸せそうに笑って頷き、目を閉じて立ち尽くす。そんなせとに向かって城之内が一歩を踏み出したのを見て、海馬は慌てて立ち上がって駆け出した。
「克也…っ!!」
夢中で叫んで城之内の腕に縋る。そして黒炎刀を握る手に、自らの掌を重ねた。白く細い指がキュッと城之内の節くれ立った指に絡み付く。
「瀬人…?」
「克也…。一人では…無いから…」
城之内と同じようにボロボロと泣きながら、海馬は城之内の掌越しに黒炎刀を握る手に力を込めた。
「お前の罪も…苦しみも…哀しみも…全てオレが受け止めるから…。共に…背負うから…。だからお前一人に辛い想いなんて…もうさせない」
「瀬人…お前…」
「オレは救いの巫女だ。お前を救う為に生まれて来たのだ。だから、もうお前一人に全てを押し付ける事なんてしない。共に罪を犯して共に還ろう。あの明るい世界へ…」
「瀬…人…っ。共…に…? 共に…か…?」
「あぁ、そうだ。共に…だ」
「そうか…。ならば…連れて行ってくれ。オレを…あの明るい世界へ。お前のその手で…導いてくれ」
チリ――――――ン………。
お互いに涙で顔をグシャグシャにしたまま頷き合い、強く黒炎刀を握り締める。その時にふと…いつものあの鈴の音が脳裏に響いて、海馬は慌てて顔を上げた。目の前には覚悟を決めたせとの姿。相変わらず目を閉じたままだったが、その口元は優しく…そして満足げに微笑んでいる。
『それで良い。それで良いのだよ…救いの巫女よ』
声が…響いてくる。穏やかで優しい…いつものせとの声が。城之内と海馬の事を心から想い、いつも優しく見守っていてくれた彼の本当の声が…聞こえる。
『これからは…お前が克也の事を見守るのだ。彼の事を…頼んだぞ』
「せと…っ」
『それから、黒龍神を信じなさい。決して悪いようにはしないだろうから』
「っ…! せ…と…っ」
『今まで本当にありがとう。お前のお陰で私も楽しかったよ。最後にお前達を救う役目も果たす事が出来たし…もう何も思い残す事は無い。満足だ』
「っ…ぅ…! ふぅ…くっ…! せとぉ…っ!」
『泣くな…。現世に還ってからが本当の闘いだと思え。お前にはまだやる事があるのだぞ…瀬人』
「せと…っ! せと…っ!!」
『さぁ、さようならだ瀬人』
目の前のせとが大きく深呼吸をし、両手を広げた。まるでそれが合図だったかのように、黒炎刀の刃がせとの身体に呑み込まれていく。城之内と海馬…どちらが先に動いたのかは分からない。ただ黒炎刀は確かにせとの身体を貫き、そして彼の身体は大量の花びらに覆われて掻き消された。
その花吹雪は一度ザーッと辺りに広がり、そしてもう一度固まってまるでつむじ風の様に渦を巻きながら城之内と海馬の身体を巻き込んでいく。余りの激しい風に、息を継ぐ事も目を開ける事も出来ない。ただ間近にいた城之内の身体にしがみついて、海馬は少しずつ意識を失っていった。
『さようなら…二人共。私の愛する者達。さぁ…還りなさい。お前達が生きる場所へ』
最後に風の音に混じって遠く聞こえた優しい声に海馬は新たな涙を流しながら、意識を闇に落としたのだった。
こんにちは、二礼です。
昨日(…というより、本日の午前未明)の日記で書いた拍手お返事で、少々書き漏らした事があったので此方で追加させて頂きます~!
>藥●●●様
文字化けが酷く、正式なお名前宛てにお返事する事が出来なくて申し訳ありませんた。
えっと…もしかしたら携帯からのコメントでしょうか…?
携帯では見られる文字がPCでは化けてしまったりするんですよね…;
名前欄では無く本文中にお名前を入れていただけると結構大丈夫だったりするので、今度はそちらで試してみて下さい~!
