鍵を開けろと大騒ぎしている声を、オレは敢えて無視を続けていた。
 オレの誕生日を祝おうという気持ちに免じて許してやろうと一瞬思ったが、やっぱりダメだと首を振る。これで少しでも同情して部屋の鍵を開けてみろ。雪崩込んだ城之内に何をされるか分かったものじゃない。
 ドンドンと強く叩かれるドアに背を預けて、オレは城之内が諦めてくれるのを辛抱強く待ち続ける。
 やがて…。気が付いたらドアの向こうが静かになっている事に気が付いた。ドアに耳を当てて向こう側を探ってみるが、何故か人の気配すらしない…。そっとドアを開けて廊下を見てみても、その向こうには誰もいなかった。ガランとした薄暗い廊下が長く延びているだけ…。

「城之内…?」

 一応名前を呼んでみても、オレの問い掛けに返ってくる声は無い。
 シンとした廊下に、オレは一気に背筋がゾワリと寒くなった。何だかとんでも無い事をしてしまったような気がする。
 城之内は…ただオレの誕生日を祝いたかっただけだった。オレの為に色んな事をする為に執事になり、ただオレを喜ばせようとしていただけだった。
 それなのにオレは意固地になって城之内を拒否して…、怒らせて帰らせてしまった…。

「や…やり過ぎた…のか…?」

 後悔しても後の祭りとはこの事で、どんなに必死に探っても城之内の気配は感じられない。
 流石のオレもこのままではいけないと思い始めて、とりあえず城之内に連絡を取ろうと部屋の中へ戻る。そしてデスクの上に置いてあった携帯を取り上げた時だった。

 ギィ…ィ…。

 非常に厭な音が背後から聞こえて来た。そして先程まであんなに必死になって捜していた気配が後ろから感じられる。気配だけでは無い…。何だか身震いするような怒りのオーラまでもが漂ってくるようだった…。
 私室のデスクの後ろにはバルコニーがある。そこに繋がる大きなガラス扉が勝手に開き、そこからヒンヤリとした風が室内に入り込んできていた。美しい刺繍が施されている遮光カーテンとレース地のカーテンが、冷たい風にバサバサと揺らめいている。
 視界の端に入るその影に、オレは恐る恐る振り返った。

「ひっ………!!」

 そこにいたのは城之内だった。
 どこをどう走ってきたのか、黒い燕尾服は泥だらけであちこちに枯れ葉まで付いている。更に窓の外に生えている木からここまで昇ってきたのだろう。実に酷い様相だった。

「かー…いー…ばー…」

 まるで地を這うような恐ろしい声に、オレは金縛りにあったかのように動けなくなる。そんなオレに城之内はニヤリと笑いかけると、ゆっくりと近付いてきてガチガチに固まったオレの肩を掴んだ。そしてそのまま無理矢理デスクに俯せの状態で押し付けられてしまう。

「やっ…! 止めろ…っ!! 何をする…っ!!」
「そうかそうか…。お前の考えは良く分かったよ。人の好意も素直に受け取れない頑固者には、少々手荒なおもてなしが必要だよな」

 身の危険を感じたオレが慌てて暴れ出しても、本気で押さえつけに来ている城之内はびくともしない。それどころか片手で器用にオレのベルトを抜き去ると、そのままスーツのズボンも下着ごと降ろされてしまった。

「いやっ…! 止めろ…城之内っ!!」
「止めません。お断りします」

 そう言って城之内はオレの下半身に手を伸ばしてきた。ひやりと濡れた指先が直接後孔に触れて、思わずビクリと身体を跳ねさせてしまう。

「ちょっと指先舐めただけだから、滑りが足りないかもな。まぁ…止めるつもりは無いから身体の力抜いてて」
「やっ…! やだぁ…!!」

 背後から攻められる事が怖くて、それ以上に本気で怒っている城之内が怖くて、オレは首を左右に振りながら何とか抵抗しようとした。それなのに身体の自由は全く効かず、無駄に暴れた為に開いてしまった足の間に城之内の身体を入れられて、余計に身動きが取れなくなる。
 そうこうしている内に体内に無理矢理指を差し込まれて、下半身から走った痛みに背を反り返らせた。

「あぅ…っ! 痛っ…!!」
「力抜いてろって言っただろ」
「やめ…っ! もう…嫌だ…っ! 城之内…っ!!」
「何言ってもダメだよ。もう絶対挿れてやるからな」
「っ…! ひぁ…っ!!」