せっかく頂いたコメントなので、私も正式なお名前宛てでお返事がしたいと思っています(*'-')
どうぞ宜しくお願い致します~!!
>Rosebank様
昨日はせっかく早い時間に拍手コメントを頂いていたのに、更新が遅くなって申し訳ありませんでした~!
えっとですね、コメントの時間を気にされていたので一応お教えしておきますが、今週の水曜と土曜はお仕事が無いので普通に更新出来そうです。
ただ来週の月曜日は仕事があるので、昨日と同じような時間帯になると思います。
シフトが記入制なので、はっきりした予定が立てられないんですよね…。
とりあえず今度からは「××日の更新は仕事の関係で遅くなると思います」等、日記に何となく表記しますので、そちらを参考になさって下さいませw
本屋さんで働いてきた二礼です、こんばんは。
まず最初に…。
今日は更新時間が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
ただ、これからも仕事がある時はこんな事になると思いますので、その辺りはどうぞご了承下さいませ。
ちなみに本屋さんの方は、思った以上に性に合っています…w
仕事は大変なのに、それを『苦』と思わないんですよねぇ。不思議だ。
そうそう…。実はこれから少し忙しくなりそうです。
最初は仕事を覚えなければならないので、通常より少し多めに出勤しなければならない事になったんですよ。
なるべく定期的に更新出来るように頑張るつもりですが、もしかしたら突然お休みしてしまったりするかもしれません。
その時は「あぁ、疲れてダウンしてるんだな」と思って頂ければ…宜しいかと…;
ご迷惑をお掛けしますが、どうかご了承下さいませ~!
そう言えば。土曜日に『REMS』さんの処で開催されていたチャットに参加してきました~!
アテえもんがそんなにウケていただなんて…はっきり言って予想外ですw
散たんがブログで「ウケたw」と言っている概要は、
「映画の時のドラえもんって、よくポケットの中がカオスになって目的の物が取り出せなかったりするよね? アテえもんの場合はシルバーばっかり入って、出す物出す物全部シルバーになりそうだw」
と言う私の発言によるものでしたw
まさかそこまでウケるとは…思わなかったんだよ…w
ちなみにその時に決定した『アテえもん』のキャストは
ドラえもん→王様(アテえもん)
のび太→城之内(克太くん)
しずかちゃん→社長(静人ちゃん)
ジャイアン→536
スネ夫→乃亜
出来杉君→表君
でしたw
何かもう…無茶苦茶でんがなwww
長編『無限の黄昏 幽玄の月』に第二十五夜をUPしました。
切り札『せと』さん登場の巻です。
海馬と城之内に続くメインの登場人物だった癖に、今までずーっとただの傍観者だったせとさんにも、ここに来て漸くスポットライトが当たりました。
彼にはこれから一世一代の大仕事が待っていますが、城海の幸せの為に是非頑張って欲しいと思っています。
勿論せとさんだけじゃなく、城之内君や海馬にも頑張って貰いますけどねー。
ちなみに前回の心中シーンは、当初イメージしていた三つのシーンの中で一番最初に頭に浮かんだ場面でした。
という訳で、当初この物語の題名は『十六夜心中』だったんです。(満月じゃなくて、十六夜の晩に心中するつもりでした)
ところがこの話を書こうと決めた日に、たまたま話をしていた散たんに「かれこれこういう訳で『十六夜心中』って話を書こうと思う」と打ち明けたら、彼女が
「何か『六本木心中』が頭に浮かんで来たw」
と妙にウケてくれたので、この題名はおじゃんになりました…w
今考えると確かにダサイ題名ですwww
ありがとう、散たん。お陰で今はそれなりに見栄えある題名になってるよ…(´∀`)
『無限の黄昏 幽玄の月』もいよいよ大詰めでっす!!
来週中には…終わるんじゃないかなぁ?
一気に頑張って書いていきます~!!
以下は拍手のお返事でございまっす!(*'-')
>2月27日21時台にコメントを下さった方へ
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(´∀`)
熱い展開だと言って下さって、本当にありがとうございます!
その一言で私も熱く燃えたぎりました!!www
かなりドラマティックな展開で、私もこのシーンを書くのに苦労したのですが、「熱い! 燃える!」と言って下さって滅茶苦茶嬉しかったです!
まさに書き手冥利に尽きるって奴ですよ~(`・∀・´)
ちなみに、『無限の黄昏 幽玄の月』の城之内君が余り格好良く無いのは…仕様ですw
どうしようも無くヘタレでイジケ虫なダメ之内を、如何に海馬が愛(笑)によって救うかがテーマなもので…w
格好良い城之内君を望んでいる方には、本当に申し訳無い展開です…。
スミマセン;
でも愛だけは詰まっていますので、最後までダメ之内を見守っててやって下さいませ…w
それではこれで失礼致します。
ではでは~(・∀・)ノシ
>藥●●●様(ゴメンナサイ! 文字化けしていて名前が読み取れませんでした; 出来ればもう一度メッセージを下さるとありがたいです!(>_<))
こんばんは~! 初めまして♪
拍手とコメント、どうもありがとうございました~(゜∇゜)
城海って本当にいいですよね~!
私も大好きですw
『無限の黄昏 幽玄の月』の海馬の事も「可愛い」と言って頂けて嬉しかったです~!
こんな素敵なコメントを頂けるなんて…此方の方が感動で泣きそうです!!
本当にどうもありがとうございました~!!
『無限の黄昏 幽玄の月』も、もうすぐ終了となります。
頑張って気を抜かずに書いて行きますので、最後までお付き合いして貰えれば幸いです(´∀`)
ハッピーエンド目指して気合い入れますね!!
それではこれで失礼致します。
ではでは~(・∀・)ノシ
>Rosebank様
拍手とコメント、どうもありがとうございました~!(*'-')
『無限の黄昏 幽玄の月』と日記の感想をありがとうございまっす!
自分の頭の中にあったドラマティックな展開を上手く文章に表せたようで…安心しました(´∀`)
私としては最初から頭にあったシーンなので何とも思わなかったのですが、やはり読み手さんとしては『心中』は意外だったんですかねぇ?
むしろ当初からイメージしていた三つのシーンの中で、この心中シーンが一番最初に頭に浮かんだんですけどねw
心中シーン→食事シーン→破壊シーンの順番かな。
それを前編・中編・後編に配置して、肉付けしていったのです。
プロットを作った時から「これは長くなりそう」とは思っていたのですが、まさかここまで長くなるとは思いませんでした…w
でもそんな『無限の黄昏 幽玄の月』も、あともうちょっとでエンディングを迎えます。
これからも頑張って書いていこうと思いますので、どうぞ最後までお付き合い下さいませ~!
ちなみにもう気付いてらっしゃると思いますが、せとさんの最後の使命はRosebank様のコメント通りです。
ただし、展開は少し違いましたけどね…w
せとさんの決意が形になるのは次回になると思います。予定に狂いが無ければ多分…ですけどね(´―`)
本当に難しい場面ばかりが続いて、私も気を抜けません。
気合いを入れて書かなければ…っ!!
あと、本屋さんについてもコメントありがとうございました!
私は元々腰が悪く、前のセブンに努めていた時もずっとコルセットを着けて働いていました。
今日も愛用のコルセットを着けていたので、腰の負担は最小限で済みましたよ~!
上記の日記にも書いてありますが、思った以上に楽しく働けたので凄く良かったと思っていますv
初日に数時間働いただけで「ダメだ…! ココは私には合わない…っ!!」と感じた例のセブン(二番目の方)とは大違いです…w
こういうのって経営者との相性もありますからね…。
仕事は辛いけど、頑張って楽しく本屋さんでやっていこうと思っています。
もう一つ。
仕事前の小説UPはしないと思います…。
今回みたいに日を超えてしまっても、多分仕事から帰ってから作業に入ると思います。
今までのように早めのUPは出来なくなりますが、どうぞご了承下さいませ。
それでは今日はこれで失礼致します。
ではまた~(・∀・)ノシ