 かなり乱暴にグリグリと体内を弄っていた指が早急に抜けていき、代わりに熱くて硬いペニスを押し付けられた。思わず「待て…っ!」と制止したが、それは止まる事無く奥深くへと入り込んでくる。

「うっ…あっ…! くあぁぁぁ………っ!!」

 余り慣らされていない体内に入ってきた楔に、オレの身体は悲鳴を上げた。セックスには慣れて居る為切れて血を流すような事はなかったが、それでも無理矢理こじ開けられた痛みに呻いてしまう。
 ズクズクと遠慮も無く体内を抉られて、痛くて苦しくて涙が出る。

「ひっ…うぅ…んっ! あぅっ…! ぐっ…っ…あぁっ!!」

 無意識だったのだろう。デスクの上に置いてあった書類を力一杯握りしめて、オレは泣きながら耐えていた。
 何故こんな事になったのだろう。今自分はどうしてこんな目に合っているのだろう。一体何が城之内に起きたのだろう。
 涙で潤んだ目を開けて、デスクの上に置いてあった電子卓上カレンダーに目を向けた。そこに記されていたのは十月二十五日。そう…オレの誕生日。

「あっ…! ふあぁ…っ!!」

 そうだ…。城之内は…オレの誕生日を祝いたかっただけだったのだ。プレゼントを贈る代わりに、オレの為に何かしたかっただけ…。それだけだったのだ…。
 それなのに…。それなのにオレはその想いを拒絶した。自分の事ばかりを考えて、城之内を傷付けた…。

「すま…な…い…っ」

 苦しげな息の下から小さく謝罪の言葉を吐く。半ば喘ぎながらだったからきちんと伝える事が出来なかった。
 だが…、それでも城之内には届いていたようで…。

「海馬…っ?」
「すまな…い…っ! 本当…は…、こんな事…するつもり…じゃ…無かった…っ!!」

 ひくひく震えながら何とか伝えると、いつの間にか動きを止めていた城之内に強く抱かれる。熱い腕が至極優しくて…安心した。

「海馬…っ。オレの方こそゴメン…っ。お前の誕生日なのに…オレ…こんな酷い事して…っ!」
「もう…いい…。オレも悪かった…」
「で…でも…っ!」
「しつこいぞ…っ! もう両方悪かった…で良いではないか!」
「それって…あいこって事?」
「あぁ。もうそれで良い」
「もうって…」
「それで良いと言っているだろうっ!? 大体貴様! 人の体内に入ったまま喋るな…っ!! 響いて…感じるではないか!!」
「えっ………!?」

 思わず漏れ出た本音に、言った自分が赤くなって俯いてしまった。
 背後の城之内は暫く固まっていたようだったが、やがてそろりとペニスを抜いて身体を離す。

「っ………!」

 ふいに解放されてガクリとその場で崩れ落ちると、城之内の力強い腕がオレを支えてくれた。そして軽々と抱き上げられて、寝室へと連れていかれてしまう。足で器用にドアを開き寝室内に入ると、そのままベッドに近寄って優しくシーツの上に落とされた。

「全く…。あんな事言ってくれちゃって…」

 呆然と見上げるオレに楽しそうに微笑みつつ、城之内はオレのスーツとYシャツのボタンに手を掛けて一つずつ外していく。締めたままだったネクタイも、首元に指を入れてシュッと解かれてしまった。

「あんな可愛い事言われたら、オレだってもう我慢出来なくなっちゃうんだけど?」

 何がもう我慢出来なくなる…だ!! 貴様が我慢出来なくなるのはいつもの事だろう!!
 嬉々としてオレの服を脱がす城之内に軽く溜息を吐きつつ、だがオレは抵抗しようとは思わなかった。
 それはオレの誕生日を祝おうとしてくれていた城之内を傷付けてしまった謝罪の意味もあるし、素直に城之内の行為を受け取れなかった自分に対する反省の意味もある。
 それに…、困った事にオレは城之内とのセックスが嫌いでは無いのだ…。
「もう色んな事やっちゃうよ?」という城之内に、オレは溜息と共にぶっきらぼうに答えてやった。少しくらい不機嫌そうにしていた方が城之内が燃えるのを知っていたから、わざとそっぽを向いて頬を膨らませる。
 お陰でその後散々な目に合ったが、まぁ…これはこれで構わないと思う。
 城之内がオレの誕生日を心から祝ってくれた事だけは…真実だからな。
 



END6『勝手にしろ…』

もう一度最初からやる?